第二幕  「擬似」


  目を覚ますと真っ白い天井が目に入ってきた。消毒液の匂いがすることか
 ら保健室にいることは大体わかったが、俺はシーツを体に覆われた状態でベ
 ッドに寝かされていた・・・
 「痛っ・・・」
 体を起こそうとすると体と頭に痛みを感じた。さらには気分まで悪い・・・
 どうやら貧血で倒れたようだ。
 「あ、気がついた?」
 ベッドの周りを囲んでいるカーテンの向こうの影が声をかけてきた。聞き覚
 えの無い声だったが・・・
 「まだ寝ていたほうがいいよ。貧血で気を失った上に頭から後ろに倒れたら
 しいからね。」
 俺は構わずに起き上がろうとしたが・・・
 「えいっ!!」
 両肩を押されて俺はベッドに倒れこんだ。いきなりだったのですぐには反応
 できなかった。
 「お姉さんの言うことが聞けないの?」
 自分でお姉さんと言うのもどうかと思うがあえてそれは口に出さなかった。
 これ以上逆らっても無駄のようなので俺は素直にシーツを被った。
 「うんうん。いい子だねー。そうそう、何か冷たいもの飲む?押し倒したか
 わりに何かおごってあげるね♪」
 眩しいくらいの笑顔を見せられ俺はちょっと顔を背けながら言った。
 「じゃあ、スポーツ飲料かオレンジジュースで。」
 「うん。それじゃあ、少し待っててね。」
 そう言って部屋を出て行く。
 (そういえばまだ名前知らないな・・・まあいっか・・・)
 俺は体を起こして窓の外を見てみた。まだ少し頭が痛むがもう大丈夫だろう。
 保健室はグランド側に面しているので体育の風景が丸見えだ。
 (今ボールを持ってるのは・・・なんだ、また健二か。お、少しは考えるよ
 うになったか。)
 さすがに学習したのか健二は囲まれる前に逆サイドの仲間にパスを送った。
 そして健二もまたペナルティエリアの中に走りこんでいく。センタリングが
 上がる・・・走りこんだ健二はジャンピングヘッドでボールを叩き付けた。
 キーパーも反応したがその手をはじいてボールはネットに突き刺さった。
 健二は大喜びをして仲間のもとに駆け寄っていった。
 (あいつもやればできるんだな・・・)
 
  「あー!!起きちゃだめって言ったじゃーん!」
 声の方向に振り返るとさっきの先輩(?)らしき人が立っていた。手には2
 本のジュースを持っていた。しかしその顔は少し怒っているようだった。
 「もー寝てなきゃだめって言ったじゃない。もういいもん!このジュース私
 が一人で飲んじゃうから。」
 そう言うと後ろに振り返り少しベッドから離れて一本目のジュースを飲み始
 めた。
 「あー!すみません。今度は素直に言うこと聞きますから。それにどの道寝
 たまんまじゃ飲めませんよ。」
 「じゃあ口移しとか?」
 (この人天然なのか・・・?)
 「マジっすか?」
 「冗談よ♪」
 目が覚めてからこの人にずっと振り回されてるような気がして少し目眩がし
 てた。
 「ねえ・・・ホントに大丈夫?」
 俺の顔を下から見上げるように顔を覗かせてくる。その顔がとても愛くるし
 いように思えたが俺は反射的に顔を背けてしまった。
 「あれ、どうかしたの?」
 「いえ、大丈夫ですから。」
 「照れちゃった?」
 それもあったが、一番の理由は・・・
 「それよりも、あなたは誰なんですか?学年は俺より上のようですけど」
 目覚めてからずっと思っていた疑問をようやくぶつけることができた。
 「ああ〜ごめんね。自己紹介もまだだったね。私の名前は橘美雪。君の思っ
 た通り3年生だよ。それで君の名前は?」
 「僕は2年の佐伯稜人です。でもなんでここにいるんですか?3年生も授業
 のはずじゃあ・・・」
 「それはね、私も気分が悪くなってここで寝てたんだけど、ついさっき目が
 覚めたときに君が運ばれてきたんだよねー。そしたら保健の先生が少し用が
 あるから私に見ててくれって言うんだもん。ホント無責任な先生だよねー」
 今時計は12時を指している。どうやら気を失っていたのはほんの少しだけ
 だったらしい。体育が終わるまでまだ少し時間はあるが、この先輩のさっき
 からの行動を見ている限りではそう簡単に話してくれそうもないので俺はシ
 ーツを被ってもう一度眠ることにした。昨日の夜あまり眠れなかったのでま
 だ少し眠気を感じた。しかし・・・
 「ねえ〜君は近くにこんな可愛い女の子がいるのにそれを無視して寝ちゃう
 ような子なの?」
 「どこにいるんですか?こんな可愛い子っていうのは・・・」
 「君の目の前にいるじゃない♪」
 冗談だと分かっていても俺は少し苦笑してしまった。
 「目の前には先輩・・・」
 「先輩なんて呼ばないでよ〜。さっき名前を教えあったんだから名前で呼ぶ
 ことにしようよ。ね?」
 やはりさっきから振り回されてる。だが別に嫌な感じはしないので俺は提案
 を受け入れることにした。
 「目の前には美雪さんしかいないんですけど・・・」
 「だからそれが可愛い子じゃない。稜人君は目が悪いのかな〜?」
 そういって俺を見つめている瞳は一切の曇りもなく澄んでいた。それはまる 
 で何もかもを見透かされてるような感じがした。その感じを俺は少し不快に
 思ったので視点をグランドに移しながら喋った。
 「それよりも先・・・じゃなかった、美雪さんは授業にもどらなくていいん
 ですか?」
 「今の時間数学なんだけど私苦手なの。だからここでさぼってたわけ。」
 (わけって・・・この人はある意味瀬田さんと同じタイプかもしれないな。
 自由気ままに行動しているところなんてそのままだし。まあ瀬田さんみたい
 にトゲトゲしい感じはないから取っ付きやすいけど。)
 「ねえ〜?聞いてる〜?」
 突然視界が揺れる。どうやら肩を掴まれて前後に揺さぶられているらしい。
 「聞いてますよ。だから揺さぶるのはやめてください。僕が貧血で倒れたの
 を忘れたんですか?」
 「え?そうだったの?私知らなかったから、つい・・・ごめんね、稜人君」
 美雪さんが今にも泣きそうな感じで謝ってくる。俺は少し困ったが、すぐに
 元気なところを見せて安心させようとする。
 「あ、もう大丈夫ですから。そんな泣くようなことでもないんですから。」
 「ふふふ、嘘。泣いてなんかいませんよ〜だ。」
 そう言うと美雪さんは俺から離れて振り返った。
 「でも、ホントにごめんね・・・」
 その声は本当に泣いているような、そんな寂しい感じがした。
 「美雪さん・・・」
 
 キーンコーンカーンコーン・・・

  これまた、幸か不幸か授業の終わりを告げるチャイムが響き渡った。
 「もう戻らないとね。じゃあまたね、稜人君♪」
 そう言うと美雪さんは保健室を出て行った。言葉を告げた美雪さんの目はほ
 んの少しだが赤く、頬には涙のような跡がうっすらと残っていた。
 (やっぱり、泣いていたのかな・・・)
 そう思う俺だったがいつまでもここにいるわけにもいかないので教室に戻る
 ことにした。戻る途中ふと思い浮かべた彼女の顔・・・それは・・・

                   俺を見上げている愛くるしい顔・・・

               だがそれは俺にとっては重い鎖でもある・・・

                           なぜなら、
 
         彼女の笑顔は彩香の笑顔にとても似ていたのだから・・・

 

 

 to be continued・・・