大学受験が終わり、合格発表があった。
合格を確認したその日、家のパソコンに向かい、複数人で使えるビデオチャットを立ち上げた。生徒会の先輩達に、会長と乃亜さんのことで話があると言って、集合をお願いしていた。約束の時刻通りに先輩達が現れる。
「黒石です、ご無沙汰してます」
久しぶり、と次々に応答が返ってくる。
画面に現れたのは、元書記の沢野先輩、元会計の水原先輩、元副会長の三浦先輩。
「まずはご報告がありまして。俺と乃亜さん、ふたりとも第一志望に合格しました。会長と同じ大学です」
おお、と画面の向こうが沸く。おめでとう、すごいな、二人とも頭良いね、とわいわいする。
「さっそく本題なんですが、会長と乃亜さんをくっつけます。みなさんご協力お願いします」
一斉に笑われた。
『ごめんね黒石くん。会長がバカで』
『ほんとバカだよねぇ、会長、しっかりしろって感じだよねぇ。あれほど仕事できる人がどうして恋愛方面全くダメかなぁ』
沢野先輩と水原先輩が会長をこき下ろす。
『あいつな、バカ以下。恋愛が試験科目にあったら不合格。落第』
常に沈着冷静な三浦先輩までそんなことを言っている。
会長。バカバカ言われてますよ。
『でもさ、黒石くんはいいの? せっかく乃亜ちゃんと同じ大学なのに』
沢野先輩が気遣いを見せてくれる。
「いいです。完璧にフラれました。俺は俺で彼女みつけます」
『いやーん、切ないぃ』
かつての上司、水原先輩が画面の中で体をくねらせる。おもしろがられている。相変わらず容赦ない。
『水ちゃん、最近の会長どうなの? 遊びまくり?』
沢野先輩は水原先輩を水ちゃんと呼んでいる。水原先輩は会長と同じ大学だ。
『もうね、すごいよぉ。会うたびに彼女が変わってる。告白されたら順次受け付けって感じ。この間、聞いたらさぁ、最長三週間とか言ってたよぉ。最短一晩。ワンナイトラブ。ふしだらすぎるぅ』
会長、それやりすぎでしょ。
乃亜さんとくっつけてほんとに大丈夫かな。そんな不安が頭をよぎる。
俺の顔がひきつったのを察して、水原先輩が画面の中でにんまりと笑った。
『あ、大丈夫だよぉ。昨日乃亜ちゃんの話したらさぁ、無表情になってあからさまに話題そらしたもん。乃亜ちゃんを忘れようとしての取っ替え引っ替えだねぇ、あれは』
先輩達の飲み込みが早いので首をかしげる。
「先輩方って、会長が乃亜さんのこと好きだって、いつから気づいてたんですか? 俺ほんと、気がついたの、会長が三年生の時の体育祭なんですけど。生徒会引退の慰労会の時でさえ、会長、『俺があのポンコツとどうなるってんだ』とか言ってましたよ」
ええーっ、と沢野先輩と水原先輩が声を上げる。ふたり同時に話し出そうとして、互いに画面上で目配せし、先に沢野先輩が言った。
『会長、乃亜ちゃんのこと溺愛してたじゃん。すごかったよ。生徒会室の空気が甘ったるくて笑いをこらえるのに苦労してたよ、私。いつからって、いつからだろうなぁ。体育祭の準備してた頃から、会長、乃亜ちゃんに惚れてるなと思ってたけど、なんか一気に天秤が傾いたのはクリスマス明けぐらい? 会長が乃亜ちゃんに時計あげてたでしょ』
画面の中で大きく頷き、水原先輩が意気込んで話し出す。
『雪合戦の時もさぁ、すごかったよぉ。乃亜ちゃんが会長に抱きついて、私を盾に! とか言って会長を守ろうとしたのぉ。会長、すんごい動揺して慌てて乃亜ちゃんを放してさぁ、俺の後ろに隠れてしゃがんでろ、なんて言って乃亜ちゃんを守ってたよぉ。もう甘いのなんの』
『あとホワイトデー! あれもすごかった! 会長、バレンタインにさんざんチョコもらって誰一人お返ししなかったのに乃亜ちゃんにだけお返ししてた。しかも手作りのお菓子。水ちゃん、見た? 乃亜ちゃんが食べかけのお菓子、会長が自分で食べてさ、自分のペットボトルのお茶を乃亜ちゃんに飲ませてさ、ふたりとも天然で間接キスばりばり』
『見たぁ、すごかったぁ! もう完全なカップル状態だったよねぇ』
沢野先輩と水原先輩の話に頷いて、三浦先輩が冷静にエピソードを付け足す。
『俺も見た。あと、高三のいつだったかな、五月の中間試験の一日目か。あいつ、上田が中庭で寝てるとこに行って、上田のそばでしばらく勉強してた。そんでそのまま寝てる上田にキスしそうになって、直前でやめて、どっかに電話してた』
五月の中間試験の一日目。記憶をさぐる。
ため息が洩れた。
「その電話、俺宛です。乃亜さんが中庭で寝てるから起こしてやれって言われました」
『いやーん、会長、それ以上乃亜ちゃんに触れなかったんだぁ! きゃー、会長の葛藤を思うとこっちが恥ずかしいぃ!』
画面の中で水原先輩が再び身をくねらせる。沢野先輩が首をかしげた。
『でもさ、三年生の時、私、会長と同じクラスだったけどさ、中間試験終わってから会長いっつも乃亜ちゃんのこと探してて、こりゃ告白するのかなと思ってたら、ぱったり乃亜ちゃんのこと見るのやめたんだよね。何だったんだろ』
『あいつのことだから恋愛が受験勉強に差し支えるとか考えたんだろ』
『会長バカすぎるぅ! 乃亜ちゃんかわいそすぎるぅ!』
続々と出てくる会長と乃亜さんの甘い話に衝撃を受けつつ、記憶を巻き戻す。
中間試験が終わってしばらくしたころ。文化祭の準備をしていたときだ。
「あのですね、たぶんそのころに、乃亜さんが信号ノートに載ったんです。原因不明で一週間全部赤信号でした」
ああ、と沢野先輩が頷く。
『乃亜ちゃん鋭いからなぁ。会長が乃亜ちゃんのこと見なくなったのを察したか。でも、乃亜ちゃんの赤信号、会長が乃亜ちゃんと面談して解決したんじゃないの? 会長なんて言ってた?』
「乃亜さんが、会長が面倒みてくれないって泣いてると。会長が代わったことにまだ慣れてないんだなって、おっしゃってました」
俺の答えに、沢野先輩が呆れ果てた顔をした。
『うーわ、バカだ。会長バカだ。面倒みるみないって部下としてでしょ? 違うよね。会長が個人的に乃亜ちゃんをみなくなったから乃亜ちゃんが赤信号になったんじゃん。それを生徒会業務の話と勘違いするとか、ほんとバカだ』
『ほんと、なんで話がそうなるのぉ? いやーん、もう、会長、バカすぎて逆にらぶ!』
水原先輩が画面の中で両手を上げる。三浦先輩が眉をひそめた。
『途中から、あいつら全く話さなくなったろ』
「たぶん、赤信号のときの面談で、会長が乃亜さんに命令したんですよ」
この際だ、ぶちまけてしまえ。俺はすっかり覚えてしまった会長の命令を読み上げる。
一、俺のことは忘れる
二、生徒会の仕事をしっかりやる
三、黒石に告白されたら付き合う
四、付き合い出したら生徒会をやってる間は別れない
五、体育祭のハチマキは黒石と交換する
六、黒石に腕時計をもらう
七、ノアならできる
会長の命令文に、先輩達が唖然とする。沢野先輩が画面の中で手を合わせた。
『ほんとにもう、黒石くんにごめんとしか言いようがない。会長がバカでごめんね黒石くん』
『ひどすぎるぅ、俺のことは忘れる、とか、乃亜ちゃんにもひどいけど会長もかわいそすぎるぅ、自業自得とはいえ会長の心痛を思うと辛すぎるぅ』
水原先輩が胸を押さえる。三浦先輩が険しい顔をした。
『上田のための命令だな。あいつがいなくても上田が仕事できるように、ってとこだろ』
「ええ、ほんとに三浦先輩のおっしゃるとおりです。会長、乃亜さんが自分に依存してるから自立させるために『忘れろ』と命じたっておっしゃってました」
画面の中で、三人が深いため息をついた。
『で、どうするかだな。ふたりをくっつけるんだろ。黒石、策は?』
三浦先輩が切り替える。
「はい。入学式の日にふたりをぶつけようかと。ですので、まずは、その日、会長に彼女がいないことが前提です」
沢野先輩が手を挙げた。
『おっけ、それなら私が会長に電話しとく。念のため、四月末まで彼女つくらないでねって言う。んーと、私の知り合いを紹介するからって言おうかな。後輩を紹介する、その子は今フリーだって。ちなみに黒石くんと乃亜ちゃんて、いつ別れたの?』
「もう、会長のご命令通りですね。生徒会終わって三学期の終業式の日に別れました。俺が別れようって言ったら、乃亜さんから引き留められもせず。ほんと見事にフラれました」
そのときのことを思い出して俺は苦笑いする。沢野先輩が画面の向こうで顔をしかめた。
『あちゃ、黒石くんご愁傷様。ん、わかった。じゃ、高二の三月末に彼氏と別れた後輩ってことで設定する。乃亜ちゃんってことは秘密』
『入学式の日の会長の時間割、私が確認しとくよぉ。会長って行動パターンだいたい決まってるから、何時頃どこを通るか黒石くんにメールするねぇ』
水原先輩が笑う。三浦先輩が顎に手をやった。
『俺はどうするかな。再会の瞬間を写真に撮るか。最近いいカメラ買ったし、望遠で激写。ふたりの結婚式のとき使う。水原、当日俺と落ち合って』
『了解。三浦くんにもメールするねぇ』
三浦先輩は会長の大学近郊の別の大学に通っている。
さすが先輩方、役割分担も話も早い。
「お願いします。じゃ、俺、入学式の日に乃亜さんをなんとか説得して会長にぶつけます」
『会長バカだからさ、あのバカ具合を考慮に入れて、乃亜ちゃんには、はっきり『好きです』て告白するように言い聞かせてね。そうしないとまたすれ違うよ』
沢野先輩の言葉に頷いて、水原先輩が付け足す。
『うん、あとさぁ、『沢野先輩からの紹介です』、これが第一声がいいねぇ。そうすれば乃亜ちゃんが黒石くんと別れたってことも一発で通じるでしょお』
「はい、ではそのようにします」
締めくくろうとすると、画面の向こうで水原先輩がにやりと笑った。
『こら黒石くん。大事なことが決まってないでしょお。ねぇ、沢ちゃん』
『だよね。黒石くん、まだまだね。ふふふ』
はぁ。
「あと、何ですか? どこか抜けてます?」
聞くと、三浦先輩が重々しく言った。
『作戦名』
「は……?」
とまどう俺をよそに三人が盛り上がる。
『がんばれ乃亜ちゃん大作戦!』
『黒石くんの報復合戦!』
『いや、あいつのバカさ加減が焦点だろ』
三人がどんどん案を出し、俺も加わり、結局「会長のバカ」大作戦に決まった。
四月の初め、乃亜さんと一緒に大学の入学式に出席した。
式典を終えて講堂を出たとき、水原先輩からメールが入ってきた。『会長、校門通過』
俺は乃亜さんに言い聞かせる。
「あのね、俺が今から言うこと復唱して。『沢野先輩からの紹介です』」
乃亜さんが俺を見上げて首をかしげる。
「はい。沢野先輩からの紹介です」
「あとね、『好きです』」
「はい。好きです」
面と向かって「好きです」と言われると俺の心臓も止まりそうになるのだけど。
「もう一回。沢野先輩からの紹介です。好きです」
乃亜さんが復唱する。
「覚えた?」
「はい、覚えました」
メールが届く。『会長、講堂通過』
「乃亜さん。嘘ついてごめんね。でも俺、どうしても、乃亜さんに幸せになってほしい」
「嘘、ですか。それは、どういった……」
言いかけて、乃亜さんが口をつぐんだ。会長、と、小さく呟いたのが聞こえた。
俺は乃亜さんの視線の先をみる。
会長が、いた。スーツ姿の新入生の人混みの中、私服で、数メートル先を通り過ぎようとしていた。
「行っておいで。さっきのセリフ、忘れないで。会長に伝えて」
「です、が、ご命令、を」
乃亜さんが動揺している。
「あのね、『俺を忘れる』って命令、高校の間だけだから。俺たち、今、大学生だから。会長がサークルか何かに入ってたら、乃亜さん、また会長と一緒に働けばいいんだよ。また会長の部下になれるよ」
なぜ俺が命令の内容を知っているのか、そんなことに乃亜さんは気づかない。
視線が、ただ、会長を追っている。
「会長のもとで、また、働けます、か」
「うん。きっと一緒にいられる。走って、会長に追いついて。セリフ、忘れないでね。沢野先輩の紹介だって、好きだって、言うんだよ」
そっと乃亜さんの背中を押す。弾かれたように、乃亜さんが走り出した。
走って、会長の後ろ姿に抱きつくのが見えた。
会長が立ち止まって振り返ろうとして、それでも乃亜さんは会長に抱きついて離れない。
しばらくして、会長が乃亜さんを自分から引き離した。
会長が乃亜さんと向き合って、息を呑む。
乃亜さんが俯いて泣いている。会長がいつかのように乃亜さんの頭をなでる。とても優しい顔を、していた。
乃亜さんが顔を上げる。
会長が何か言って、それから、思い切り、乃亜さんを抱きしめた。
ふたりの向こう側で、三浦先輩がカメラを構えていた。
水原先輩が、俺に向けて、ジャンプしながら両手を振っていた。
俺も大きく手を振り返した。
会長と、乃亜さん。大好きなふたりの幸せを、ただ願った。
【完】