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(2004.02.01)

 中学2年の春まで、俺はある女に育てられた。『ようちゃん』・・・逢澤陽子。人気俳優だった俺の親父の、数ある愛人の1人。

 俺の母親は女優をしていて、見た目も内面も派手な女だった。自分至上主義で、他人の事なんか気に掛けている暇など無い程。俺を産んだ後、俺の世話なんか一切したことはなかった。
 それが寂しいとか考えたことはない。物心ついた時には俺の隣にはいつも『ようちゃん』がいたし、10歳になるまでその人が全くの他人であることに気が付きもしなかったから。母親には年に一度会えればいい方で、会っても媚びた女の嗤いでもう女は知ったのかとか、あの女優は自分より劣っているだとか気にくわないだとか、父親の稼ぎが誰々より多いだの少ないだの、そう言う下卑た話しかしてこなかった。俺は母親に会うのが次第に苦痛になっていった。
 どういういきさつで『ようちゃん』が俺と一緒のマンションに住んでいたのか、その詳細は未だに分からない。母親は特に嫌悪の顔も見せず、家政婦のように扱っていた。知らなかったのか・・・いや、知っていたのだろう。『ようちゃん』は家庭的な、大人しい感じの人で、大輪の牡丹のように鮮やかな母親には、路肩に咲く小さな花である存在はさして気に掛かるものではなかったのだと思う。寧ろ都合良く、自分の下僕のように扱っていた。

 どうして『ようちゃん』は出ていこうとしなかったのか。本当に親父を愛していたのか。

 わからない。
 だが、親父が帰ってくる時、彼女はいつもより入念に鏡の前に座っていた。俺はいつも『ようちゃん』の後ろに隠れて、慣れない男をじっと見上げて出迎えた。これみよがしにやさしい言葉を掛けてくる男が薄気味悪くて、俺はいつも口を閉ざしていた。そうすると親父は不機嫌になって、「お前のしつけがなっていないから」だとか「他人の子に捧ぐ愛情はないのか、この人でなしが」とか『ようちゃん』に向かって罵倒する言葉を浴びせかけるので、それから俺は親父が帰るたびに機嫌良く出迎え、親父の望むようなほんの少しハメを外した、大人びた言葉を扱う、子供内ではリーダー格の優等生と言われる少年を演じた。
 親父や母親の血を引いていた所為かどうなのか、俺の演技は見事に親父の目を眩ませ、それから『ようちゃん』はあまり罵倒されることが無くなった。親父は俺と『ようちゃん』と形ばかりの軽い食事をすませると、子供はもう遅いからと言って俺を自室へと追いやる。それから後、聞こえてくる喘ぎ声に俺は小さくなってじっと耳を塞いでいた。


「ヤダ・・・ハチくん?・・・い、イかせ・・・ッ・・・」
 目の前が白くぼやける。俺は焦らすように、ヨシの、硬さを増して濡れてひくつく先端部に強く爪を立てた。
「イタ・・・イ。」
 泣きながら必死に頭を振るヨシを見下ろす。

 俺たちはお互い、何か欠落しているんだと思う。

 堰き止めた手はそのままに、赤く誘うように色づいているソコを指で押し広げ、ゆっくりと挿入した。粘着質な水音。声もなく、息を呑んで白い喉を仰け反らせるヨシを見て、また、立てた爪に力をこめる。
「あああっ!!」
 あまりの痛みにヨシは声を上げたが、俺は容赦なくヨシの足首を掴んで頭上へ押しつけ、劣情のままに何度も、奥深くまで剔るように何度も貫いた。
「お願いっ、ヤダッ!!はっ、ハチくんッ・・・」
 びくびくと身体を震わせて懇願するヨシに、俺もその想像以上の締め付けに限界を感じ、押さえつけていた指を離す。
「あーーーーッ!!」
 高い声を上げてヨシが達した。同時に俺も、その最奥に欲望を吐き出す。
 はあはあと荒い息を整えると、目の前で疲れ果て、ぜえぜえと懸命に肺に空気を取り込んでいるヨシと目が合った。
 一瞬の逡巡。
 まるで目の前に一枚、フィルターを通しているかのような空気感。
 そして、既視感。


 ヨシはときどき、行為の最中や終わった後に、何か言いたげに俺に目を向けることがある。
 俺はそれが、とても嫌だった。
 俺はその目をずっと以前に見たことがある。・・・そう、アレは、『ようちゃん』の目。
 ようちゃんは時々、何か言いたげにじっと俺の方を見ていた。例えば食事の時や、めったには無いが2人でどこかへ遊びに出かけた時など。日常のふとした瞬間に、その目は俺を追いかけていたのだ。
 俺は本能的に、その目に何か答えなければいけないと感じていた。しかし一体何を返していいのかまるで分からなかった。もともと自閉症気味だった俺にはそれが酷く苦痛で、初めはしょっちゅう胃痛を起こし、吐いていた。
 だがある時期から、俺は大人をも言いくるめる巧みな話術を手に入れた為、その視線を感じる度に、学校で起きたつまらない事件を大きく膨らませ、おもしろおかしく創作して話聞かせ、『ようちゃん』を笑わせることに専念した。『ようちゃん』もそれを聞いて大笑いし、その場はそれで終わるのだが、それ以降はよく1人で窓辺に佇み、遠くを見て何か思案していることが多くなった。それでも俺は自分を追いかけてこなくなったその視線に安堵した。結局俺は、自分の事しか考えていなかったんだ。
 中学1年の冬、俺の両親が飛行機事故に遭い、揃ってこの世の者ではなくなるまで、彼女とはずっとそんな風な関係を続けてきた。俺は両親が死んだことに何の感慨も湧かなかった。その知らせを受けた時、彼女は俺の肩を掴んで何度も、「ご両親が亡くなったのよ?」と泣きながら訴えていたが、俺はただ頷くばかりで、何か話さなくては、と、ただそればかりを考えていた。
 そしてその春、彼女は長いこと住んでいたマンションの一室を後にした。別れる時に何か話したような気がするが、全く思い出せない。当然だ。俺の話はいつも、中身のない滑稽な話を捲し立てるばかりなのだから。 
 彼女はいつものように笑い、俺は彼女の目尻に、いつの間にか深く刻まれていた皺を発見し、そしてまた、あの何か言いたげな目を俺に向け、深呼吸をして去っていった。去り際は、一度も振り向くことなく、ピンクのスーツに包まれた、真っ直ぐに伸びた背筋が堂々としていて、俺はいつまでもその小さな背中が遠ざかって行くのを見ていた。
 それからの俺の高校3年間と、大学に入ってからの数年は、全くの道化だった。猿芝居もいいとこだ。
 俺は自分の内で欠けている、ある部分を埋める為に必死だった。結局その正体がなんなのか、全く気が付いているわけでもなく。

 そして大学3年のある日、祖父母の所から定期的に寄越される弁護士により、あの話を聞かされた。


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