『 BE ALIVE 』
“2×××年×月×日 あなた はこの地球上から消滅します”
ある日、突然、テレビの中にいる見慣れた顔、聞き慣れた声のアナウンサーが告げた。
いつもと変わらぬ口調で淡々と言ってのけた。
そして、次の瞬間には何も無かったかのように、
毎日繰り返しているくだらない芸能ニュースとやらに戻って行った。
TVの前で固まったままの自分……。今のは何だったのだろう?
こういう時他に誰かがいるならば、“たちの悪い冗談だよね”などと笑い飛ばせる所だが、
あいにく家の中には私一人。
TVの音以外何にも聞こえないがらんどう、空洞のような空間。
その冷ややかさが余計な不安を掻き立てる。
「たちの悪い冗談だよね…」
自分自身に呟いて、TVを消し、
お気に入りの曲をヘッドフォンで耳が痛くなるギリギリまでボリュームを上げて、
ベッドに逃げるように潜り込んだ。
◇◆◇
翌日。
「昨日の××ワイド、見た?」
と、思いきって友人に話題をふってみた。
―――××ワイドとは、夜の時間帯にしては珍しい、芸能ニュースを中心に取扱う番組である。
本当にくだらない…と言ってしまえばそれまでだが、
昼間のワイドショーを見ることが出来ない人間にとって、
日常の雑談に困らない程度の話題を提供してくれるこの番組は意外と貴重だし、
そういった意味では役に立っているのだ。―――
「ああ、見た見た!番宣に来てた○○、カッコ良かったね〜!!!
そうそう、あのT.NとA.Hって、やっぱり年内にゴールインだってね!
そうだと思ってたんだぁ!!」
と、いつもと変わらぬ様子で喋りだした。
心の奥に何故か違和感を感じながらも、私は友人の話を遮り、
「そうじゃなくて、さ。アナウンサーが言ってたじゃない?」
「?何を?」
どうもピンと来なかったらしい。一瞬だったから聞き逃してしまったのだろうか?
とりあえず私は続ける。
「“2×××年×月×日 あなたはこの地球上から消滅します”…って」
友人はきょとんとした顔をし、直後笑い出した。
「え〜!?そんな事言ってないよぉ!頭、ダイジョブ??」
私はムッとしながらも続ける。
「絶対言ってた!あんたがチャンネル変えたとか何とかで聞き逃したんじゃない?」
すると友人はいきり立ってこう言った。
「まさか!昨日は○○が出てたんだよ!?
一瞬でも見逃さないようにTVに張りついてたんだから!!」
―――そうだろう。この友人が○○のファンな事は周知の事実だ。
その熱狂ぶりといったら…語ると長くなるので止めておくが、とにかく半端ではない。
…あ!
「そうだ!ビデオ、撮ってない!?」
とたんに友人の顔が暗くなっていった。
「ああ……ビデオ、壊れてたの…くやし〜〜!あ〜もうっ!!」
…私は諦めて嘆き哀しむ友人をなだめ、少しずつ違う話題に摩り替えていった。
その後、××ワイドを見ていそうな人に声を掛けたが、
やはりあのセリフを聞いた人は誰もいなかった。
もちろんわざわざビデオを撮っている人などいない。
それはそうだろう。ワイドショーなんて普通は暇つぶしで見るものだし。
それでもどうしても気になって仕方が無い私は、TV局に電話をしてみた。
しかしオペレーターに事務的な口調で丁寧に冷たくあしらわれただけだった。
「お客様、大変申し訳ございませんが、お調べした所、そのような発言は
一度も無かったようです。」
発言した本人に会いに行っても無駄だろう。
何せ、今一番売れているフリーのアナウンサーなのだから。
頭がおかしいと通報されるか、もしくは厳つい警備員に追い返されるのが関の山だ。
その前に近寄る事すら出来ないであろう。
私は酷く落胆し、それでも“聞き間違えだったのか”という安心感でいっぱいだった。
◇◆◇
昨日と同じワイドショー。
今日1日、散々私を振り回してくれた憎らしいアナウンサーを後ろにし、
コップに注いだミネラルウォーターを一気に飲み干す。
「ふう…」
喉を通りぬける冷たい感触が心地良い。
「――――――!!!」
背後に視線を感じる!!
気のせいだ 気のせいだ 気のせいだ。
家の中には誰も居ない。有り得ない。だって、
後ろにあるのはガヤガヤと五月蝿いTVだけ……。
!!!!!!!!!!!!
音が―――しない!??
変だ変だ変だ変だ変だ……
頭の中で警報が鳴る。
振り向いてはいけない!
ダメダ!ゼッタイニダメダ!!
得体の知れない恐怖感と寒気に襲われながら、私は全身を硬直させていた。
――カツン、カツン。
不意に固い物を叩く音がした。
それを合図にするように、私は振返っていた。
TVの中にいるアナウンサーがボールペンで机を叩いていたのだ。
私が振り向いたのが解ったかのように机を叩くのを止め、こう告げた。
“2×××年×月×日 あなた はこの地球上から消滅します”
……私へのメッセージ!?私だけへの……
そんな事有り得ないのだけど、でも確かにそう感じる。
視線は私だけに向けられている…そんな気がする。
鳥肌が立つ、その場に崩れ落ちる。
でも、何故か、私はTV…アナウンサーから目を離せない。
次の瞬間、音が戻ってきた。
何事も無かったかの様にいつものニュースを繰り返していた。
私はしばらくその場から動けないでいた。
◇◆◇
――あの視線と声が体中にこびりついて離れない・・・。
蛇口を捻り、勢いよく打ち付ける熱いシャワーを体中に浴びる。
無意味に何度も体を擦る。
痛々しく赤くなって熱を持ち始めた皮膚を、さらに激しく擦る 擦る 擦る・・・。
そう、忘れるために、一日の汚れと一緒に洗い流そうと。
けれどやはり、というより当然、残像が消える訳もない。
「あ」
私は不意に、台所の棚の片隅に飲みかけのウイスキーがある事を思い出した。
「仕方ないか...」
あまりお酒には強くはないが、この際、好都合だ。きっと酔ってしまえば忘れられる。
一刻も早くこのおぞましい寒気、恐怖感から逃れたい。
お風呂を出て、足早に台所に向かう。
「あった」
戸棚の中で食器に埋もれて小さくなっていた茶色の瓶。
まだ半分以上残っているみたいだ。これだけあれば充分だろう。
蓋を外し、近くにあったマグカップに琥珀色の液体をなみなみと注ぎ、
一気にそれを煽った。熱そのものを飲みこんだかのように喉が焼ける。
耳の奥、目の奥、脳、最後に身体が熱くなり、平行感覚が崩壊していった。
---セカイガマワル---
糸の切れた操り人形が崩れるかのように座り込んでしまった。
すると、どうしても頭の中から離れなかったあの声は、何時の間にか消えてしまっていた。
代わりに、定まらない視線の向こうに、思い出す事を拒んでいたあの人の存在が浮かんでくる。
何故だろう…?
そうだ。
ウイスキーのせいだ。
あの人が大好きだったお酒。
いつもストレートで、飲んでいた。
常温で飲むのが一番味と香りを楽しめる、とうんちくを語りながら、
透明の小さなグラスに少しずつ注ぎ、良く冷やした水と交互に飲んでいた。
何にでも拘りを持つ人で、私は大抵の事に興味を引かれる事はなかったが
あの人の話は面白く、分からないなりに耳を傾けていたものだった。
こんなマグカップに、しかもなみなみと注いで飲み干す私を見たら、
「そんなもったいない飲み方するなよ!」と、慌てて止めに入るだろう。
思い出す事さえ拒んでいたはずなのに、あの人の顔が脳裏に過ぎる度、
何だか不思議と落ち着いた気分になっていった。
「結構、大丈夫なもんなんだ。。。」
ぽつり、呟く。
1年ほど前、私はこの町に引っ越してきた。
もう不用のものだったのだけれど、何故か捨てられずに
このウイスキーを持ってきてしまったのだ。
あの人がこよなく愛したものは今でも私の手が届く所にある。
それがなんでこんなに愛おしく思えるんだろう?
ふわふわと浮いているような感覚に身を任せ、何時の間にか深く優しい眠りに落ちていた。