| my biography |
| ちょっと自分の今までを振り返るために書いてみました。僕の人生から得られる教訓は何もないので軽く読み飛ばしてください。あと、これは結構適当に書いたので書き直したり、付け足したりしていく予定です。 |
1979年10月14日 |
東京都に生まれる。 |
〜1986年3月 |
幡ヶ谷第3保育園で幼児期を過ごす。この時はかなりのおでぶさんだった・・・。 |
1986年4月 |
渋谷区立中幡小学校に入学。 |
*小学校初期* |
いまもそうなのかもしれないけれど、大変変わった子供であったようだ。そのせいで授業参観などでは母親は大変恥ずかしい思いをしていたんじゃないかと思う。この時の思いでは先生に怒られたことばかりだな。あとやっぱり相当おでぶだったから体育の授業がいやで仕方が無かった。とくにのぼり棒とかいうやつあんなの登れてなにが偉いんじゃ!?今でも登れそうにないな。逆上がりもできないしね(未だに・・・)。僕のスポーツへのコンプレックスはここから始まった。 |
*小学校中期* |
学芸会ではおでぶな体格をいかして『裸の王様』の王様役をやらされる。この事は当時かなりのコンプレックスであったが、今思うとなかなかおいしかったんじゃないかと思う。セリフも多かったし。あとこの頃からミニ四駆(僕と同世代の男の子は1台は持っていたんじゃない?)にハマリ、笹塚のおもちゃ屋さん「ホビーセンターエンドウ」によく通うようになる。このおもちゃ屋さんで行われる「ミニ四駆のレース大会」に毎回のように出場し、たまに入賞して賞品をゲットしていた。ちなみに1回だけ優勝した時があってその時はミニ四駆のコースを賞品としてもらって大興奮した思い出がある。あれってどこにいってしまったんだろう? |
*小学校後期* |
どういうわけだか塾に通うようになっていて、私立中学への進学を考えるようになる。あんま勉強してなかったくせに・・・。あとかの有名な四谷大塚に通っていた。これでも正会員だった。って言ってもよく分からないですね。そんで中学受験はどうだったって?惨敗でした・・・。 |
1992年4月 |
どうにか合格した佼成学園中学校に入学する。相変わらずでぶ。スポーツコンプレックス解消をめざし運動系の部活に入ろうと考える。これが今考えるとホントよかったのかも?結局エグイと評判のソフトテニス部(軟式テニスってやつ)に入部することになる。 |
*中学生時代* |
えぐいソフトテニス部生活がほとんどのウエイトをしめることになる。もともと運動神経というものに全く恵まれないないためなかなか上達しなかったな。でもテニス自体は好きだったようで真面目に練習にはいっていた(というよりも顧問の先生が怖くて休めなかった)。中学2年にもなるともともと4人ぐらいしかいなかった同学年の部員もハードスケジュールな部活内容(水曜以外毎日練習)に止めてしまう。というわけで僕1人での部活動生活がこのあと高校3年生まで続くようになる。なんでこの時みんなと一緒に止めなかったんだろう?それでも杉並区大会3位で都大会に出場とかできたのでまぁよかったのかなと思う。また、高校はエスカレーター式に行けてしまうので受験もなくのほほんとした中学生活を送っていた。中学3年ごろに「東京大学物語」という漫画(中・高とかなり漫画は読んでいたな)に影響を受け、東大って行ってみたいかもと勘違いを起こす(これがのちのちの浪人生活を引き起こす事になる)。 |
1995年4月 |
なんの苦労もなく考えもなく佼成学園高等学校入学。 |
*高校生時代* |
ソフトテニス部生活がほとんどというのには変わりは無い・・・。ただ、やはり運動神経の欠如から練習量だけではどうしようもなく、容赦なく後輩などにかなわなくなってしまう。この時が一番テニスをやってて辛い時期だった。それと「努力は報われない事もある」という教訓を得る事もできた。今考えると高校時代ホントボーッとなにも考えずに生きてしまったような気がする。あいかわらず1人で辛い部活生活だったけれど「ここでやめるのもくやしい」と思い始めて続けていた。そして、高校3年の6月で引退。受験勉強を始めるはずだった・・・。 |
*大学受験期(高3) |
結構テニスでは虐げられたので、勉強では頑張ろうとか思うんだけれど、いかんせんテニスやりすぎで勉強は一夜漬けしかしたこと無いから空回りな受験勉強をやっていた。それでも無謀に東大を受けようかと思いがんばる。先生とかにも反対されて喧嘩した思いでもあったな。まぁ、そんなこんなで受験しました。結果はって?落ちたよ・・・。 |
*怒涛の浪人生時代* |
駿台予備学校に通うようになる。東大をめざしつつも今年はどっかに行かねばならないという背水の陣だったな。でも、「どうせもう1年遅れなんだから開き直ってやろう」という気持ちもあった。この年はすごく充実していてよかったなと思う。だからみんなも浪人しよう!なんて嘘。そんなこんなで勉強も去年に比べたらだいぶできるようになって試験を迎えた。でも、やはり東大の壁は厚かったようでまたまた敗北。ショックだったけどまぁこんなものだろうと思う気持ちもあった。これは「努力は報われない事もある」という教訓によるものからかもしれない。そんなわけで受かった大学の中から第2希望だった大学を選んだ。 |
1999年4月 |
理工学部入学。高校生まではソフトテニスをやっていたのでその勢いでテニスサークルに入る。今思えばこのサークルによって今後の大学生活が決められていったような気がする…。お酒を飲むことを覚えたのもこの頃かな?今ではすっかり酒びたりですが・・・。 |
*そして今・・・* |
大学2年生の時に学科分けというのがあって縁あって「物理情報工学科」というとこに入ってます。まぁ、「なにそれ?」って聞かれてもイマイチよく分からんのですがね。将来的には大学院に進んで学歴ロンダリングしようと思ってます。それから先?まぁ、どうにかなるでしょう!今宵もビールがうまいわい! |