「月姫 〜彼我の零距離、キミとボク〜」



第3夜 緋色の宝石

「本当に大切なものは人から教えられたり与えられるものではない。
自分がこれだと思うものを見つけなくてはならない」
         ウェイシャンの今のお父様の言葉

 心の中にこそ、今は失ってしまった人は残っているから。
 それを失ってしまったら私は私でなくなってしまう。
 だからこそすべてを忘れる価値は有るのだろうが、私は絶対に嫌だ。
 もしも私の私の大切な人…例えば、最愛の恋人がすべてを無くしてしまって、私のことを忘れていたらおそろしいことではないでしょうか。
 私はきっとその人の心を取り戻したいと思うし、その人の中に有る私を取り戻したいと考えるだろう。
 それが、叶わぬことでも良い。絶対にあがくと思う。
 だって、私が有るのは私を写してくれる他人の存在があってこそだから。

 いなくなってしまったものたちを映す他者は、極端に少なくなり過去形にけむる。
 だから私は記憶の中にある人たちのことを少しでも憶えていようと想う。
 きっと、私の心の中にしかそれは残っていないから。
 そしてそれこそ、何より大切なものだから。
 私は最後まで苦しんで死んでいきたいと想う。
 辛い路だが、多くの人もそうであって欲しいと希求する。

 私が初めて失ったその中身は戸籍には分断されていてよくよく調べないと記されていないが、それでも大切な思い出に変わりない。
 もはや夢の中でさえ触れることは叶わない。
 写真すら持ち合わせていないのが悲しい現実だ。

「人は、現実をいつも歩いてるものです。
 だって、夢を見たまま、生きていける人間はいないから。
 夢を見つづける人は現実を取りこぼしていきいつかは夢に押しつぶされる。
 肉体が死に絶えるその日まで。あるいは全てが還る日まで」
 失ったものはもう二度とこの手に帰らない…これは自明の理。
 そして、人は現実を歩んでいけば行くほどに、思い出の君の影をそして夢を見失う。
 
 だけれど、私はその思い出の君を今でも愛していると言える。
 胸を張って誇らしく、ね。
 普段は母も口には絶対にしないし、ウェイシャンも忘れたふりをしている。
 このことをとやかく想うのはもはやパパ亡き今では極少数だけだから普段は触れないほうがいいのだ…いいのです。
 私は何とかこの境地に行き着いたが、整理する暇の無い世の中はそんなに綺麗なものではないらしかった。私は初めての肉親を失った時にそれに気がつかされた。
 そのときに私の中の幸せな家族と言う蜜月は確実に壊れていった。音を立ててばらばらに…。
 まるで砂の城のように。家族を想う時、私は心の何処かで砂の城を連想する。
 お家の事情とそのことが私とお母様とそしてもはや逝ってしまったパパとの絆を完全に粉砕した。
 たくさんのものを失った気がする。でも、今ではそれに遠く及ばないがたくさんのものを再構築して、新しいものをたくさん補完した。心の中にたくさんの宝物を増やした。
 ふるさとを失ったことも有るし、今でも遠い彼の地を旅したこともある。
 今ではそれらへ至る道は見当たらない。
 少しだけの思い出を漸くつなぎとめている。思い出の品物が少しだけ手元に残っている。
 例えば、小さな緋色の石が私にとってそれにあたる。スピネルという名前の石。
 深紅のルビーに似ていて非なるもの。
 実に私らしい存在のカタチ。
 肉親ではないけれど、恋でも愛でもないけれど、大切だったその娘を思わせるそれを私は今でも大切に持っている。

 別に彼女から貰ったものではない。それに彼女の写真と誕生日に貰ったカードなら今でも大切に持っているし、病院をついぞ出ることの無かった彼女がくれるものが宝石なわけは無い。
 似ているのだ。彼女にひたすらに。真っ白な紐に通したその宝石を見ていると、今でも思い出せるから「大好き」だ。
 あの時、幼少の私がこの「大好き」に目覚めていたら少しは違った物語になっていたのだろうか。
 もはや答えは月の彼方、風の向こう側だ。
 私が恋愛感情に目覚めたのは高校生の時、この頃出会ったある少女が切っ掛けになっている。
 ちなみにこの石は恋愛に目覚める直前に高校の上がってパワーストーンがブームだった時に偶然街で見かけて買った物。
 決して安い買い物ではなかったけれど、有意義なお金の使い方だった思う。
 机の鍵の掛かるところにしまっている。安易につけて外に出たりしない。普段の自分にはあまりにも似合わないから。せいぜい有る特殊なことをするときと月の光に晒すだけ。
 緋色の石のペンダント。特に意味が無ければ私が持っていることが不自然極まりない。
 どちらかと言えば幸せな思い出だし、第一ひどく恥ずかしいから今まで語らなかったけれど、少しは面白がって読んでくれる人がいるならそれだけで少しは幸せになれるので訊いて欲しいと思う。

初出 2004年01月21日(水)
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