「月姫 〜彼我の零距離、キミとボク〜」



第10夜 ねえ、ボクはキミの瞳にどう映ってる?

 全てが壊れそうに繊細で美しくて、そりゃあ多少の難点はありましたし、生活上の制限も多い娘でしたが、性格がいかんせん面白かったですし、ほわほわしてて喋り方がボクよりスローモーで時折独自の思考センスの果てに良く分からないことを口走るのもまた素敵だったんです。
 ウェイシャンの好みはちょっと変わっているといわれますが、まあそういう人も世の中に入ると言う事ですね。
 滅多な事では怒らない娘で、怒り出す前にまず泣くような娘でした。あの後、すごい無言の圧力で怒られました(要するに丸一日口を利いていただけなかった)が、そのときしか真剣に怒っているところを見たことが有りません。
 普段は、拗ねている様が強烈に可愛かったんですよ。
 本格的にからかうと危険だと本能が警鐘を鳴らすタイプのお嬢さまでしたので、誰も彼女を本気でいじめるような真似はしなかったです。
 日常的に部屋の外、つまり表に出ないだけで少女らしい愛らしさがあったから、看護婦さんたちにも人気者でした。
 残念ながら、7つの約束のせいで他の病棟等の患者さんからはあまり人気が無かったですが、たまに見舞いに来る年配の人たちやご両親に物凄く可愛がられていました。
 丁度、最近仲良くなった学校の同級生から強気なところを差し引いた性格で、ボクはその娘が一番のお気に入りだったんですよ。
 多分「好き」の云々を理解できていれば、別の感情を持ち合わせて大変なことになっていたに違いないです。
 とてもじゃないけど、まともに付き合っていられなかったはず。
 それ以前から、小さな子の世話をしたことあり、髪を梳く事が丁寧に出来たために良く彼女の髪を梳いていました。櫛が驚くほどよく通る髪は本当にさらさらしていて心地よかったです。
 ですが、健康な感じ、カラスの濡れ羽色の髪とはかけ離れていましたよ。勿論。
 撫でる時、手がすごく熱を持っていてもそれをすぐに吸収してくれるのが彼女の髪でした。
 さらさらして、入院患者の匂いのほかに確かに俗に言う女の子の匂いというものもしました。
 唇の味が違うように女の子の匂いと言っても人によって結構違うものですが、どれもこれも好きな娘の匂いって言うのはやっぱり好きでしたよ。多分本能的に吸い寄せられるのだと思います。
 何か有るたびに頭を撫でていたのを憶えていますから、人の頭を撫でるのが小さな幸せと言うのはここから始まっています。
 感情の起伏が見ため以上にある娘で、いきなり抱きつかれたことも有りますが、もし好きに気が付いていればボクはそれを抱き返すことは出来なかったと思います。感情オーバーヒートで気絶していたやも知れません。
 三つ編みの方法を習ったのもこのときだった気がします。
 緩く編んで、肩越しに前に垂らしてみるのが当時の彼女のお気に入りでした。
 彼女の趣味は確か、女の子らしくリボンが大好きで、特に彼女の頭に被さっているとしか思えないくらい大きな赤いリボンをはじめとしてたくさんコレクションしていました。普段の彼女が身に付けるは、お気に入りのものを汚した時が勿体無いらしく、彼女が普段自分の髪に付けるのは「あんまり気に入らない…けど(お気に入りを汚したくないから)」という理由で、朱色をベースに銀色の縁のついたリボンでした。
 珍しいものでしたので尋ねてみたらハンガリーの民族衣装に使われるものだそうで、薄そうに見えて、触ると厚みのある手織りの品、少々の風ではなびかない独特のものをリボンとして使っていました。
 触るといえば、ほっぺたを良くふにふにとさせてもらった記憶が有ります。柔らかくてほのかにあったかくて、その感触が何とも心地よくて…でも、あんまりにもやりすぎると半泣きになるか、頬を真っ赤にして何か言いたそうに上目でこちら見上げるので、そのときには深追いすると二度と触らせてくれなくなるので、すんなりやめていたのですが、ね。

 ボクが入院してきた時には彼女は既にそこにいました。
 はじめは、入院した隣の病室の娘で一人部屋にいました。その環境と身体状態ゆえに外に出ることはほとんど無く、彼女の部屋の灯りも常に押さえられていたので、どちらかと言えばろうそくが似合う娘だなと失礼なことを思っていました。
 何処となく西洋的な雰囲気が漂っていて、彼女が愛用していたパジャマもそんな感じで薄手のネグリジェ? っぽいものでしたし、お菓子は何はともあれ無類のプリン好きでしたし。
 その後は長期入院していた時のボクが一人部屋、四人部屋、それからまた二人部屋を移ったりしてかなりその病院に長くいましたし退院後も通院しながらその帰りにお見舞いに行きました。
 ちょっと辛い通院治療でしたが、ひょっとしたら彼女が病院にいたから耐えて行くことが出来たのかもしれません。
「仲良しさんね」と言われていたし、どちらかと言えば「妹のような存在」に接するような感じでした。
 互いの境遇を話したり、物語を読んでいて二人で泣いたことも有ります。
 誰かと一緒に泣けることが後に大きな幸せになるとは思いも拠りませんでした。
 ちなみに、先ほどの口付けの後はかなり剥れられました。
 でも。置いて行ったプリンはちゃんと食べていました。まさにプリン好き恐るべし。でも言うべき事はちゃんと言われました。
 例えば、苦しかったとか、初めてだったのにとか怖かったなどと、独特の口調で言われると自分がとても大きな罪を犯したみたいにって…まんま犯してますが、どうやって謝っていいか分からず辛かったのです。
 看護婦さんに言いつけてやるからと言われて泣きそうになったのを覚えています。
 つき返された紙袋の中のプリンは、しっかりと二つとも食べられていました。

 前略お母様

 何時の世も女の人は怖いです。
 月の寵愛を受ける彼女も薄暗い部屋に鎮座する彼女も魔性です。
 それでもウェイシャンは正直に生きることが大切だと思います。

 唐突にお母様に報告を入れたい気分になってしまったのですが、その後、本当に正直にかつかつてないくらい真剣にちゃんと話して許して欲しいと懇願し、と言うかそのときの気持ちとか今思っている謝罪の気持ちをひたすら並び奉ったものでしたが、何処からか、表情を和らげてくれて、全部終わる頃には納得してくれたようで、と言うより彼女なりに得心がいったようで、それまでの怒りを一転させ笑顔で許してくれて以降はその事を口に出すことがあっても責めることは無かったです。
「今度は一緒に食べようね」って言ってくれたこと、ボクは忘れないでしょう。
 とても嬉しかったですし、思えば彼女とより親しくなる切っ掛けでした。
しかし、一体何に納得したのか今でも分かりません。

 でもここで気がついたことは、こう言う場合に大切なことはまず簡潔な謝罪。状況説明は臨機応変に。
 何を言ったかよく憶えていないけれど(多少は憶えていますが、恥ずかしすぎていえない)、やはり真剣に正直にちゃんとお詫びの気持ちを伝えれば分かっていただけるようです。
 それと同時に女の人は時として怖いですし、ボクには計り知れない心の動きを持つ者として認識したときでもありました。でもすごく優しい人だったし、一緒にいてほんわかした気持ちになれる人でした。
 その後は、病院内のかなり早い時期のクリスマスイベントなんかでもダンスの相手をさせられたりして散々甘えてこられましたが、あの時がボクの人生で一番「同年代に」もてた時期かもしれませんですよ。
 そんな感じで別れがつらくなることを理解しながらもボクと彼女の日常は過ぎて退院の日までも連れ込んだのです。


初出 2004年01月28日(水)
NEXT