かたひじ張らずに 2003.09.04




国際結婚した方のページでよく出てくる台詞に というのがあります。

まず「本当にそうでしょうか?」という疑問です。私はそうは思いません。といっても全面的に否定するのではなく、少なくとも4パターンあるでしょうという折衷派です。 両方うまくいく人、片方しかうまくいかない人、そしていずれもダメな人。
でも私は国際結婚よりも同国人との結婚の方がうまくいく可能性は高いと思っています。 根拠は、そのくらい文化や価値観の差が大きいと感じたからです。

「同じ人間なのだから、日本人同士でも国際結婚でも違いを感じるのは同じ」という意見もあるでしょう。 それについて私は意義を唱えるつもりはありません。私は価値観の違いを確率の差に言及しています。 日本人同士でも価値観が大きく異なる人がいたり、逆に異なる国で価値観が合う人もいるでしょう。 でも同国人の方がその違いを感じる確率はかなり低くなると思います。「価値観の差が大きい」はそういう意味で用いています。
そして文化の違いは価値観に大きく関わります。 愛情・思いやり・信頼・尊敬等、結婚が長続きする要素は他にも色々ある筈ですので固執するつもりはありませんが、少なくとも私にとっては重要な要素のひとつであると思ってます。

国際結婚がうまくいく人はそういう違いをお互いに乗り越えているか理解できている、あるいはそういう違いをさほど感じていないということですから、 日本人と結婚してもうまくいく可能性は大きいと思います。 では国際結婚がうまくいかなかった人はどうでしょう?その人は日本人との結婚では考えられない文化や価値観の違いというひとつの大きな障壁を 乗り越えられなかった可能性があります。つまりもともと日本人と結婚していればうまくいく可能性はあったという考え方もできる訳です。 だから私には「国際結婚がうまくいかない人は日本人と結婚してもうまくいかない」には100%の納得はできないのです。

それよりそもそも、その台詞を声を大にして伝える必要があるのでしょうか? 私にはその言葉は我々読み手に対するものではなく、書かれた方がご自身の国際結婚を納得させたいがための口実ないし大義名分に感じるのです。 こういうことを書くと「そんなことはない」と一蹴されそうですが、何故かそう感じずにはいられません。 そして国際結婚お見合いツアーに参加する前よりも参加した後の方がそのことを強く感じています。

その言葉が良い・悪いという判断をする意図はありません。ただ本当にうまくいっているのであればもっと素直に語れるのではないでしょうか。 そうではなく、なにかご自身の言動を防御するかのような建前上の発言であれば、私なら「国際結婚は大変だ〜」と書くでしょう。 だって日本人同士の結婚で、うまくいっていれば幸せなことを書いて、そうでなければそれなりに大変であることをかたひじ張らずに自然な自分を綴っているからです。 どうして国際結婚している人はそういう書き方になってしまうのか、その本意を考えてしまうのです。

もしかしたら、そういうことが書かれているサイトを訪れた人は「ああ、国際結婚ってやっぱり大変なんだ…」って、 ちゃんとその言葉の真意を理解されているのかも知れません。 あ、決めつけるような書き方で読者を誘導するように思われるのは本意ではないので、これは個人としての感じ方のひとつに過ぎないことを述べておきます。



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