小説 内なる戦い 外なる戦い
第七章 因縁 そして、外なる壁 内なる壁
この小説は角川の人生の重大な転機に、土門という絶好の聞き役が存在したことで成立する。
角川が自己を振り返るために、土門に感動を与えるために。さらに、もう一つ大きな意味がある。角川という男を紹介するという意味である。この目的を達成するためにはどうしても書かなければならないテーマがある。
それは「因縁」である。
ちなみにこの小説の題材としては、あと、
一 光太郎の少年時代…父に認められるために……そして、フットボ-ルへの軌跡
二 前人未到の二年連続トップ営業所達成(全国三十四営業所中)(第六章として執筆予定。)
三 ボディービル十年…フットボールとケガの狭間のなかで
四 信心と人生
などが考えられる。しかし、この「因縁」を敢えて先に書かなければならない。「時」だからだ。
この「因縁」には爆発の危険がある。爆発すると全てが破壊される。今後の小説の展開はもちろん、今までの小説すら消滅する危険がある。
しかし、難を恐れてはならない。難は乗り越えるためにあるのである。
この難とはある女性という「外なる壁」と、臆病という「内なる壁」である。
「涼子、次は因縁について語らせてくれ」
「なんの因縁?」涼子は酔ってくるとなれなれしくものを言う。
角川は真剣な目をして
「俺と涼子の因縁だ。全部真実だから、心して聞いてくれ。」
角川は語り始めた。
土門との出会いは十八年前にさかのぼる。
マネージャーとして入部したときである。彼女が大学一年のときだった。
三年の角川にとって、彼女の印象は「不思議な奴」、「群れない奴」というものだった。彼女はいつも颯爽としていた。そして他のマネージャーと群れなかった。
角川は同時に感心していた。彼女は非常にまじめなのである。ビデオを撮るため熱心にルールを覚え、試合の流れを覚えた。
翌年の春、角川は四年でキャプテンになった。
彼女は二年の途中からでも、バレー部に入りたいという。フットボール部に在籍したまま。彼女は自宅で腕立て伏せなどの筋力トレーニングをやっていた。実際、角川は彼女の練習を見たことが何度かあったが、フットボール選手と同じ目をしていた。さらに、児玉のことを笑った元マネージャーをひっぱたいたこともあった。
これら一連のことは、角川をして、ますます「好い奴」と思わせるようになる。彼女にスポーツマンとして仲間意識を持つようになった。「根性がある。愛すべき好い奴だ。」そう女性としてではなく、「奴」なのであった。
角川は学生時代に声を掛けた女性が何人かいた。しかし、上手くいかなかった。
しかし、四年の学園祭のときだった。何かのきっかけで(土門が連れてきたような気がする)バレー部のメンバーと盛り上がり、そのなかの四年生の部員と、短い間だったが恋に落ちたことがある。スポーツマン同士気が合ったのだ。やはり、苦しい練習に共に耐え、そして、共に喜ぶというスポーツマンシップの点で共通するのであろう。
このときから角川は、彼女にするなら、スポーツマンが条件と決めた。今まで、もてなかったのは自分のフットボール姿を理解してくれない女性だったからだと。
同じようにまじめにスポーツをやっている女性なら、自分を理解してくれる。それと、根性があることも条件であった。これは別に男女を問わない彼の人物の評価基準であるが……。
ただ、実際、大学や社会人でスポーツを経験した女性は非常に少ない。角川はほとんど知らないといってよい。
若い女で根性がある女、ここが一番難しい。実際、合コン等で出会うことは稀である…。
話は戻る。
土門は角川に「あの人はよくない。」と警告してくれた。その通りだった。このバレー部の彼女には長く付き合っていた男がいたのだ。角川は黙って身を引いた。この種の土門の警告はこの後、もう一度ある。不思議な因縁である。
角川が卒業するときだった。後輩による胴上げのあと、土門が走ってきた。花束を持って。
土門の発案らしい。こういう心意気に弱い角川は感動した。彼女のやさしさと行動力に。
この頃からである 。「愛すべき好い奴」から、彼女を女性として意識し始めたのは。なんのことはない、角川のいう条件にピッタリなのは土門なのである。このことに気づいたのである。
角川はコーチになった。土門はバレー部の三年となった。
彼女はあまりフットボール部に、出て来なくなった。それでも試合には極力ビデオを撮りに来た。角川は試合前に話をする機会があると、バレーのことなど話した。この頃から、角川は彼女への興味が高まっていく。少し話したくらいでは性格もよくわからない。彼はもっと良く知りたいと思うようになった。
恋というにはあまりに切ない淡い思いだった。
彼はそれまで少しでも気に入った女性には声をかけていた。しかし、彼女にはどうしても言えなかった。このマネージャと先輩の関係を守りたかったのである。それだけではない。理想の女性と考えたから、簡単には勝負できなかったのである。
彼は自分の人格の基礎がフットボールであると自覚していた。特に三年・四年と最も輝いているときを見ていた女性は、彼女だけである。そして、彼女自信もスポーツマンである。彼は彼女にするならスポーツマンが理想と考えていた。共に苦しみや歓喜がわかるからである。さらに、彼女には強さと根性がある。これは、男女を問わず彼の人を認めるときの基準である。
こうして、彼にとって彼女は理想の女性になったのである。したがって、女性を判断するときは、常に土門と比較することになるのである。
ただし、理想ゆえに手が出しにくい。
これは外なる壁である。そして、自己の内部にあっては、現状の関係にこだわる臆病、すなわち、内なる壁である。
しかし、恋も戦いと考える彼はかかる壁に挑戦しようとした。
とにかく、あたって見なければ気がすまない性分なのだ。ここらへんは恋もフットボールも彼にとっては同じだった。とにかく勝負しなければ気が済まない。まず、スカウティングとして、土門と同じ三年の阿部に何気なく彼女のことを聞いた。
「あれ、角川さん知らないんですか?、彼女、彼氏いますよ。」野村だった。角川は「理想なのだから、あせらず、またいけばいい。どうせそんなに続くわけがない。」と、とりあえず矛を収めた。なにか、彼氏がいてホッとしているかのようだった。勝負を避ける言い訳が出来たことに安心していたのかも知れない。
しばらく様子をみて、数ヶ月後。
今度も、恋人がいた。ラグビー部員だった。野村ならまだ許せた。しかし、「なぜラグビーなのか?」角川は土門が付き合うならフットボール部員にしてほしかった。自分が付き合えないなら、せめて同僚と。フットボールを愛する彼の願いだったのだが…。
このラグビーのときは少しショックを受けた。「理想だといってもいつも彼氏がいるんじゃ、いつまで経っても俺には恋人が出来ない。こんなことしてまで理想を追うべきか?」
彼はラグビー部員を押しのけてまで、土門にいく勇気はなかった。いっても負けると臆病風にふかれていた。内なる壁である。
この時点で一回目の不戦敗である。
この年代の若者にとって恋は不可欠なものである。角川も同じだった。やはり彼女がほしかった。現実の恋を欲していた。
土門にはいつも彼氏がいる。土門でなくとも、土門と同じような女性の出現も一向にない。大学でスポーツをやっていた女性自体がそもそも希少価値なのである。
卒業以来、彼は結構もてた。学生時代には考えられないことだが、彼に好意を寄せる女性はしばしば現れた。しかし、彼は土門を理想としており、これにこだわった。全てガードを高くして侵入を防いでいたのだ。
ラグビーの件以来、彼の心は揺れていた。
「少しぐらい付き合ったていいじゃないか。」女性と付き合うこと自体、欲してしまったのだ。
こういう時に魔が入る。かねてから自分に好意をもつ女性に対して、ガードが下がってしまった。特に同じ職場の場合、接する機会が多く、ガードが下がりやすい。結局、現実の恋に落ちてしまった。現実の恋は理想の恋を凌駕する。理想と全く違ってもそんなものはお構いなしに進行する。理想の恋が長い間かけて育てたほのかな火と比べ、現実の恋は一日いや一晩で成就しうるのである。なんの勝負もなく、交わりという結果から入ってしまうのである。
まるで魔の如く。土門という外なる壁に正面からあたらず、難をさけ、臆病という内なる難も避ける。だから、魔が入ってくる。
角川はこのパターンが嫌いだった。一人の女性を慕い、思いを打ち明けて男として勝負をする。そんな恋の戦いがしたかったのだ。
でも、結果から入ってしまう現実の恋だとこれが出来ない。
―所詮、男と女は動物なのであろうか?。
なんとも惨めなことが起きた。この彼女、実は別に彼氏がいたのである。なんと土門はこの彼氏を知っているのである。そして、ある日
「角川さん、あの人、良くないよ。」
と土門からいわれたのである。彼女が二股をかけている事を示唆したのである。理想の女性から現実の恋の相手を注意される。情けなかった。角川はバレー部の女性を想い出した。このときも土門は角川に警告している。
なにかいつも見られているような妙な気分だった。土門にまた負けたような気がしたのである。外なる壁はますます高くなったのである。
京大とのドリームボウルに、角川が出場する前、こんなこともあった。例の彼女が
「土門涼子って知っとン。私はあの人が来そうなところには絶対行かん。ひどいひとじゃ。!」
土門とどこかで会ったらしい。ひどく怒っていた。
「あいつは「好い奴」だと思うけど」と反論した。
彼女、理由は言わなかったが、とにかく怒っていた。
「あんた、どっちの味方?」
京大戦も見に来なかった。
このことが原因かどうかはともかくとして、結局、彼女とは別れることになる。
―土門は角川の恋になんらかの形でいつも絡む。この後も……。
―現実の恋が終わると理想の恋を求める。「やはり、土門だ!。」
しかし、角川が別れた頃、土門は次の恋人と付き合っていた。例の警告のこともあり、なんともタイミングが悪い。
角川はその後、大阪のサイドワインダーズには入り、その後、岡山で社会人チームの結成に参加、岡大から遠ざかっていた。土門と会う機会も減っていた。
チームのメンバー集めに奔走していた頃。メンバーの古城が
「角川!おまえ、よっぽどひどいキャプテンだったんじゃなぁ。後輩からよっぽど嫌われとんじゃな!じゃって 「僕は角川さんのいるチームではフットボールをしません」て言うんじゃもん」
藤野のことだった。角川は悲しかった。確かに藤野にはきつい事を何度も言った。しかし、私怨で言ったことはない。「なんでそんなに嫌うのかと」
「角川さんは立派だったよ、藤野はなんでそんなことをいうのか!、なにさまだとおもっとんな」神藪が自分の事の様に怒ってくれた。山根、河合も同じように怒っていた。
「こっちから願いさげじゃ!。」(この件については五章が詳しい)
角川は心の中で、土門のことを考えていた。次の恋人とは、なんとこの藤野なのである。
この時点でも彼女は理想の女性であることに変りはない。しかし、自分のことをここまでいう男と付き合う土門を、いまだに理想としている。このことが惨めに思えたのだ……。
セリオとの提携が決まって、しばらくした頃だった。角川は土門に会ったとき、
「マネージャーになって、また一緒にやろうよ」
その願いを受け入れたのか、土門が久しぶりに颯爽と現れた。
彼女はセリオに入社していた。そして、またマネージャーになった。彼女は恋を経験したからか大人の女になっていた。
例の彼女以来、角川は女性との交際はなかった。角川の理想の女性は未だ土門であった。これは維持されていた。やはり、理想以外の女性と妥協したくなかった。土門か、土門のような女性を求めた。しかし、そのような女性が現れることはなかったのである。
チームのマネージャーの家森からアプローチを受けたこともあった。フットボールの姿を理解してくれる点はよかったが、彼女は理想の女ではなかった。彼女は古城を通して、あるいは、手紙を出したりと積極的だった。その後も同じく、マネージャーの兵庫も好意を彼に寄せたが、角川はガードを崩さなかった。
そこに、再び土門の登場である。しかも、さらに魅力的になって。
しかし、角川は藤野のことを想い出していた。「全く俺と相反する男が好みのタイプなのか?」角川は土門に憧れつつ慎重にならざる得なかった。
ただ、飲み会やスキーに一緒に行くなど土門と話をする機会は結構あった。
さらに、彼女は大学のときと同じくビデオを撮った。このなかで彼女は熱狂するのである。ときには、角川も名前を呼ばれた。このとき、彼は嬉しくて仕方がなかった。
次第に、角川は彼女への傾斜を深めていった。前回よりも今回の方が燃えていた。「やっぱり、好い奴だ」角川は彼女のことをこう表現した。仲間意識が基本にある。そしてその上に女性としての魅力、人間的な強さ、根性そしてまじめさに惹かれていた。やはり、彼にとって理想の女性であったのである。
彼は意を決した。確かにチームでの良好な関係を保ちたい。が、燃える炎を制御できなかった。
とにかく、失恋してもよいから一度は土門と正々堂々、男の勝負がして見たかったのだ。
きっかけを探った。事務的な電話の際や練習で話をしたとき、誘おうと何度か思ったが、なぜか彼女の前では緊張して何も言えなかった。やはり、外なる壁、内なる壁である。
彼はこれらの壁を超えようと、必死にもがいていたのだ。
そんな頃、衝撃的ニュースが飛び込んだ。土門がセリオの寺崎社長と交際中、しかも結婚するという。苔口が言ったこともあって、にわかには信じられなかった。しかし、
「寺崎社長が「土門と結婚する」とワシにいうたぞ」この橘高の言葉で敗北は決定的となった。
今回、角川は土門に彼氏がいても勝負する気合だった。実際、藤野と未だ切れていないという噂もあったが、どちらでもよかった。しかし、寺崎社長と婚約ではさすがに旗を巻かざるを得なかった。寺崎社長もフットボラーだったことや義理を感じていたことも効いていた。
彼は今回、かなりショックだった。結婚によって、彼女との勝負の機会は永遠に失われると考えたからだ。そうすると、彼女の影は今後も彼の心に残るのではないか?そんな不安に駆られた。彼は後悔した。「もっと早く勝負をかけるべきだったと。」外なる壁、内なる壁は永久に残るように思えた。
ニ回目の不戦敗である。
不思議な因縁だった。歴史は繰り返す。かねてより、角川に好意を持っていた女性と現実の恋に落ちた。今回も角川は前回同様、ガードが下がってしまったのである。角川は自分を慰めた。「理想を追うのはよいが、土門のような女はもう現れないだろう。それより自分のことを好いてくれる女の方がいいのではないか?。男と女は縁だ!」会う機会が多い職場の彼女と恋に落ちた。この点も前回と同じである。
この彼女も魔であろうか?。今回の難には、彼なりに挑んだといえる。遅かった感は否めないが。それに、ことは婚約である。こうなっては手が出せない。
さらに、この彼女を折伏するのだから、魔とはいえないのではないか……。
彼女は何とかして助けたくなる女性だった。理想とは違う女性だった。ただ、前向きに生きようとする心と、角川を慕う心に惹かれた。
現実の恋はいとも簡単に一日で成就するから怖い。そして猛烈に進んでいく。今回も前回同様、なんら勝負することなく結果から入ってしまった。
彼は彼女を自立させ、幸せにしたかった。彼女は弱かった。彼は励まし、そして、ついには仏法対話を始めたのである。初めての折伏に挑戦した。彼はそのため仏法をかなり勉強することができた。そして、彼女は「やってみたい」と言い出したのである。角川は喜んだ。折伏はなにより幸福感を生む。この信仰を守らなければならないと強く思った。付き合ってきた責任と折伏した責任を感じ、結婚しようと考えるようになった。特に信心をもって立たせようと考えるなら、結婚までしなければ、彼女は永遠に仏法に背を向けると考えたからだ。もちろん、折伏が結婚の目的ではない。彼女を励ますことが彼女への愛だったのである。
―ただ、皮肉にもこのことがのちの破局の原因となるのである……。
彼女に仏法対話をして後、バスタブで土門らと飲む機会あった。土門は怒ったように言った。
「寺崎社長とは付き合っていないし、結婚の意志も全くない。」
どうも単なる噂のようだった。
角川は苦悶した。「なんということだ。この前の不戦敗は勘違いだったのか?。」確かに、婚約から数年も経っているのに結婚しないのでおかしいと思っていた。
またしても、角川の中で土門の存在が大きくなった。
この後、長い間、彼は苦悩する。
「このまま結婚してよいのか?。それとも土門と勝負すべきか?。」と。
しかし、付き合って来た責任と折伏の責任から、彼は結婚する意思を貫いた。
「土門のことはどうせ実らぬ恋だ。俺なんかタイプじゃないんだ」と、「やはり、同じ信仰を持つ女性の方がよい。」と、自分に言い聞かした。実は土門が同じ信仰を持っていることなど露とも知らず……。
もちろん、最大の理由は、男として、仏法者として一人の女性を不幸にはできないと考えたからだ。こうして土門への炎は理性によって消された。彼の欲する勝負型の恋の願望はここに終わる。三度の不戦敗のおまけをつけて。
そして、彼は土門を結婚式に呼んだ。彼自身の決別の意味を込めて…。
かくして、土門の存在は、彼の全ての恋愛にからんだのであった。ここに、土門との因縁は完全に終了したかにみえた。とうとう、壁は乗り越えられないままに……。
しかし、人生において、一瞬先は全くの闇。せっかく万難を排して、押し通した結婚であったが、運命は非情である。この結婚には、破局につながる重大な問題があったのである。
にもかかわらず、角川は、信心を持って立てるようになるまで離婚はできないと考えた。彼女が永遠に信心から離れると確信していたからである。これは折伏した者にとって、耐えられないことなのである。結局、彼女が信心を持って立てると確信するまで、六年に渡り結婚生活は続くことになる。
離婚が決まったとき、二人にとって、寂しさはあったものの晴れやかであった。
別れも歓喜である。離婚は暗いイメージがあるが二人の成長、幸福のための明るい離婚もここにあるのである。
彼女は角川に礼を言ってくれた。自分に信心を教えてくれ、しかも、それが根付くまで一緒に生活してくれたことを。
この言葉で彼は報われた。寂しさはもちろんあったが…。
なお、土門との因縁もつづく。
結婚により決着したかに見えた。実際、角川の心の中ではついていた。
しかし、変化が起きた。土門が学会員であると知ったのである。このこと、皮肉にも妻から聞いた。このとき、角川の顔は困惑を隠し切れなかった。土門が信心していないことも彼女への思いを断ち切る理由の一つだったからである。
―なんという皮肉か!。学会宣言していなかったことへの仏罰か?。
「やっぱり、土門さんが好きだったのね。もっと早くから知っていればよかったのにね。」この妻はきつい冗談をいう。いや、女の勘は鋭い。結婚前にも土門と角川が話しているのを見て、
「あのひと誰?、あなたと付き合ってた人?。」
角川はただの腐れ縁だと言ったが、彼女は怪訝な顔をしていた。
さらに、結婚直前にも
「本当に私でいいの?、他にいい人がいるんじゃないの、土門さんとか?」
「あいつとはそういう仲じゃない。仲間なんだ。」と答え、結局結婚を押し通した。
繰り返すが、彼女への折伏は愛とイコールであった。
ともかく、角川は因縁を感じた。彼女はフットボール関係者で、いや彼の友人関係で唯一の学会員である。
(学会員ゆえの友人はいるが……)しかも、彼の理想の女性である。さらに、彼女は大学、セリオと彼のフットボールを見てきた唯一人の女性である。
そして、彼女自信もバレーを大学、社会人とつづけているスポーツマンである。さらに、角川と同様ウエイトトレーニングも続けていた。
彼は信仰を同じくする、スポーツマンシップを持った友人がほしかった。そんな奴がいれば人生に役立つ話が出きるのにと。
それが、友人どころか、彼が理想としてきた女性が同じ信仰を持っているという。
―こんな偶然が他にあるのだろうか?
―奇跡といえないか?
角川は昔を振り返った。とくに児玉のことを思い出さずにはいられなかった。あのとき、題目を送ってくれた奴がもう一人いたことを、嬉しく思わずにはいられなかった。逆に、もっと早く学会員と知っていれば、フットボールやスポーツと信仰について良い話し相手が出来たのにと、嘆かずにもいられなかった。
しかし、彼は土門と交流することを控えた。ただの友人関係だけではすまされず、家庭の大火事になることを恐れたからである。
それから数年がたった。
セリオの飲み会で土門がやってきた。久しぶりに角川は彼女と話が出来た。学会のことトレーニングのことなど話した。
そして、二次会、バスタブでのこと。二人で話していたとき。
「角川さんていい男よね、でも、角川さん、とうとうこんかったなあ。」酒席の放言とはいえ、冗談とは思えない。真顔である。
角川には衝撃だった。「こっちの気も知らないで!いい気なもんだ。行こうと思っても行けない事情があったんだ。それとも行ったら勝てたのか?」と思いつつも、自分に好意をもってくれたことを嬉しく思った。
反面なんだか惨めだった。彼女の言ったことが、本心ならまるで喜劇である。理想の女性へのアプローチを嘘の噂で翻弄され、勝負できなかった男。実はその男との勝負を待っていた女……。
―仏罰か?学会宣言しないことに対しての。
角川の根は純情である。こんなことを言われ、再び彼女への炎が上がった。
いったい何度目であろうか?彼女にしてみたら迷惑な話かもしれない。それはそうである。今までの不戦敗にしても、彼女はただ存在していたに過ぎない。ただ、角川が勝手に踊り、勝手に泣いていたのだ。
でも今回は違っていた。皮肉にも今度は彼女のほうから火をつけた。いや、そういう格好になった。彼女は角川の結婚生活の実態について何も知らない。だから、気楽に酒の力を借りてこのような放言をしたのかもしれない。
しかし、角川は火を燃え広がらないように消した。家庭の崩壊を恐れたからである。妻の幸せのために…。
―これも不戦敗か?そうなら四回目である。
この後、土門は偶然、彼の妻と会う。
角川は土門が鼓笛隊に入っていたことを聞いた。角川は土門の強さの根幹を知った。
「土門さん、あなたのこと意識していたみたいよ。私、刺されそう。」とまたきつい冗談をいう。この点、彼女は、角川が土門のことを忘れきっていないと信じていたようだ。いや、土門がどうのというより、自分が望まれていないと疑うことが、折伏目的の結婚という疑いと合わせ、破綻の原因となったのである。
その翌年。再びバスタブでのこと。
「光ちゃんは私の理想の人!光ちゃんみたいな人を紹介して!、光ちゃんの奥さん、うらやましい。」とまたしても土門の放言である。
角川はパンチを食らったような衝撃を受けた。
「理想の人?」どこかで聞いた言葉だ。そうである。角川が土門をして、理想の女と言っていたのだ。ということは理想の相手同士ということになる。そして、嬉しさがこみ上げた。万歳したい気分だった。
一人の男がある女を理想と言った。しかし、思いは遂げられなかった。その後になって、この女はこの男を理想だと言う。なんともいえない因縁である。
今回は前回とは状況が大いに異なっていた。結婚は重大転機を迎えていた。このとき離婚は秒読み段階になっていたのである。もちろん、土門のこととは無関係に。
角川は少し調子に乗ってしまった。理想の人といわれ、喜ばない男はいない。ましてやこちらが理想とする女性からである。
「ワシみたいなのはワシしかいない。ワシを紹介しようか?」このこと彼はよく知っている。
彼はかつて、土門を理想にして、土門がだめなら、土門のような女性の出現を待っていたからである。しかし、いるわけがないのである。土門は土門、角川は角川である。
「私、人のものは取らないの」
「ワシは誰のものでもない、自由じゃ。離婚だってするかもしれないし」と冗談ぽく言った。もちろん彼女は離婚話など知らない。角川は籍を抜くまで決してこのことは言わないと決めていた。
「もし離婚したら、私、そのあとに入ろ!」角川も嬉しい反面、面食らったことも確かであった。
―どこまで本気なのか?
このあたりやはり「不思議な奴」だった。ただ彼女は真顔だった。前回同様、彼女は角川の結婚生活について知らない。だから、気楽に酒の力を借りてこのような放言をしたのかもしれない。
でも、こんなことを冗談で言えるだろうか?。ともあれ、かかる土門との話によって、角川の彼女に対す思いに火がついたことだけは確かである。
その後、土門とメールでやり取りをするようになった。去年も年賀状にメールアドレスは書いてあったのだが、彼は大火事をおそれ、あえて無視した。
しかし、今回は状況が全く違う。
最初のメールにまず驚いた。土門は彼氏と別れたばかりだった。不思議な因縁である。角川の離婚と時期がほぼ同じになった。
彼女はメールで今まで彼が知らなかったことを多く教えてくれた。恋愛のこと、信心のこと、鼓笛隊のこと、代配のこと、彼は次第に彼女の素顔を知るようになった。
とくに、代配には驚いた。朝早くから新聞を配るのである。それも、フルタイムの仕事をもっているにもかかわらず、月の半ば近くも。彼自身も代配の経験がわずかだがある。彼は、こんなきついことをやっている彼女を頼もしく思わずにはいられなかった。彼女の新聞を配る姿を、女酒豪の姿から想像することは出来ないだろう。彼女の根幹はやはり真面目で、根性のかたまりなのである。角川は、このことを改めて認識したのである。
ともかく、彼女はセリオの頃抱いていた理想と変らなかった。いや、信心を持っている点でより理想に思えたのだ。
角川は「小説人間革命」のように、自分をモデルに小説を書いた。自分を見つめなおすため、土門に喜んでもらうため、そして、土門の紹介依頼にこたえるために。
この年、角川の人生にとって大転機であった。
結婚(前年離婚を決意)、受験(当初より五回の期限を決めていた)これらに決着をつける予定の年であった。
その開始にあたり、自分を振り返った。これも、土門という聞き役の存在があったからである。(このこと第五章ですでに述べた。) 不思議な女性である。彼女に対しては緊張感と安心感が同居する。
―緊張感、すなわち、この女に負けたくない。自分も頑張らなくてはと思わせる。男を成長させる女。
―安心感、すなわち、隠し事をしたくない。何でも話したくなる。さらに、厳しいことでも、彼女のためなら言える女。
根性がある女は、男を成長させる。男を負けん気にさせるからだ。厳しいことが言えない女では、女の成長もない。女が甘えるからだ。
―「愛すべき好い奴」、「おなじ信仰を持つ同志」、これに加え、「熱い思いを抱かせる女」
すべてにおいて決着をつけるべき年、土門のことも同じである。
正式に離婚した後、記念会館で偶然、彼女と席が隣になった。十八年間で初めて、学会で出会ったのである。これも不思議な因縁である。角川には、キックオフの笛のように思えてならなかった。
かくして、十八年という歳月を振り返った。
角川は土門に理想を求め、それが破れるたびに現実の恋に落ち、現実の恋に破れると、また理想を追いかける。今回も同じである。この繰り返しである。さらに、土門は彼の恋愛の全てに何らかの形で絡んでいる。
繰り返しになるが、彼女はフットボール関係者で唯一の学会員である。さらに、彼女は大学、セリオと彼のフットボールを見てきた唯一人の女性である。
そして、彼の理想の女性である。彼女自信もバレーを大学、社会人とつづけているスポーツマンである。これに加え、彼女はいまだ独身である。すでに、三十代後半になっているのにもかかわらず。
―因縁である。
―奇跡である。
―運命かもしれない。
思えば、角川は土門にアプローチしようと何度も試み、その度に外なる壁、すなわち、土門に恋人や婚約者(?)があり、また、角川に婚約者があるという事実。 また、内なる壁、すなわち、現状の関係に甘んじようとする臆病という事実。かくなる壁を乗り越える機会は寺崎氏との婚約で、一度は死に。そして、復活したものの、角川の結婚で、墓場に入ったはずであった。
それが六年という歳月のあと、再び甦るのである。土門の角川を喜ばせる言葉とともに。もちろん、この言葉がなくても離婚は成立しただろう。しかし、土門の壁は高い。この言葉がなければ、ここまで燃え上がったであろうか?。土門が知らず知らずのうちにお膳立てしてくれたとも言えるではないか。
確かに、現状の関係だけでも角川にとって、いや、土門にとっても大きな財産であることは間違いない。かかる関係を大切にしたいのが当然といえる。
しかし、この機会を逃したら彼女との勝負の機会は、こんどこそ永遠に失われるのではないか?。彼はこう考えた。
誤解を恐れずに言えば、仏意、仏勅といえるかもしれない。
「一人の女性に正法を持たせるために、結婚させた。その目的が達せられると、
かって思いを寄せた女性が待っている。しかも、同じ正法を持って。」
土門との出会い以来、炎が上がり、メール、電話で話すうちに、熱い思いは高まっていた。彼はどうしてもこの思いを告げたくなった。真剣に付き合いたいと思うようになったからだ。たとえ、その先に何が待っていようとも…。
もっとも、彼女の失恋のキズを癒すには、もう少し時間を空けたほうが良いのかもしれない。しかし、恋の病は自分勝手なのである。「時」は待ってくれないのである。
この熱い思いは、けっして、離婚の寂しさによる反動ではない。土門を思う純粋で真剣な気持ちから生まれたのである。
―土門が落ち込めば元気付けたい。
―土門がフラフラすれば厳しいことをいって励ましたい。
―土門の体調が悪ければ何とか役に立つことを考えたい。
「愛すべき好い奴」であり、「同じ信仰を持つ同志」であり、「熱い思い」があるから。
かくして、角川は十数年来の土門との因縁に決着をつけるべく、正々堂々、真剣のブロックを土門にぶつけようと決心した。
もちろん、男と女とは理屈ではない。「運命だ」、「因縁だ」といったところで彼女が首を横に振ればそれまでである。 しかし、難を乗り越えるためには、結果を恐れてはならないのである。
ただ、正面突破あるのみである。
「はたして、角川光太郎のブロックは「土門涼子という外なる壁」を、「臆病という内なる壁」を、ぶち破ることができるであろうか……?。」
あとはただ現実があるのみである………。
第七章 「因縁 そして、外なる壁 内なる壁」 終
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