「月姫 〜彼我の零距離、キミとボク〜」



第9夜 貴方と唄う小夜曲(セレナーデ)

 音楽で言うならば、それはセレナーデのようでした。吸血鬼のような少女との日常。 
 別に悪い意味でこれを使わない。相応しい形容詞としてこれを使いたいと思う。
「私は吸血鬼です」と言われても「はい、そうですか」と受け流してしまいそうな特徴と美しさを彼女は持っていたのです。
 ちなみに看護婦さんたちのつけた愛称は「姫さま」でした。
 太陽の光が苦手だったのは言うまでも無く、あまりにも色素が無かったために日常生活も少々の危険が伴う娘でした。だって紫外線で火傷する危険性があるのですよ。
 生来の(それほど強くは無いと看護婦さんが言っていたが)弱視でしたし、検査以外に出かけるところの無い少女でしたが、時折看護婦さんと一緒にさんぽに出ることを想定してか、常にタモリさんみたいなサングラスと眼鏡や双眼鏡を所持する娘でした。
 病気自体もあまり人の病状をかたるの好きじゃないのですが、そういうものでしたし、当時、吸血鬼の概念を魔術的な部分においてまで詳しく知っていたならば、随分と可愛い吸血鬼だなって思っていたかもしれません。
 世の中には、邪気に満ちた人間や生きていないモノしか本当に怖がらなくてはならないものは無いから。
 
 最近はやりの属性で語るならば、眼鏡っ娘、ドジっ娘、病弱、ほんわか…などでしたよ。
 静脈が透けるほどに白い肌、雪のようでしたが余りにか弱いのかすべすべな感じはしなかったです。
 さらさらと言うのが似合っていました。
 最初の出会いは病室の前で、検査に行く彼女をたまたま偶然看護婦さんに紹介されたのです。
 厚手のレースのカーテンの向こうの人影。それは光に弱い娘だと言われた。
 ボクはそのとき普通の人とは違うんだって感覚に強く囚われていた時期だったから、初めてみた彼女にも少々奇妙だとは映ったのですが、「真っ白でお姫様みたいな娘」と言うのが初対面の印象で、もともとの相性が良かったのか仲良くなるのにそんなに時間は掛からなかったです。
 違う人同士仲良くしようと思ったし、何より彼女のあまりの可愛らしさと壊れ具合とこちらに対する反応が気に入ったのです。そんな理由でした。
 病院と言う環境は比較的同じ境遇を背負った人たちが集まるために、他人と仲良くなりやすいですし、彼女にしても言葉なんかはたどたどしかったけれど、感情がハッキリしていましたから最初を掴んだら後は普通に友達になれました。
 普段は子供らしさ全開で、時折、名家出身の礼儀作法モードと大人の権謀術数から身を守るための冷静モードへ切り替えるボク(小学校の保健の先生による分析)のことを彼女は気にいってくれたらしくいきなり名前で呼ばれて懐かれました。
 ボクも彼女のこと名前で呼んでました。すごく珍しいことです。人生で女性を名前で呼んだのはこれまで親戚縁者含めて10本指で数えられます。
 しかも呼び捨てでと言うのもすごく珍しいことで、こちらは現在の手足の数より少ないです。
 何でそうなったかの経緯は酷く簡単で、とある会話から彼女の名前を呼び捨てにしたものと勘違いされて、呼び捨てで良いよと肯定されたのです。彼女の名前は推理してみてください。
 最初はお姉さんぶってましたけれど、何時しか兄妹みたいな感じになってよくどっちが姉か兄かでもめた記憶が有ります。
 看護婦さん曰く「姫さま」に対する7つほどの注意事項をはじめに言われて、これが守れる子じゃないとこの子と遊べないのよと念押しされていました。
 ちなみにボクは一度もこの条件を破ったことは無いのですよ。それなりの分別を持っていましたし、看護婦さんと彼女の希望にこたえるのも名家の出身である(今でこそ口にしませんが、心の底で支えにしています)ボクの役目だと思っていたからです。
 破りそうな時は彼女の所に行かずに他のみんなと一緒に遊んでいましたし、彼女もそういうのを許してくれていたのです。束縛しない思いやりと言う奴ですね。
 病棟での友達の中には検査や手術で数日〜一ヶ月以上いなくなる人もいたし、中には二度と帰ってこない人もいました。
 思いやりがあるといえば、それまでですが、小さな頃からの思いやりのもちすぎはどうかと思います。
 だってそういう風に望んでなったんなら良いですが、この場所でのそれは明らかに他人の辛さと自分の辛さに当てられて、そして身につくもの。そう言うのって辛い思いやりです。
 彼女もそんな思いやりの持ち主でした。

 年齢ではお姉さんだけれど、何だかお姉さんとしては認め難い外見+性格だったのです。
 それでも達観した部分は持ち合わせていて、ボクたちの現実への見方はかなりシビアだった気がします。
 身体も元々病弱でそれで入院しているからお年以上に小柄で、とてもボクよりも一つお姉さんだとは思えないと言う状況下の初めてで、よく彼女の年齢に気が付いたと今でも褒めてあげたいのですが、病院のベッドには必ず名前とか血液型とか生年月日等が記されたカードが掛かっているのです。
 それを読んで、愕然としながらも何とかボクより一つ上なんだねって言えたのは僥倖でした。
 そのままの姿で年齢を鑑定すると、小学生1、2年生? なのですから。
 辛い経験を繰り返しているせいか、稀に彼女がとても大人っぽく見える時がありました。
 何かしら悲しいことが有ると、赤眼から零れ落ちたしずくが雪肌を滑り落ちていく。一滴落ちて、唯其れだけ。
 そのときに見せる表情は、すべてを悟っているようで、だからそれが余計に辛そうだったのです。
 そんな時、ボクは居たたまれなくなって「泣いているなんて似合わない」と言っては頭を彼女の乱暴に撫でていましたが、そういうのは彼女の気休めになったのかなって今でも思います。

 ぎゅっと抱きつかれて、その悲しみに揺れる赤い瞳を向けられたら、何も考えない人なんているのだろうか。
 すごく気持ち的にも温かくなって、何だか心地よかったし、ここにあることが嬉しかったのです。
 何が何でも、彼女を守らなくてはならないのでは、という突き動かされるような衝動に似た想いを持つようになりました。
 勿論その頃のボクは幼い少年だったんだけれど、身近にある幸せをかみ締めることを何度も経験していたら、いつの間にか僕も悲しいことが有れば彼女を抱きしめるという行為が当たり前になっていて、気が付いたらそれ以上の温かさを求めていた。

 恐らくは、抱きしめて抱き返すことで傷の舐め合いをしていたのです。
 世の中のことをほとんど何も知れない小さな子ども二人、同胞であり、戦友であり、そして親友で、少年と少女だった。
 死は限りなく近いところで振り子のようにその刃を振るっている。
 生きていく道の先が見え無いのはボクも彼女も一緒だった。
 だから、抱きしめあうことで互いの温もりを求めた。

 彼女は自分の運命を悟った後に言います。
 「ただ、貴方の温もりがほしかっただけ。他に何もいらなかった」と。

初出 2004年01月27日(火)
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