2003年へ 2004年(平成16)甲申

 

        ●2004年03月07日
風冷たく底冷えする日で釣りは無理。5月に同窓会を開くナビオス横浜を下見してから店舗廃業が続くマイカル本牧に行ったが、ワールドポーターズのマイカルとは天と地の違いだ。横浜博が開催された場所である「みなとみらい」の発展振りと比べて取り残された場所の凄さを見た。

 

          ●2004年03月04日
節分天井彼岸底なんて言葉は死語か。ダウが11500円を狙っている。銀行株も強い。景気が良いと言う話は身の回りでは聞こえないし店の売り上げは下降を続けている。円は105円から110円になった。彼岸に向けて急変があるのだろうか? 年金でアパート独居老人の決算書を代書したが、年金額は昨年(270万)より減って(260万)で控除額も減り赤字額が減った。来年は税金を払うことになる計算? 来年は代書を断りたいと思う。

 

6    2004年02月28日
暖かいのでアイクルに行ってみた。大勢が竿を並べ黒メバルが釣れているので期待したが、ギンポとフグが各一匹で納竿した。底冷えして涙が出た。魚の活性が出る頃にはこの場所は満員になるだろうと思った。

 

5    2004年02月21日
昨日は喘息の前兆で点滴を受けたが、18度の陽気になるとの予報で三崎港へ出掛けた。着いて見ると強風で厳冬の釣りになってしまい、カレイどころか錆ハゼ一匹という期待外れの一日であった。堤防の上や、台風情報の時に波が荒れ狂う画像をテレビで流す場所にも、多くの釣り人が終日頑張っていた。

 

     ●2004年02月15日
心臓に自信も無いし寒くて風も強いので釣りを止めて、にぎわい座に行ってみた。駐車場難で行けないと思っていたが、財団法人なので設備はあった。利用しにくいが手段はあると言うのが役所仕事らしくて感心した。

 

      ●2004年02月14日
ホルターを付けている間に不整脈は出なかった。不意に顕れて、待っていると出て来ない。痛くない病気は実に性質が悪い。 

 




    ●2004年02月13日
東芝病院で採血の結果、白血球は20200に下がっていた。血小板は増えてしまったが、概ね安定していると思う。待合室で不整脈が起きたので心電図を診て貰い、ホルターを装着して来た。母の見舞いに行ったりして良く動き不整脈が起きるか試している。

     

    ●2004年02月10日
朝起きると急に心臓がドキドキしたので血圧を測ると92−163で脈拍が120もある。
以前とは違う不整脈が出ていて原因が判らない。慌てて降圧剤を服み、お茶を飲んで徳田病院に行き心電図を撮ったが、その頃には正常に戻っていて脈は速すぎるが正常値内だから大丈夫と言われた。
金曜日に血液内科へ行くので、その結果を見てからホルター検査をしようと言うことになった。
不安が大きいので、病院の周りを歩き回って三角ロータリーでタクシーを拾って帰宅したが大丈夫だった。寒くて血管が細くなって居るのかも知れない。

 

4    2004年02月07日
晴海埠頭の展示会には昔から通ったが、初めて幕張メッセの釣り博覧会に行って来た。駐車場からの距離が遠くて車椅子では無理だ。会場は満員で釣りが普及している事を認識した。52万円の鮎竿を触ったり上州屋に無いツールを見たり、珍しいものを見る事が出来たが幕張は二度と行かない。


3    2004年02月01日
餌を買い忘れたまま高速に入ってしまったのでアイクル行きを中止して、三崎港へ行ってみた。花暮岸壁は釣り人の行列があり釣れる予感もしたが、近所の餌屋の話で魚は釣れていないし餌も良いものが入荷していないとのことでイサキの名所である加工所前に決めた。結果は錆ハゼ二匹の寒い釣りとなったが隣の人は潤目イワシを三匹釣った。群れが見えるのに食いは極端に悪い。夜はイサキが釣れているが、日が延びて暗くなるのが遅くなったので釣れる時間も七時頃からと遅くなり、寒いので待てずに引き上げた。


2    2004年01月25日
横須賀の堤防には人が多くサバが釣れていた。場所が無いのでアイクルを見に行ったが、こちらは寒いだけだった。


               ●2004年01月21日
爪切りでは無く電動鑢で爪を研ぐ事が出来る。爪切りをさせない母に最適な道具を発見して試してみたが、久し振りに巻き爪も短く出来た。


1    2004年01月18日
新しい釣り場を発見した。横須賀のリサイクルセンター・アイクル内に釣り施設があった。しかも車椅子対応でメジナが釣れていた。


     ●2004年01月16日
 人手不足で済まされては困るが爪切りもしていないし入浴もしていない。リハビリどころではない対応に不満を抱きながらも、退所を言われると困るので母には申し訳ないが目を瞑っている。

     ●2004年01月12日
 母の見舞いに行った。妻と娘が七福神巡りをしてから老健で合流し、施設内を歩行練習させた。良く歩き良く笑い楽しそうだった。良い年にしなければ・・・


     ●2004年01月07日
 老健に戻った母を見に行った。テーブル配置が変わっていたが、人手不足で介護は不足している。満足は無理でも納得はしたいのだが・・・・・


     ●2004年01月03日
 元日は母の実家へご挨拶、二日は母の妹と姪が来て、賑やかな正月を味わった。三日は三男が娘連れで顔を見に来た。四日には真理子一家が来て、歌を唄いカルタをして、自由に歩くことは出来ないが、姉として母として祖母として曽祖母としての正月を過ごしたと思う。


     ●平成16年(甲申)2004年01月01日
 明けましてお目出とう御座います。午後、母親を老健から連れ帰りました。昼食後に車に乗せ二時間の遠回りをした為、戻してしまいました。無茶をしたと反省中です。