電車内携帯電話使用禁止のナゾ

どうして、電車内で携帯電話が使用禁止なのか、考えたことがありますか?
確かに大声で携帯で話す声は、周囲の人間にとっては控え目に言っても、とても耳障りなものです。でも、小声で手短に用件を伝えあってる人の話し声はそれほど気になりません。一方、車内で携帯が使えることにより社会全体の利便性は大いに向上します。そういう利害のトレードオフがあるものに対しては、最適なバランスポイントを見つける努力をする、というのが成熟した社会の対応というものです。でも、どうして一律に禁止してしまうのでしょう?

その理由はただ一つ。

車掌の仕事をやりやすくする。

これに尽きるのです。

まあ、近頃は車内でのちょっとした諍いで、人が殺されたりするような物騒な世の中ですから、車掌さんに同情しないでもないです。だからといって、世の中に利便をもたらしているものであるにも関わらず、一律に切り捨ててしまうというのはどうかと思います。上でも言ったように、この手のトレードオフに対しては、本来はケースバイケースの運用判断で、効用を最大化すべきなのです。だから、機械でなくて人が雇われているのです。にも関わらず、硬直化した労使関係と事なかれ主義の車掌(両者は鶏と卵だと思いますが)は杓子定規な対応が可能な、運用ルールを求めてしまうのです。
最近コーポレートガバナンスのあり方として、「会社は株主のもの」という前提に立った経営の必要性が説かれることが多くなりました。そういう資本主義社会なら元々当たり前であるべきことを、改めて説かねばならない、というのは日本では「会社は従業員のもの」だったからです。「会社は従業員のもの」というのが「一部社員が会社を食い物にしている」というような横領もどきの話であれば事は簡単なのですが、終身雇用及び年功序列と密接に絡んで社会システム自体が、「会社は従業員のもの」であることを求めていると言ってもいいくらいに世の中に織り込まれてしまっているのです。生産農家側だけを見た、予定調和的「狂牛病安全宣言」や、絶対無くならない「公務員の天下り」と同根のものなのです。そういった弊害を受け容れた見返りとして、異常に低い失業率や、限りなくフラットに近いとはいえ年齢と共に増える給料があったので、人々は「必要悪」と割り切っていたのですが、見返りの方からどんどん切り捨てられつつありますので、人々がこれらの「必要悪」をそう長く許しつづけることは無いでしょう。

閑話休題、どれくらい車掌と言うものが杓子定規かというと、こういう例があります(どちらの例も又聞きです)。

1)通路までびっしり満員の新幹線の車内。携帯で着信を受けた乗客は、デッキに行こうかとも思うが、それも迷惑だと思い、自席で送話口を手で覆いつつ小声で会話を続けた。
車掌「デッキでお願いします」
客「でも、デッキに行こうにも混んでるし」
車掌「(大声になって)デッキでお願いします」
客「あ、もうすぐ終わりますから」
車掌「(さらに大きな声で)デッキに行けと言ってるでしょう」
客「(あんたの声のほうが迷惑だと思いつつ、ばつが悪そうに電話を切る).....」

2)赤ちゃんを抱いて、背中にリュックを背負っているお母さんに向かって、「車内ではリュックは肩から下ろして、手に持ってください」

車掌さんの全てが、こういう対応をする人たちだということではないですが、こういう人たちが杓子定規な運用ルールを要求し、また、杓子定規な運用ルールがこういう人たちを生み出し、増長させる、というのが基本的な図式としてあるのです。腹立たしいのは、こういう図式の上にあぐらをかいた人たちが、マナーに訴えて効果が無いとみるや、ペースメーカを付けた病人をスケープゴートに使って、携帯全面禁止の暴挙に出たことです。

この暴挙の暴挙たる所以を見てみましょう。
車内ポスター等でよく見かける「22cm以下は危険」という数値の根拠はここに詳しく出ています。
上記のページから、「1995-96年度に郵政省が電波産業会に委託して行った実験結果」を引用させていただきました(下表)。

携帯電話の電磁波によるペースメーカーの誤作動
距離[cm] 影響された機種数
15 1
10 2
5 7
1 34
影響されず 184

22cmという数字はこの実験結果の最悪の数値である15cmにさらに安全係数をかけたものなので、22cmでは実際には危険はありません。さらに、15cmで誤作動した機種は既に対策が施されたとのことなので、他の誤作動した機種はそのまま放置されているとした場合でも、10cmで誤作動した2機種というのが、もっとも危険に近いところです。

「全国で30万人と言われるペースメーカ利用者」とか言われると、そこら辺にうじゃうじゃいそうな気がして、そういう人たちの中で携帯を使うことは罪であるかのようなキャンペーンが張られていますが、果たしてそうでしょうか?全国で30万人ということなので、仮に首都圏に10万人いると仮定してみましょう。10万人の中で、10cmで誤動作する機種を使っている人はどれくらいいるのでしょう。各機種のシェアが一定だと仮定すると、228機種中の2機種なので、全体の約1%になります。これを10万人に掛け合わせると、首都圏で1000人程度いる勘定になります。
この人たちに満員電車の中で、危険を及ぼすのはどれくらいありうることなのでしょう?こんな例を考えてみました。

満員電車の中で、首都圏で上位1000位までに入りそうな美女と、思わず唇と唇が触れ合わんばかりの距離(10cm以下)という幸せなニアミスを経験した人はいますか?私は残念ながらありません。満員電車で、ペースメーカ利用者に迷惑をかけるのはそれくらい難しいことなのです。いや、実はそのニアミスの瞬間に携帯が電波を発していないといけませんから、実際にはそれ以上に難しいのです。携帯を所持している時間の内、実際に電波を発している時間が5%だと仮定すると(全く根拠はありませんが、かなり安全寄りに振ったつもりです)、その出会いの難しさたるや、遭遇対象首都圏美女ランクを一挙に50位以内にまで絞るようなものです。こんな幸運に遭遇する人が、一体この世にいるんでしょうか?そう簡単にはいないのです。だから、ペースメーカが携帯でおかしくなった、というニュースが報告されることが無いのです。

さらに、もしそういう幸運を経験した人がいたらお尋ねしたいのですが、その後、その美女と情熱的な恋に落ちましたか?たいていはもう一度電車がガタンと揺れたら、距離が離れてしまって、それっきりでしょう?ペースメーカも同じで、携帯側の電波が止まったり、距離が離れたりしたら、正常な動作を取り戻すのです。だから、満員電車内の携帯がペースメーカに少しでも悪影響を及ぼすこと自体が既に非常にまれなことなんですが、さらに一歩踏み込んで、「ペースメーカ利用者の健康状態に深刻な悪影響を及ぼす」というのは、ちょっとやそっとの偶然で起こることではないのです。

それよりもよっぽど健康に悪いのは、あの車内アナウンスの方でしょう。何の根拠も示さずに、まるで携帯がペースメーカに悪影響を及ぼす危険がすぐそこに溢れているような、漠たる不安感だけを煽るアナウンス。あのアナウンスの後に、車内で携帯の呼び出し音が響けば、たとえ10m離れていても、ペースメーカ利用者の心臓は動悸するに違いありません。ペースメーカを付けてる人というのは、当たり前ですが、元々心臓が弱いのです。その人たちを闇雲に不安に陥れている人たちこそ、健康に悪影響を与えていると非難されてしかるべきだと思います。
「郵政省は新機種も含めて再調査を行い、2001年度末までに報告をまとめる予定」(前出資料)とのことなので、期待しましょう。恐らくは、「ほぼ影響なし」という結果が出ると期待していますが、その時に電鉄会社がどういう戦術転換を見せるかが見ものです。

この問題については、西岡郁夫さんが正論を展開していらっしゃいます。彼ほどの人が、根拠不明の事なかれ主義的対応を改善すべく、丁寧にポイントを押さえつつ呼びかけても、特に進展を見せた気配がありません。これは「あまりにも日本的」と嘆かざるを得ない、とても悲しい事実です。

2001/11/19

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