2月13日。
絶対ここを読まれないと思っているが、こっそりと書いてみる。
下を見ると、アニメ版ヘルシングの事とか書いてあって今思うとまったく愉快だ。
何が愉快って、それは……まあ何と申しますか、自分の能天気ぶりにというか……
まあいいや。
それにしても最近ゲームにしろ何にしろ骨の入った悪党が少ない。
まあ私自身が不勉強なだけかもしれないが、メジャーなものには特にその傾向が顕著のように思える。
物凄い悪党がいて、そいつに本当に腹をたてて、それを倒すからこそカタルシスが得られる。
一昔前では当然だったのだけれど、最近はこの構図も随分減ってきた。
悪党ってのがいない訳じゃないが、どうにも屁たれている連中が目にあまる。
いったい、絶対悪を貫いて散っていく悪党がどれくらいいるだろう?
変に同情をかわせたり、理屈をぐだぐだとつけて自分を正当化しようとする、そんな奴らばかりではないだろうか。
極端な話、目的はただの世界征服でもなんでも構わないのだ。
主人公(とプレイヤー)の怒りを一身に受けて、完膚なきまでに消滅するそんな悪党が欲しいと思う。
10月26日。
いよいよ10月も終わりに近づいてきた。
11月になると文化の日がある。
文化の日とは、人類が始めて火を作り出し文明を築き始めた日であるとする説と、始めて人類がゴルフを始めた日であるとする二説がある。
ゴルフが文化である、という点は誰しもが認めるところなので、学会では後者の説が有力だったが、
近年新しい説が唱えられ、急速に広まっている。
日本国憲法発布の日であるとする説である。
なんといっても歴史的事実であるため、学会ではこの説こそ正しいとする勢力が急増し、いまや大勢を占めている。
もはやゴルフ説は珍奇な説にしか過ぎず、これも時代の流れを感じさせる一幕だ。
10月25日。
アニメ版ヘルシングを嗜む。
アーカードがアンデルセンに首ちょんぱされなかったのはやはり地上波だからだろうか。
そういった点で若干残念ではあるが、面白い部類に入ると思う。
しかし第一話でのアーカードのセリフには若干疑問を覚えた。
神父に対して、
「お前には地獄だって行くことは出来ない」
と言っていたのに、その後
「安心して煉獄へ行け!」
ってのは無いのでは無いだろうか。
煉獄は地獄のひどいものでは無いのである。
煉獄とは、地獄に行くほど罪が重いわけではなく、
かといって天国に行ける程善行を積んだわけでもない者が行く場所なのである。
煉獄についた死者はそこで修行を積み、やがて天国に行くことになる。
つまり地獄よりもましなところなのだ。
ということは、アーカードは散々あの神父を罵っていた割に、
「君は地獄に落ちる程悪い奴じゃないよ〜、煉獄で修行して天国に行きな〜」
と安心させるような事を言っていたという事になってしまう。
アーカード……意外に慈悲深きノー・ライフ・キング。
……イメージ違うぞ。いや、きっとこれは私の解釈が悪いのに違いない。
ここは一つこう解釈するとしよう。
地獄、というのは本来サタンなど悪魔が閉じ込められている場所だ。
つまり、化け物、怪物の住むところである。
そんな場所に落ちるだけの悪人というのも、恐らく人間の枠を飛び出た一種の化け物であるはずだ。
だが、あの神父は吸血鬼……化け物になったにも関わらず、やっていた事は二流三流の情けない悪事でしかない。
所詮その程度……結局人間という枠から出ることが出来なかった神父を嘲り、
「お前は所詮化け物になり損ねた人間、それも出来損ないだよ、地獄などおこがましい、せいぜい煉獄にでも行け」
という意味で使ったのでは無いだろうか。
これならアーカードのイメージもあうし、痛烈な皮肉でもあると思う。
万事解決、めでたしめでたし……
おや。手元の辞書にはこうあった。
煉獄。
ローマ・カトリックで死者の霊魂が罪の償いを果たすまで修行を行う場所。
カトリック……
あじゃぱー。
付記。
後々思い起こしてみたら、確か神父はカトリックで牧師はプロテスタント。
現在出先なので手元にヘルシングが無く、作中どちらで呼んでいたか忘却しているが、
もし神父なら相手に合わせてやった訳で問題は無い。
牧師だった場合は……あじゃぱー。
付記その2。
現在自宅。ヘルシング一巻を確認……
『チェーダース村の牧師が』
あじゃぱー。
10月24日。
2ヶ月半ぶりの日記更新となった。
これは我々の敗北を意味するものだろうか?
否。
これは始まりなのだ。
世間のサイトに比べ、我がサイトの更新頻度は30分の1である。
にもかかわらず、今日まで存続できたのは何故か!
それは、このサイトが無料だからである。
それとまだ3ヶ月経過していないのだから、削除される事はない!
私の企画、お話のページの上の方のは企画倒れに終わりそうだ。何故だ!
この企画は、単に触りしか思いつかなかったからである!
多少なりとも本文を書かずして、継続できようはずがあろうか!
この悲しみを怒りに変えて、立てよ国民!
などとありふれた演説風の日記を書いても仕方ないなあと思った秋の夕暮れ。
8月8日。微妙にお話を改定。
触りの部分だけ乗っけてみた。こんなもんでも限界。
8月7日。今日も今日とて更新は無し。
恐らく、十月まではこんなもんである。
小話でネタを繋ぐのも何であるが、他に書くことも無し。
では、今日はこれまで。書くことの無い日もあろう。
8月6日。今日も更新は無し。
そのくせ、日記だけはつけていたりする。
だからといって、日記系サイトにするつもりは無いのだけれど。
……小話を一つ。
諸君は、シロクマを知っているだろうか。
シロクマとは、白い熊のことである。
そのシロクマは、寒いところに住んでいる。
寒いところ、北極は、一面真っ白である。
シロクマも体が白いので、その白い世界に紛れて獲物を捕らえる事ができる。
しかし、シロクマは、鼻だけが白くない。
そのため、鼻が出ていると獲物に見つかってしまう。
だから、シロクマが狩りをする時、シロクマは鼻を隠して獲物に近寄るのである。
おしなべて自然の知恵とはこのようなものなのである。
8月5日。特に更新は無し。
折合いがつけば、更新も出来ようが、叶わぬこの身なればそれも夢のまた夢。
それはそれとして。
今日、地元のローカル新聞に、とんでもない事が載っていた。
コラムのようなものなのだけれども、内容が凄まじい。
……いわく。
「世界の悪いことは全部ユダヤ人のせいだ」
……おいおい。
これは、いわゆるユダヤ陰謀論というやつで、日本では割とメジャーな、なんというか。
まあ、簡単に言うと、『トンデモ』というやつである。
日本は表現の自由を認められているので、それを主張するのは勝手であることは存分に理解している。
しかし、それを公の新聞に載せるのは、果たしてどうなのだろうか。
……こんな感じで、このローカル新聞は笑える事が多いので大好きである。
8月4日。とりあえずテスト運用開始。
まだ何もないけれど、とりあえず文章系のサイトにしていきたい。
ここで小話を一つ。戦後日本で盛んであった、ヒロポン。
……これは覚せい剤の一種であったが、一時的に合法であった事がある。
なぜこんな名前なのかというと、「疲労をポンと捨てる」から、だそうである。
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