金 子 み す ゞ 詩集

POEM T-V KANEKO MISUZU


 お家のないお魚

小鳥は枝に巣をかける、
兎は山の穴に棲
(す)む。

牛は牛小舍
(うしごや)、藁の床、
蝸牛
(でゝむし)やいつでも背負(しよ)つてゐる。
みんなお家をもつものよ、
夜はお家でねるものよ。

けれど、魚はなにがある、
穴をほる手も持たないし、
丈夫な殻
(から)も持たないし、
人もお小舍
たてもせぬ。

お家をもたぬお魚は、
(しほ)の鳴る夜も、凍る夜も、
夜つぴて泳いでゐるのだろ。

T-117

 


 
機織り

朝からきつとん
機を織る、
山のむすめの
おもふこと。

この織る布が
知らぬまに、
都のひとの
着るやうな、
友禅
(いうぜん)もやうに、
變はらぬか。

けれどもきつとん
織るたびに、
縞のもめんが
長くなる。

T-118

 


 箱庭
(はこには)

私のこさへた箱庭を
(たあれ)も見てはくれないの。
お空は青いに母さんは
いつもお店でせはしさう。

祭りはすんだにかあさんは
いつまであんなに忙しい。

のなく聲(こゑ)ききながら
私はお庭をこはします。

T-119

 


 
濱の石

濱辺の石は玉のやう、
みんなまるくてすべつこい。
濱辺の石は飛び魚か、
投げればさつと波を切る。

濱辺の石は唄うたひ、
波といちにち唄つてる。

ひとつびとつの濱の石、
みんなかはいい石だけど、

濱辺の石は偉い石、
(みんな)して海をかかへてる。

T-120

 


   
日の光

おてんと様のお使ひが
揃つて空をたちました。

みちで出逢つたみなみ風、
(何しに、どこへ。)とききました。

一人は答へていひました。
(この「明るさ」を地に撒くの、
みんながお仕事できるやう。)

一人はさもさも嬉しさう
(私はお花を咲かせるの、
世界をたのしくするために。)

一人はやさしく、おとなしく。
(私は清いたましひの、
のぼる反り橋かけるのよ。)

残つた一人はさみしさう。
(私は「影」をつくるため、
やつぱり一しよにまゐります。)

T-121

 


 大人のおもちや

大人は大きな鍬
(くは)もつて、
畠へ土をほりにゆく。

大人は大きな舟こいで、
沖へお魚採りにゆく。

さうして大人の大將は、
ほんとの兵隊もつてゐる。

私のちひさな兵隊は、
ものも言はない、動かない。

私のお舟はすぐ
(かや)る、
私のシャベルはもう折れた。

おもへばさびしい、つまらない、
大人のおもちやを持ちたいな。

T-122

 


 
のおべべ

母さま、
裏の木のかげに、
蝉のおべべが
ありました。

蝉も暑くて
脱いだのよ、
脱いで、忘れて
行つたのよ。

晩になつたら
さむかろに、
どこへ届けて
やりましよか。

T-123

 


 花屋の爺さん

花屋の爺さん
花賣りに、
お花は町でみな賣れた。

花屋の爺さん
さびしいな、
育てたお花がみな賣れた。

花屋の爺さん
日が暮れりや、
ぽつつり一人で小舍のなか。

花屋の爺さん
夢にみる、
賣つたお花のしやはせを。

T-124

 


 悪太郎の唄

泣き泣き
にげた
よわむし
毛蟲。

おいら
知らない、
いつつけろよ、
うちで。

あの子の
(かゝ)さん
かはりに
怒る。

おいら
(かゝ)さん
まま母
(かゝ)さん。

T-125

 




  
草山

草山の草の中からきいてると
いろんなたのしい聲
(こえ)がする。

「けふで七日も雨ふらぬ
のどがかわいた水欲しい。」
それはお山の黒い土。

「空にきれいな雲がある
お手々ひろげて
(つか)まうか。」
それはちひさな蕨
(わらび)の子。

「お日さん呼ぶからのぞかうか。」
「私もわたしも、ついてゆく。」
ぐみの芽、芝の芽、芽萱
(ちがや)の葉
いろんなはしやいだ聲がする。
春の草山にぎやかだ。

T-126

 


 お魚の春

わかいもづくの芽がもえて、
水もみどりになつてきた。

空のお國も春だろな、
のぞきに行つたらまぶしいよ。

飛び魚小父さん、その空を、
きらつとひかつて飛んでたよ。

わかい芽が出た藻のかげで、
ぼくらも鬼ごとはじめよよ。

T-127

 


 ながい夢

けふも、きのふも、みんな夢、
昨年、一昨年
(おとゝし)、みんな夢。

ひよいとおめめがさめたなら、
かはい、二つの赤ちやんで、
おつ母
(か)ちやんのお乳をさがしてる。

もしもさうなら、さうしたら、
それこそ、どんなにうれしかろ。

ながいこの夢、おぼえてて、
こんどこそ、いい子になりたいな。

T-128

 


 手品師の掌
(て)

桃からうまれる桃太郎さん、
瓜からうまれる瓜姫さん。

卵からうまれる
さん、
種からうまれる木のこども。

山からうまれるお日いさま、
海からうまれる雲の


白いお鳩は手品師の、
お掌
(てゝ)のなかからうまれてた。

私も、どこぞの手品師の、
お掌のなかからうまれたか。

T-129

 


 まつりの太鼓

青葉に若葉、
若葉のかげを、
赤いかつこ履
(は)いて、
かつこ、かつこ、かつこよ。
あさぎのお空、
お空のなかで、
ほら、鳴る、太鼓、
とろんこ、とろんこ、とろんこよ。

白い街道
(かいど)
競馬
(けいば)の馬は、
よそゆきお衣
(べゞ)で、
かつぽ、かつぽ、かつぽよ。

T-130

 


 祭のあくる日

きのふ、
神輿(みこし)の賑(にきは)ひに
つい浮かされて殘
(のこ)つたが

昨夜
(ゆふべ)は遠いお囃子(はやし)
芝居
(しばゐ)の夢をみてゐたが

(さ)めて母(かあ)さん呼んだとき
みんなに、みんなで笑はれて

そつと出てみた裏山の
おいてけぼりのお月さま

T-131

 


 隣村の祭

垣のなかから見てゐると、
いろんな色がすぎてゆく。

みんな東をさしてゆく、
影もぞろぞろついてゆく、
白い埃
(ほこり)も舞つてゆく。

西へいつたは、空つぽの、
ふるい荷馬車がひとつきり。

ぢつとしてるは、生垣
(いけがき)の、
しろい木槿
(むくげ)と、私きり。

おまつりなんか、つまらない、
私はゆきたかないけれど、
けふは、あんまりよい日和。

お目々つぶれば足音が、
みんな東へすぎてゆく。

T-132

 


 春の朝

雀がなくな、
いい日和だな、
うつとり、うつとり
ねむいな。

上の瞼
(まぶた)はあかうか、
下の瞼はまァだよ、
うつとり、うつとり
ねむいな。

T-133

 


 雨あがり

一ばんさきにみつけたは、
ちひさなはこべの花でした。
「あれあれ、あすこにお日いさま。」

雲のかげからお日いさま、
ちよいと、目ばかり出してます。

どの木も、どの木も、枝ならし、
どの葉も、どの葉も、うれしげに。

「おおお、お日さま、お久しう、
ずゐぶんみんなは待ちました。」

雲のかげからお日いさま、
いたづらさうに、笑つてる。

T-134

 


 
雲の色

夕やけ
きえた。
雲のいろ、

けんくわ
してきて
ひとりゐて、

みてゐりや、
つッと
泣けてくる。

T-135

 


 
おねんねお舟 

島から來た舟、おつかれか、
入り江の波はやさしいに、
ゆつたり、ゆつたり、おねんねよ。

おさかな積んで、はるばると、
ひろい荒海こえて來た、
小さい舟よ、おねんねよ。

島の人たちもどるときや、
重いお米を買つてくる。
青い菜(ナ)つぱを買つてくる。

島から來た舟、それまでは、
やさしい波にゆすられて、
ゆつたり、ゆつたり、おねんねよ。


T-136

 


 
隣の子供

そら豆むきむき
きいてゐりや、
となりの子供が
しかられる。

のぞいてみようか、
悪かろか、
そら豆にぎつて
出てみたが、
そら豆にぎつて
またもどる。

どんなおいたを
したんだろ、
となりの子供は
しかられる。


T-137

 


 切り石

石屋に切られた
切り石は、
飛んで街道
(かいど)
水たまり。

學校もどりの
左側、
はだしの子供よ、
氣をつけな。

切り石や切られて
おこつてる。


T-138

 


 
魚の嫁入り 

さかなの姫さまお嫁入り、
むかうの島までお嫁入り。

島までつづいたお行列、
ぎんぎら、ぎんぎら、銀かざり。

島の上にはお月さま、
提灯ともしておむかへよ。

さてもみごとなお行列、
海のおもてをねつてゆく。


T-139

 


  
ばあやのお話

ばあやはあれきり話さない。
あのおはなしは、好きだのに。

「もうきいたよ」といつたとき、
ずゐぶんさびしい顔してた。

ばあやの瞳
(め)には、草山の、
野茨のはなが映つてた。

あのおはなしがなつかしい、
もしも話してくれるなら、
五度も、十度も、おとなしく、
だまつて聞いてゐようもの。

T-140

 


 螢のころ

ほたるのころに
なりました。

新しい
麥わらで、
小さな螢籠
編みましよか、
編み編み小徑
(こみち)
行きましよか。

青いつゆくさ、
露のみち、
はだしで蹈み蹈み
ゆきましよか。


T-141

 


 
口眞似

  ――父さんのない子の唄――

「お父ちやん、
をしへてよう。」
あの子は甘えて
いつてゐた。

別れてもどる
裏みちで、
「お父ちやん。」
そつと口眞似
してみたら、
なんだか誰かに
はづかしい。

生垣
(いけがき)
しろい木槿
(むくげ゙)
笑ふやう。

T-142

 


 花の名まへ

御本のなかにや、たくさんの、
花の名まへがあるけれど、
私はその花知らないの。

町でみるのは、人、くるま、
海には舟と波ばかり。
いつも港はさみしいの。

花屋のかごに、をりをりは、
きれいな花をみるけれど、
私はその名を知らないの。

母さんにきいても、母さんも、
町にゐるから、知らないの。
いつも私はさみしいの。

(ね)かせばねむる、人形も、
御本も、まりも、みなすてて、
いま、いま、私は、行きたいの。

ひろい田舍の野を駈けて、
いろんな花の名を知つて、
みんなお友だちになれるなら。


T-143

 


 
田舍の繪 

私は田舍の繪をみます、
さびしい時は繪のなかの
白い小みちをまゐります。

向うに見えるは水車小舍
(ごや)
見えないけれどあの中にや
やさしい番人のお爺さん。
小舍
(こや)の小かげにやぐみの木に
赤いぐみの實うれてませう。

こつちにみえる山蔭
(やまかげ)にや
ちひさな村があるのです。

田舍の繪にある小みちには
たれもゐません靜かです。

表にや、せはしい人、くるま
それでも繪のなか靜かです
いつでも、しづかな日和
(ひより)です。


T-144

きのふの山車


 
お菓子買ひ

母さんに言はない
お菓子買ひ、
菓子屋のかどを
いくたびも、
行つて、戻つて、
また行つて。

都ことばの
小母さまに、
一つ貰うた
しろい錢、
握つて、握つて
汗が出る。

 

T-145

 


 
魚賣りの小母さんに

魚賣りさん、
あつち向いてね、
いま、あたし、
花を挿すのよ、
さくらの花を。

だつて小母さん、あなたの髪にや、
花かんざしも、
星のよなピンも、
なんにもないもの、さびしいもの。

ほうら、小母さん、
あなたの髪に、
あのお芝居のお姫さまの、
かんざしよりかきれいな花が、
山のさくらが咲きました。

魚賣りさん、
こつち向いてね、
いま、あたし、
花を挿したの、
さくらの花を。

 

T-146

 


 
れんげ

ひィらいた
つゥぼんだ、
お寺の池で
れんげの花が。

ひィらいた
つゥぼんだ、
お寺の庭で
手つないだ子供。

ひィらいた
つゥぼんだ、
お寺のそとで
お家が、町が。

 

T-147

 


 
燕の母さん

ついと出ちや
くるつとまはつて
すぐもどる。

つういと
すこうし行つちや
また戻る。

つういつうい、
横町へ行つて
またもどる。

出てみても、
出てみても、
氣にかかる、

おるすの
赤ちやん
氣にかかる。


T-148

 


  木の實
(み)と子供

こぼれた木の實はひろはれる、
紺屋
(こうや)のまま子にひろはれる。

紺屋のまま子は叱られる、
日暮れてもどつて叱られる。

ひろはれた木の實はすてられる、
紺屋のお背戸にすてられる。

すてられた木の實は芽がのびる、
紺屋のまま子の知らぬまに。

T-149

 


  手品師

私はきのふ、決めたのよ、
いまに大きくなつたなら、
上手な手品師になることを。

きのふ見て來た手品師は、
みるまに薔薇の花咲かせ、
ばらをお鳩に變へてゐた。

T-150

 


 
田舍

私は見たくてたまらない、

小さい蜜柑が蜜柑の木に
金色に熟れてゐるところを。

また無花果
(いちゞく)がまだ子供で
木に囓
(かじ)りついてゐるところを。

さうして麥の穂に風が吹き
雲雀
(ひばり)が唄をうたふところを。

私は行
(ゆ)きたくてたまらない、
雲雀がうたふのは春だらうけれど、
蜜柑の木にはいつ頃に
どんなお花が咲くだらう。

繪にしか見ない
田舍には、
繪にないことが
たくさんたくさん
あるだらうな。


T-151

 


  しあはせ

桃いろお衣
(べゞ)のしあはせが、
ひとりしくしく泣いてゐた。

夜更けて雨戸をたたいても、
誰も知らない、さびしさに、
のぞけば、暗い灯
(ひ)のかげに、
やつれた母さん、病氣の子。

かなしく次のかどに立ち、
またそのさきの戸をたたき、
町中まはつてみたけれど、
誰もいれてはくれないと、

月の夜ふけの裏町で、
ひとりしくしく泣いてゐた。

T-152

 


  私と王女

とほいお國の王女さま、
私によう似た王女さま、
眞紅
(まつか)な薔薇を折らうとて、
(とげ)にさされて死にました。

父王
(ちゝわう)さまのおなげきに、
忠義一途
(いちず)の御家來は、
白いお馬でかぽかぽと、
ある日、お城をたちました。

私のことは、知りもせず、
かはい王女に似た子をと、
尋ねさがして、いつまでも、
白いお馬でかぽかぽと。

山のむかうの、青ぞらを、
けふもお馬は、かぽかぽと。

T-153

 


  曲馬の小屋

樂隊の音にうかうかと、
小屋のまへまで來は來たが、

(あかり)がちらちら、御飯どき、
母さんお家で待つてゐよう。

テントの隙
(すき)にちらと見た、
弟に似たよな曲馬の子、
なぜか戀しい、なつかしい。

町の子供はいそいそと、
母さんに連れられて、はいつてく。

(さく)にすがつてしみじみと、
母さんおもへど、かへられぬ。

T-154

 


 
御殿の櫻

御殿の庭の八重ざくら、
花が咲かなくなりました。
御殿のわかい殿さまは、
町へおふれを出しました。

青葉ばかりの木の下で、
剣術つかひがいひました。
「咲かなきや切つてしまふぞ。」と。

町の踊り子はいひました。
「私の踊りみせたなら、
笑つてすぐに咲きませう。」

手品つかひはいひました。
 「牡丹、芍薬
(しやくやく)、芥子(けし)の花、
みんな此の枝へ咲かせましよ。」

そこで櫻がいひました。
「私の春は去
(い)にました、
みんな忘れたそのころに、
私の春がまた來ます。
そのときこそは、咲きませう、
私の花に咲きませう。」

T-155

 


 
お祖母(ばあ)様と淨瑠璃

縫ひものしながらお祖母さまは、
いつもおはなし、きかせました。
おつる、千松、中將姫・・・・・・、
みんなかなしい話ばかり。

お話しながらお祖母さまは、
ときどき淨瑠璃をきかせました。
おもひ出しても胸がいたむ、
それはかなしい調子でした。

中將姫をおもふせいか、
そのことはみんなみんな、
雪の夜のやうにおもはれます。

それももう遠いむかし、
うたの言葉はわすれました。

ただ、せつない、ひびきばかり、
ああ、いまも、水のやうに、
かなしくしずかに泌
(し)みてきます。

さらさらと、さらさらと、
ふる雪の音さへも・・・・・・。
 

T-156

 


  


港に着いた舟の帆は、
みんな古びて黒いのに、
はるかの沖をゆく舟は、
光りかがやく白い帆ばかり。

はるかの沖の、あの舟は、
いつも、港へつかないで、
海とお空のさかひめばかり、
はるかに遠く行くんだよ。

かがやきながら、行くんだよ。

T-157

 


  蚊帳
(かや)

蚊帳
(かや)のなかの私たち
網にかかつたお魚だ。

青い月夜の青い海
波にゆらゆら青い網。

なんにも知らずねてる間
(ま)
暇なお星が曳
(ひ)きにくる。
夜の夜なかに目がさめりや
雲の砂地にねてゐよう。

T-158

 


雨のあと

日かげの葉つぱは
泣きむしだ、
ほろりほろりと
泣いてゐる。

日向の葉つぱは
笑ひ出す、
なみだの痕が
もう乾く。

日かげの葉つぱの
泣きむしに、
たれか、ハンカチ
貸してやれ。


T-159

 


  海へ

祖父
(ぢい)さも海へ、
(とゝ)さも海へ、
(あに)さも海へ、
みんなみんな海へ。

海のむかうは
よいところだよ、
みんな行つたきり
(かえ)りやあしない。

おいらも早く
大人になつて、
やつぱり海へ
ゆくんだよ。

T-160

 


 
空の鯉

お池の鯉よ、なぜ跳ねる。

あの青空を泳いでる、
大きな鯉になりたいか。

大きな鯉は、今日ばかり、
明日はおろして、しまはれる。

はかない事をのぞむより、
跳ねて、あがって、ふりかへれ。

おまへの池の水底に、
あれはお空のうろこ雲。

おまへも雲の上をゆく、
空の鯉だよ、知らないか。


T-161

 


  青い空

なんにもない空
青い空、
波のない日の
海のやう。

あのまん中へ
とび込んで、
ずんずん泳いで
ゆきたいな。

ひとすぢ立てる
白い泡
(あわ)
そのまま雲に
なるだらう。

T-162

 


 楊
(やなぎ)とつばめ

無事でゐたかと
川やなぎ、
若いつばめに
いひました。

ふたり啼
(な)いてた
その枝よ、
ひとりは旅で
死にました。

若いつばめは
もの言はず、
ついと水
(み)の面(も)
ゆきました。

T-163

 


 
海とかもめ

海は青いとおもつてた、
かもめは白いと思つてた。

だのに、今見る、この海も、
かもめの翅も、ねずみ色。

みな知つてるとおもつてた、
だけどもそれはうそでした。

空は青いと知つてます、
雪は白いと知つてます。

みんな見てます、知つてます、
けれどもそれもうそか知ら。


T-164

 


 さよなら

(お)りる子は海に、
乘る子は山に。

船はさんばしに、
さんばしは船に。

(かね)の音(ね)は鐘に、
けむりは町に。

町は晝間に、
夕日は空に。

私もしましよ、
さよならしましよ。

けふの私に
さよならしましよ。


T-165

 


 夕立征伐

たらひの舟に積むものは、
光るサーベル、杉鐵砲。
お八つに貰つたビスケット。

さあさ、船出のお支度だ、
艦長
(かんちやう)さんの乘込みだ。
みちで金魚がきいたなら、
私はゐばつてどなるのだ。

「私のこさへた箱庭を、
たたいて、こはして、行つちやつた、
いまの夕立、征伐に。」


T-166

 


 
見えないもの

ねんねした間になにがある。

うすももいろの花びらが、
お床の上に降り積り、
お目々さませば、ふと消える。

誰もみたものないけれど、
誰がうそだといひませう。

まばたきするまに何がある。

白い天馬が翅のべて、
白羽の矢よりもまだ早く、
青いお空をすぎてゆく。

誰もみたものないけれど、
誰がうそだといへませう。


T-167

 


 御本と海

ほかのどの子が持つてゐよ、
いろんな御本、このやうに。

ほかのどの子が知つてゐよ、
支那や印度のおはなしを。

みんな御本をよまない子、
なにも知らない漁夫
(れふし)の子。

みんなはみんなで海へゆく、
私は私で本を
む、
大人がおひるねしてるころ。

みんなはいまごろ、あの海で、
波に乘つたり、もぐつたり、
人魚のやうに、あそぶだろ。

人魚のくにの、おはなしを、
御本のなかで、みてゐたら、
海へゆきたくなつちやつた。

急に、行きたくなつちやつた。


T-168

 


 花火

あがる、あがる、花火、
花火はなにに、
やなぎと毬
(まり)に。

消える、消える、花火、
消えてはなにに、
見えない國の花に。


T-169

 


 駈けつこ

駈けつこをするたびに、
きつとちらりと目にうかぶ、
濃いむらさきの旗の色。

よその學校
(がくこ)の運動場、
よその子供とならんでて、
わくわくしてて、走つてて、
ころんだときに、ちらと見た、
うちの學校の旗の色。

駈けつこをするたびに、
きつとちらりと目にうかぶ。


T-170

 


  
かんざし

誰も知らない、
あのかんざしに、
千代紙着せて
あそんだことを。
  母さまはお湯
(ぶう)だつたし、
  兄さんはお使ひだつたし・・・・・・。

誰が見てゐた、
あのかんざしを、
そつとかくして
しまつたことを。
  お日さまは沈んでたし、
  お月さまはまだだつたし・・・・・・。

誰がみつけよ、
あのかんざしの、
花のおくびが
もげてることを。
  晝間も暗い隅つこだし、
  金銀草も茂つてゐるし・・・・・・。

誰も知らない
誰も知らない。

 

T-171

 


 きのふの山車
(だし)

(まつり)のあくる日(ひ)ひるねごろ
みんながお晝寢
(ひるね)あちこちに

さびしくかどに立つてたら
きのふの山車がゆきました

花も人形もこはされて
(くるま)ばかしがごろごろと
(かわ)いた路(みち)をゆきました

ひとりさびしく見送
(おく)れば
きのふの山車
(だし)も曳(ひ)く人も
(ほこり)のなかになりました


T-172



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