平成13年8月21日(火)0時40分
手紙「これから」

 少しづつ秋の気配が、ここの山おろしの風やら、草原の虫の音に、感じられる今日この頃です。

 この業界で20年たちました。人間として、他の人々と関わる自信は若い頃よりついたようです。ただこ

れから老齢化して行く時に生活する為に、働く必要がまだまだあります。 そして、この業界でもまだやれる

でしょう。ただ、定年をこえた時、第二の職場が見えてきません。福祉の現場での経験は貴重な物ですが、

それは別の職場で応用できるものでは無いからです。パワーと判断力、人間性が必要なそれですが、いわば

それは人間の当たり前さで障害のある彼らと関わっていく、哲学というか思想の問題で、それをクリアしたと

て、管理能力の無い私では、現場以外は難しいとこれまで評価されてきています。ここのでもよその施設で

も、60を過ぎたら(ここは定年)、管理的職種しか無いし、それに適さない人は、別の業種にいくしかあ

りません。60まで現場なのも、どこか難しい。

 失業率の高い昨今、これからの世の中、学歴とか年齢ではなく、「何ができるか」の具体的な技術が必要と

される世の中になると言われています。私も昨年ぐらいから、パソコンの民間資格や今年は英会話を激務の合

間に勉強しています。ただそれは、まだ特殊技能の範囲ではなく、高度な一般教養でしかなく、仕事になると

ころまでは到底結びつかないとわかっています。

 パソコンではいろいろな資格を検討しましたが、どうしても素人の領域を超えるには、プログラム言語の習

得が必要なようです。また英会話はマスターしていることが前提、次に、まだ日本ではマイナーである外国言

語の習得が求められているようです。韓国語とか中国語、あるいは中近東周辺の言語です。

 これらは四川市等の地方では学べる場所は無いと調査の結果分かっています。頓金武かもしくは北京のほう

が四川市よりは 条件が良いみたいです。

 定年後(定年は60)に学べる頭脳があるかどうか。そう考えると近い内に現在の職場をやめて、失業保険

と退職金でハイリスクなのですが、それらに関連した学校に行こうかとも考えます。

 まあ私の場合、妻も子供もいないので、そうした自由はたぶんにありますが。

 M君は、どう考えますかねえ。

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 寿一の考えは間違っていないと思う。ただし、再就職となると、年齢的には40歳位までと思う。我々の年代

なると再就職はかなり困難と思う。でも、50歳になるともっと困難になるので、リスクを伴うが、決断すべき

か?正直言ってよく判らない。

 まず、自分が活躍できる場所を探すことが最優先と思うが、これとて簡単にはいかないと思う。しかし、や

るしかないと思うか思わないか、最終的には自己責任。独身貴族は羨ましい。
2001年08月21日 00時51分00秒

平成13年8月14日(火)23時46分
同窓会

同窓会が終わった。みんな結婚している。それが当たり前のように、以前は、コンプレックスだったが、今

は、気持ちとして、そうしたい人がいないから、そうなのだと割り切っている。高校時代の友人Mにも話し

たけど、無理して一緒になるのはおかしいってね。暮らすことで快適になるという合理性がまず無いなら、

いずれそうでなくなるにしろ、始まりは無いのである。最近そう悟って、肩の力が抜けたと思う。同年代だ

ろうと趣味が同じであろうと、会話して楽しくないのなら、付き合いもできないのさ。自分は孤独癖が強い

かと思う。真面目とかマニアとか言われても、やはり同窓会の友人とは無条件に快適なのだから、それに比

較してみれば、いかに自分は営業をいつもしているのか。やはり都会派だし大学は出ているような会話や雰

囲気がいい。それに疲れるけど、そこに仲間はいる。職場では、情実優先で、きっと心から楽しめてないの

だと思う。気楽に孤独で、リラックスはしているけど、満たされてはいない。それでパソコンに向かうので

はとも思う。まあずっと学生はしていられないし、汗水たらして必死に働く訳でもない。冷めている。どこ

か計算しているのだと思う。やはりもう一度RESETしてみて、現状で自分にあう人間関係を求めた方が

良いのかもしれない。夏目漱石が言ってた高等遊民ほど優秀ではないけど、職場で満足にパソコンをいじれ

る人が誰もいないところ、そんな場所で人間関係を求めても空しいだろう。職場でディアブロや最近のファ

イナルファンタジーだって、やっている人なんて、誰もいない。同窓の友人が「あれはクリアしたよ」と当

たり前のように言う世界も、一方にはある。何百万本と売れたソフトで本気にして話題にできる人を初めて

みたのが、その友人と会ってたここ何日。自分は愚かな部分も多いけど、恐らくそうでないところで孤独に

ならざるを得なかったのかもしれない。今の仕事に対する落とし前をつけられるものならそうして、自分の

川に戻って行きたい気もする。理屈抜きに気持ちが和むような宴会やら付き合いをしてみると、そうでない

世界との格差がありすぎるとよくわかったけど、まあ自分が世間知らずだし臆病だったということなのであ

ろうか?
2001年08月15日 00時23分42秒

平成13年8月1日(水)午前1時21分
K先生の本

燕は巣立ちしたようだ。おびただしい糞尿だけ残して、渡り鳥としての旅が始まった。何か「寅さん」みた

い。

K先生の本にカタカナで私の名が載って、自分と住人との交流の物語を短くはあるが、紹介された。一

般的な図書では無いから、多くの人には読まれないだろうが、自分の業界ではかなりメジャー(まともな)

である先生が書かれたものであるから、やはり嬉しくは無いと言ったらウソになる。芸能人なんかはハナク

ソほじっても活字になるけど、自分のは、先生が文章にすることは、全く先生独自の判断からきているので

ある。事件性も無いし、本当に奇跡みたいな出来事なのである。

最近、なんかそれで調子おかしいんだよね。


2001年08月01日 02時56分18秒

平成13年7月23日(月)14:13
ツバメの親子

ツバメが我がアパートの一階の階段踊り場天井の蛍光灯の上に巣を作った。それで卵がかえり、雛はスクス

クと育っている。そこの下の部分は彼らの糞尿で大変汚れるのだが、一階の住人さんらは。そこに新聞でシ

ートをひいてあげている。我々住人は彼らの成長を見守っている感じである。というか、ツバメのつがいは

毎年、アパートのどこかにそうした巣を作り子育てするのが、続いているので、「今年はまだこないねえ」

とか言う会話が時折交わされていたりもするのである。私もいつもそこの階段を通っているのだが、彼らの

成長やら糞の具合を見て、一喜一憂していて、この間も何か糞の辺りでうごめているものがあり、ひょっと

して雛が落下したのかどうか心配したのである。かなり近づいて確認したのだが、結局それは彼らの羽毛

で、それが風でなびいていただけであるとわかり、ホッとしたものである。何か我々はIT技術でインター

ネットばかし夢中になっているような感じだが、そうした自然との交流は、どこか我々には懐かしいもので

貴重なものであるという自覚は、本能的にもっているのではないかと言う気がする。


2001年07月23日 14時33分30秒

平成13年7月20日(金)0時0分
本当の仲間

高校時代のクラブ活動の仲間の同窓会が東京で開かれそう。その中の一人の千葉に住んでいる男が、親友だ

が、家に泊めてくれるという。思えば深い関わりだ。彼らとは、関わりがありがたいと思える。現在の仕事

の礎にもなっている。HやKと電話で久しぶりに話した。悪くは無い。これが本当の気持ちだが、ここまで

まともな気持ちで話す事ができるのに時間がかかる。軽さがあればあなどられる。言葉に自己が刻印される

までの、そのレベルへの到達度が重要だったと思う。


2001年07月20日 00時09分22秒

平成13年7月18日(水)23:34
日記を公開する

今日日記を公開ホームページとして立ち上げた。まあ全部本当ではないがね。また読者は殆ど想定していない。

昔のような感じで、自分にのめり込むのは勘弁だけど、誰かに見られているかもしれない緊張感は心地よく、

孤独感を癒すからね。中世日本では「徒然草」がある。日記文学の古典はいくつもある。そうした自己観察や

らそれ以外観察は、些事に拘ることにもなりまたグロテスクさや欲望を記述する事でもあり、最終的に思考や

哲学を生み出すと思うが、まあそんなことはどうでもいいけどね。えれとさんからの出発だな、それが少しで

もできればOK。
2001年07月19日 00時01分15秒

平成13年7月18日(水)0時54分
小説を書く

お互い分かっていたのだ。ただし彼女からは、言えない。正月に突然始まった。それは何か深い関わりがとりあ

えず、彼女は求めていた。ただ元彼では、駄目。それでも、寂しい、不安である。それが今になると、終わりが

見えて、とりあえずのおいらはいらなくなる。これからは、自分のペースで親友やら彼氏らとつきあえる。自分

の異国での寂しさに負けて、そうした関係にハンディを持ち、支えられたと言うのは、相手との関わりでは公平

でないと思ったのかもしれない。そこでおいらのごときプロが必要だった。また自閉症の基準のことを、書くの

か?否、自分はフィクションを書つもりだ。詳細なものの積み重ねで、筋肉細胞レベルの細かさと食事レベルの

現実感。長期外泊に出た、ある施設の子が以前施設に来たことのある「寅さん」と偶然会い、そこで関わること

で癒された物語である。メールのように書きとてつもなく長い、他のメールが入らなくなる程のもの。でも意味

はある。最後は「さよなら」である。

平成13年7月16日(月)23:01
新たな誕生

7月9日にこんなメールをえれとさんに送った。

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えれとさん、こうして英国と日本でメイルをかわしてきた。まあ今年の正月からだったとは、思いますけど。

えれとさん、そろそろ自分の役割が終わりに近づいたかと思います。

その昔英国留学に出かけた夏目漱石が強度のノイローゼになった。海外で暮らす人の気持ちが、大変不安なの

は古今東西変わらない。でも明治には、こうしたメイルが無かった。値段も殆どかからず、自分の気持ちを他

人に展開できる。今流行の出会い系サイトでも、お互い顔も知らずにやりとりしている人は、若い人を中心に

たくさんいる。たぶんえれとさんとの関わりにもそうした異国での不安、顔も見ないで気楽にただで話せた、

という2点が大きかったと思うと、自分なりには、納得しています。

こうした濃密なメールなやりとりを、多くのメル友と気持ちをそれぞれ切り替えてやれるのが、若さの特権で

しょうかね?とうらやましい気持ちもありますけど。

自分は、えれとさんが無事に帰国できたらこのメールは終わりにしたいと思っています。えれとさんには、大切

な親友や彼氏に多くの時間を費やしてもらったほうが、今後の自分には気が楽です。

不幸中の幸いというべきか、もうじきギバスで英会話の時間が始まります。そこにも仲間ができます。たぶん目

的のはっきりしたそれですが、そうした濃密な時間を持つことで、それがえれとさんとの濃密なメールのやりと

りの変わりになるかどうかわかりませんが、何とかそうなっていく可能性が、高いのではと思っています。

現在あなたから貰っている質問は、「前に尋ねた、自閉症と診断される10項目を教えてくれますか?そして、カ

ナ―症候群とアスペルガ―症候群の詳細を教えてくれますか?AUTISTIC SPECTRUMにも出てく

るけれど、日本語で説明がほしいのです。」

一ヶ月その答えは、保留させてください。8月上旬まで、冷却期間として少し気持ちの整理をつけさせて下さい。

今回の一連の濃密(自分にはそう感じさせてくれた)なメールは、若くないせっしゃには、結構まっこうな若い女

性との関わりの一つでもあった訳ですから、理解してね。とにかく気持ちの整理がつくのに一月程度はかかると思

いますから、それができたら、お知らせと上の質問の回答を詳細にさせてもらいます。

では、とりあえず長い間ご苦労さんでした。実はjonsonzu@docomo.ne.jpは、私でした。しばらく前から、終わらせ

る気持ちは、あったのです。けどずるずると、まあごめんなさいね。

おいらより(7/9 16:45)

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 まだ一週間しか経ってないのに、相当過ぎた気がする。まあその間に英会話は始まったし、療育研修は深まって

いく。やはり私は変わるでしょう。彼女とのやりとりの連鎖のリズムは解消に向かっている。その消滅以上に、新

たな誕生を念入りにきちんと実感して、もう一度えれとさんと関わるつもりだ。

平成13年7月14日(土)23:27
「セナ足」の秘密

今日リエとメール3回。たぶん彼女は、明日の勤務を想定して、返信しただろう。それに相応しい返信とか、

内容にした。まあえれとさんより現実的だな。これを相互の負担としない方策は難しい。ガキじゃあないから。

マクラとほのめかし、そして本文、簡潔なお別れ。これでいいのかどうか?明日の朝にあう訳だから、明るく

「おはよう」と言う挨拶できる程度に留めないとね。挨拶とは英会話いや人間関係の基本と如月先生に教えら

れた。ものすごく繊細にコントロールしていく必要がある。それでもハンサムでない男性が女性と関わる方法

のエッセンスがここにあると思える。悪路走行の「セナ足」の秘密でもある。

平成13年7月14日(土)早朝
「日記」を書く、宣言

こうしてえれとさんとの付き合いは終わろうとしている。逢うは別れの始まりなりとはよく言ったものだ。

如月先生も8/17に辞めるらしい。でも私が理由ではない。ギバスでも慣れた頃先生が入れ替わったもの

だし、まあこっちとしては、英語力が目的。目的は純粋で単純な程、結果は出る。こんな結論が最近の実感

である。あれもこれも、また正当化は止めた方が良い。それは加齢と共にわかりだしている。自分はそう考

えられる、複雑なステップをこなせるのに、より単純な人々と、思うかもしれないが、付き合いは同質化が

基本である。しかし人生の本質ではない。英語をしてみて、楽しめる感じがあった。これはセレブでもそう

であったけど、BASICな思考訓練は公にやっていくことであると思う。恥というより、空手を知らない

なら、ただ打つのみである。今回受験もないし、仮に30万戻らなければ、別にと言う感じ。ギバスでは6

0万かかったが、一年で良い訓練ができたと思う。自分の能力を超えた負荷は避けて、可能性には賭ける。

それでDREAMS2級が取れた。話す事に、思考を集中できることは、人間関係にマイナスにならない。

英語というより付き合う力だと思う。日本語と違うプログラムだけど、底に流れているものは同じだ。まあ

こんなメールをえれとさんに送ったかもしんないと、今思える。彼女が言語化しているかどうか不明だが、

私という人間とここまでメールをしてきた目的は、やはり明確にあるだろう。それと私自身の求める異性と

の関わりの前向きで非犯罪的な線を追求してギリギリのところまでしたと思う。次のあり得た展開は、国内

で無視に近くされるメールと気のない返信メール、私の言葉で言えば利己さん的合理性が彼女に現れ、私は

無力感に襲われる。まあ到底ストーカーがやれる程の病理的精神は、意識できている限り、私にはあり得な

いから、まあここらが潮時なのだと思う。利己さんも金本も返信が無いけど、まあそれを求める気は無い。

理由は明確だから。機械ならそんな理由で操作が滞るけど、人間は社会性という擬態(なりすまし)をおお

よそ誰もがするから、厄介だけど、それを乗り越えるには、技術とか知恵が必要。言葉にすれば沈黙の理由

に理解を示し沈黙を保つか、とぼける。えれとさんには、やめると言い得ても、メールのやりとりの連鎖の

リズムが切れそうも無いから冷却期間を置くと宣言し、気持ちをえれとさん以前に戻すよう努力する。それに

新しい環境も加わってくれば、うまく何とかなるとは思う。まあメールだけだから、底は知れている。本当

に相手が認識できれば、付き合うことに不快な気持ちがあると言うことを受けとめられて、お互い距離をそ

れまでよりとれると。それを北沢綾子さん(手紙で結婚する前に離婚していると書いた事があったけど、我

ながら名文句だった。)との事で学習できたのは、収穫だった。そうした事に思考する事で、人とのうまい

配置具合をより学べる。突然だが、自分には宇多田より倉木がいい。倉木は暗きに通じるから。どうやら日

記がわりに書いてたえれとさんとのメールが終われば、また日記になるものが必要なようだ。タイトルは、

「juichanの日記」。勿論それは、ジュイチのニックネームのjuichanから、きている。他意は無い。

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