金 子 み す ゞ 詩集

POEM  U KANEKO MISUZU

空のかあさま

 (まゆ)と墓

(かひこ)は繭(まゆ)
はいります、
きうくつさうな
あの繭に。

けれど蠶は
うれしかろ、
蝶々になつて
飛べるのよ。

人はお墓へ
はいります、
暗いさみしい
あの墓へ。

そしていい子は
(はね)が生(は)え、
天使になつて
飛べるのよ。
   

U-1

 

 明るい方へ

明るい方へ
明るい方へ。

一つの葉でも
陽の洩るとこへ。

藪かげの草は。

明るい方へ
明るい方へ。

翅は焦げよと
灯のあるとこへ。


夜飛ぶ蟲は。

明るい方へ
明るい方へ。


一分もひろく
日の射すとこへ。

都會
(まち)に住む子等は。

U-2

 

  行商隊(カラバン)

ひろいひろい砂漠
(さばく)だ。
くろいくろいかげを、
うつして續
(つづ)いて行くのは、
行商隊
(カラバン)だ、行商隊(カラバン)だ。
――駱駝
(らくだ)のむれはみな黒い、
  さうして脚
(あし)が六つある。

あついあつい砂漠だ。
しんと照るまひるだ。
百里南は大海、
百里北には椰子
(やし)の木。
――その椰子の木に咲く花は、
  はまなでしこの色してる。

山も谷も砂だ。
はても知れない砂漠だ。
しづかに黒くゆくのは、
行商隊
(カラバン)だ、行商隊(カラバン)だ。
――あついまひるの砂濱
(すなはま)
  黒い小蟻の行列だ。

U-3

 

 空の大川

空の川原は
石ころばかり、
ころりころりと
石ころばかり。

青い川すぢ
しづしづゆくは、
ほそい白帆の
三日月さまよ。

夢とながれる
ながれのなかに、
星もうかぶよ
笹舟のやうに。

U-4

 

  蜂と神さま

蜂はお花のなかに、
お花はお庭のなかに、
お庭は土塀のなかに、
土塀は町の中に、
町は日本の中に、
日本は世界の中に、
世界は神さまの中に。

さうして、さうして、神さまは、
小ちやな蜂の中に。

U-5

 

 女の子

女の子つて
ものは、
木のぼりしない
ものなのよ。

竹馬乘つたら
おてんばで、
(ぶ)ち独楽(ごま)するのは
お馬鹿なの。

私はこいだけ
知つてるの、
だつて一ぺんずつ
叱られたから。

 
U-6

 

  お月さまの唄

「あとさま、なァんぼ。」
「あとさま、なァんぼ。」
  ばあやは教へてくれました、
  ちやうどこのよな夕月に。

「十三、九
(こオこの)つ。」
「十三、九つ。」
  いまは、弟
(おとと)に教へます、
  おなじお背戸で手々ひいて。

「まだ年や、わァかいな。」
「まだ年や、わァかいな。」
  私はこのごろ唄はない、
  お月さまみても、忘れてた。

「あとさま、なァんぼ。」
「あとさま、なァんぼ。」
  みえぬばあやが手々ひいて、
  おもひ出させてくれるよな。

U-7

 

 夜ふけの空

人と、草木のねむるとき、
空はほんとにいそがしい。

星の光はひとつづつ、
きれいな夢を背
(せな)に負ひ、
みんなのお床へとどけよと、
ちらちらお空をとび交ふし、
露姫さまは明けぬまに、
町の露台
(ろだい)のお花にも、
お山のおくの下葉にも、
殘らず露をくばらうと、
銀のお馬車をいそがせる。

花と子供のねむるとき、
空はほんとにいそがしい。

U-8

 

 芝草

名は芝草といふけれど、
その名をよんだことはない。

それはほんとにつまらない、
みじかいくせに、そこら中、
みちの上まではみ出して、
力いつぱいりきんでも、
とても抜けない、つよい草。

げんげは紅い花が咲く、
すみれは葉までやさしいよ。
かんざし草はかんざしに、
京びななんかは笛になる。

けれどももしか原つぱが、
そんな草たちばかしなら、
あそびつかれたわたし等は、
どこへ腰かけ、どこへ寢よう。

青い、丈夫な、やはらかな、
たのしいねどこよ、芝草よ。

U-9

 

 人なし島

人なし島に流された、
私はあはれなロビンソン。

ひとりぼつちで、砂に居て、
はるかの沖をながめます。

沖は青くて、くすぼつて、
お船に似てる雲もない。

けふもさみしく、あきらめて、
私の岩窟
(いわや)へかへりましよ。

(おや、誰か知ら、出て來ます、
水着、着た子が三五人。)

百枚飛ばして、ロビンソン、
めでたくお國へ着きました。

(父さんお晝寢さめたころ、
お八つの西瓜の冷えたころ)

うれしい、うれしい、ロビンソン、
さあさ、お家へいそぎましよ。

U-10

 

 朝顔の蔓(つる)

垣がひくうて
朝顔は、
どこへすがろと
さがしてる。

西もひがしも
みんなみて、
さがしあぐねて
かんがへる。

それでも
お日さまこひしうて、
けふも一寸
また伸びる。

伸びろ、朝顔、
まつすぐに、
納屋のひさしが
もう近い。

U-11

 

 (むぎ)のくろんぼ

麥のくろんぼぬきませう、
金の穗波をかきわけて。

麥のくろんぼぬかなけりや、
ほかの穗麥にうつるから。

麥のくろんぼ焼きませう、
小徑
(こみち)づたひに濱へ出て。

麥になれないくろんぼよ、
せめてけむりは空たかく。

U-12

 

 入船出船

入船
(いりふね)三艘(さう)
何積
(なにつ)んではいつた。
(み)つ星(ぼし)、三つ、
三角帆
(かくほ)にかァくれた。
出船が三艘
(さう)
何積
(なにつ)んで出たぞ。
(あか)い灯(ひ)がつゥぎつぎ
黒い帆にかァくれた。

U-13

 

 ぬかるみ

この裏まちの
ぬかるみに、
青いお空が
ありました。

とほく、とほく。
うつくしく、
澄んだお空が
ありました。

この裏まちの
ぬかるみは、
深いお空で
ありました。

U-14

 

 お使ひ

お月さま、
私は使ひにまゐります。
よその嬢
(じょつ)ちやんのいいおべべ、
つしかり胸に抱きしめて。

お月さま、
あなたも行つてくださるの、
私の駈けてゆくとこへ。

お月さま、
いたづらつ子に逢はなけりや、
いつも私はうれしいの。
おかあさんのおしごとを、
よそへ届けにゆくことは。

それに、それに、
お月さま、
私はほんとにうれしいの。
あなたがまあるくなるころに、
私も春着ができるから。

U-15

 

 昨年(きよねん)のけふ
  ――大震記念日に――

昨年
(きよねん)のけふは今ごろは、
私は
積木(つみき)をしてました。
積木の城はがらがらと、
見るまに崩れて散
(ち)りました。

昨年のけふの、夕方は、
芝生
(しばふ)のうへに居(を)りました。
黒い火事雲
(くわじぐも)こはいけど、
母さんお瞳
(めゝ)がありました。

昨年のけふが暮れてから、
せんのお家
(うち)は焼けました。
あの日届いた洋服も、
積木の城も焼けました。

去年のけふの夜更
(よるふ)けて、
火の色映
(うつ)る雲の間に、
しろい月かげ見たときも、
母さん抱いてて呉
(く)れました。

お衣
(べゞ)もみんなあたらしい、
お家
(うち)もとうに建(た)つたけど、
あの日の母さんかへらない。
今年はさびしくなりました。

U-16

 

  お菓子

いたずらに一つかくした
弟のお菓子。
たべるもんかと思つてて、
たべてしまつた、
一つのお菓子。

母さんが二つッていつたら、
どうしよう。

おいてみて
とつてみてまたおいてみて、
それでも弟が來ないから、
たべてしまつた、
二つめのお菓子。

にがいお菓子、
かなしいお菓子。

 
U-17

 

 私の丘

私の丘よ、さやうなら。
茅花
(つばな)もぬいた、草笛を、
青い空みて吹きもした、
私の丘の青草よ、
みんな元氣で伸びとくれ。

私ひとりはゐなくても、
みなはまた來てあすぼうし、
ひとりはぐれたよわむしは、
ちやうど私のしたやうに、
わたしの丘と呼びもせう。

けれど、私にやいつまでも、
「私の丘」よ、さやうなら。

U-18

 

 花火

粉雪の晩に、
枯れ柳のかげを、
傘さして通る。

夏の夜にあげた、
柳のかげの
花火をふつと思ふ。

雪ん中へあげる、
花火がほしいな、
花火がほしいな。

粉雪の晩に、
枯れ柳のかげを、
傘さして通りや、

遠い日にあげた、
花火の匂ひ、
なつかしくにほふ。

U-19

 

 キネマの街

あをいキネマの
月が出て
キネマの街に
なりました。

屋根に
黒猫
居やせぬか。

こはい
マドロス
來やせぬか。

キネマがへりに
月が出て
見知らぬ街に
なりました。

U-20

 

 小さな朝顔

あれは
いつかの
秋の日よ。

お馬車で通つた村はづれ、
草屋が一けん、竹の垣。

竹の垣根に空いろの、
小さな朝顔咲いてゐた。
――空をみてゐる瞳
(め)のやうに。

あれは
いつかの
晴れた日よ。

U-21

 

 薔薇の根
 
はじめて咲いた薔薇は
紅い大きな薔薇だ。
  土のなかで根が思ふ
  「うれしいな、
  うれしいな。」

二年めにや、三つ、
紅い大きな薔薇だ。
  土のなかで根がおもふ
  「また咲いた、
  また咲いた。」

三年めにや、七つ、
紅い大きな薔薇だ。
  土のなかで根がおもふ
  「はじめのは
  なぜ咲かぬ。」
 
 
U-22

 

 秋

電燈
(でんき)が各自(てんで)
ひかつてて、
各自
(てんで)にかげを
こさへてて、
街はきれいな
縞になる。

縞の明るい所には、
浴衣
(ゆかた)の人が
三五人。
縞の小暗い所には、
秋がこつそり
かくれてる。

U-23

 

 舟のお家

お父さんに
お母さん、
それから私と、
兄さんと。
舟のお家はたのしいな。

荷役
(にやく)がすんで、日がくれて、となりの舟の帆柱に、
の明星のかかるころ、
あかいたき火に、父さんの、
おはなしきいて、ねんねして。

あけの明星のしらむころ、
朝風小風に帆をあげて、
港を出ればひろい海、
(もや)がはれれば、島がみえ、
波が光れば、魚が飛ぶ。

おひるすぎから風が出て、
波はむくむくたちあがる、
とほいはるかな海の果、
金の入日がしづむとき、
海は花よりうつくしい。

汐で炊
(かし)いだ飯(まゝ)たべて、
舟いつぱいに陽
(ひ)をうけて、
帆にいつぱいの風うけて、
ひろい大海旅をする、
舟のお家はうれしいな。

U-24

 

 海の人形

大きな眞珠のお手まりや、
貝のかずかず、枝珊瑚、
人魚のむすめは飽きました。

(をか)の子供のもつといふ、
黒いおめめの人形が、
ほしい、ほしいと泣きました。

母さん人魚はいとしさに、
人形抱いた兒
(こ)の船を、
沈めてそれを奪
(と)りました。

むすめは人形みるたびに、
とほいお國がこひしくて、
とうとう海を捨てました。

海の人形はやはらかな、
(も)のゆりかごで、すやすやと、
いまも、お夢をみてゐます。

(をか)の人魚は、ふるさとを、
こひし、こひしと磯でなく、
磯のちどりになりました。

U-25

 

 かりうど

ぼくは小さなかりうどだ、
ぼくは鐵砲
(てつぽ)の名人だ。

鐵砲
(てつぽ)は小さな杉鐵砲、
弾丸(たま)は枝ごと提(さ)げてゐる。

みどりの鐵砲
(てつぽう)、肩にかけ、
山みち、小みちをすたこらさ。

ぼくはやさしいかりうどだ、
ほかのかりうど行くさきに、

すばやくぬけて、鳥たちに、
みどりの
弾丸(たま)を射(う)つてやる。

みどりの
弾丸(たま)は痛かない、
鳥はびつくり、飛ぶばかり。

鳥はそのときや、怒るだろ、
でも、でも、ぼくはうれしいよ。

ぼくはちひさなかりうどだ、
ぼくは鐵砲
(てつぽ)の名人だ。

みどりの鐵砲
(てつぽう)、肩にかけ、
山みち、小みちをすたこらさ。

U-26

 

 

  

こッつん こッつん
(ぶ)たれる土は
よい畠になつて
よい麥
(むぎ)生むよ。

朝から晩まで
踏まれる土は
よい路になつて
車を通すよ。

打たれぬ土は
踏まれぬ土は
要らない土か。

いえいえそれは
名のない草の
お宿をするよ。

 
U-27

TO HOME

 闇夜の星

闇夜に迷子の
星ひとつ。
あの子は
女の子でせうか。

私のやうに
ひとりぼつちの、
あの子は
女の子でせうか。

U-28

 

 おてんとさんの唄

日本の旗は、
  おてんとさんの旗よ。
日本のこども、
  おてんとさんのこども。
こどもはうたほ、
  おてんとさんの唄を。 
さくらの下で、
  かすみの底で。

日本のくにに、
こぼれる唄は、
  お舟に積んで、
  世界中へくばろ。
こぼれるほどうたほ、
  おてんとさんの唄を。
さくらのかげで、
  おてんとさんの下で。

U-29

 

 海の色

朝はぎんぎら銀の海、
銀はみんなを黒くする。
ランチの色も、帆の色も、
銀の破
(や)れめもみな黒い。

晝はゆらゆら青い海、
青はみんなをあるままに。
うかぶ藁
(わら)くづ、竹のきれ、
バナナの皮も、あるままに。

夜はしづかな黒い海、
黒はみんなをおひかくす。
船はゐるやら、ゐないやら、
赤い灯
(ともし)のかげばかり。

U-30

 

 ひろいお空

私はいつか出てみたい、
ひろいひろいお空の下へ。

町でみるのは長い空、
天の川さへ屋根から屋根へ。

いつか一度は出てみたい、
その川下
(かはしも)の川下の、
海へ出てゆくところまで、
みんな一目
(ひとめ)にみえる所(とこ)へ。

U-31

 

 七夕のころ

風が吹き吹き笹藪の
笹のささやきききました。

伸びても伸びてもまだ遠い、
夜の星ぞら、天の川、
いつになつたら、届かうか。

風がふきふき大海の
波のなげきをききました。

もう七夕もすんだのか、
お空の川もうすれるか。

さつき通つた旅びとは、
五色のきれいな短冊
(たんざく)
さめてさみしい、笹の枝。

U-32

 

 港の夜

雲つた晩だ。
ちひさい星がふるへふるへ
ひとつ。

さァむい晩だ。
船の灯りが映
(うつ)つてゆれて
ふたつ。

さみしい晩だ。
海のお瞳
(めゝ)があをく光つて
みつつ。

U-33

 

 ビラまき自動車

ビラ撒
(ま)き自動車やつて來た、
ちやかちやか樂隊のせて來た。

ビラを拾はう、赤いビラ、
もつと拾はう、黄
(きい)のビラ、

ビラ撒き自動車やつて來た。
ビラ撒き自動車、ついてゆこ。

町をはなれりや、降るビラは、
野原へ散つてげんげ草、
畠へおちて、菜の花に。

春のくるまだ、ついてゆこ。

U-34

 

 水すまし

一つ水の輪、一つ消え、
三つまはれどみな消える。

水にななつの輪を描けば、
魔法は泡と消えよもの。

お池のぬしに囚はれの
いまの姿は、水すまし。

きのふもけふも、青い水、
雲は消えずに映るけど、

一つ、二つ、と水の輪は、
一つあとから消えてゆく。

U-35

 

 杉と杉菜

一本杉はうたふ。
あの山のむかうの
大きな海のなかに、
蝶々のやうな、
白帆を三つ、みたよ。

一本杉はうたふ。
あの山のむかうの
大きな町のなかで、
青銅
(からかね)の豚が、
水を
くのをみたよ。

一本杉の下で
杉菜がうたふ。
私もいつか、
あんなに伸びて、
遠くの遠くをみようよ。

U-36

 

  駒鳥の都

林のなかの駒鳥さん、
林は葉づれの音ばかり。

都けんぶついかがです、
夜は灯
(あか)りが花のやう、
活動寫眞もみられます。

都から來たお嬢さん、
私の都はいかがです。

(かぞ)へきれない木のお家、
夜はお星が花のやう、
落葉のダンスもみられます。

U-37

 

  夜

夜は、お山や森の木や、
巣にゐる鳥や、草の葉や、
赤いかはいい花にまで、
黒いおねまき着せるけど、
私にだけは、できないの。

私のおねまき白いのよ、
そして母さんが着せるのよ。

U-38


TO HOME

  

空の山羊追ひ
眼にみえぬ。

山羊は追はれて
ゆふぐれの、
曠野
(ひろの)のはてを
群れてゆく。

空の山羊追ひ
眼にみえぬ。

山羊が夕日に
染まるころ、
とほくで笛を
ならしてる。

U-39

土のばあや

  白百合島

私ひとりが知つてゐる、
遠くの遠くのはなれ島。
いつも私は學校の
ポプラのかげで、地圖
(ちづ)を描(か)く。

掃かれりや消える島だけど、
描くたびかはる地圖
だけど、
いつも湖水
(こすゐ)がまんなかに、
いつも御殿がその岸に。

雪より白い、かぐはしい、
御殿のなかにすむひとは、
うすいみどりの裾ながく、
金のかむりのおひめさま。


島は白百合、花ざかり、
空まで白い百合の香に、
船は寄つても断崖
(きりぎし)
手にも取られぬ花ばかり。

青いポプラの葉のかげで、
いつも私は地圖を描く。

飽かずに、飽かずに、いくたびも、
「しらゆり島」の地圖をかく。

U-40

 

  畠の雨

大根
(だいこ)ばたけの春の雨、
青い葉つぱの上にきて、
小さなこゑで笑ふ雨。

大根畠の晝の雨、
あかい砂地の土にきて、
だまつてさみしくもぐる雨。

U-41


  海の果

雲の湧
(わ)くのはあすこいら、
虹の根もともあすこいら。

いつかお舟でゆきたいな、
海の果
(はて)までゆきたいな。

あまり遠くて、日が暮れて、
なにも見えなくなつたつて、

あかいなつめをもぐやうに、
きれいな星が手で採
(と)れる、
海の果までゆきたいな。

U-42

 

  電燈(でんき)のかげ

遠足の日の汽車のなか、
誰かうたつて居りました。
先生は笑つて居りました。

硝子
(がらす)のそとの夕空に、
ふつとみたのは、ちろちろと、
花火のやうな、消えさうな、
電燈
(でんき)のかげでありました。

みつめてゐれば、その下に、
母さんのお顔がありました。

山からかへりの汽車のなか、
誰かはうたつて居りました。

U-43

 

  明るい家

さくら草咲く丘のうへ、
それは、明るいお家です。

朝から晩までお部屋には、
はいりきれない、日のひかり。

ピンクの壁にかかつたは、
虹と天使の繪がひとつ。

おもちや屋ほどの、おもちや棚、
おもちやの數
(かず)も知つてます。

いつごろからか、どうしてか、
私はみんな知つてます。

それは私の家だから、
それは私の家だから。

U-44

 

  時計の顔

旅あきうどのかうもりが、
みじかい影をつれてゆく、
白いまぶしいひるの路。

ふつとみかへりや誰か知ら、
ぢつとみてます、
白い顔。

お目々つぶつてまた開いて、
よく見りや
時計の顔でした。

おるす番ゆゑ、さみしくて、
ぢつとみつめてゐたけれど、
それきり時計の顔でした。

U-45

 

 ゆびきり

牧場の果にしづしづと、
赤いお日さま沈みます。

柵にもたれて影ふたつ、
ひとりは町の子、紅いリポン、
ひとりは貧しい牧場の子。

「あしたはきつと、みつけてね、
七つ葉のあるクローバを。」

「そしたら、ぼくに持つて來て、
そんなきれいな噴水
(ふきあげ)を。」

「えええ、きつとよ、ゆびきりよ。」
ふたりは指をくみました。

牧場のはての草がくれ、
あかいお日さま、ひとりごと。

「草にかくれて、このままで、
あすは出ないでおきたいな。」

U-46

 

 はだし

土がくろくて、濡れてゐて、
はだしの足がきれいだな。

名まへも知らぬねえさんが、
鼻緒はすげてくれたけど。

U-47

 

 土と草

母さん知らぬ
草の子を、
なん千萬の
草の子を、
土はひとりで
育てます。

草があをあを
茂つたら、
土はかくれて
しまふのに。

U-48

 

 薔薇の町

みどりの小徑
(こみち)、露のみち、
小みちの果は、薔薇の家。

風吹きやゆれる薔薇の家、
ゆれてはかをる薔薇の家。

薔薇の小人はお窓から、
ちひさな、金の翅みせて、
おとなりさんと話してた。

とんとと扉
(どあ)をたたいたら、
窓も小人もみな消えて、
風にゆれてる花ばかり。

薔薇いろのあけがたに、
たづねていつた薔薇の町。

その日
わたしは蟻でした。

U-49

 

 

  もくせいの灯

お部屋にあかい灯
(ひ)がつくと、
硝子
(がらす)のそとの、もくせいの、
しげみのなかにも灯がつくの、
ここのとおんなじ灯がつくの。

夜更けてみんながねねしたら、
葉つぱはあの灯をなかにして、
みんなで笑つて話すのよ、
みんなでお唄もうたふのよ。

ちやうど、かうしてわたしらが、
ごはんのあとでするやうに。

窓かけしめよ、やすみましよ、
みんなが起きてゐるうちは、
葉つぱはお話できぬから。

U-50

 

  夕顔

蝉もなかない
くれがたに、
ひとつ、ひとつ、
ただひとつ、

キリリ、キリリと
ねぢをとく、

みどりのつぼみ
ただひとつ。

おお、神さまはいま
このなかに。
 

U-51

 

  襖(ふすま)

ここはねむりの森なのよ、
わるい仙女に呪
(のろ)はれて、
みんなねむつた森なのよ。

赤い帽子のきつつきは、
(ひのき)にとまつて、目をあいて、
つつつきかけて、ねむつてる。

咲いた櫻の木のそばにや、
羽をひろげて、とびかけて、
二羽のめじろがねむつてる。

花もねむつて散りもせず、
風もねむつてゆれもせぬ、
ここはねむりの森なのよ、
ながいねむりの森なのよ。

U-52

 

 お日さん、雨さん

ほこりのついた
芝草を
雨さん洗つて
くれました。

洗つてぬれた
芝草を
お日さんほして
くれました。

かうして私が
ねころんで
空をみるのに
よいやうに。

U-53

 

 雀と芥子(けし)

小ちやい雀が
死んだのに、
芥子
(けし)は眞紅(まつか)に咲いてゐる。

知らないのです
知らせずに、
こつそりそばを通りましよ。

もしもお花が
きいたなら、
すぐにしぼんでしまふから。

U-54

 

 

お山に誰を
みつけたろ、
雲はお山へ
はいつたよ。

お山にや誰も
ゐなかつた、
雲は山から
でてきたよ。

つまらなさうに
夕ぞらを、
雲はひとりで
飛んでたよ。

U-55

 

 お坊さま

小さい波が來てかへる、
入江の岸のみちでした。

私のお手々ひいてたは、
知らない旅のお坊さま。

なぜか、このごろおもふこと、
「お父さまではないか知ら。」

けれども遠いむかしです。
とてもかへらぬむかしです。

ざわざわ、
(かに)が這つてゐた、
入江の岸のみちでした。

私のおかほみてゐたは、
たんぽぽ色のお月さま。

U-56

 

 浦の神輿

荒れるよ、波、波、人の波、
お神輿
(みこし)小舟は覆(かや)れそぢや。
やつさァやつさ、やつさァやつさ。

みるまに波、波、人の波、
となり町までさつと退
(ひ)く。
やつさァやつさ、やつさァやつさ。

あとには波、波、磯の波、
いつものやうに、すぐそこに。
じやんぶり、じやんぶり、じやんぶりこ。

U-57

 

 暦と時計

暦があるから
暦を忘れて
暦をながめちや、
四月だといふよ。

暦がなくても
暦を知つてて
りこうな花は
四月にさくよ。

時計があるから
時間をわすれて
時計をながめちや、
四時だといふよ。

時計はなくても
時間を知つてて
りこうな鷄
(とり)
四時には啼くよ。

U-58

 

 折紙あそび

あかい、四角な、色紙よ、
これで手品
(てづま)をつかひましよ。

私の十
(とを)のゆびさきで、
まづ生れます、虚無僧
(こむそう)が。

みるまに化
(な)ります、鯛の尾に、
ほらほら、ぴちぴちはねてます。

鯛もうかべば帆かけ舟、
舟は帆かけてどこへゆく。

その帆おろせば二艘舟、
世界のはてまで二艘づれ。

またもかはれば風ぐるま、
ふつと吹きましよ、まはしましよ。

まだも變はつてお狐さん、
コンコン、こんどはなんに化きよ。

そこで化けます、紙きれに、
もとの四角な色紙に。

なんてふしぎな紙でせう、
なんて上手な手品
(てづま)でせう。

U-59

 

 空屋敷の石

空屋敷
(あきやしき)の石が
なくなつたよ。
とりもち搗
(つ)くのに
よかつたに、なあ。

石はお馬車に
乘つてつたよ。
空屋敷の草は
そびしさうだ、なあ。

U-60

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