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(2004.01.21)
| 「・・・ああ。」 「ああ、ってナニソレ。聞ーてないし。つーか、有り得ないしッ。」 今日のヨシはどうやら機嫌が悪いらしい。俺はいつものように適度に相づちを打ちながら咀嚼を続ける。 「だってさ、だって・・・有り得ないよ、うん。絶対有り得ない。ハチくんが『逢澤八重』だって・・・」 そうか?と俺は首を傾げて目の前のフランスパンに手を伸ばした。俺とヨシとの関係は全く持って変わっていない。ヨシが一方的にしゃべって、俺が相づちを打つ。 以前は共通の話題もなく、ヨシは暇さえあればホラー映画ばかり見ていたが、今では薫という共通の知人が出来た所為か、それとも仕事でホラー映画付けの生活をしている所為か、ヨシはめったにレンタルビデオ屋に行くことはなくなった。それがいい傾向なのか悪い傾向なのかは分からないが、変わりに薫から俺に関する色々な事を吹き込まれて帰ってくるようになった。 「ああッ。ダメだってハチくん。炭水化物ばっかり採っちゃ〜。ちゃんと、野菜もッ。」 差し出されたニンジンのソテーを、顔を顰めつつ口に放り込んだ。なんでニンジンがこんなに甘いんだ。俺にはこの方がよっぽど有り得ない。 「だってさ、」 俺がニンジンを飲み込むのを見て満足したらしいヨシが、また話題を元に戻す。 「だってハチくん、普段ほっとんど、しゃべんないんだよ?何か言ったとしても、「ああ」とか「うん」とか「ハラ減った」、「ネムイ」とかさー・・・それがなんで今話題の人気脚本家、『逢澤八重』だったりするわけ?あんなテンポ良い脚本書く、あの作家だよ?」 「(見たこと)・・・あんの?」 「あるよー、ドラマ始まる前からあんだけ話題になってればさー。それにハチくん、去年映画の脚本で賞貰ったじゃん。あと舞台も。あーも、信っじらんねー!」 そうか?と首を捻り、今度はサーモンへと手を伸ばした。ヨシが来てからというもの、毎日の朝食が豪華だ。まあ俺は朝食なんてほとんど採ったためしがないんだが。栄養補給のゼリーを片手に、朝はいつも低血圧でピリピリしていた俺の変わり様に、スタッフ達には彼女ができたんじゃないかと影でどころか公然と噂される始末だ。 「じゃあ、ねぇ。ハチくんがあの人気俳優だった『倉岡征士』の子供だって、あの噂、ホントなの?」 「・・・・・・ああ。」 「ええーーーー!?マジで?うっわー・・・どうしよう、ワイドショーとかに高く売れるかなー?」 はしゃぐヨシに、俺はまだ咀嚼を続けながらそっけなく言った。 「売れない。」 「えー、そうかな?」 「隠してない。」 「そうなの?・・・あー、でもやっぱ止めとこうかな。ハチくんにとって辛い思い出だろーし。確かお母さん・・・女優の『岸本佳奈子』と一緒に、亡くなったんだよね?飛行機事故で。」 父母の話が出てくる事には慣れているが、しかし話題を振られるのには未だに慣れない。別に辛い思い出ではないが、苦い思い出ではあるから。記憶の中から『あのひとたち』を呼び起こす時、それはいつでも苦さを伴うのだ。ほろ苦いとか、そんな甘い感触ではない。幼い頃に近所の老医から出された、黄土色の粉薬みたいに飲み難く、後味も悪い。 知らず顰めっ面になった俺を見て、ヨシは慌てて言葉を取り繕う。 「あ、あのね?本当は、すぐにネタ売っちゃおっかなー、とか思ったんだ。薫さん・・・社長から聞いた時。で、でも俺もそんなーにキチクじゃないし、ね?ハチくんの反応見てから考えようとか思ったんだけど・・・やっぱやめとく。」 全くフォローになっていないフォローをして、ヨシは満足そうに笑った。俺もなんだか無性に可笑しくなって、強引にヨシの腕を引く。 「ん?な、なにッ?」 驚くその口を、キスで塞いだ。丁寧に舌を絡めて、味わうように唾液を交換する。 「んッ、・・・ちくん、何か・・・怒って・・・る・・・?」 なんだ、ヨシにしては結構勘がいいな。心の中で舌打ちをして、そんな余裕すらなくなるように、ヨシを蕩けさすことに専念した。 俺は、一昔前までは、ものすごくよくしゃべる男だった。それはもうべらべらべらべらと、際限なく。薫と出会った大学の頃は特にピークで、初めて会った夜に一晩中しゃべり明かして意気投合した俺らは、毎日のように遊び歩き、女と寝た。一晩に何人も相手をしたし、時には途中で薫と女を交換したこともある。薫はどこへ行っても目を引くその顔立ちで、俺はどちらかと言えば話術で、朝だろうが夜だろうが、大学の構内だろうが最高級のホテルだろうが、ナンパに明け暮れた。 俺はその頃話のタネとして薫に『四枚舌の男』と、妙な異名を付けられていた。一度会話に火が点けば、相手を飽きさせることなく笑わせるネタをいくつも持っていたし、ベットの上では裏腹に相手をその気にさせる甘ったるい言葉を平気で吐いた。嘘なんて星の数程も付いた。 けれどある日、俺のその態度は豹変してしまった。その日のことは良く覚えている・・・ 「ハチくん・・・?」 いつもと違う俺の態度が落ち着かないのか、いつものように主導権を握ったケダモノのようなセックスじゃなければ満足出来ないのか、ヨシは始終視線を泳がせている。 「いーから。」 脇腹を何度も撫で上げ、丁寧な愛撫を与え続けると、ヨシは熱い息を吐いて諦めたように瞳を閉じた。無意識に左手が右手にある傷を掻く。 ヨシが落ち着かない証拠。 それをも丁寧に嘗め取って、ヨシの身体を少しずつ開く。体の線に沿って、静かに手を後ろの窪みまで這わせると、それだけで感じるのか、ヨシは身体を震わせて喉を鳴らした。そのままずぷりと中指を限界まで押し込み、小刻みに揺らす。俺のモノを飲み込ませる為に、じっくりと粘膜を広げる。いつもはあまり丁寧にしてやらずに一気に押し込んでしまうので、ヨシは少し気が動転しているようだ。やはり落ち着かない様子で、催促するように腰を揺らす。 これ以上は限界らしい。ヨシの足の間で体液を零すそれを見てそう判断し、ヨシの足を限界まで開き、そして繋がった。 俺とヨシがもっとも近く、もっとも遠くなる瞬間。 「ああッ・・・」 ヨシが声を上げて仰け反った。宙を彷徨う視線。別世界への逃避。 俺の声など届かない場所へ。 |