
若気の行ったり来り。今、読み返すと赤面してしまう駄作のオンパレードですが、加筆して改善されるような、生易しいしろものではないので、ほとんど原文のまま掲載しておきます。
しかし、初期小説とは、まるで名のある小説家が、売り出す前に書いた小説を発表する場のようで、よく考えてみると大それていますね。
真夜中に電話がかかってきた。
「おいっ、なにしてんだよ」悪友の信介だった。それにしても馬鹿げた質問である。
「寝てたに、きまってんだろうが。夜中の2時だぞ。ほんとに常識のねー奴だなぁ」
「おもしろいもんができたんだけど見にこないか?」ひとの不平には耳をかさず、自分のいいたいことだけいうとさっさと電話を切った。俺は、切れてしまった受話器を耳にあてたまま、ため息を一つして、セーターを取りに階段を降りた。家の中だというのに吐く息が白い。原付のエンジンがかかってくれるか心配だった。
見せられたのはモデルガンだった。コルトのリボルバーで、撃鉄を指で起こさなくてはならないシングルアクションである。西部劇でおなじみの奴だ。
「だから、いまどきモデルガンのどこがおもしろいんだ、ええっ?」
信介はニヤニヤしながら手をのばして、俺にモデルガンを握らせた。ずっしりと重たいのは金属製だからだろう。ご禁制の品である。
「銃刀法違反だぞ、プラスティック以外は」といいながら、俺は銃口を覗いていた。やはり、ポッカリと銃身に穴が穿たれている。信介は旋盤まで持っているから、これぐらいはやりかねない。じっくりと見てみると、ライフリングまで刻んである。
「お前、やりすぎだよ。やばいよ、改造拳銃じゃないか」俺はいささか怖くなった。指が震えるのは、夜中に原付で飛ばして凍えたからではなかった。
「はははっ、平気平気」信介は引出しを開けた。なにやら真鍮色に鈍く光るものがならんで入っている箱をだした。実包である。本物の弾というわけだ。無雑作に1発引抜いてモデルガンに込める。キリキリと回転弾倉を回して、撃発位置の一つ前に実包を合わせると、親指で撃鉄を起こした。カチっと音がした瞬間に、俺は腰を上げていた。ドアまであとずさる。
「平気だってば」信介はまだいっていた。俺の方に銃口を向ける。背中がドアにあたり、ベニヤが軋み音をだしはじめた。もう目を銃口から外すことはできない。信介は、なにやら説明をはじめた。
「メビウスの輪って知ってるか?」俺はうなずいた。紙テープをねじってつなげた輪には表と裏側の境界がなくなるって話である。
「それがなんなんだ。銃口をどっか他に向けろよ」はっきりといったつもりだったが、でてきた声は小さかった。
「クラインの壷は?」これも知っていた。壷の内と外側が境界のない、いや、よく説明はできなかったが、うばなずかないと撃たれそうだった。
「こいつはライフリングがメビウスの輪で、銃身がクラインの壷とおんなじなんだよ。」といいながら引金にかけた指に力を込めた。銃声が聞えた。それは大きくもなく、かといって小さくもなかった。神経の高ぶった人間に聞える空撃ちの音でしかなかったのかもしれない。
俺は立ったままだった。傷みもない。硝煙だけがたなびいていた。
「なっ、平気だろ」信介は笑っていた。俺は1発なぐってやった。口辺から一筋血が糸をひいた信介は、流しで口をゆすぎながら謝っている。
「悪かったなぁ。そんなに怒るとはおもわなかったよ」あくまでも非常識な奴である。タオルがうっすら桃色になった。唇が切れたのだろう。
「冗談にしちゃ、できが悪いってもんだ。実包だぜ、本物の弾。いったい、どこで手に入れたんだ?」
「トカゲの道はワニっていうだろ」そんなことはいうわけがない。蛇の道はヘビである。俺は薬夾を引抜いた。やはり撃発はしているらしく、いくらかふくらんでいた。
「弾頭はどこにいっちまったんだい?」
「どっか」
「どっかって、どこだよ」ドアを見るが弾痕はない。銃口からは飛出さなかったことになる。
「メビウスの輪が境界のない二次元、クラインの壷が境界のない三次元、だから組合せたら境界のない四次元ってことになるのかなぁ。とにかく、この世界にはないはずだよ」訳のわからないことをいう奴だ。これではドラエモンの世界じゃないか。俺は落ちていたコルトを拾い上げた。硝煙臭い。奴は流しに向って唾を吐いた。
「まだ、血が混じってるぜ」俺は撃鉄を起こして、指に力を込めた。一発だけ挿填した実包は薬夾となって引抜いたから今は空っぽである。信介の頭を狙うと、撃鉄が落ちた。
撃発音とともに弾頭が帰ってきた。俺は反動で腕が跳ね上がったのを呆然と感じていた。
「枝毛がこんなにふえちゃって...」
髪の毛先をもてあそびながら、妻の文恵が、あの脳天気にちがいない文恵がいつになく真顔でつぶやいた。
「ヘヤトリミングでもしたらどうだ。テレビで宣伝してるじゃないか」言っておいてから、トリミングというのは犬の散髪だったなと気がついた。
「トリートメントしたら、少しは良くなるかしら?」俺の致命的ないいちがえも、さらりと聞き流してしまう文恵には、ひとの心が読めるんじゃないかと思うときがある。他人の言葉尻をとらえたり、ミスに乗じて踏台にしてやろうと考える七人の敵に振り回されてくたくたになって帰ってきた安サラリーマンが、この優しさと思いやりでどれほど救われるだろう。
俺は読んでいた新聞から顔を上げ、心配そうな表情を見せてやった。文恵は、真剣に耳を傾けてくれたのがうれしいらしく、毛先をちらちら振りながらいった。
「このあいだまでは、三本に分れてたのが最高だったの。今日は、六本に分れたのも合ったのよ。十本も束ねれば筆ができそう」
「凄いでしょう」といいたげな目をしていたが、それは見る間に不安の色で曇りはじめた。
「少しおかしいわよね、病気なのかしら?」俺はあわてて否定した。とにかく、否定しなければいけないと思ったからだ。
「冬は、乾燥してるからだよ。空気が。朝なんか、のどがひっついたように痛いだろ」とのどを上下にこすって見せる。まだ浮かない顔をしている文恵を見て、急いでつけ加えた。
「ドライヤーかけすぎてるんじゃないか?」
「ええ、明日美容院で相談してみるわ。トリートメントすれば、なおるかもしれない」と弱々しいながら笑顔を見せる。俺は微笑んだ文恵に安心したせいか、晩勺のビールのせいなのか、大きなあくびをかみつぶした。
「もう、おやすみになったら?」
「ああ」といいながら無意識に腕まくらをしている。文恵がふとんを敷いているうちに、どうやらこたつで眠ってしまったようだ。
朝目がさめたのは、暖かいふとんの中だった。顔を出しただけでヒンヤリと冷たい空気に、息が白く霧散していく。どうせ今朝もことし一番の冷え込みにきまっている。ふとんをめくると、へそが見えていたがパジャマ姿になっていた。文恵はキッチンで朝食の支度らしい。もう、ふとんはたたんであった。
体重80キロの俺をふとんからひっぱりだすだけでも骨の折れる仕事だというのに、42キロの文恵が意識のない俺を着替えさせたんだと知って、いきなり頭がはっきりとした。
「おい、昨日は寝ちまってごめん」ふとんから這い出しながら、キッチンに声をかける。
「あら、起こしちゃったかしら」寝室とキッチンをへだてる襖が、さっとひらいた。文恵は流しに向かってサラダにする野菜を洗っているので、襖から優に5メートルは離れている。驚いた俺が襖を調べていると、文恵がにこやかに笑いながらふりむいた。
「今朝かぞえたら、枝毛が九本に分れてたのよ」俺は襖を左右にすべらせて試していた敷居から目をあげた。文恵はフワフワと宙を漂いながら近づいてきていた。
「九尾のきつねって知ってる?枝毛も九本になると、こんなことできるようになるのね」
部屋中飛びまわる文恵の笑顔はいつもとおなじで、きつねじみたところは微塵もなかった。一安心した俺は、天井の文恵に声をかけた。
「こりゃあ、早いとこトリミングしたほうがいいかもな」
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