小説 内なる戦い 外なる戦い
第六章 認められるということ
「「
Captain is last」如実に感じたよ。光ちゃんからもらったテープにもあったね。スペインのカルロス国王と先生の対談で…・。」「そういえば、光ちゃんは会社で所長をやっていたよね。」
「所長も
Captainじゃない。フットボールでもそうだったけど。組織っていう意味じゃ同じよね?」「そうだな、同じだと思うよ、一種のチームだからな。」
「そうだ、仕事のことって、私何も知らない。なにか面白いエピソードない?」
「照れくさい話ならある。それも今年の元旦の話。今まで古い話が多かったから新鮮でいい。」
角川は語り始めた。
平成
14年元旦。角川のもとへ一人の男が尋ねてきた。名前を丹野慎一という。角川より二つ年下である。静岡からであった。
正月のあいさつをすませた後。
「角川さん。勝ちましたね。」
角川は何のことかわからなかった。
「試験なら勝ってないぞ。」
「いやぁ、そうじゃなくて、ほら角川さんが会社にいたとき提唱していた営業方式、これが、いまでは岡山方式と呼ばれ経営陣も注目し始めたんですよ。」
丹野は角川の会社時代の部下である。角川とは岡山営業所で
6年間一緒だった。現在は静岡営業所の所長である。角川は我が耳を疑った。もう四年半も前の話である。
「えッ!。…何で?今ごろ?」
「角川さんが二年連続でトップ営業所を取ったでしょ。その後、あの茶園がまた岡山に帰って来てトップをとったんですよ。それで、岡山の強さの秘密はなんだってことになったんですよ。」
茶園も角川の部下だった。岡山営業所の成績がよかったため、角川の部下から三人の所長を出している。茶園もその一人だった。姫路営業所の所長から今また岡山に戻っているという。
「そして、茶園もまた角川さんの方式をやっているんですよ。だから、勝ちましたねって言ったんですよ。」
角川は感無量だった。二つの点で。
一つは丹野がわざわざこのことを知らせてくれたこと。
もう一つは角川の提唱していた方式がやっと認められたことである。
「角川さんのやったことはそれこそ前人未踏、前代未聞の快挙なのに
あの時会社は全く評価しなかった。まあ、角川さんの性格、突破力を恐れたんでしょうけど。」
角川が退社する前の二年間、岡山営業所は二年連続最優秀営業所に輝いた。全国三十四営業所のトップに君臨したのである。上位にランクされると次年度目標が上げられる。だから、上位ランクを維持することは実際困難であった。トップの前年も四位だった。それにもかかわらず二年連続のトップである。もちろん、営業所の数が二十を超えてからは誰もやったことはない偉業であった。事実、全社をアット言わせたのである。
しかし、角川は評価されなかった。いや無視された。通常、トップを取った営業所の所長は模範とされ、全社会議で半日のレクチャーを担当するのが慣例だった。しかし、角川の場合、ただ、社長から賞状をもらっただけで一言のスピーチもさせてもらえなかった。
角川の取ったいわゆる岡山方式が経営陣の方針に逆らうものであったことと、なにより、角川の攻撃的な性格と口を恐れたのである。角川の経営陣に対する批判は通常の会議においても痛烈だった。
この会社いわゆるベンチャー企業である。社長が一代
15年で築き、角川がトップを取った年の前年に上場を果たしている。しかし、会社が大きくなるにつれて経営陣は守りに入り、社長と専務のイエスマンになっていた。角川ひとりがアンチテーゼと言ってよい。さらに、彼は根回しが嫌いだった。飲み会に行って、上司にゴマをするなど到底できる所業ではない。したがって、彼の知らないところで話は決まっていた。角川は
「酒を飲まなきゃ話が出来ないのなら、会議でも酒を飲めばいい。」と本気で主張したこともある。
ともかく。経営陣は角川の性格を恐れ何も言わさないようにしたのである。
「あいつにものをいわせたら、会社がふっとぶ。」こう言った役員もいたほどである。
「岡山方式ってどんなものなの、キャプテンと関係あるの?」
「一言で言えば、まず他人のことを考えるってこと。」
「全部、一身の安堵を祈らば四表の静謐を祈らん者かの精神ね。」
角川はこの会社に入って
2年目で所長、いや、所長代行になった。規則で年数が足らなかったので所長代行という特別職を作ったのである。異例の抜擢だった。異論もあったが、角川の突破力に会社は期待したのである。まさに、ベンチャーならではの話である。しかし、状況は最悪だった。前任者は心労で入院してしまったのである。成績は最下位であった。彼も苦悩した。なかなか上手くいかなかった。
彼はフットボ―ルをしていた。このころ、セリオは絶好調だった。一部昇格を遂に果たしていた。
「ようし、フットボールと同じに考えよう。ワシはあの代表更迭劇をやり遂げたんだ。それに、一部にも昇格できた。」
協会の人から言われた。
「おまえら、この経験があれば仕事でも何でもできるぞ。」
また、角川の好きな先輩橘高もチームを去るとき言った。
「男の価値はいざというとき本気でけんかができることじゃ。しかし、そんな男は滅多にいない。それが、このチームには二人もおる。ひとり角川じゃ。この男は本気でけんかをした。あのカリスマの中目さんと。角川しか絶対にできんかった。」
角川は方針を二つ決めた。まず目標を決める。フットボールと同じである。
一 ユーザー本位の徹底である。当たり前のことのように思えるが意外に難しい。
1
約束したことは死んでも守る。会社の規則だとかそういう事は絶対に言わない。2
ユーザーが期待することについてはたとえ欠点でも説明する。この会社は建設業相手のパッケージソフト開発・販売会社である。ソフトというもの、不完全である。ましてやパソコンソフトである。バグがあるのは当たり前である。それに、ユーザーが期待していることができないことも多い。普通、ソフト会社はいいことしか言わない。短所は隠す。ここを完全に変えた。出来ないことをまず、しっかり説明するのである。
そこで、直販をメインにしたのである。
この点、会社の方針とは大きく異なった。「販売店を大事にせよ。」「商品のよいとこを見せよ。」である。
二 もう一つは所員の自主性尊重である。
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所員に自らアイデアを出させ、それをやらせる。所長は失敗したとき、その後始末をする。事後でも稟議書、始末書を書く。この点も会社の方針と大きく異なった。それは徹底した管理主義であった。
かかる岡山方式を徹底した。一年二年と過ぎるにつれじわじわ効果が現れた。 ユーザー主義の成果が現れ出したのである。
「お宅はよそと違い嘘をつかない。信頼できる。出来ないことは出来ないと言ってくれる。」そのうち、放ってておいても、客から問い合わせがくるようになった。
また、所員の自主性尊重も効いた。全て所員の権利を先に認めるのである。逆に、後には引けなくなる。
それと、失敗しても所長がかばってくれる。ここに固い信頼関係が形成されたのである。こうなると強かった。女子社員も企業戦士と考え掃除、お茶組みは業者を入れ、自ら仕事をやらせた。
こうして、数年後には七位、四位、そして、ついにトップを取るのである。しかも、信じられないことに岡山営業所は全国で一番早く閉まる営業所となった。
6時半から7時には誰もいなくなる。このこと、奇跡といわれたのである。まあ、角川がトレーニングとフットボールの練習に行きたいことが最大の理由ではあったが・…。
丹野は角川と昔のことをなつかしく話していた。
「ここで終われば自慢話で終わってしまうかもな?。」
「え、そうじゃないの?」
丹野は時計を見た。そして、話をただ聞くだけになった。
話が途切れた頃、すこし間を置いて言った。
「角川さん、ところで、信心の方ではいつになったら暴れてくれるんですか?。僕は期待しているんですよ。角川さんなら凄い戦いができると。」
角川は頭をぶつけられたような衝撃を受けた。
丹野は学会員である。静岡で男子部の本部長をしている。会社関係でただ一人の学会員である。彼は所員に新聞啓蒙や選挙運動を行った。角川は彼を擁護した。
「仕事以外で何をやろうとそれは自由じゃ。会社としてどうこう言うことはできん。」角川がなかなか出来ない分、彼がやってくれたともいえる。
彼の入信動機は大病克服であった。二十歳の頃、友人から折伏された。そのため、彼には確信があった。
以来、男子部で支部長、副本部長を努め、創価班にも入っていた。
奥さんは高校の同級生で学会二世である。彼が学会員になってから偶然出会い息投合した。
静岡は宗門との戦いの最前線である。彼は連日、男子部の同志を激励しているのである。
「角川さんは凄い人ですよ。会社でも今や伝説の人ですよ。僕はファンなんですよ。」
「同志でもあるし。角川さんはあのまま勤めておけば、間違いなく今は役員ですよ。角川君が今入ればなって経営陣も言ってますよ。さらに所長の年収八百四十万を蹴って、新たな挑戦を始めた。」
「アメフトのことはよく知らないですけど活躍されたときいています。」
「だから、信心でも活躍できますよ。先生は全てに勝利って言ってるじゃないですか?。期待してますよ。起ってください。」
これだけ言うと丹野はさっと帰って行った。
後に残った角川に自ら考える時間を与えるかのように。
角川は彼の成長に驚いた。「最前線で鍛えられている奴は違うな」と。
「好い友達だね!。かっこいいし。だから、光ちゃんは信心でも頑張ろうとしているんだ。私にも信心の話をしてくれるし、激励してくれるもん。」
「彼との対話から大事なことを学んだ。本当に有り難かった。」
第六章 認められるということ 終