日記(飛騨編です)

休暇
夏期休暇で帰省。


 バイト先・大学の研究室などを訪ね歩き、家族ともそれなりにゆっくり過ごすことができた。
転職の相談を持ちかけてみたが、皆混乱していた。今の自分の仕事の実態や、今後のこと、自分の思うことを他人に理解してもらうことは本当に難しい。
しかし、飛騨ではなかなか自分の思いを吐露することのできる人が見つからない。仕事の関係もあるし、なにより人間関係が極端に狭い。そんな背景もあったのか、お盆は祖父宅にて酔っぱらい、家族・親族の前でしゃべりすぎてしまった。昔から治らない悪癖だ。
僕の心がとても弱いことを知っていてくれた上で話を聞いてくれる・受け止めてくれる(反論も含めて)家族がいることは本当にありがたい。あらためて、家族・故郷の近くにいたい。役に立ちたいという思いを強くした。

 その後、再び転職の意向について家族と話し合いった。両親からは、近くにいて面倒を見てほしいという気持ちと、このままキャリアとして頑張ってほしいという気持ちの両方が混在していると告げられ、改めて自分のやりたい仕事・守りたい地元があること、それを理解してもらうことの大事さを考えさた(地方に行けば行くほどキャリアというのはこの上なく良い条件お職場に見えるようだ・・)。

 いつものようにセンチメンタルな気分で飛騨に戻る。こんな気持ちがいつまで続くのか?
 仕事に戻り一気に現実にひきもどされて、あの休暇はホントにあったのかな?などと思ってたら痔が悪化してバタバタ。
 ああ。もう一回休暇をくれえ。
2002年08月22日 12時58分15秒

ビール会
今日は夕方から職場の暑気払いでびーるかいなるものがあった。
ビールは大好きだが、この所考えている事、悩んでいる事を全部吐き出してしまいそうな気がして怖くなり、途中で帰る。
色んな立場の人から色んな意見を伺う。
山の事、労働組合の事、その他。
彼らの意見は間違っているとはいえないし、かといって、これからの日本の林業全体に関するビジョンもあまり感じられないのも事実。
一方で、今の現場で出来る限りその実態を学んで欲しい。そういう気持ちをひしひしと感じる。
それは大変有難いし、嬉しい。今しか体験できない事だと思う。
けれど。僕の中にある葛藤は誰にも言えない。それは、中央・現場、どちらに対しても否定的なことになるからだ。
「この国の山を良くしたい、そのために貢献したい。」その気持ちは皆同じなのに・・。そのことは分かるのに。。。それを背負いく気持ちはあるけど、それに耐えるエネルギーは僕にはあるの?
2002年08月07日 23時10分10秒

サンショウウオを・・
喰ってもた。踊り食い。山でそのまんま。

不思議な感じ。このサンショウウオが僕の一部になるのか?

改めて命と食物連鎖の不思議を思った。

飛騨地方では昔からタンパク源だったそうな。ふーん。どうでもええわ。



相変わらず。空しい毎日だ。自分がどうしたらいいのか分からないし、もうどうでもいい。このまま、一年過ぎて、どこでも飛ばしてくれ。

あんなに憧れていたいまの仕事。

周りの人間関係や周囲の環境への対応等、もう疲れた。



最初からこじれていた周囲との関係。我が社に無関心な外部と対外的に動かない社と一部の社員。
そして、周囲の環境になじめなかったバカな僕。




本当にわからない。

「そういう不運なところに配属になった?」

「自分の能力が足りない・仕事の進め方がまずいの?」

「改善できるところはないの?そのための意欲をもった人はいないの?」

そのことを指摘してくれる人はいない。

全く違う環境から来た僕には、比較する対象が少なく自分の状況を肯定できない。

唯一比較できるのは同期とのやりとり。 皆それぞれ特徴のあるとこに配属になっているらしい。忙しそうだが羨ましい。


ラグビーと英会話を始めた。少しでも人間関係が広がればいいな。
2002年08月06日 23時16分36秒

悔しさと感謝と涙
事務所で書類を作っていたら現場から電話が入る。ペーローダーのタイヤがパンクしたため、軽トラで迎えにきて欲しいとのこと。
 慌てて事務所を飛び出したものの、場所をよく確認していなかったため(自分の担当区ではなかったこともありますが)道に迷ったあげく、脱輪。
30度ほど傾いた車体を眺め、助けるはずの現場の方と連絡をとって助けに来てもらう羽目に・・・。
車体を皆と持ち上げ、現場の方の鮮やかなワイヤーさばきで軽トラはなんとかもとにもどる。ちょうど夕立に見舞われ、ズブ濡れの体で、タイヤを回収に向かう。
鮮やかなワイヤーさばきを見るにつけ、「ああ、彼らの技術は凄いなあ」とつくづく思った。迎えに来てもらう間、ズブ濡れで心細かった。そして文句の一つも言わずに助けてくれた事に感謝した。心から。
帰り道、なんだか涙が出た。いっぱい出た。こういうトラブルを重ねて心を通い合わせ、守るべき「地元」、命を賭けても良いと思える「仲間」そういったものが欲しいと思った。
今の自分は・・・
2002年07月29日 21時14分23秒

じゃいか???
昨日は名古屋で飲み会。
えらい人に素直に聞いてみた。
私達は本当に技術者なのか?
納得いく答えはなかった。
みんなその辺で葛藤するんだろうなと思う。
飛騨に帰りまたびっくり。なんと・・・
JICAの研修受けれるとのこと。
びっくり。パニック。
動揺して気持ちが悪くなる。
うまく書けない。
2002年07月25日 22時59分51秒

飛騨っこ
飛騨に赴任して一月と少しが経過し、管内の様子がすこしずつ分かってきた。
現場の方や前任者(臨時職員として週3日来る)とは今のところうまくやってると思う。
ただし、業者等からの連絡は私を通さずに、直接前任の方に行く事も多く、主任とは名ばかりで、事実上「補助員」といった形になっているのかな。
 また、職場全体の印象として、地元市町村とのつながりが薄い。村の森林組合とも疎遠(というか仲悪い感じ)になっており、以外。全国各地に赴任した同期の情報と比較しても、この状態は稀。
 森林組合に関しては、我が社が持っている山仕事が少ないということもありますが、昔何かトラブルがあった様子。また、役場の方も金を持っていない我が社には興味ないというスタンスを強く感る・・・。
みーんな外に対して閉鎖的な印象がある。
これは飛騨の地域色なのか?観光ガイドには「あたたかい人柄の地域」って書いたあったぞ。うそつき? 
これらの事柄に関して、ある意味で「異分子」である自分になにが出来るのか、役場とかとの関係を改善できるのか、この現場に置いといてもらえるのは一年しか無いかも知れないetc と、不甲斐なさや色々な思いが重なったり、早く仕事を覚えて一人前の事が言える様になりたいと思う事が多く、最近は空回り気味の自分を感じる。ストレス性の眼球付近の神経痛になってしまった。
とはいうものの、転勤して一ヶ月。ちょうど嫌な面が見えてくる時期なのだろう。
今は早く自分の山を覚える事、仕事の流れをつかむ事を短期的な目標にして、毎日山に入るのだ。
がんばらなきゃね。これからさ。
2002年05月16日 00時06分03秒

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