序章 「追憶」
その日は雪が降っていた・・・
空からは限りなく雪が舞い降りている・・・
そこには雪に覆われた白い景色と、そして・・・
「ふう・・・。」
家の外に出ただけだというのにこの気温の差はなんなのだろうか・・・それ
もそのはず、外は既に雪に覆われて一面雪景色だったのだ。
「確か昨日までは普通に晴れていたのになぁ・・・」
冬になったばかりだというのに外気温は0℃を下回る勢いだ。家の中で暖房
を付けていたせいか外に出てみると少し体の感覚が鈍く感じられる・・・
しかし、今はそんな悠長なことは言ってられない。今日は俺が心待ちにして
いたある小説が出版されるのだが、 その作家が類を見ないほどの気まぐれ
で1年に何冊も出すときもあれば、1年間全く書かない場合もあるという
とてつもない気まぐれだ。ちなみに今回は半年の間を空けての新作の発刊と
なっている。
この小説が発売されることを知ったのは数日前で、顔なじみの本屋の店主
から突然電話がかかってきたのであった。
「稜人、今話す時間あるか?」
「なんですか瀬田さん?まさか特に用は無いなんて言いませんよね?」
電話の主は瀬田明人。 若くして本屋の店長をやっているのには両親が関係
しているらしいのだが詳しい話は知らない。 無論興味が無いわけでもないが
家族間の問題に他人がしゃしゃり出るのもおこがましいとのことでそのことに
はいつも触れないでいる。
「んなくだらねぇことで俺が一々電話すると思ってんのかおまえは・・・?
今度の土曜日にお前が心待ちにしている小説が出るっていう話なんだけど
な。」
「え!本当に出るんですか?」
「当たり前だろ。俺も楽しみにしていたんだから嘘を付く訳がないだろう
が・・・まあそんなわけだからとっとと買いに来て店の売り上げに貢献しろ!
じゃあな。」
と一方的に電話を切られてしまった。
「はあ・・・これで満足できる内容じゃなかったらどうするよ・・・」
一人ぶつくさ文句を言いながら原付にまたがる。だが家の前の道路を見て
みると、とてもタイヤを転がせる状態ではない・・・それは自転車でも一緒だっ
た・・・
「仕方が無い。歩いていくか。」
瀬田さんの経営する本屋、天読楼は家から歩いて20分ほどのところにある。
人通りの多いところに面しているのもあり結構繁盛しているらしい。
(そういえば今日彩香は何してるんだ?昨日は連絡とってないから今日の予定
はわからないんだよな・・・まあ後で連絡してみるか。)
付き合っている彼女の事を考えてしまったせいか顔が少し熱くなったような
気がした。 俺の彼女である水城彩香は昔からの幼馴染でもありちょうど1年
程前から付き合い始めたのであるが、 今となっては学校公認でもあり家族の
間でも交流が深まっているほどの付き合いとなっている。
(これで別れたりなんかしたらいろんな人に殺されかねないな・・・)
そんなこんなでいろいろと考えているうちに目的の場所である天読楼へと辿
り着いた。 店の中に入ってカウンターに目を向けると見るからにやる気の無
い瀬田さんが椅子に腰掛けてタバコを咥えながら小説を読んでいる。
(いくら自分が店長だからってそんなに身勝手でいいのだろうか・・・)
と前に一度言ってみたのだが、
「ここは俺の店であってこの中では俺が神様ということだ。文句があるなら出て
ってもいいからな・・・」
と言われてしまいそれっきりだ。
瀬田先輩は俺に気づくと小説に栞を挟みタバコは咥えたままで喋りだした。
「ああ、稜人か・・・おせえよ。もう売り切れで在庫もねえよ・・・」
「マジっすか・・・?」
一瞬眩暈がしたが、
「んなわけねえだろうが・・・ほれ、お前の分だ。きっちり金は払えよ。」
と先輩は例の小説を俺に手渡してきた。
「税込みで980円だ。」
小説にしては幾分高くも感じるが俺は特に気にすることもなくポケットに手を当
てた。
「あれ?やば・・・財布家に忘れたかな・・・?」
「じゃあ貸しにするか?」
「いや、それは勘弁してください・・・」
瀬田先輩に金を借りると10分で金額が倍になる。 それはいくらなんでも辛す
ぎる・・・幸い携帯は持っていたのでとりあえず自宅に電話をしてみる。
「もしもし?佐伯でございますが。」
少し柔らかみのある声が電話の先に聞こえた。俺の母親の佐伯冬美である。
「あ、母さん?俺、稜人だけど・・・財布家に忘れちゃったもんで悪いんだ
けど天読楼まで持って来てくれないかな?」
「天読楼に?ちょっと困ったわね・・・今から市役所に行かなきゃ行けないんだ
けど、ちょうど正反対の方向なのよね。あ、お客さんみたいだからまた後で電
話するわね。」
と、これまた一方的に切られてしまった。
「・・・どうするんだ?」
瀬田先輩の不機嫌そうな顔がそう呟いた。こういうときは至って店を閉めやす
い。 こうなると今日の内に小説が手に入らないという最悪の事態に陥ってしま
う可能性まで出てきた。 今日まで楽しみにしていた小説がまた1日遠のく、 そ
れは俺にとってかなりの苦痛でしかない。 さらに機嫌が悪くなった先輩は店を
何日も開けないというまさに自分勝手な行動に出る、しかもこの近辺には他に
本屋が無い・・・
「仕方が無いですね。一回家に戻って財布を取ってきます。」
「早くしねぇと店閉めるからな・・・」
(全くこの人は・・・)
と俺が毒付いて店を出ようとした瞬間、 ポケットの中の携帯が鳴り始めた。
着信先が自宅となっていたので
(母さんか・・・意外と早かったな。)
と思いつつ通話ボタンを押した。しかし、そこから聞こえた声は・・・
「こら稜人!なんで私に連絡もしないで外にでかけたりしたの?」
いきなりの大音量で聞き覚えのある声が耳の奥まで突き刺さる。
「彩香か?なんでお前が俺の家の電話からかけてくるんだよ・・・?」
「別にいいじゃない。そんなの気にするような関係でもないでしょ。」
どうやら家に上がりこんで俺の携帯に電話をしてきているようだが。
「それより稜人、財布忘れたんですって?間抜けよねー。 昨日私に連絡をし
ないからこういう目にあうのよ♪」
発言がかなり嫌味混じりになっている。どうやら昨日連絡しなかったことを相
当根に持っているようだ。
「んだよ・・・用が無いなら切るからな。」
「あれぇ〜私にそんなこと言ってもいいのかなぁ?私がわざわざ天読楼まで
財布を届けてあげようと思ったのに。しかも今なら私の手作り弁当が付いて
くるのになぁ。」
「え・・・マジ?」
彩香が作る飯は基本的になんでもうまい。 自分で店を開いても普通にやって
いけるほどの腕を彩香は持っているのだ。
「食べたくないのならいいわよ・・・このまま私が食べちゃうから・・・」
「いや、すみません。是非とも食べさせてください・・・」
普段は彩香に屈したりはしないのだが飯が関わってくるとなると話が変わって
くる。それほどまでに彩香の飯はうまいのである。
「ふふふ。最初からそう言えばいいのよ。じゃあ今からそっちに行くからおとな
しく待ってなさいよ。」
そう言って彩香は電話を切った。
「で、どうなったんだ・・・?」
未だに瀬田先輩は不機嫌そうな顔をして俺に訊ねてきた。
「彩香がここまで届けてくれるみたいです。あ、瀬田さんも食べますか?
彩香が弁当作ってくれたみたいなんですけど、 あいつ加減ってもんを知らなく
て毎回山のように作るもんで俺一人じゃ食べきれないんですよ。」
その瞬間瀬田さんがものすごい勢いで振り返り俺に言い寄ってきた。
「それは本当なんだな!水城の手料理がまた食べられるんだな?」
「は、はい。あの量は少なくとも3、4人前はありますから・・・」
俺はかつて瀬田さんに一度だけ彩香の手作り弁当を勝手に盗み食いされた
ことがあるのだが瀬田さんは食べた途端に機嫌がよくなり、店の本を何冊か
持っていけとまで言い出した。
「・・・・・・・・よし。稜人、この小説の代金払わなくていいぞ。それか
ら水城の手料理が食えるのならもう一冊くらい何か持っていけ。」
「マジっすか?でも悪いですよ・・・何か催促するみたいな形になってしまいま
したし。」
「前にも言ったろ、ここでは俺が神様なんだから俺の意見は素直に聞け。」
こうなると何を言っても聞かないことを俺は知っているので
「じゃあお言葉に甘えさせてもらいます。ちょっと選んできますね、ここはいろ
いろと掘り出し物もありますから。」
そう言って俺は店の本を一つ一つ手に取って眺め始めた。知っている作品の
中にまだ持っていないものはないかと探していると一冊の本が目の中に飛び
込んできた。
「ああ!!これってもう絶版になっているのだ。もう手に入らないって思ってい
たのに。」
俺はその本をすぐさま手に取りカウンターへと戻っていった。
「瀬田さん、これに決めましたよ。」
「ああ。そういえばよ・・・」
「え、なんですか?」
俺と瀬田さんは彩香がここに来るまでまだ時間があるので少し昔の話をすこ
とにした。
「そういえばそんなこともありましたねー。」
話始めて40分ぐらいたっただろうか。未だに彩香は姿を見せない。
「稜人、 いくらなんでも水城のやつ遅くないか?もう着いてもいいくらいだろう
が。」
「そうですね、俺ちょっと見てきますね。」
そう言って俺が立ち上がった瞬間に、
キキーーーーーッ!!
そう離れて無い所から急ブレーキの音が聞こえた。
「おい!女の子が撥ねられたぞ。」
誰かの声が聞こえた。漠然としない不安が胸をよぎる。俺はすぐさま店の外
に出る。いつのまにか外は雪が降っていた。そんなことには目もくれないで
俺は人ごみの集まっている方向に走り始めた。
「すみません!通してください。」
人ごみを掻き分けて俺はさっきの音の正体であるトラックの傍に飛び出た。
その瞬間、俺は目の前が真っ白になった・・・
空からは雪が舞い降り、大地を白く染め上げている・・・
そしてそこには少女の血で染まった、真っ赤な雪があった・・・
to be continued・・・