「お母さん。話は変わるけど、友達から借りて、満州の大連の大きな地図を持って
きたよ。住んでいた花園町はここだけど、どの辺に住んでいたのか覚えている?」
 真一は地図を広げて言った。
「大連のことは、忘れたよ」
「僕を子守したことも忘れた?」
「忘れたよ。昔のことは忘れたよ」
「則代と僕を、岡山の円城村まで引き取りに来たのも、忘れた?」
「ああ。忘れたね。昔のことは忘れたね。ごめんね」
「富田林の家で、則代と僕と一緒に暮らしたことも、忘れた?」
「ああ。あなたたちが来てくれたことは覚えているが、どんな風に暮らしたか、忘れ
てしまったね。昔のことは全部忘れたね。ごめんね」
「謝らなくてもいいよ。忘れてくれてもいいよ。九十歳を超えたのだから、何もかも
忘れてくれていいよ」
 そう言いながら、真一は、ふと、晴子が初めて、数雄とともに、はるばると岡山の
円城村まで訪ねてきてくれた日の光景を思い浮かべた。

「あなた。真ちゃんと違いますか?」

「・・・・・・」
「あなた。真一さんでしょう?」
「はい。真一です」
「よかったわ! あなた。やっぱり、真ちゃんよ」

 どうして晴子のあの言葉を忘れられようか!
 どうして五十六年前のあの光景を忘れられようか!

 真一は立ち上がって、窓際へ行き、そっと涙を拭(ぬぐ)った。

詩集 『ゆずり葉 心にふれるままに』
還暦を過ぎて本を出版した動機
エッセイ 『孫という名の宝物 三人三様の三つ子の魂』


 私は、五十年ほど前のことを思い出しながら、小学校六年生の私と四年生の妹を引き取って育ててくれた叔母夫婦の生き様と、その当時の富田林の街の様子を書き残したい思いで、この本を書きました。
 主として、敗戦後五年程しか経っていない昭和二十五年頃の貧しい生活の中で、どんな状況の中でも、しなやかに生き、遊び心を持ち続ける、明るい叔母の晴子と、こつこつと、亡くなる日まで働き通した叔父の数雄のことを中心に、貧しいけれど、未来に希望を持ち、互いに助け合って生きた人々の姿、活気があった商店街の様子などを、社会経済の状況や、時代を反映して流行した歌などを背景に織り混ぜながら書き残してみました(当時は、まだ、車が街中を走ることもなく、路上で立ち話が出来、四辻では紙芝居が行われ、子どもたちは路地でキャッチボールに興じ、子どもたちの間に受験戦争もなく、商店街も資本主義の影響をあまり受けない、古き良き時代であった)。

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小説 「父の詩 母亡き幼子残し応召の補充兵」
小説 『ふるさとの詩 真一少年は行く』
エッセイ 『晩鐘 還暦に思う』

(単行本/278p)

(この本は全国の主な図書館で所蔵してもらっています)

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[ 序文 ]

この本は、東京都日野市立中央図書館で点訳されました。

エッセイ『人間砂漠 金儲け至上主義』

晴子とともに

  表紙画は、岸本信夫氏のスケッチ画です。富田林市にかかわる絵をインターネットで探してい
 て、この絵を発見しました。中央の四軒長屋の一軒で少年時代から結婚して家を出るまで住処
 としました。岸本氏のスケッチのホームページへ

 十三 住めば都

 十四 伯父の苦労話

 
十五 赤ちゃん誕生

 十六 ああ青春

 十七 ふるさとへ初めて帰る

 十八 理想と現実

 十九 一国一城の主

 二十 青春の道草

二十一 不渡り小切手

二十二 差し押さえ

二十三 その後

  一 九十一歳でマージャン

  二 めぐり逢い

  三 別れ

  四 別世界

  五 決心

  六 裸一貫から

  七 歌をうたえば

  八 銭湯通い
  
  九 町の小学校へ転校

  十 ジェーン台風の襲来

十一 手内職

十二 火鉢一つ

うた

母の詩

「母の詩 晴子とともに」 目次


小説

エッセイ 『おもしろおかしいカイちゃん』
エッセイ 『人生夢物語 最終章を生きる』
世の中には 不思議なことが沢山あり

 人と人の出会いも その一つ

本当の母と間違われては・・・と遠慮して
 
 赤ん坊を抱きて後ろ姿しか写させなかった人

時が流れて
 
 その赤ん坊の母となる

・・・(前略)・・・

[ 二十三 その後 ](最終章)

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