金 子 み す ゞ 詩集

POEM V-T KANEKO MISUZU

さみしい王女
世界中の王様

   

ときどき私はおもふのよ。

雀に御馳走してやつて、
みんな馴らして名をつけて、
肩やお掌(
てゝ)にとまらせて、
よそへあそびに行くことを。

けれどもぢきに忘れるの。
だつて、遊びはたくさんで、
雀のことなんか忘れるの。

思ひ出すのは夜だもの、
雀のゐない夜だもの。

いつも私のおもふこと、
もしか雀が知つてたら、
待ちぼけばつかししてるでしよ。

わたし、ほんとにわるい子よ。
V-1

 

 
  つくる

小鳥は
藁で
その巣をつくる。
  その藁
  その藁
  たあれがつくる。

石屋は
石で
お墓をつくる。
  その石
  その石
  たあれがつくる。

わたしは
砂で
箱庭つくる。
  その砂
  その砂
  たあれがつくる。
V-2

 

 
  世界中の王様

世界中の王様をよせて、
「お天氣ですよ。」と云つてあげよう。

王様の御殿はひろいから、
どの王様も知らないだらう。
こんなお空を知らないだらう。

世界中の王様をよせて
そのまた王様になつたのよりか、
もつと、ずつと、うれしいだらう。
V-3

 

 
  時のお爺さん

タッ、タッ、といそいで駈けてゆく、
忙しい「時」のお爺さん。

私の持つてるものならば、
なんでもあなたにあげませう。

穴のある石、縞の石、
あをいラムネの玉いつつ。

ふるい不思議な芝居繪も、
銀の芒
(すすき)のかんざしも。

タッ、タッ、と休まず駈けてゆく、
巨きな「時」のお爺さん。

もしも、あなたがお祭りを、
いますぐ持つて來てくれるなら。

V-4

 

 
  人形の木

いつだか埋めた種からは、
ちひさい桃の木生えました。

たつた一つの人形だけど、
お庭のすみに埋めませう。

さみしくつてもがまんして、
ちひさい二葉を待ちませう。

ちひさいその芽をそだてたら、
三年さきで花が咲き、
秋にやかはいい人形が生
(な)つて、
町ぢゆうの子供にひとつづつ、
木からもいではわけてやる、
人形の木が生えるから。

V-5

 

 ねがひ

夜が更けるなあ、
ねむたいなあ。

いいや、いいや、ねてしまはう。
夜の夜なかに、この部屋へ、
赤い帽子
(しやつぽ)でひよいと出て、
こつそり算術やつておく、
悧巧な小びとが一人やそこら、
きつとどこぞにゐるだろよ。

V-6

 

  橙 畑 (だいだいばたけ)

橙畑の橙の木は、
みんな伐られた、その根も掘られた、
ただの畑になるつて話だ。

なにをつくるか知らないけれど
茄子
(なすび)にやぶらんこ掛けられまいし
  (てんと蟲ならできようけれど)
豆で木登りできるものか。
  (ヂャックの豆なら知らないけれど。)

橙畑の橙の木は、
青い實のままみんな伐られた。
あそぶ處がまた一つ減つたよ。

V-7

 

 魚 市 場

瀬戸に
渦まく
夕潮

とほく
とどろく
夕暗

市のひけた
市場に、
海からかげが
のぞくよ。

子供は、子供は、
どこにと、
何か、何か、
のぞくよ。

秋刀魚の色した
夕ぞら、
烏が啼かずに
わたるよ。

V-8

 

  みえない星

空のおくには何がある。

  空のおくには星がある。

星のおくには何がある。

  星のおくにも星がある。
  眼には見えない星がある。

みえない星は何の星。

  お供の多い王様の、
  ひとりの好きなたましひと、
  みんなに見られた踊り子の、
  かくれてゐたいたましひと。
V-9

 

  トランプのお家

トランプの札でお
(うち)
つくりませう。
お室
(へや)はみんな裏むきで、
床のもやうがうつくしく、
ダイヤの一が電燈
(でんき)です。

お庭にやスペード、クラブの木、
ハートの花もちらちらと。

トランプの札のお家にや
誰が棲む。
四人の王と四人の女王のそのなかで、
きらはれもののスペードの、
王と女王を棲ませませう。

トランプの札のお家を
こはしませう。
ボンボン時計が五つ鳴り、
ねえやが箒
(ほうき)を持つて來た。
V-10

 

  

「夏」は夜更
(よふか)
朝寢ばう。

夜は私がねたあとも、
ねないでゐるが、朝早く、
私が朝顔起こすときや、
まだまだ「夏」は起きて來ぬ。

すずしい、すずしい、
そよ風だ。
V-11

 

  夏越(なごし)まつり

ぽつかりと
ふうせん、
瓦斯の灯が映るよ。

影燈籠
(かげどうろう)
人どほり、
氷屋の聲が泌
(し)みるよ。

しらじらと
天の川、
夏越祭の夜更けよ。

辻を曲れば
ふうせん、
星ぞらに暗いよ。
V-12

 

  雨の五穀祭(ごこくまつり)

ざんざの雨に流された、
五穀まつりの夜更けて、
いまはちらほら星がでた。

誰もとほらぬ、ぬかるみに、
消えた提灯映つてる。

遠い通りを自動車で、
わつと囃して通るのが、
空ゆくやうに、きィこえた。

ひとつ、ふたつ、みィつ、
お空に星がふゥえた。

どこかの軒の提灯が、
またひとつ、消えた。
V-13

 

  夏の宵

暮れても明るい
空のいろ、
星がハモニカ
吹いてゐる。

暮れても街には
立つ埃
(ほこり)
空馬車からから
踊つてる。

暮れても明るい
土のいろ、
線香花火が
もえ盡
(つ)きて、
あかい火だまが
ほろと散る。
V-14

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  ひよどり越

ひよどり越
(ごえ)
さかおとし、
蟻の大軍
攻めくだる。

めざす平家は
梨の芯、
わたしの捨てた
梨の芯。

  峠の茶屋の
  ひるさがり、
  ふるは松葉と
  
しぐれ。

蟻の大軍
いさましく、
梨のお城を
とりまいた。
V-15

 

  唖 蝉 (おふし ぜみ)

おしやべり蝉は歌うたふ、
朝から晩まで歌うたふ、
誰が見てても歌うたふ、
いつもおんなじ歌うたふ。

唖の蝉は歌を書く、
だまつて葉つぱに歌を書く、
誰も見ぬとき歌を書く、
誰もうたはぬ歌を書く。

  (秋が來たなら地に落ちて、
   朽ちる葉つぱと知らぬやら。)
V-16

 


                   長門湯本温泉

 山の子の夢

山のおくの
湯の町の、
宿のむすめの
見る夢は、
うつくしい
海の夢。

  まろく
  かさなる
  朱の波に、
  金と
  銀との
  むら千鳥。

さめておもへば
さみしいな、
それは手筥
(てばこ)
舞扇。

V-17

 

         長門湯本温泉 恩湯 2017.5にて営業終了

 

  ちひさなお里

芥子
(けし)人形、
芥子人形。
おまへのお里へ行きたいな。

おまへのお里の藁屋根は、
わたしの掌にでものるのだろ。

それでもげんげも咲くのだろ、
おまへも摘んでゐたのだろ。

げんげつみつみ日がくれりや、
ちひさな月も出るのだろ。
芥子人形、芥子人形。
おまへのお里の春の日は、
わたしでさへも、なつかしい。
巨きな室
(へや)がさむいとき、
巨きな猫がこはいとき、
どんなにおまへにや戀しかろ。

V-18

 

  象の鼻

むうく、むうく
山の上、
巨きな象が白い。

むうく、むうく
空に、
象の鼻が伸びる。
―― 水いろ空に、
   失くした牙が
   しィろくほそく。

むうく、むうく
鼻が、
伸びても伸びても遠い。
とどかぬ
ままに、
灰いろに暮れて、
―― しづかな空に、
   とれない牙は、
   いよいよしろく。
V-19

 

 
  文字焼き

文字焼きの焼けるにほひよ、
雨がふる、
こんこんこまかな雨がふる。
 
駄菓子屋の奥の暗さよ、
ぽつちりと、
あかい煙草の火がみえる。
 
五六人そこらの辻で、
くちぐちに、
さよならしてる聲がする。
 
文字焼きの焼けるにほひよ、
雨がふる、
こんこんこまかな雨がふる。
V-20

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  海を歩く母さま

母さま、いやよ、
そこ、海なのよ。
ほら、ここ、港、
この椅子、お舟、
これから出るの。
お舟に乘つてよ。
 
あら、あら、だァめ、
海んなか歩いちや、
あつぷあつぷしてよ。
母さま、ほんと、
笑つてないで、
はよ、はよ、乘つてよ。
 
とうとう行つちやつた。
でも、でも、いいの、
うちの母さま、えらいの、
海、あるけるの。
えェらいな、
えェらいな。
V-21

 

 
 舟 の 歌

わたしは若い舟だつた。
あの賑やかな舟おろし、
五色の旗にかざられて、
はじめて海にのぞむとき、
限り知られぬ波たちは、
みんな一度にひれ伏した。
 
わたしは強い舟だつた。
嵐も波も渦潮も、
荒れれば勇む舟だつた。
銀の魚を山と積み、
しらしら明けに戻るときや、
勝つた戦士のやうだつた。
 
わたしも今は年老いて、
瀬戸ののどかな渡し舟。
岸の藁屋の向日葵(ひまはり)の、
まはるあひだをうつうつと、
眠りながらもなつかしい、
むかしの夢をくりかへす。
V-22

 

 
 蝉しぐれ

お汽車の窓の
蝉しぐれ。
 
ひとりの旅の
夕ぐれに、
(まなこ)とぢれば
眼のなかに、
金とみどりの
百合が咲き、
 
眼ひらけば
窓のそと、
名知らぬ山は
夕焼けで、
すぎて
また來る
蝉しぐれ。
V-23

 

 
  お月さんとねえや

私があるくとお月さんも歩く、
いいお月さん。
 
毎晩忘れずに
お空へくるなら
もつともつといいお月さん。
 
私が笑ふとねえやも笑ふ、
いいねえや。
 
いつでも御用がなくて
あそんでくれるなら
もつともつといいねえや。
V-24

 

 
 

ちよいと
渚の貝がら見た間に、
あの帆はどつかへ
行つてしまつた。
 
こんなふうに
行つてしまつた。
誰かがあつた――
何かがあつた――
V-25

芒とお日さま

 
  さみしい王女

つよい王子にすくはれて、
城へかへつた、おひめさま。

城はむかしの城だけど、
薔薇もかはらず咲くけれど、

なぜかさみしいおひめさま、
けふもお空を眺めてた。

  (魔法つかひはこはいけど、
  あのはてしないあを空を、
  白くかがやく翅
(はね)のべて、
  はるかに遠く旅してた、
  小鳥のころがなつかしい。)

街の上には花が飛び、
城に宴はまだつづく。
それもさみしいおひめさま、
ひとり日暮
(ひぐれ)の花園で、
眞紅
(まつか)な薔薇は見も向かず、
お空ばかりを眺めてた。
V-26

 

 
  林檎畑

七つの星のそのしたの、
誰も知らない雪國に、
林檎ばたけがありました。
 
垣もむすばず、人もゐず、
なかの古樹(ふるき)大枝に、
鐘がかかつてゐるばかり。
 
  ひとつ林檎をもいだ子は、
  ひとつお鐘をならします。
 
  ひとつお鐘がひびくとき、
  ひとつお花がひらきます。
 
七つの星のしたを行く、
馬橇(ばそり)の上の旅びとは、
とほいお鐘をききました。
 
とほいその音をきくときに、
凍つたこころはとけました、
みんな泪になりました。
V-27

 

 
 はつ秋

白いいかめしい日曜の銀行に、
ころ、ころ、ころ、とこほろぎが鳴き、
 
白いやうにうすい朝の空を、
すらすらと蜻蛉(とんぼう)が飛ぶ。
 
  (秋は今朝(けさ)
  港に着いた。)
 
白い巨きな日曜の銀行に、
陽はかつきりと影をつくり、
 
白い絲のついた蝉は電線にからまつて、
うすい翅をふるはせてゐる。
V-28

 

 
  踏切
 
踏切の小屋は大きな空の下。
 
小屋のおもてで爺さんは、
けふの新聞よんでゐる。
 
  ながい、ながい、影ばふし、
  裾(すそ)に嫁菜(よめな)の花が咲き、
  胸のあたりで蟲がなく。
 
踏切の柵はしィろい空のなか。
 
草の葉かげでこほろぎは、
晝の月見てないてゐる。
V-29

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 曼珠沙華(ひがんばな)

村のまつりは
夏のころ、
ひるまも花火を
たきました。
 
秋のまつりは
となり村、
日傘のつづく
裏みちに、
地面(ぢべた)のしたに
棲むひとが、
線香花火を
たきました。
 
あかい
あかい
曼珠沙華。
V-30

 

 
 小さい女の子と男の子
 
赤いビラが散つた、
青いビラが散つた、
春の日の街に。
 
小さい女の子が
赤いビラ拾うた、
赤いビラ折つて、
石つころに着せて、
ねんねんころりと
子守唄うたうた。
 
小さい男の子が
青いビラ拾うた、
青いビラ持つて、
お家まで駈けて、
電報、電報と
力一ぱいどなつた。
V-31

 

 

 秋は一夜に

秋は一夜にやつてくる。

二百十日に風が吹き、
二百二十日に雨が降り、
あけの夜あけにあがつたら、
その夜にこつそりやつて來る。

舟で港へあがるのか、
(はね)でお空を翔(か)けるのか、
地からむくむく湧き出すか、
それは誰にもわからない、
けれども今朝はもう來てる。

どこにゐるのか、わからない、
けれど、どこかに、もう來てる。

V-32

 

 
 落葉のカルタ

山路
(みち)に散つたカルタは
なんの札。
金と赤との落葉の札に、
蟲くひ流の筆のあと。
山路に散つたカルタは、
誰が讀む。
黒い小鳥が黒い尾はねて、
ちちッ、ちちッ、と啼いてゐる。
 
山路に散つたカルタは
誰がとる。
むべ山ならぬこの山かぜが、
さつと一度にさらつてく。
V-33

 

 
 

親指の爪は
平たいお顔。
丈夫さうなお顔。
  わたしらの先生。
 
人差指の爪は
ゆがんだお顔。
泣きそなお顔。
  いつかの曲馬の子。
 
中指の爪は
まあるいお顔。
笑つてるお顔。
  まへゐたねえや。
 
紅さし指の爪は
四角なお顔。
考へてるお顔。
  あの、旅の小父さん。

小指の爪は
ほそくて、きれい。
  知つてるやうで
  誰だか知らぬ。
V-34

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 紙鐵砲

紙鐵砲、
ポン、ポン、ポン。
 
きのふまでなかつたに、
一にちで流行(はや)つたよ。
 
みんなが篠竹切つてくる、
みんなが紙玉こしらへる。
 
紙鐵砲、
ポン、ポン、ポン。

きのふまで暑かつたに、
一にちで秋が來た。

みんなが篠竹けづつてる、
みんながお空をみあげてる。
V-35

 

 
 お勘定

空には雲がいま二つ、
路には人がいま五人。
 
ここから學校へゆくまでは、
五百六十七足(あし)あつて、
電信柱が九本ある。
 
私の箱のなんきん玉は、
二百三十あつたけど、
七つはころげてなくなつた。
 
夜のお空のあの星は、
千と三百五十まで、
かぞへたばかし、まだ知らぬ。
 
私は勘定が大好き。
なんでも、勘定するよ。
V-36

 

 
 こはれ帽子(しやつぽ)

てんてん手毬、
おててん手から、辷(すべ)つてころげて、
乞食の子供にひろはれた。
 
手まりは欲しし、怖さは、怖し、
睨みや、睨んではうつてくれて、
 
行くか、歸るか、あち向きかけて、
麥藁帽子をすぽりとかぶりや、
すぽり、こはれた、こはれた、帽子、
つばがすぽりとくびまで抜けた。
 
くるり、ふりむき、アハハと笑うた、
私もうつかり、アハハと笑うた。
 
こはれ帽子の、そのゆくみちにや、
とんぼ、千も萬も舞ひ舞ひしてた。
V-37

 

 
 らくがき

雨の音
ききながら、
みつめる壁の
樂書(らくが)きよ。
 
いつの日
誰が描いたやら、
私みたいに
(まづ)い画(え)
 
くすりの香(か)
(ぷん)とする、
大きな火鉢に
ひとりゐて、
 
しみじみと
ながめてる、
お顔だけの
あねさま。
V-38

 

 
 萬倍

世界中の王様の、
御殿をみんなよせたつて、
その萬倍もうつくしい。
――星で飾つた夜の空。
 
世界中の女王様の、
おべべをみんなよせたつて、
その萬倍もうつくしい。
――水に映つた朝の虹。
 
星で飾つた夜の空、
水にうつつた朝の虹、
みんなよせてもその上に、
その萬倍もうつくしい。
――空のむかうの神さまのお國。
V-39

 

 
 ねんねの汽車

ねんねん寢る子は汽車に乘る、
ねんねの駅を汽車は出る。
 
汽車の通るは夢のくに、
なんきん玉の地の上の、
赤い線路をひた走り。
 
月は明るし、雲は紅(べに)
硝子の塔のてつぺんに、
ちらりと白い星も出る。
 
みんなお窓に見て過ぎて、
おめざの駅へ汽車は着く。
 
お夢のくにのお土産は、
誰も持つては歸れない。
お夢のくにへゆくみちは、
ねんねの汽車が知るばかり。
V-40

 

 
 子供と濳水夫(もぐり)と月と
 
子供は野原の花をつむ、
けれども、歸るみちみちで
はらり、はらりと撒きちらす。
 
お家へかへれば、何もない。
 
もぐりは海の珊瑚採る、
けれど、あがれば舟におき、
からだ一つでまたもぐる。
 
自分のものは、何もない。
 
月はお空の星ひろふ、
けれど、十五夜すぎたなら、
またもお空へ撒きちらす。
晦日(みそか)ごろには、何もない。
V-41

 

 
 遠い火事

遠い火事、
忘れたやうに、みんなして、
戦ごつこをしてゐたよ。
 
消えた、消えた、と駈けて來た、
誰かの鼻先、工兵が、
敵の地雷をつかまへた。

勝負がついて、みちばたで、
みんながせいせいいつてたら、
三番組が引上げた、
らつぱ吹き吹き通つた。

みんな、だまつて見送つた、
黒くポンプのゆく空にや、
半分かけたお月さん、
とても大きな傘さしてた。

V-42

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 うらなひ
 
夕やけ、
小やけ、
赤い草履(ぞんぞ)
飛ばそ。
 
赤い草履
裏だ、
も一度
飛ばそ。
 
出るまで、
何べんでも
飛ばそ。
 
夕やけ、
小やけ、
雲まで
飛ばそ。
V-43

 

 
  (すすき)とお日さま

――もうすこし、
――もうすこし。
芒はせい伸びしてゐます。

あまり照られてしほれそな、
白いやさしいひるがほを、
どうにか、陰にしてやろと。

――もうすこし、
――もうすこし。
お日はぐずぐずしてゐます。

まだまだ籠
(かご)は大きいに、
あれつぽちしかよう刈らぬ、
草刈むすめがかあいそで。
V-44

 

 
  みんなを好きに

私は好きになりたいな、
何でもかんでもみいんな。

葱も、トマトも、おさかなも、
殘らず好きになりたいな。

うちのおかずは、みいんな、
母さまがおつくりなつたもの。

私は好きになりたいな、
誰でもかれでもみいんな。

お醫者さんでも、烏
(からす)でも、
殘らず好きになりたいな。

世界のものはみィんな、
神さまがおつくりなつたもの。
V-45

 

 
  水と影

お空のかげは、
水のなかにいつぱい。

お空のふちに、
木立もうつる、
野茨
(のばら)もうつる。
   水はすなほ、
   なんの影も映す。

みずのかげは、
木立のしげみにちらちら。

明るい影よ、
すずしい影よ、
ゆれてる影よ。
   水はつつましい、
   自分の影は小さい。
V-46

 

 
 井戸ばたで

お母さまは、お洗濯、
たらひの中をみてゐたら、
しやぼんの泡にたくさんの、
ちひさなお空が光つてて、
ちひさな私がのぞいてる。

こんなに小さくなれるのよ、
こんなにたくさんになれるのよ、
わたしは魔法つかひなの。

何かいいことして遊ぼ、
つるべの縄に蜂がゐる、
私も蜂になつてあすぼ。

ふつと、見えなくなつたつて、
母さま、心配しないでね、
ここの、この空飛ぶだけよ。

こんなに青い、青ぞらが、
わたしの翅に觸
(さわ)るのは、
どんなに、どんなに、いい氣持。

つかれりや、そこの石竹
(せきちく)の、
花にとまつて蜜吸つて、
花のおはなしきいてるの。

ちいさい蜂にならなけりや、
とても聞えぬおはなしを、
日暮れまででも、きいてるの。

なんだか蜂になつたやう、
なんだかお空を飛んだやう、
とても嬉しくなりました。
V-47
 

 


 
大きな手籠

手籠、手籠、
大きな手籠。
廣い野へ出て、この籠に、
いつぱい蓬(よもぎ)を摘まうとて、
どの子も、どの子も、町の子は。
 
けれど、どの子も知りやしない、
野にある蓬はみいんな、
町へと賣りに行くために、
田舍の人が摘んだのを。
 
  節句は來ても、春淺い、
  よもぎはほんの、芽ばかりで、
  摘めばしほれてしまふのに、
  摘めばしほれてしまふのに。

手籠、手籠、
大きな手籠。
どの子も、どの子も、樂しげに。
V-48

 


 
花のお使ひ
 
白菊、黄菊、
雪のやうな白い菊。
月のやうな、黄菊。

たあれも、誰
(たあれ)も、みてる、
私と、花を。
 
  (菊は、きィれい、
  私は菊を持つてる、
  だから、私はきィれい。)

叔母さん家
(ち)は遠いけど、
秋で、日和(ひより)で、いいな。
花のお使ひ、いいな。
V-49

 

 
  納屋

納屋のなかは、うす暗い。
納屋のなかにあるものは、
みんなきのふのものばかり。
 
あの隅のは縁台だ、
夏ぢゆうは、あの上で、
お線香花火をたいて居た。
 
梁に挿された、一束の、
黒く煤けたさくらの花は、
祭に軒へさしたのだ。
 
いちばん奥にみえるのは、
ああ、あれは絲ぐるま、
忘れたほども、とほい日に、
お祖母(ばあ)さまがまはしてた。
 
いまも、夜なかにや屋根を洩る、
月のひかりをつむぐだろ。
  梁にかくれて、わるものの、
  蜘蛛がいつでもねらつてて、
  絲を盗つては息かけて、
  呪ひの絲に變へるのを、
  晝は眠(ね)てゐて知らないで。
 
納屋のなかは、うす暗い。
納屋のなかには、なつかしい、
すぎた日のかずかずが、
蜘蛛の巣にかがられてゐる。
V-50

橙の花

 
 墓たち

墓場のうらに、
垣根ができる。
 
墓たちは
これからは、
海がみえなくなるんだよ。
 
こどもの、こどもが、乘つてゐる、
舟の出るのも、かへるのも。
 
海辺のみちに、
垣根ができる。
 
僕たちは
これからは、
墓がみえなくなるんだよ。
 
いつもひいきに、見て通る、
いちばん小さい、丸いのも。
V-51

 

 
 叱られる兄さん

兄さんが叱られるので、
さつきから私はここで、
袖無の紅い子紐(こひも)を、
結んだり、といたりしてる。
 
それだのに、裏の原では、
さつきから城取りしてる、
ときどきは(とび)もないてる。
V-52

 

 
 私の髪の

私の髪の光るのは、
いつも母さま、撫でるから。
 
私のお鼻の低いのは、
いつも私が鳴らすから。
 
私のエプロンの白いのは、
いつも母さま、洗ふから。
 
私のお色の黒いのは、
私が煎豆たべるから。
V-53

 

 
 硝子と文字
 
硝子は
空つぽのやうに
すきとほつて見える。
 
けれども
たくさん重なると、
海のやうに青い。
 
文字は
蟻のやうに
黒くて小さい。
 
けれども
たくさん集まると、
黄金
(きん)のお城のお噺もできる。
V-54

 

 
  お月さん

夜あけのお月さん
山のきは。
籠に飼はれた白い鸚鵡(あうむ)
ねとぼけお眼
(めゝ)でひよいと見て、
おうやおや、お連れだ、呼ばうかな。

晝間のお月さん
沼の底。
麦藁帽子
(しやつぽ)の子供が岸で、
釣竿かまへて睨(にら)めてた。
すてきだ、釣らうか、かかるかな。
 
日ぐれのお月さん
枝のなか。
くちばし赤い小鳥が一羽、
お眼くりくりみはつてた。
とつても、熟れたぞ、つつこかな。
V-55

 

 
 初あられ

あられ
あられ
手に受けて、
春の夜の
お雛まつりを
ふとおもふ。
 
おなじみの隣の雛は
こんな晩、
暗いお倉の片隅の
ひとりびとりの箱のなか。
ぱら、ぱら、と
きれぎれに
(とひ)うつ音を聽いてゐよ。
 
あられ
あられ
初あられ。
V-56

 

 

 冬の星

霜夜の

まちで

お姉さま、

空をみながら

いひました。

――しずかに

  さむく

  さよならと。

 

霜夜の

そらの

お星さま、

いちばん青い

お星さま。

――ちやうど

  あなたに

  いふやうに。

V-57

 

 
 白い帽子(ぼうし)

白い帽子、
あつたかい帽子、
(を)しい帽子。
 
でも、もういいの、
失くしたものは、
失くしたものよ。
 
けれど、帽子よ、
お願ひだから、
溝やなんぞに落ちないで、
どこぞの、高い木の枝に、
ちよいとしなよくかかつてね、
私みたいに、不器つちよで、
よう巣をかけぬかはいそな鳥の、
あつたかい、いい巣になつておやり。
 
白い帽子、
毛絲の帽子。
V-58

 

 
 店の出來事

(あられ)がこんころり、
潛戸(くぐりど)からはいつた。
お客さんが、霰と、
お連れになつてはいつた。
  (こんばんは。)
  (はい、いらつしやい。)
歌時計がちんからり、
お客さんの手で鳴つた。
あられの音にまじつて、
一つとやを歌うた。
  (さやうなら。)
  (はい、ありがたう。)
 
歌時計がちんからり、
鳴り鳴り出てつた。
消えるまできいてて、
ふつと氣がつけば、
霰はとうに止んでゐた。
V-59

 

 
 大晦日(おおみそか)と元日

兄さまは掛取り、
母さまはお飾り、
わたしはお歳暮。
町ぢゆうに人が急いで、
町ぢゆうにお日があたつて、
町ぢゆうになにか光つて。
 
うす水いろの空の上、
(とんび)は靜かに輪を描いてた。
 
兄さまは紋附き、
母さまもよそゆき、
わたしもたもとの。
町ぢゆうに人があそんで、
町ぢゆうに松が立つてて、
町ぢゆうに霰が散つてて。

うす墨いろの空の上、
鳶は大きく輪を描いてた。
V-60

 

 
 昨年

お舟、みたみた、
お正月、元旦、
旗も立てずに黒い帆あげて、
ここの港を出てゆく舟を。
 
お舟、あの舟、
乘つてるものは、
けふの初日に追ひ立てられた、
ふるい昨年か、昨年か、さうか。
 
お舟、ゆくゆく、
あのゆく先に、
昨年のあがる港があるか、
昨年を待つて、たあれか居るか。
 
昨年、みたみた。
お正月、元旦、
黒い帆かけたお舟に乘つて、
西へ西へと逃げてく影を。
V-61

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 硝子のなか
 
おもての雪が見えるので、
ひらひらお花のやうなので、
(あか)り障子の繪硝子を、
お炬燵(こた)にあたつて見てゐたら、
 
うらの木小屋へ木をとりに、
雪ふるなかを歩いてく、
お祖母さまのうしろかげ、
ちらちら映つて、消えました。
V-62

 

 
 朝蜘蛛
 
朝から朝蜘蛛さがつたし、
朝からなんだかうれしいし、
きつと、今日こそ來るでせう。
 
お母さまも知らないが、
生きて、遠くに棲んでゐる、
お父さまのおむかへが。
 
すぐに、私は髪結うて、
好きな手毬のおべべ着て、
赤いお馬車に乘るでせう。
 
赤いお馬車のゆくみちは、
白い芒のみちでせう、
野菊もちひさく咲いてませう。
 
旗のたつてる小(ち)さい村、
鐘の鳴つてる寺のまへ、
しめつた、暗い森のなか。
 
そして、夕焼消えるころ、
むかうのむかうに城のよな、
大きなお家がみえるでせう。

お父さまは待ちきれず、
門から駈けてくるでせう、
私も馬車から飛ぶでせう。

私は「父さま」と呼ぶでせう、
いやいや、黙つてゐるでせう、
あんまり、あんまり、嬉しくて。
朝からなんだかうれしいし、
朝から朝蜘蛛さがつたし、
けふは、何かがあるでせう。
V-63

 

 
  
 
どこにだつて私がゐるの、
私のほかに、私がゐるの。
 
通りぢや店の硝子のなかに、
うちへ歸れば時計のなかに。
 
お台所ぢやお盆にゐるし、
雨のふる日は、路にまでゐるの。
 
けれどもなぜか、いつ見ても、
お空にや決してゐないのよ。
V-64

 

 
 かたばみ
 
駈けてあがつた
お寺の石段。
 
おまゐりすませて
降りかけて、
なぜだか、ふつと、
おもひ出す。
 
石のすきまの
かたばみの
赤いちひさい
葉のことを。
――とほい昔に
  みたやうに。
V-65

 

 
 まち
 
通る、通る、
春の日の街を、
通る、通る、
縦に通る。
 
荷馬車、荷ぐるま、
自動車、自轉車。
 
通る、通る、
白い白い路を、
通る、通る、
横に通る。
 
乞食の子供と
けむりの影が。
V-66

 

 
 貝と月

紺屋
(こうや)のかめに
つかつて、
白い絲は紺になる。
 
青い海に
つかつて、
白い貝はなぜ白い。
 
夕やけ空に
そまつて、
白い雲は赤くなる。
 
紺の夜ぞらに
うかんで、
白い月はなぜ白い。
V-67

 

 
 絹の帆
 
王様のお船にかける帆は、
うすく、うすくといひつかる。

うす紫のうす絹に、
港のまちが繪と透(す)いて、
とてもきれいな帆は帆だが、
風はびゆうと來て、
穴あけた。
 
風のみちあけたらやぶるまい、
風のみちあけろといひつかる。
 
うすむらさきのうすぎぬに、
王様の御紋のきりぬきで、
とてもきれいな帆は帆だが、
風はびゆうと來て、
行きぬけて、
船は出やせぬ、
一尺も。
V-68

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