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(2003.12.14)





 ーーーアレ?




『んっ、くふっ。』
 既視感。
 遠くで誰かの声がする。俺はこの声を聞いたことがある。
『はあっ・・・んッ・・・』
 音・・・濡れた音。
《くちゅくちゅ・・・じゅるっ・・・・》
 快感。
 キモチイイ・・・。俺は、何を、しているんだ・・・ろ・・・何をされて・・・???
『ああ・・・すご・・・こんな、堅くなってる・・・』
 カオス。
 下半身の方から、声が・・・。スースーする・・・スー・・・
 ・・・・・・。


 ・・・・・・。


 ーーーって、オイ!?


 がばっ、と上半身を起こした俺に、ヨシは涼しい顔で、上目使いに挨拶をした。

「オハヨー、ハチくん。朝から元気だね。・・・キモチイー?」
「・・・・・・・イイ。」



 ーーーヤラレタ。

 ううん、と呻く俺。くすくす笑うヨシのその手にはもちろん、ヨシの唾液でてかてかに光って、朝っぱらからギンギンにおっ勃ってる、俺のモノがしっかりと握られていた。

***

 何度も言うが、俺は性欲と食欲と睡欲には正直な男だ。その都度順番が変わっているのはあえて、深い追求はしないでおくが。
 そんなわけで、朝っぱらから妙にスッキリした気分で朝食をとった。俺のその顔を見て、結構タフなんだね、というヨシの声が、キッチンに置かれた2人がけのウッドテーブルの向かい側から聞こえてくる。彼はまだ少し眠いらしい。さっきから何度も欠伸を繰り返している。
 昨夜は結局、ヨシと家に帰ってきてから後は全く記憶がない。聞けば、部屋に入ってベットの前に立つなり、重力の赴くままに綺麗に放物線を描いてダイブして、そのまま高いびきで眠ってしまったらしい。まあ、いつもどおりだろうが。
「もう、ハチくん倒れたかと思って、救急車呼びそうになったからね!?」
 いつかの年末に、ビンゴ大会の景品で貰って以来一度も使ったことのないエスプレッソマシーンをセットしながら、ヨシは昨夜の出来事を話した。
「で?何の用なの?ハチくん。」
「ん。」
「ん。じゃないよ。俺、シゴトの途中だったんだからね?」
 口いっぱいにフランスパンを頬張りながら、俺はムグムグと適当に相づちを打つ。
「ったく・・・あんな大金・・・あれはアンタが勝手にアイツに渡したんだから、俺は知らないんだからね。返さないよ?」
 返して貰おうなんて最初から思っていない。俺はやっとの思いでパサついたフランスパンを飲み込むと、コーヒーを一気に流し込んだ。それを横目で見ながら、ヨシは心底つまらなそうに、
「どうせアイツにやるなら、俺にくれれば良かったのに・・・アレ、俺の身体何回分の値段だよ・・・。」
 と呟いた。
「(1回)いくら?」
 聞いてみたら、
「5千円。」
 随分と安い値段で驚く。
「だって、俺キズモノだもん。あんまり寝たいとか思ってくれる人いないよ。この腕見れば、大抵のヤツは引くか、病気持ってるんじゃないかって疑うし。・・・ああ、安心して。例え持ってたとしても、この間はちゃんとゴム付けたから。」
 そう言う問題じゃなくて。
 淀みなく答えるヨシを睨んで、その右腕を捲ると、新しい傷からほんの少し血が滲んでいた。
「あー、これ、カサブタ出来ると痒くて引っ掻いちゃうから・・・かゆっ・・・」
 そういって掻きむしるヨシの手を止め、絆創膏でも・・・と思ったが家には救急箱なんてあった試しが無いのを思い出し、とりあえず嘗めた。
「あははッ、くすぐったいよ、ハチくん。」
 無邪気に笑うヨシをまた睨んで、捲っていたシャツを下ろし、腕のボタンを止めてやる。
「何でハチくんに睨まれなきゃなんないわけ?」
 まだ痒いのか、掻こうとすれば俺が睨むので、ヨシはときどき腕をこすりながら、出来たばかりのエスプレッソを飲んだ。
「言っとくけど、盗んだロレックスとバカラとジッポーとクロムハーツ数点は、もう売っちゃったからね。買い戻しに行ってもきっともう無いし、お金も全部使ったから無いよ?」
 ここまで開き直られるといっそ清々しいな、と感心すら覚えて、俺はヨシを見た。そう言えばそんな物が家に置いてあったかも知れないが、全部貰い物か、以前付き合っていた女が置いていった物だ。盗んだことを俺がまったく気が付いていなかった事を知ると、ヨシは言って損したと舌打ちをしてそっぽを向いた。
「でも、まあ、盗んだことは盗んだし・・・。返すよ、別の方法で。」
 目を上げると、にっこりと笑うヨシの顔がある。大体の見当は付く。
「・・・カラダ。」
「ピンポーン。当たり。」
 貼り付いた笑顔で頬杖を付くヨシの、頬を抓る。
「いてッ。ったく、なんなんだよ、ハチくんはーッ。」
 怒り出したヨシの頬にさらに力を入れた。
「いったッ・・・アンタ、いーかげんに・・・」
「帰るトコ、あるの?」
 本格的に怒り出したヨシの声を遮ってそう言うと、ヨシはまだ抓られたままの頬を気にしながら、ふて腐れたように「ないよ。」と答えた。
「そうだよ。だからいーじゃん、暫くココ置いてよ。ちゃんとカラダで払うから〜。俺のセックス、良かったデショ?癖になるって、みんなに言われるし。盗んだ分も、そのうち払うから。」
「どうやって?」
「売りだよ。わかってるんでしょ?」
 もはや笑顔を貼り付ける必要も無く、ヨシは開き直ったのか、不機嫌な顔で捲し立てた。やはりそうなのかと、俺は眉根を寄せる。抓ったままの手を離すと、ヨシは恨みがましそうに「いてー。」と言って頬をさすった。
「・・・クスリは?」
「クスリ?・・・ああ、やってないよ。クスリなんか使わなくても、ココ切るとねえ、すっごいキモチイイの。」
 恍惚とした表情を浮かべるヨシに溜息が出た。確かに見た感じ、腕に注射の痕は無かった。とりあえず聞きたいことは全部聞いたので、食べ終わった皿にコーヒーカップを重ねて、俺は席を立った。

「ココに居ていい。けど、売りしたら警察行く。」
 シンクへ行く途中、ヨシを見下ろしてそう告げる。素直な返事が返ってくることは期待していなかったが、案の定、ヨシは眉間に皺を寄せ、かなり嫌そうな顔で見上げた。
「ーーーーはーあ?!」
「腕も切るな。」
「ナニソレ。」
「おわり。」
「ーーーーっ、ナニソレ、って言ってんだよ。なんでアンタにそんなこと指図されなきゃなんないワケ!?」
 俺の言葉に、ヨシはイライラとして立ち上がり、俺を追い越してシンクへ行くと後ろ手に両手をついて睨んだ。
「カンケーないじゃん。つか、ナニ?何なのアンタ?ウザッ、ウザイよ。何なんだよ。いーじゃん、セックスしてりゃ。俺のカラダ、適当に弄べばいーじゃん。あーーーー、もー、やってらんねーッ。も、いいよ。出ていくし。金は返す当てないし、悪いけどバイバイ。」
 そのまま疾風のように俺の横を通り過ぎて行こうとするヨシの腕を掴む。
「なんだよッ!!」
 俺は無言でシンクに食器を置いて、ヨシの手を握ったまま力のままに引きずって、玄関のドアを開けた。
「ハチく・・・」
「もう、終わり。」
 ぎゃんぎゃん喚くヨシを無視して前へと進む。足早に向かうその先は、ヨシにとっていい場所なのか悪い場所なのか分からない。けど、今はただ、ヨシの手を離す気はなかった。



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