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(2004.02.06)
| 『自殺だったらしいです。突然の事で、彼女の旦那さんも随分と戸惑っているらしくて・・・』 ドウシテ・・・? 彼女が結婚していたことは、弁護士から聞いて知っていた。興信所に頼んでもらって写真まで見た。柔和な感じの商社マンで、何枚かの写真の内には買い物途中だろうか、彼の横で幸せそうに微笑んでいる『ようちゃん』が居た。それを見て、俺はようやく安心する事が出来たのだ。彼女はもう、過去から解き放たれたのだと・・・。それなのに。 出向いたけれど線香の1つも上げられず、遠くから眺めた葬式はずいぶんひっそりとしたものだった。その中で、周囲の目を気にすることなくはらはらと涙を零す、いつか写真で見た男の姿が印象的だった。 俺は性懲りもなく、『ようちゃん』を笑わせることの出来るおもしろい話がないかと脳みそを振り絞って考えたが、それまで難なく、するすると口を付いた出任せの言葉の数々は、一片も出て来なくなったいた。 周囲の空虚な言葉の羅列すら、俺の鼓膜を右から左へと流れるばかりで、脳みそに留まりはしなかった。 『首吊りだってよ・・・』 『お気の毒に・・・あの人も随分と辛い・・・』 『八重?聞いているのか?お前の所為じゃない。お前の所為じゃないんだよッ。』 『身寄りが無くとも、十分に暮らしていけるだけの金は渡しておいたのに・・・』 『全く、征士も素性のよく解らない女と・・・』 『発見したのは、やはり旦那さんだったらしいです。階段にこう、タオルで・・・』 『八重。お前は少し休め。出席だったら、俺が何とかしてやるから。な?』 それから半年間、俺は荒れた。 周囲が手を付けられない程に、毎晩飲み歩き、吐いては飲み、知らない女の家に入り浸り、喧嘩し、薬まで手を出しかけた事もある。・・・それは寸での所で薫に止められたけれど。 あの頃はおそらく、何度も薫の手を煩わせていたんだろう。当時は無我夢中で、そんなことすら気が付く余裕がなかった。そう言えば幾度と無く殴られていた気がする。薫は何も言わなかったが、落ち着いてから一度あの時のことを聞いてみたら、その内何かで返して貰うから、と笑って言った。おかげで俺たちの飲み代はいつでも俺の懐から出る。 荒れた時期が治まると、後に残ったのは無意味な言葉を吐き続けて空っぽになった、他人と接することに慣れない、元の無口な自分だった。 目的を失い、大学にいることすらも無意味に思え、することもなく、今度は一日中家に閉じこもっていた所へ、シナリオの話が舞い込んで来た。以前、知り合いに例の巧みな話術と両親が俳優という出生事情を買われて、大学生ばかりからなる小劇団のシナリオを興味本位で書いたことがあり、それが思ったより好評でまた書いてみないかという誘いだった。 父親や母親の仕事に興味を持ったこともなければ、尊敬したことすらない俺だったが、不思議とシナリオを書いている時は楽しかった。以前と変わった自分でも書けるだろうかと当初は戸惑ったものの、書いてみると以前よりずっと深くのめり込んでしまった。言葉が外へ出尽くした分、頭の中で考える量が増したのだろうか? ともかく、運良く2回目も好評だったとことをきっかけに、俺は大学を辞め、バイトをしながら本格的な脚本家への道を歩み出した。 ベットの上でぼんやりと、天井を見たまま動かないヨシの隣に並んで、同じく天井を見上げる。射精後の開放感は、ある意味絶望にも近い。全てが終わってしまった後の、絶望。 「俺、いつまでココに居ていいの・・・?」 ずいぶんと幼い声が隣から聞こえる。毛布の下で手首を掻く、カリカリとした嫌な音が室内に響き渡った。 ーたぶん、俺たちは。 「・・・・・・お前の、好きに・・・。」 俺の答えに、隣からはふっと自嘲気味な、薄い笑いしか聞こえてこなかった。 まるで何かを思い出しているような、歪んだ嗤い。 ー欠けた者同士。埋め合うことなんて、所詮無理なんだ。 揺らぐ空気を感じて横を向くと、始めと同じ、ぼんやりと天井を見たままのヨシが居て。 ただ、静かに、涙が一筋溢れ出ていた。 何かを考えるのも億劫で、俺はベットを這い出した。 |