四国志とは?

2ちゃんねるの三国戦国板における四国志スレ(ただいま第二巻)に連載されている、三国志をベースとした小説(たぶん)が「四国志」である。
始まりは唐突に訪れた。
「田端 義史」と名乗る一人のコテハンが、三国戦国板に一つのスレを立てたのだ。
「三国に俺も混ぜて書いてくれよ」
正直、当時は「また糞スレが立った」と思った。(田端殿、すみません!)
たぶんその時は誰もがそう思った事だろう(コラコラ)。しかし、田端 義史殿はかなり本気のようだった。
書き始める者も現れた。田端 義史殿はそれをマターリとまとめていた。
「なんだ、この1、意外といい奴じゃん」。だんだんと、我らはそう思うようになってきた。
そんな時、このスレに一つの変革がおきた。
「糞」殿の降臨である。
この事件が、このスレを大きく方向づけたとも言えよう。
殿は今までどうにもまとまりのなかったストーリーを、その圧倒的な筆力でまとめてのけた。
ある日田端殿は言い放った。
「一からやり直す」
これが歴史に残る「四国志革命」(仮)である。
この日を基準に、従来の四国志を「旧四国志」と呼称し、これ以降の作品を「新四国志」と呼ぶようになった。
殿は水を得た魚のごとく、「新四国志」を展開し始めた。
新キャラもどんどん登場し、にわかにこのスレは活気付いた。
黄巾編がクライマックスに近づいた時、「王進」殿も降臨した。
殿と王進殿。この二人の紡ぐ見事な物語に、我々は感動と興奮を共有することが出来た。
レスが1000に近づき、次スレに突入しようとしていた時、一人のアホが姿を現した。
そう、この私、「¥術」である。
あろうことか¥術は勝手に突如出した新キャラに呂布を殺させてしまった。
馬鹿である。真性の馬鹿である。いやヴァカといっても過言ではない(不明)。
当然叩かれてスルーされて終わる、と思っていた。 
しかしこのスレの住人達は優しかった。ROMの皆さんはアドバイスをくれ、田端殿は採用するかどうかの投票も行ってくれた。
もちろんスルーに決定された訳だが、私は正直嬉しかった。
そして決意した。「ここに住もう!」
田端殿はこのアフォを快く迎えてくれた。
「この人が私の仕えるべき主君だ!」そう思った。
同じ頃、「新米書生」(今の三太郎殿)という人も降臨した。「同期だ!」ということで、親近感を覚えた。
その後、田端殿によって、「糞」「王進」「三太郎」「¥術」の四人が職人として認定された。
あの名シーンを紡ぎあげた殿や王進殿と肩を並べるなんて感動的だった。
というわけで、今の「四国志」があるわけである。
いまでは殿が精力的にストーリーを展開し、
三太郎
殿が話を受けて斬新な発想で書き、
たまに降臨する王進殿の職人芸に感嘆しつつ、
¥術が駄文を投下し迷惑をかけるというパターンが構築されつつある。
何はともあれ田端殿や皆さんのおかげでこの「四国志」は成り立っているのである。
田端殿、職人の皆様、そしてROMしてくださっている皆様に感謝、感謝である。

2003/8/29