「月姫 〜彼我の零距離、キミとボク〜」



第2夜 最後の癒しとは

 長期入院をしたことが何度かある。今でも薬との付き合いは続いている。
 それは自分との戦いであり、それは掛け替えの無い苦しみと痛みとたくさんの知識とそれから煌星の如き幸福をもたらしてくれた。これからもたくさんの想いは増えて続いていくのだろう。
 幸せも悲しみも受け継がれていくものだから、ね。
 生も死もたくさん見てきた。いろいろな思いに生きる人々を見て、自分のいき方を真剣に考え今の私を形作った。
 勿論、そのときの命と同じくらいに大切なものを失った経験もある。
 多分、その痛みからは一生立ち直ることは出来ないだろう。
 愛していた肉親、そして恋人を失った痛みからは立ち直れない。おそらく、一生かかっても。
 それと折り合いをつけながら生きていくことしか路は無い。
 簡単に忘れられるようでは、困ってしまう。自分が一番困ることだろう。
 特に幼少期に失うとちょっと深刻なダメージです。特に物心ついてからの心の傷は今でも疼く。
 大人になったらなったでそれは大変なこと。
 積極的に命を絶つという蛮行にチャレンジできるようになるから。
 だからこそ、悲しみに押しつぶされないように何かを糧に生きていくしかない。
 余計に傷と向かい合って折り合いをつけて何とか自分を守りながら生きるしかない。
 それを覚悟できる時間も長いほうが良い、何とか自分を取り繕うにはもっと長い時間が必要だから。
 想い出が私を永久に苦しめる。
 でも、その想い出が私を生かしてくれている。
 そのときに感じていた思い、そこにあった感覚は遠くに消え去ってもそれでも想いでは、私を苛む冷たい鎖で有り、私の心を包み込んでくれる温かな風のように感じる。
 もし、仮にすべてを忘れて真っ白な心に還ることが出来るとしても私はそれを拒むだろう。

 人はダブラ・ラサ(ラテン語で白い石版)の時が一番笑っていられて幸せなのだという。

 病院暮らしのある程度長い私にとって究極の癒しとは、死の直前に真っ白になることだと思うのです。
 少なくとも、医者の行うすべての終わりを司る最後の優しさである、鎮静剤、鎮痛剤を大量投与されれば、一瞬でも全てが真っ白な霧にかすむ。
 その先で死を迎えても、怖くは無いだろう。自分が消えた状態ならば、怖くないはず。
 真っ白になって死を迎える。それまでの自分をすべて無くしてから死ねば何も怖いことは無い。
 それこそが究極の優しさ。すべての思い出を消すことができるならば、それは本当の意味での解放であり、奇跡に等しき幸せのカタチ。
 こんな考えを抱くまでには多くの出来事があった。
 だけれど、私はそんな事を受け入れるわけには行かない。
 そんなことはできるわけが無いのだ。

初出 2004年01月20日(火)
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