「そうだ。ごく悪い兆候だ」

 布団の中に女が1人と男が1人。恐らくセックスの後なのであろう、男の起きあがって見える上半身は裸だし、女の方も同じく裸だ。どこからカの光を受けて、女の肌は柔らかい光を放っていた。

 不意に呟かれた言葉に、彼女は反応した。

 ……独り言だわ、と彼女は夢現の状態で考えた。

 ……聞こえているのだろうか、と彼はふと思った。

「そうだ」

 また呟かれた言葉は、確かに男の口から出たであろうにもかかわらず、男は認知せず、女もまたそれは同じだった。

「此処も変化している……大名の御道具だなんだと、もう、言われることはない」

 だから、人は集まる、そして。

 ちょうどこの傾城の町、吉原は腐敗する直前。青臭く、まだ口に含んでも硬い。しかしその内に確かな熟れる直前であるという存在であり。

「あと、どのくらいだろう……」

 時は明暦二年。旧吉原から新吉原への移転が完了してだいぶん経った頃……そしてある女郎が殺害された、その日だった。

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 一方、同じ屋根の下の一室。此処にも例によって女と男が1人ずつ。

 男は窓に背を向けて座り、女は布団の中でぼんやりとそれを見ている。此処を貂斎屋という。吉原の大見世の内の一つだ。様々な女郎を抱え、中には吉原で一二を争うと名高い安曇太夫(あづみたゆう)もいる。

 今此処にいる女は格子女郎の紗太夫(うすぎぬたゆう)だ。ちょっと顔は崩れているが、それをして有り余るほどのコケティッシュな雰囲気を持っている。まだ若い。

 同じく、男も若かった。薬酒問屋露葡屋(ろうぶや)の次男坊、祥介である。

「……もう、来れない」

 祥介がそう言ったとき、紗太夫は薄く笑った。祥介はそれを見て、おかしいのか、と思った。

「そうでありんすか」

 女は言った。どうと言うこともない、ただの発声のような、声だ。

 男は、一瞬失望をして良いのかどうか、迷う。別に、堂でも良いと結論づける。しかし何故此処に来たのだろう? 何故最後に貰ったいくらかの金を全て彼女に注ぎ込んでしまうのだろう?

 当然の事ながら、答えは出ない。

 そして女は布団から出る。女の白い肌を男は見、そして、心底感心する。自分よりも年下の少女が醸し出す、その色気に。彼が、一番に揚げた少女は、今でもその少女なのだろうか?

 女は言った。

「……まだ、明日にはじかんがありんす。どうぞ、ごゆるりと……」

 女の言葉に、祥介は何となく微笑んだ。うん、悪くない。彼女が老いてゆく姿を見なくてすむというのは。そう結論づける。けれども、最後に浮かんだ女の顔は、紗太夫では、無かった。

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 男は僅かに、顔をしかめた。そして今まで、抱いていた男の顔を見た。つまり2人は陰間である。まぁ、この時代そう珍しいことではない。2人とも、まるで役者のような顔をしている。どこか、絵物語のように現実味がない。

「栄治、そう言うことだよ、可笑しいんだ」

 栄治と呼ばれた男は、煙管をすいながら、相手の男に続けるようにと首を振った。彼らが居るのは今までとはうって変わって、下町の長屋の一室である。2人とも、俯せになって上半身を起こしている。光源は先程から着いている行灯の明かりのみだ。

「今までにこんな事はなかった、別の組織が動き始めてる。間違いない」

「鉄、でも、江戸で焔一家にたてつこうとしているやつなんざ」

 今まで黙って聞いていた、栄治はゆっくりと口を開いた。

「だから、だよ」

 そして、鉄と呼ばれたまるで女の子のような顔立ちの男は言った。

「それが気に入らないのか……まったく。どうやってそいつ等が仕事をえているのか、金を得ているのか……」

「口利き屋も寝返ったと?」

 鉄は少し嗤った。

「栄治、寝返るって言うのはおかしい。むしろ、金を積まれて寝返らない物の方をこっちの世界では信用すべきだよ」

「解ってる」

「解ってないと思うよ。まぁ、いい。この件は親父に頼んで俺が担当させて貰うから……」

「手柄のチャンスか?」

「イヤ、……」

 そう言って、鉄は片手で煙管を受け取り、そして栄治の唇を塞いだ。

 夜はまだ深く、朝はまだ遠い。