2006 夏・長崎から さだまさし
ピーススフィアコンサート
FINAL

「今年が最終回。」
まさしさんが、そうはっきりと言い切られる言葉を
メディアを通して、数ヶ月も前から何度となく耳にした。
20回目の節目の回。
そして、最終回。
ここに集まる人たちの胸中は、さまざまだろうけれど・・・。
きちんと向き合わなければならない。
ただ、それだけを思った。

それにしても、今年の観客動員数は凄かった。
開場待ちの列は、13時の時点で駐車場を埋め尽くす勢い。
開場後は、例年なら空いているスペースであるPA席テント裏もギッシリ。
シャトルバスは16時には停まって、
挙げ句に入場を断念せざるを得なかった方々もいらした様子。
後方を振り返ると、向かいの山の上にもたくさんいらっしゃる。
2万8千人と公式発表されていたが、おそらく3万5千弱の人数は入っていたのじゃないかと・・・。
まあ、これは推測ですが^_^;




開演 16時30分 

オープニング

♪長崎小夜曲
(NHK長崎、FM九州・沖縄、NHK全国)

まさしさん、珍しくヘッドマイクを装着。
イントロの途中で「おかえり〜!」
「おかえり。暑いから今日はがんばっていくよ。
最後の最後。最後の直線を全力疾走でいくよ。
〜メンバー紹介〜
ドラムス 島村さん、マリンバ・パーカッション 宅間さん、ベース 岡沢さん、ギター 石川さん
キーボード 倉田さん。
「そして今日は特別に・・・」
キーボード 渡辺俊幸さん。
「忘れちゃならないのは、あそこで頑張っているクレーンの男だ!」
「気をつけてね!」と。
最後は、エレキギター 松原さんを紹介。
岩崎宏美さんじゃないけれど、今日も「お高い人ばっかり・・・」(笑)
2コーラス目の
♪長崎小夜曲〜のところでカメラマンと肩を組んで陽気に踊る。
翌日の長崎新聞に載ったショットです。

「おかえり。この、この天気はなんだ?
今日ね、お昼過ぎにね、ちょっと黒雲がわいたんで、これは、お湿りがあって
会場も少しは涼しくなるかなと思ったら
街中は降ったけど、ここは、全然降りませんでした。

まあ、有難いやら。
やっぱり、有難いかなぁ。
20年間、本当に有難う。
みんながずーっと支えてくれて、育ててくれたコンサート。
20回目の今回がお別れのコンサート。
まあ、最後の直線。
最後の直線だからね、これはもう全力疾走で駆け抜けて行こうかと
こういうふうに思っているんですね。
こんなにたくさん、このオープニングの時にこんなにたくさん人が居るっていうのは
僕の記憶でも一回も無いね。
まだまだ、たくさんの人が来てくれている。
最後の最後だから、今日はみんな持てる力を全部発揮していくから。
みんな昨日の打ち合わせでそういう約束をした。
自分の持っているものは全部この稲佐山に置いて帰る。
だからみんなも全身で受け止めて、メッセージを。
トップバッター、佐田玲子から〜」


まさしさんのこの力強い言葉が心にズシンと響いた。

佐田玲子

1.この手に夢を掴むまで

ごめんね〜。私が歌うときにちょうど西日が皆さんの顔にあたってね。
もういいわよ。顔隠して。
「メグミよ〜。」
19回、やっぱりお客さんのお陰だなぁととてもとても思います。


2.いつも君の味方
(NHK長崎)

みんなが知っている歌をみんなで歌いたいなぁと
3.翼をください〜会場と大合唱〜
(FM九州・沖縄)
あなたの笑顔と未来と日本と世界と、そして長崎が平和でありますように・・・。

〜メンバー紹介〜

最後は、やっぱりこの曲で終わりたいと思います。
4.風待ち
(NHK全国)
この一連の選曲は、玲子さんが、私たちのために一生懸命考えてくださったのが感じて取れた。
最後に『風待ち』を持って来られるのは・・・早々にかなり淋しさがつのってしまう。


1987年にこのコンサートを始めるきっかけというのは、1986年の夏に広島平和コンサートってのに
僕が呼ばれていって、その時が0回なんだけれども、
「広島では、こんなコンサート、たくさんの音楽家が集まって出来るのに、何故長崎では出来ないんだろう?」
長崎に帰って友達にしたら、
「わいがせんけんたい!」 直訳・おまえがしないからだと言われた。
どこまでできるか解らんけれどやろうと始めた頃が借金のピーク。
1回、松山ラグビーサッカー場でステージを1つ作るだけで1000万かかるわけです。
ゲストを呼んで、スタッフを集めて、ホテルに泊めて、運賃払ったら・・・。
しかも、タダって言った時の弟の悲しそうな
「え?うそ?タダでしたか・・・」
遠くを見た。涙目だった。
まあ、だけどね。
考えてみたら、30億以上の借金。3000万くらいどうってことなかった。なっ?そうだよ。
まあね。借金自慢してんのは、俺と加山さんくらいのもんだよ。
だけど、ホントにこんなに続くとは思わなかった。
正直言ってね。3回目くらいが一番辛かったかなあ。
3回目だったかなぁ、ロン・リチャードソン来てくれて
4回目に谷村新司さん来てくれて。
1回目はみんな僕がコンサートをやるのことを誰も知らなかった。
僕も急に決めたんでね、春先くらいから動き始めたからゲストもなかなかゲストもみんなスケジュールが詰まっている。
そんな中、駆けつけて来てくれたのが来生たかおさんでした。
よりによってあの人が歌っているさなかに明りが全部消えた。
♪好きだよと言えずに初恋は〜
あんなに早くいなくなってしまってね。
村下君、第1回目の時に来てくれてね。
素晴らしい男でありました。
今日は、思い出話を少しずつしながら最後の調整に入っていきますよ。
6回目になりますね。チキンガーリックステーキです。


チキンガーリックステーキ

1.キッスは目にして
2001年にさだ軍団に加えていただきました。

2.オブラディオブラダ〜メンバー紹介〜

3.どうにもとまらない
「ハセさ〜ん」の声援が一番多かったような・・・。

夢っていうのは、こうしてみんなと一緒に笑顔で作っていくものなんだなぁと
2001年に初めてこのステージに立った時、肌で感じました。

4.ときめくかけら

5.未来予想図II
(NHK長崎、FM九州・沖縄、NHK全国)

加山さんがチキンガーリックステーキのステージを見ながら、
「あいつら、ちゃんとした格好してんなぁ。俺も、ちゃんとしなきゃ駄目かなぁ。」
「加山さん、好きで構いませんから」「そうか」と仰ってましたけどね。
2回目の時は、佐田玲子も出ていないんです。あの時は、松山千春ひとりで
リハーサルに現れた時は凄かったですね。浴衣で現れたんですけど、般若の絵が描いて
あるんですよ。その時から既にあのムードが漂っていたんでしょうか?

3回目にロン・リチャードソンが来てくれて、
ブロードウェイでトニー賞も取ったような人が来てくれて、しかも手弁当で来てくれた。
スリーディグリーズという昔大ヒットした3人組の女性の中の1人をバックコーラスで連れてきていましたね。
『長崎から』が終わってロンドンのツアーに出かけているさなかに、この女性は急病で亡くなって、
ロン・リチャードソンも数年後にもう一度来てくれたんですけれども
その数年後に彼もまた亡くなりました。
ニューヨークで彼に会った時に
「まさしは、これから何がしたいんだ?」って聞くもんですから
「俺は出来たら時間をたっぷりと取って冒険がしたい。」
「冒険って何だ?」って言うから
「実は、俺は、アマゾンの奥地とかそういうとこに憧れているんだ。
そういう何か、大冒険、命がけの冒険をしたいんだ。」
ったら、ロン・リチャードソンが
「まさし。そんな遠くまで行かなくていい。二人で今からブルックリンに行こう」
それほど恐ろしい場所がニューヨークにはあるというジョークでしたね。

この稲佐山へ上がって来てからは、ずいぶん楽になりました、経済的にも。
素晴らしいスポンサーがたくさんついた。
だから、我々もひと息つきながらみなさんに素晴らしい人たちを次々に紹介する余裕が出てきたんですね。
今回、まあ、大体スタッフの顔見ると、お客さんが大体その人が出てきたら喜んでくれるか解るんです。
例えば、りんけんバンドが来てくれた時はね、スタッフだけじゃなく出演者がステージの袖に集まってね。
何やるんだろう?って、あれはやっぱり盛り上がりましたね。
今日のリハーサルの時にね、スタッフが集まって、今までのゲストの中でスタッフに一番うけた
ゲストではなかったでしょうか?

今、チキンガーリックステーキという美味しそうなグループを紹介いたしました。
三品目です。コロッケ!


コロッケ

1.さそり座の女 〜登場〜
(NHK長崎、FM九州・沖縄、NHK全国)

一番、化粧が濃いのが私でございます。
今日は、見やすいように顔の方もちょっと普段より大きめにして参りました。
化粧濃い目なんで、前の方の女性の方、ちょっと気色悪いかも知れません。
まあ、お互い様ということで・・・・。(爆笑)
笑いがあれば、心が平和になるんじゃないかということで参加させていただきました。
皆さまに解りやすい曲ということで童謡で色んな方をお届けしたいと思います。


まず、最初に、松山千春。
2.かあさんの歌
(NHK長崎、FM九州・沖縄)
これは、正統派?似てましたねぇ。

芸能界の歌唱力で1、2を争う方を・・・
田原俊彦
3.チューリップ

(FM九州・沖縄)
こちらは、かなりおふざけ。

お酒を飲むとこんな感じになるよと。
和田アキ子
4.ずいずいずっころばし
(NHK長崎、FM九州・沖縄、NHK全国)
ドスン、ドスンと。

これがNHKでどこまで放送できるか?

野外で虫を追っかけながら、こんな風に・・・
堀内孝雄
5.だんご三兄弟


北島三郎
6.おさるのかごや

(NHK長崎、FM九州・沖縄、NHK全国)
ちょっと勇気の要るネタでございます・・・。

田村正和
7.ぞうさん

(NHK長崎、FM九州・沖縄、NHK全国)
ん〜。これは、古畑任三郎っぽいなあ。

歌いながら殆ど動きません。
前川 清
8.東京砂漠

(FM九州・沖縄)

意味無く微笑む感じをお届けします。
谷村新司
9.いい日旅立ち

(FM九州・沖縄)

岩崎宏美さんの振り向いた瞬間。
10.「せ〜の〜!」と一瞬芸を披露。

歌いながらどっか行っちゃうんじゃないかなという雰囲気
森山直太朗
11.さくら

(FM九州・沖縄)

五木ひろしさんがもしロボットだったら?
五木ロボットひろし
12.契り
ギー、ガチャンと効果音をフルに使って。

「コロちゃん、凄い!あんた、天才だわ。
1つ聞きたいことがあるんだけど、さだまさしなかったの?
さっきから聴いているとさぁ、凄いいいんだよ。かすかな悪意がいいんだよ。
さだまさしに対する悪意をちょっと聴いてみたいなぁと思って。」

「ご本人の前でやるんですか?」
「寛大だから。俺」

さだまさし
13.精霊流し

(NHK長崎、FM九州・沖縄、NHK全国)

♪去年のあなたの思い出が〜は〜〜〜〜〜ぁぁ
のくだりに
「帰れ!この野郎〜!二度と来んな!」とさださん。
「え?来年、無いんですよね?」
「無いよ。二度と来られないだよ。ど〜もありがとう!」

もの凄い視聴率上がったですよ、今。
よくこのスペースでこんだけウケましたね。
ロボットの五木ひろしさんは凄かったなぁ・・・。
いかに頑張ったかということだよなぁ。
20回目を迎える今回もコロちゃんが来てくれたお陰で思い出が増えた。
みんなの中に何人の素晴らしいアーティストが記憶されていますか?
僕なんかはね。
毎年、毎年「今年はこの人が来てくれたらいいなぁ」と思いながら毎年一生懸命一年かけて
その人にトライしてみようかなとか。
最近はね。
「何で、俺を呼んでくれないんだ?」って言う人が増えてきて昔よりは、ずっと楽になりましたね。
「じゃ、出してやるか」なんて、居丈高な態度をとるのも今日限り。
この方のお父さんは、何度もこのステージに来てくれています。
ちなみに、お父さんは私と同い年です。
ですから私はこの人に『パパ』・・・と呼ばれております。
平原綾香さん、紹介したいと思います。
「綾香、来てくれてありがとう」
「初めてですね。親子でこのステージを踏んだというのは。」

「間に合ってよかった。」
「そうだよね。最後だもんなぁ。」
「でもね、こんなにいっぱいお客さんが居るの、初めてですよ。
あの木陰にもいっぱい隠れているでしょ?
あの人たちはね、虫じゃないんですよ、人なんです。
ありがとうねぇ。利口だよ。草の中に隠れているっての。
あんな上の方でも・・・。
通常、このくらいの時間になると只今の入場者数は何万何千人くらいですと僕ね、ご紹介申し上げるんだけど
今日は判りません。ホントに凄い数・・・。
まだまだ詰めてあげて、
これからのんびり来ようという人も居る。そういう人達のためにほんの少しでもいいから席を空けてあげてくださいね。」



会場は、こんな風に超満員。後方の山の中腹にも観客が(@_@)

平原綾香

1.向い風

2.明日

3.Jupiter
(NHK長崎、FM九州・沖縄、NHK全国)

「どうも、ありがとうございます。さださん、ほんとにありがとうございます。」
「綾香、いくつだっけ?」「22。」
「22?若いね。頑張ってね!」
22、22よ。ちょっと聞いた?22やで。
このコンサート始めた時、2つか・・・。よく育ったもんだね。
パパの平原誠。長崎育ちなんですね。
長崎には彼も思い入れがあって、「今回パパ来なかったの?」って言ったらば
「呼んでくれなかったって落ち込んでた。」
しまった〜!
お父さんを先に呼ぶべきだったなって思ってね、実は、とっても後悔してしまったんですけどね。
平原綾香さんの今後の活躍、これから大化けする可能性のある素晴らしい素材、才能ですから
みんなでね。大切に育てていきたいなと本当につくづくそう思います。

〜ここで、ピースミュージアムの募金のお願いをしたいと思います。〜
これからピースミュージアムを支えていこうとこれが最後のお願いです。
今までトータル1億8千万円の募金が集まりました。

名誉館長の原田泰治さんも今日来てくれています。
玲子さん。チキンガーリックステーキ、会場ボランディアのスタッフがまわられる。

ようやく、日が西へ傾いてきました。
もう暑さのピークは過ぎたと思います。
これからは少しずつ吹いてくる風が心地よくなってきます。
こんだけ良いお天気になるとね。
長崎の夕暮れ時の美しさを感じながら聴いていただけると思います。


『夏・長崎から』が終わるという話をした時にね、
『夏・長崎から』に私は命をかけて来たんだっていう人が結構たくさん居てくれてね。
そういう人たちから食ってかかられている人がいる。
「20年間、『夏・長崎から』を楽しみにしてきたのに来年からはどうしたらいいんだ!」って
スタッフにくってかかる、怒りの声が届いてるようですけどね。
別に構いませんから、来年も長崎、来てください。
来てくれるのは、構いませんから。
ここで、なんにも無いこの会場に座ってみたらいいですよ。
ここで何があったのか?ってかつての遺跡を思い出しながらね。そして、そこで自分は何を受け取ったのかを
考えて貰う事もあっていいんじゃないか。
そしたら、誰かここで歌い出すかも知れない。
こうして種を蒔いて少しずつ広がっていくといいなあって思います。

広島の原爆の日に長崎で歌うってだけで何かが伝わっている人には、伝わっていると思うのね。
でね。伝わらない人には、言えば言うだけ無駄なんです。
無駄というよりも損するんです。
さだまさしを嫌いっていう人、いっぱいいますからね。
嫌いというだけで、あいつの言っていることは全部、反対側に札を貼ってやろうと
いう人だって居る訳ですよね。
ですからね。発言っていうのは、とても難しいし、また、こっちが冗談のつもりで言ったことが深く人を
傷つけてしまったり、こっちが言ったことが曲解されたりしてね。色々困ってしまいます。
その意味でも、
自分のスタンスは、平和を考える門を作ろうと、そしてその門番でいようと。。。

〜ここで長崎市長、伊藤氏が花束を持ってステージへ〜
伊藤市長の「また、新しい企画を・・・」の言葉で会場から大拍手。

僕はね。20年間、出来るだけ同じ事を言おうと思ってやってきた。
その1つはね。
このコンサートは政治的な集会では無いということ。
もうひとつは
思想的な集会でもない。
音楽会を通じて何を伝えたいかというと、みんなが今、この音楽会に参加でき、もしかしたら、家族で来てくれている人もたくさんあると思う。
その家族で音楽を聴くというこの空間を僕は奪われたくない。
これが音楽家の平和へのスタンスだと思うんです。
僕が、無料にこだわった理由はね、
千円でも取れば、この厳しい家計の中をぬってね。
4人家族だったら4000円ですよ。
そしたら「じいちゃん、今年はもう留守番ばしとかんね。」
「あんた、今日はどうせ行ったっちゃ、途中からぬっとやけん、ばあちゃんと留守番ばしなさい。」と言われる子ども達。
これがね、うばわれるのが怖かった。
だから無料にこだわった。
同じ事しか言わなかった。このコンサートは平和を考えるための入り口、門にしたいんだ。ゲートにしたいんだ。
この門をくぐって中へ入ったらば、あなた自身の平和について自分で考えていって欲しい。
だから、僕は、このコンサートの間中に5分でいいから
あなたの大切な人の笑顔を思い出してください。
そして、その笑顔を守るために自分が何が出来るかを考えませんか?
ずっとこう言い続けてきた。
僕はもう一言付け加えれば良かったと、今、後悔をしている。
もう一言というのはね。
守るために何をしなければならないかに気付いたら
動かなければ何の役にも立たないという一言をね。
毎年、付け加えれば良かったなと思います。
この20年間、戦争の絶えたことは無かった。
そして、日本も戦争に加わる形になった。
それはみんなが知っている。
そして、この、僕にとっては大切な最後の最後の20回目の始まる直前にイスラエルとレバノンの紛争がおきた。
戦争はいつかきっとなくなると僕は思っています。
それは、教育によって、人々の心の教育の高さによって
戦争はきっと無くなると信じています。
その証拠にヨーロッパの歴史を学んだことのある人は、
今、ヨーロッパ、あの血で血を洗うヨーロッパがEUという1つの集合体として、まとまろうという時代がもうきています。
日本はどうですか?
かつて戦国時代は日本人同士で殺しあった。
これが1つの国になってまとまっていった。
だが、これが本当に平和と言えるんだろうか?
今、交通事故死者が1万人を切った。
これは、我々のモラルが高まったからではありません。
製作する自動車会社の技術が進歩しただけです。
その証拠に
親が子を殺し、子が親を殺すという、こういう陰惨な状況が毎日のように新聞に出てくる。
我々の心は、追い詰められているんです。
自殺者が毎年、3万人を超えていきます。
これは戦争です。
自分で自分を殺す人が年間に3万人ある。
1年間に3万人が死ぬ戦争というのは、近代的には珍しい。
それほどの戦争のさなかに僕らは居るんだという自覚を持ってください。
そして、誰かを守るために何かをしなければいけないと思ったら、立ち上がってください。
おかしいと思ったら、おかしいと発言する勇気をもってください。
同じ意思を持つ人たちが手に手をとって立ち上がる勇気をもってください。
一生懸命、種を蒔いてきた。
その種が沖縄へ飛んだ。
この会場に来た時に、僕のメッセージでも心で受け止めて、そしてそれを沖縄へ持ち帰って
火種を持ち帰って『うたの日コンサート』というのが始まりました。
今年で6回目が終わりました。
何かこうして、自分の蒔いた種が少しずつ、あっちで花を咲かせ、こっちで花を咲かせるということが
このコンサートをやった一番の意味だと思います。
種は皆さんの心に蒔かれてある。
あと、それをどんな花にしたくださるか、彼らの歌を聴きながら考えて頂こうと思います。

BEGIN

1.定価ブルース

2.ボトル二本とチョコレート 〜輪唱で〜

俺らは、皆さんからの種を貰って沖縄で歌の日コンサートというのをやり始めました。
その種を色んな人が持っていき、東京でも石垣島でも始まりました。
長崎でもやれば、音楽やっている人、いっぱい居ると思うし。
それぞれが何かやり始めたら
さださんは呼ばなくても来るから気をつけてね。


〜さださんのステージバンドで〜
3.島人ぬ宝
(NHK長崎、FM九州・沖縄、NHK全国)

4.三線の花

今日のすばらしいヴァイオリニストをお呼びしております。「さだまさしさんです。」
「あなたのキャラは世界一だね。日本の宝だね。素晴らしいね。」
頼まれもしないのに第4回目の歌の日コンサートに行ったんですよ、私。
「悪かったねぇ。頼まれもしないのに行って。」
後援がオリオンビールなんだよね、いいな〜あ。
楽屋にオリオンビールがバァ〜っと置いてるわけ。
どうしようと思ってね。
着くなり、ばぁ〜っといれたんだけど
マネージャーが「まさしさん、自分の出番、終わってからにしてください。
自分の出番までは我慢したのよ。
俺の時はちゃんとやったの。
楽屋に戻ったら、ザァ〜バァ〜ッ。
3缶飲んだ時に
「しまった。この後、こうせつに神田川のヴァイオリン弾けって言われてたんだ。
でも、次、出た時はどうでもよかった。
いきなり『精霊流し』弾きだしたもん。
「まさし、お前酔っ払ってんのか?」「そう」って。
それでこうせつの出番が終わって安心してばっかばっか飲んでたの。
思い出したのよ。
『涙そうそう』で一緒にやろうって。
最後、出て行った時には何やってんのか全然わかんなかった。
人のコンサートって楽よ〜。」


5.涙そうそう 〜さださんのヴァイオリンで〜
(FM九州・沖縄)

茜色に染まる稲佐山の空です。カーソルをのせてみてくださいませ。

何か、僕らはね、音楽をず〜っとやってるでしょ?
僕は33年、おかげさまで歌わせて頂いているんだけれども
いつも自分の中で自分のオリジナルを探す旅なんですね。
自分の中のオリジナルってのは、なかなか見付からないんです。
で、これは確かな自分だって理解できる自分の音って
なかなか見付からない。
日本の音楽そのものが非常に借り着だから。
借り着のまんま、こう、未消化のまんまね、表現しても表現とは言わないような気がしてね、
いつも自分と闘っています。


夕陽がそろそろ綺麗になってきました。
ちょっとかすかに雲が出てくれると、あの雲がねぇ
綺麗な色に染まって、これからますます綺麗になります。
これから完全に夕陽が向こうに沈んでしまって思いもかけない手前の雲がポッとピンクに染まる時が
ありますね。忘れ物のように染まる、そんな雲を見上げながらいつもこのステージで聴いて頂けるといいなと思います。
20年間、歌ってきて、なかなか自分のオリジナルは見付からないけれど
BEGINには、沖縄というオリジナルがあるから。
これは凄まじいことだなと思います。
それは沖縄に留まらず、世界中の人の心を震わせる、もしかしたら
人間の魂の叫びのようなオリジナル。
これを音楽の魂と言うんじゃないかと思います。
僕は、自分のことを一生懸命やりながら
ああ、所詮、僕も自分のこと以上のことは出来ないんだけれども
何でこんなことになっちゃったかな?って時々思うの。
何でこんなことっててのは、今、ヴァイオリン弾いたけど、子どものヴァイオリン弾きになる予定だった。
それで、中学・・・。
〜のところでさださん、つまづく〜
たかが4cmにつまづいた。年だなって思うそんな一瞬。
この間ねえ。自分がオヤジになったなって思う一瞬ってどんな時?
まだオヤジじゃねぇ。おばさんかぁ。聞かなくても判る。
どんな時におばさんになったっていうのはね、遠慮なくドーンと人の脇に座った時ね。
5センチでも詰めてあげてください。まだまだ後ろの方で立って聴いている人もあります。
「大丈夫かい?聴こえてる?」と後ろに声をかける。

僕はね。ヴァイオリン弾きになる予定だったにも関わらず、なぜかギターを覚え、
ギターを覚えた事で曲作りも覚え、ふと気が付けば、
クラシックの道から外れ、いつの間にかこうして歌っている。
そり元凶、一番いけない人を次に紹介します。
この『夏・長崎から』をやってよかったなぁと思うことのもうひとつ。
それは、この人がこのステージに来てくれた。
去年のステージで
「僕は、今日が10回目です。ですから、今日で終わりです。
10回くればもういいでしょう。来年はさだくん一人でやると思いま〜す。」とこう仰っていました。
が、終わった後でも
「まさし。来年はお前一人でやれよ。」とこういう風に仰ったんです。
僕は違うと思った。
ひとりでやるコンサートだったら、最初からひとりでやっている。
そうじゃなく素晴らしい人が、僕の好きな人たちがどんどんこのステージに現れて、そして素晴らしい
パフォーマンスを披露してくれて、その分で
ああ、音楽ってのは、こんなに素敵なんだ。音楽ってのはこんなに素晴らしいんだ。
聴いている人の中から次の世代の素晴らしいミュージシャンが現れるだろう。
これをバトンタッチ、種蒔きって言うんですね。
僕は、この人の種を大切に大切に育てたつもりです。
そして、僕なりのオリジナルになったかどうか解らないけど
僕の元はこの方です。「若大将〜!」


加山雄三

1.君といつまでも
(NHK長崎、NHK全国)
「幸せだなあ、僕は10年間ここに来れたことを感謝しています。さだくんにはずっとついていこうと思っています。
いいだろ?」

間奏部分の台詞を替えて・・・。

このTシャツは今回のコンサートのスタッフの皆さんが着るTシャツです。
僕はスタッフの一員としてここに来させて頂きました。

さださんのご家族の素晴らしさ、人間性の素晴らしさについて熱く語られる。
本当に温かい心で一生懸命。
借金という共通項の話も(笑)
「その辺で心の通じ合うものがあるんですね。」


2.青い星くず〜夜空を仰いで〜夜空の星〜海・その愛

とお馴染みのヒット曲オンパレード。
途中、抜けているのがあるかも^_^;
エレキギターも炸裂でした。加山さんは、やっぱりお若いわぁ。


「最高です。」
「まさし、ちょっとこっちおいで」
「あのぅ、すみません。飼い犬みたいな呼び方やめてくれません?」

「いいんですよ。加山さんはどんな格好でも。」
「俺は、敬意を表してスタッフの気持ちで来てるんです。僕はあなたの一員です。」とひざまづく。
「僕は、加山さんについて来たんですから、僕について来ないでください。ぐるぐるまわっちゃいますから。」
「今度は、僕がついていく番です。」
「辞めてください」
「老いては子に従え」
「10年間お世話になって心からの感謝の気持ちを込めてプレゼントを持ってきたんです。」
加山さん自作の油絵、まさしさんの肖像画をプレゼント。
「『さだくん、20年間ごくろうさん。
本当にありがとう』と書いてあります。ありがとう!」

彼の歌は悲しい歌が多いんです。でも悲しい中に希望が見えるんです。
「明るい歌も作るんですよ。でも暗い歌しか売れないんです。」

君を尊敬する元になった歌、それは『案山子』なんです。
さだくんのギターでこれを歌えるのが幸せなんです。

さださんのギターで、お二人ご一緒に
3.案山子
(FM九州・沖縄、NHK全国)

4.フェアウェル(今は別れのとき)