第一幕  「漆黒」



  「はあ・・・はあ・・・またあの時の夢か・・・」
 寝巻きであるTシャツには大量の汗が染み込んでいた。それは、いかに俺が
 その夢を苦しみと感じていたかを物語っていた・・・それもそうだ。最近あの時
  の夢を見る周期が異常なまでに増加しているのだから。
 「これじゃあもう今夜は寝れそうもないな・・・」
 時刻は午前4時。寝たのが23時だから睡眠時間は5時間といったところだろ
  うか・・・今日の生活を乗り切るには特に問題はないだろう・・・
 「とりあえずシャワーでも浴びるか・・・」
 汗だくになったシャツを脱ぎ捨て俺は風呂場へと向かった。窓から見える景色
  は、まだ夜明け前のせいかどこか寂しげな雰囲気が漂っていた・・・

  「ここは次の試験に必ず出るので覚えておくように・・・」
 教室にはノートに書き込むペンの音、 教科書や参考書をめくる音が規則正し
 く響いている。特に喋っている者はいないが、机に伏せたり、腕を組んで椅子 
  深く腰掛けて安眠の世界へと入り込んでいる者達は少々・・・
 (俺もホントは寝たいんだが・・・またあの夢を見るのは苦痛だ・・・)
 
 キーンコーンカーンコーン・・・

  授業の終わりを告げるチャイムが教室に響き渡る。
 「よし、今日はここまでだ。各自しっかりと復習しておくように。」
 礼を済ませ着席をした瞬間、授業が終わり気が抜けたせいか急に睡魔が俺
  に襲いかかってきた・・・
 (くそ・・・やっぱり睡眠時間が足りなかったのか・・・)
 俺は倒れるのに似たような感じで机に伏せた・・・が、
 「おーい!!稜人〜起きろぉぉぉぉ!!」
 幸か不幸か、眠る一歩直前で机をガタガタと揺さぶられた。
 「何だよ・・・?人が寝てるところを起こすんじゃねえよ・・・」
 これは少し嘘でもあるがまあ別にいいだろう。
 「次の授業、体育だぞ。」

  こいつの名前は沖田健二。クラスが一緒になったのは今年が初めてなのだ
 がやけにテンションが高い、人馴染みがいい、そういう点は友人として最高な
  のだがこいつの悪いところはナンパ癖があるというところ。そのおかげでこい
  つが誰かに告白をしても振られるところしか見たことがない・・・

  「ああ、そうか。すっかり忘れてた・・・で、どこで何をやるんだ?」
 「聞いて喜べ!今日はグランドでサッカーだ。」
 普段はサッカーと聞くと喜ぶ俺なのだが、今日はどうしてもそんな気分になる
  ことができなかった。やはりあの夢のせいなのだろうか・・・
 「おまえはサッカーができて嬉しいのか・・・?」
 「そんなわけあるか。ただ言ってみただけだ。ほら、さっさと着替えないと間に
  合わないぞ。早く行こうぜ。」
 体力がサッカーにもつか微妙だがサボるわけにもいかない。俺はしぶしぶ着
 替えを始めた。

  「今日は2チームに分けてフルコートの試合を行う。チーム分けはおまえら
  に任せるから、決まったらさっさと準備しろよ。」
 (おいおい・・・只でさえ疲れてるっていうのに。ここにきてフルコートはないだ
  ろうが・・・)
 心の中で毒を付くと俺はゴールキーパーに志願して自軍のゴールへと向かっ
 て歩き出した。 キーパーに志願したのはあまり動かなくて済むというのが一
  番の理由である。 他のポジションではやたらと走り回るはめになるので非常
  に都合が悪い。

  試合が始まった。こっちのチームも向こうのチームも戦力は大体の互角。
 となると中盤をいかに支配するかで試合の内容が変わってくる。今ボールを
 持っているのは健二だ。 ドリブルで相手陣内に切れ込んで行こうとしたが目
 の前にDFが2人。 パスを出すのかと思いきや、 何を血迷ったかさらに相手
 陣内に切れ込む為にドリブルで突き進んで行った。
 (おいおい・・・それは無謀でしかないだろうが。)
 案の定健二はボールを相手に奪われてしまった。そこからボールはパスで次
 々と運ばれていった。 相手のチームは運動神経がいいやつらが大半なので
  パスがいいように運ばれてしまう。 しかし次にパスが渡ったやつを見て俺は安
 心して構えていた。
 (今ボールを持っているのは・・・翔太か。あいつの性格からして次の行動は決
  まっているな。)
 「行くぜ!稜人、止められると思うなよ!」
 「おい!遠すぎるぞ翔太!」
 仲間の静止も聞かずに翔太はペナルティエリアの外、しかもサイドラインに近
  いところからシュートを打ってきた。いくら威力があっても所詮は遠距離からの
  無謀なシュート。カーブもかかっているわけではないので俺は余裕でキャッチ
  をした。
 「そらFW!カウンターで1点取って来い!」
 そう言うと俺は特大のパントキックでボールをハーフラインの向こうまで飛ばし
  た。そのボールは蒼い空に弧を描いているようだった。俺はそのままポストを
  背にして空を見上げた。俺の頭上には雲一つ無い蒼い空が広がっていた。風
  も少し吹いていて心地よかった。だが、そこに・・・
 「稜人〜!そっちいったぞ〜!」
 ささやかな安楽を遮るように仲間の一人が俺に向かって叫んできた。
 (おいおい・・・あれで点が取れなかったのかよ・・・)
 相手陣内には放心したように立っている健二がいた。どうやらさっきのパント
  キックはあいつに渡ったらしい。おそらくまたドリブルで突破でも企んでいたん
  だろう・・・
 (今ボールを持っているのは・・・ヤバイな、透夜じゃないか。)
 透夜はサッカー部のレギュラーで相当な腕前だ。右サイドをドリブルで駆け上
  がって来る。流れるようなタッチでボールを扱っている、健二とは大違いだ。こ
  のまま中に切れ込んで来ると思った刹那・・・
 「お〜い!!こっちだ、透夜!」
 ゴール前に迫ってくる一つの影、翔太だ。透夜は中に切れ込むのをやめたの
  かさらにサイドを駆け上がる。そして翔太がペナルティエリアに入るのと合わ
 せるようなタイミングでセンタリングを上げてきた。
 (ちっ・・・相変わらず狂いの無いセンタリングだ。しかも翔太は長身だか
 らこれは少しやばいかもな・・・)
 俺はボールの軌道の確認の為に空を見上げる。するとボールとの直線上に
 ある太陽が目の中に飛び込んできた。その瞬間、頭の中の思考が止まような
 感覚に襲われる。目の前の景色がぼやけて見える。
 (これは・・・ヤバイな・・・)
 「これで1点だ!喰らいやがれ!」
 「待て翔太!稜人の様子が・・・」
 遠くいる透夜の声ならともかく、既に俺には翔太の声さえ掠れる程度にしか聞
 こえなかった。

                   目の前の景色が霞んでいく・・・

            太陽を見上げるように俺の体は崩れていく・・・
 
         俺のもとに駆け寄ってくる足音が耳に入ったところで・・・

              目の前に漆黒の闇が広がっていった・・・
 
 

 

 to be continued・・・