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| じっとしているのも苦しい。全身が言うことをき聞いてくれない。薬をいっぱい飲んでも足腰がふらつくだけで眠れない。このまま息を引き取ればどんなに幸せか。自分という存在を消してしまいたい。この世から・・・せめてこの家から・・・自分の記憶を消してしまいたい。せめて下の娘が居たことだけでも・・・ |
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2003年11月07日 00時13分37秒
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では、何故今でもそれを続けているのでしょうか。こんなに時代が変わって、幼い頃から自由に育てられ、欲しいものは何でも買って貰えるそんな時代になってきているのに・・多分だいたいの学校ではなんとなく昔の厳しい教育が良かったんだ程度の考えなのかも知れません。だからこそ子供は学校に入りその締め付けに反感を覚え、人間扱いをされて無いとまで感じるのではないでしょうか。私も親として酷いと憤慨した経験も何度かあります。
しかし、娘達が年頃になって、彼らの周りを見渡して気づいたことがあります。何故彼らは思いどおりにいかないとすぐに切れ、ある者は暴力に訴え、ある者は逃げ出し、ある者は閉じ篭もり・・・また、欲しいものが容易に手にはいらなければ、コソネたり、盗んだり、他人から取り上げたり・・・辛抱して根気良く建設的に物事を考え、耐え抜くことが出来ないのだろうか。もちろん全部が全部と言うわけではありませんが、そういう若者は決して少なくはありません。 もちろんその原因として、遺伝、環境、モラルが考えられますが、それだけではない気がします。自由が無く理不尽な厳しさの中で人間は辛抱強さや粘り強さを身につけていくのではないでしょうか。そしてそれが生き抜くための真の強さになるのではないでしょうか。まさに遠い昔の軍人教育がそのいい例なのかも知れません。戦争が遠い昔のものになり、自由主義、資本主義の現在では考えられないことではありますが・・・ ・・・つづく |
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2003年10月25日 03時10分01秒
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中学校や高校で校則が厳しすぎるとか、無意味だ、理不尽だとか感じたことはありませんか?ダサい制服をダサいスタイルで着なくてはいけないことに抵抗を感じたことはありませんか?また、小学校でも入学式に始まり、運動会、学芸会、卒業式と、行事の度に厳しい練習が毎日行われ、うんざりしたことはありませんか。もちろん最近は一部の私立校や公立高校では随分と緩和されてきているようですが、まだまだ「なんでそんな処まで規制されなくてはいけないの?」と思えるような事がある学校も少なくないと思います。
何でそんな厳しくする必要があるのでしょうか?おそらく納得のいく答えは、その学校の先生ですら出せないのではないでしょうか。「非行を防止するためです。」とか「本校の規則ですから。」とか「昔からの決りですから。」とか・・・何の根拠も無いことを並べられたら、父兄だって黙ってはいません。また、ある説では、厳しくしすぎると子供達がおおらかに育たず、陰湿ないじめがはびこっるとも言われます。実際、それで学校に行けなくなったり、自殺を考えるほどに苦しむ子供も少なくないと思います。 じゃあ何で?何で昔から厳しかったの?と考えてみました。確かに昔はもっと厳しかったと思います。しかし昔の子供はそれが当たり前だと受け止めていた部分があるのではないでしょうか。幼い頃から家の手伝いや、弟、妹の子守りなど、なかなか好き勝手させてもらえず育ってきたので、厳しい学校に入ってもそれほど抵抗は感じなかったのでしょう。制服を着せられても、家でお古のボロを着せられるよりはよっぽど良かったのでしょう。 ・・・つづく |
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2003年10月18日 04時01分19秒
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「今年のクリスマスどうする?」と下の娘に聞いた。返事は「夜まで彼氏と過ごすと思う。」だった。その言葉を聞いて地獄につき落とされた。いつかはそういう時が来ると覚悟はしていたが・・・
去年のクリスマスは上の娘は彼氏と過ごした。私は下の娘を連れてホテルのラウンジでジャズを聞きながら食事をし、クリスマス気分を満喫できた。下の娘も「来年も来たいね」と言ってくれた。私はそのつもりで予約を入れようと考えていた矢先だった。 ついこの間までは、夕方迄彼氏と過ごし夜は母と過ごすと言ってくれていたのに・・・仕方ないとは判ってはいるが、いざとなってみるとやはり辛すぎる。もう何もする気力が亡くなってしまった。一人であることを思い知らされた。できることならこの2日間は姿を消し去りたい。チーノを連れて・・・ |
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2003年10月16日 03時45分48秒
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若い頃、そういう言葉を耳にするたびに、とても腹立たしく感じてきた。男性社会における男が女を卑下した表現で過ぎないと考えていた。男は植物的で、女は動物的だとか・・・とんでもないことだ。男のほうがよっぽど動物的ではないか。現代社会において、女だって論理的に物事を見、理性的に判断出来る。個人差はあっても、男よりも冷静、且つ的確な判断力を持ちうる。これは決して子宮で考えているものではなく、確実に脳で考えるからこそうるものである。なぜそんな事を云われなくてはいけないのか、とても疑問だった。
しかし、子供を産んでだんだん解ってきた事がある。それは「女は子宮で考える」のでは無く、「母親が子宮で考える」と言うことだ。とか言っても、下腹部で考えている訳では無い。直接ここという場所はないですが・・・ 兄弟がいる人は経験したことがあると思いますが、仲良くしている時は、母親はとても穏やかでやさしいが、ひとたび喧嘩が始まると大変。極力喧嘩両成敗と扱い、下の子がわがまま言っていることも判ってくれていても、つい泣いている下の子をかばったりする。そのほんの些細なことでも上の子は傷つき、下の子に嫉妬を覚え、ますますきつく当たる。そんな覚えはないですか? なぜ母親は判っていてもつい弱い方を味方してしまうのか。そう、母親にとって子供は自分の分身だからなのです。自分の身体の一部を削って作り上げたという感覚なのです。自分の両腕が喧嘩しているのと同じなのです。だから痛々しいほうをかばってしまう。決して上の子が憎くて下のこの方が可愛いわけではない。 「子宮で考える」ってそのことではないのでしょうか。子供が小さいうちはそれほど実感は無いのですが、思春期くらいになると、姉妹は口げんかでお互いの心をを傷つけ合い、兄弟は暴力でお互いを傷つけ合う。母親にすればこの頃が苦しみの頂点なのかも知れません。姉が妹にきつい言い方をすれば、「酷い事言わないで!」と姉を咎め、兄が弟を殴れば「殺す気!」と兄を咎める。決して上の子が憎いのでは無いのです。傷つけるという行為が憎いのです。だって自分の身体が自分の身体を傷つけているのだから・・・痛いのです。苦しいのです。だからその部分をついついかばってしまうのです。 そうして、上の子の心を傷つけてしまう・・・・・ ごめんなさい。 |
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2003年10月11日 05時07分06秒
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ことなく食事を終え、10時を過ぎた。だんだん気持ちが不安定になってきたので、愛猫を連れて散歩に出た。後1時間半外にいれば5日が終わってくれる。そう思った。
さすがに外は冷えてきていた。マンションの裏庭でうずくまって時間のたつのをひたすら待った。30分を過ぎる頃には寒くて震えが止まらなくなっていた。でも消えることのできなかった私にはそれしかなかった。10分経つのがとても遠く感じた。やっと治りかけた風邪もぶり返しそうだ。後1分、後1分と辛抱し続けた。もう身体が動かないくらいになった。 仕方なく車を出すことにした。車で走れば時間も稼げると思った。日曜日の夜中の道路はさすがに空いていて、夜道に吸い込まれそうな気がした。このまま吸い込まれて時を忘れてしまいたい。その思いを何度となくかき消して懸命に正気を取り戻そうと葛藤が続いた。 やっと12時を過ぎて、気も晴れて家に帰った。部屋のドアに鍵がかかって入れない。どうしようか困ってノックをしてみた。下の娘が鍵をかけて寝てしまってたらしく、どうしようもない不機嫌な顔をして鍵を開けに来た。その顔を見てまた暗闇に落ちた。 |
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2003年10月06日 01時09分47秒
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またやって来た。一つ年を取ったという実感など全く無い。2日前に下の娘が少し「早いけど」と言ってケーキを買ってきてくれた。どうでもよかったのにやはり嬉しかった。
先週、上の娘がパソコンの前で2日前の彼氏の為に盛大な誕生日のプランをプロデュ−スしていた。なんかすごく淋しくなって死にたくなった。逃げ出したくなった。翌日高校時代の仲のよかった友人に旅行の話を持ちかけてみた。返事は鈍かった。仕方が無い。この年になると健康、仕事、家族の事がのしかかって来る。月曜日が休みが取れていれば、その24時間だけでも姿を隠していたかった。 全ての思いを空白に戻し、今日の日を迎えた。朝から下の娘の修学旅行用のカバンを買いに行く約束だったが、結局娘が起きてきたのは午後だった。準備を済ませ、新宿まで車を走らせTデパートに着いたときには2時半を回っていた。娘の彼氏から「部活が早く終わるのでカラオケに行こう」とメールが入った。娘は気を使って「断る」と言ってくれたが、そんなの一緒にいても尚辛い。想像通りデパートの駐車場は60分待ちだったので、買い物を断念し、彼氏に電話させた。そして再び車を走らせた。天気がよいせいか気持ちも穏やかだったのが自分でも不思議に思えた。 帰りに食事をとり、娘と別れて家に戻った。酷い頭痛で何もする気がしなかった。いつものようにボーとしていても仕様が無いので薬を飲みあんま機をかけて休むことにした。結局上の娘は日が暮れるまで自分の部屋で寝ていた。 夜になると又身体中がイライラしてきた。透明人間になりたかった。姿を隠しきれなかった私はいつもどうりに娘達と食卓を囲み「おめでとう」というしらじらしい言葉を聞かされるのかと思うと耐えられなく辛い。なぜか死にたくなる。 |
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2003年10月05日 20時11分03秒
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最近のブームなのか、ジャニーズのヌードに憧れるのか、男子は中学生くらいから部活や家で身体を鍛えだす。そしてかっこよく割れた腹を目指して余念がない。高校生くらいになると、自分の引き締まった腹や動かせるくらいの筋肉の腕に酔いしれる者もいる。顔やファッションや身だしなみなんてさて置いて・・・自分はかっこいい、男らしいと思い込む。
丁度そのころかわいい女の子に興味を持つようになり、何とかその子の気を引こうとやっきになる。話に入ったり、受けを狙ったり、相談に乗ったり・・・やっとの思いで仲良くなれたり、告ることができ付き合うことになったり・・・男子は運動ができるところや地道な努力で創り上げたその肉体をを見せたがる。=(イコール)男らしさをアピールしたいわけだ。プールやボーリングに行きたがったりする。 しかし女の子にすればそこまでで終わりの男子なのかもしれない。まず行動力がない。女の子をどうリードしていけばいい判らない。ひどいのになると自分の立ち位置さえ判らないで女の子の後を付いて歩く。口では「守ってやる」などと言っていても情けないものがある。次に決断力が無い。デートの行き先もどこがいいか決められずにうろうろ女の子を連れ歩く。彼女の意思に委ねるのが優しさだと勘違いしているのかも知れないが、おかげで彼女はくたくたになってしまう。それから計画性が無い。行き当たりばったりで、はずれが多く無駄足と無駄な時間を費やす。このあたりまで来ると女の子はかなりイライラムード。彼女のげきりんに触れようものなら、男子は落ち込んで為るすべを失う。ただ黙り込んで彼女の様子を伺い、自然に機嫌が治るのを待っている。そんなもの待っていて治るものではない。「何とかしてよ」と言うのが彼女の言い分だろう。酷いのになると、傍にいながら「機嫌治った?」ってメールしてくるのもいる。ここまできたら、うざくてどうしようもない。 しかし男子にはそれが解らない。自分はかっこよくて男らしいのだから・・・そんな自分を理解してくれない子と付き合うのが面倒になり、自己逃避したくなる者もいる。それでもその子に執着している者はとことん付きまとう。自分が失恋することなんて有り得ないと思っているのかも知れない。「好き」だの「愛してる」だの言えばいいと思っている。言えば何とかしてもらえると思っている。タイミングも何も考えずに・・・ そう、タイミングを考えないというのは恋愛に不器用だからと考えがちだが、それは全くの勘違いである。相手がこういう気持ちのときこんな事を言えば○で、こんな事を言えば×と先を読むことは、すなわち相手の気持ちに立って物事を考えるということなので、これは=(イコール)思いやりの心だ思う。しかし、自己満足に酔いしれるナルシストの彼らにはどうも解らないらしい。 そして究極は、その愛を拒絶されたときの行動である。何とか相手の気持ちを取り戻したいと思う表れなのか、「俺なんかいなければよかったんだ」と旅にでてしまったり、「死にたい」とか・・・・・・思う気持ちは判らなくはないが、それをわざわざ彼女にメールとかで連絡してくる。もっと酷いのは「今手首を切った」と報告してくる。本当に呆れたものだ。そんな事を言って相手の気持ちを取り戻せると思っているのか。甘ったれすぎている。そんなこと黙ってやるものでは無いのか。「女は黙ってやるぞ!!」彼女はそう叫びたいくらいだ。結局その女々しさに背筋が凍る思いでいたたまれなくなるのです。 |
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2003年09月25日 21時52分49秒
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親としてどうしても我が子に夢を託したり、つい期待してしまったり・・・真面目にきちんとした人間に育ってほしいとか、せめて非行に走らないでほしいとか、水商売に染まらないでほしいとか、変な相手と付き合わないでほしいとか・・・当たり前によくあることですよね。子の立場からすればとんだ迷惑のようですが・・・だいたい15を過ぎた頃から自我が目覚め、いろんな事に興味を持ちだし、親の決めたことに疑問を感じ、あらゆる手段でそれをぶつけて、期待と裏腹な自分の道に一歩一歩踏み出して行こうとします。「うちの子はまだ・・」と思っている方も多いかと思いますが、遅かれ早かれ、また親の知らないところで歩き始めているのです。それでも傍に置いておきたいというのが親の欲なのでしょうか。
そんな大切な我が子の手相をみてあげたことは無いですか。その時もしその子の生命線が3分の1もなかったら、言葉を失ってしまうでしょう。手相はだんだんと変わっていくものと言いますが、それがもし変わらなかったら・・・と不安に陥るでしょう。もしかして子の子は20才迄も生きられないかもしれない・・そんな恐怖が過ぎるのではないでしょうか。その我が子が年を重ね15、16・・と生命線の限界値に近づいてきた頃、あなたはどうしますか?やっぱり夢を託しますか?期待をかけますか?あれはダメ、これもダメと制限を付けますか? 占いなんてものはだいたい統計学から生まれたもので、外れる場合も当然あると思います。だから気にしない?それでもいいでしょう。ただ逆も言えるかも知れません。思いもしなかった子が短命だったりとか・・・そんな事を考えてみると、親の見栄でかわいい我が子を縛り付けることは、何よりも罪なことなのかも知れない。その子の一生は親の物ではないのですから。 |
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2003年09月03日 02時27分51秒
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部活のある部員とは合宿以来信頼を深め、二度のオールで語り明かし、何でも話せる親友のような存在になっていた。聞くところ確かにやさしい気遣いと思いやりの素晴らしい人かも知れないと感じられた。しかし、もう一人の部員は顔、ファッション、ムードが彼女好みらしい。プチ恋状態。そして、数日前から彼女にモーションをかけてきている元中の後輩がいる。小学校も同じだったので、もう6年も彼の成長をみている。問題ばかり起こす子だが、根は素直でやさしく甘えん坊、誰かが支えてあげなくてはいけないタイプ。
ここ数日どうなることやらと眺めていたわけだが、彼女はその狭間で考え悩んだのか、それとも既に決まっていたのか。彼女は今夜結論を出してきた。 今日は地域の小学生のソフトボール大会だった。ちょうど彼女が部員達とオールのさなかにメールが届いた。「ソフトボール大会においでよ」彼女の返事は「気が向いたらね」だった。 その後輩は毎年夏休みには早起きしてコーチを手伝っていた。彼女もOBとしてたまには手伝ったこともあり、差し入れを持って行ったりもしていた。オールの疲れもあるので、無理かと思っていたが、彼女はメールの返事の時から行くつもりでいたようだ。結局差し入れのアイスを持って朝から出かけていった。 昼には大会も終わり、打ち上げに出た後、もう一人の男友達と3人で食べ歩き飲み歩いた末、帰宅したのは10時半を過ぎていた。ほんとお疲れ様って気分で彼女を見たら、その目はウルウルとしていた。 帰りにその後輩と2人で近くの公園でいろいろと話し合った結果、付き合うことになったらしい。 初めての年下の彼氏。甘えたいタイプの彼女には重荷にならないのだろうか・・・物足りなくないのだろうか・・・長続きするのだろうか・・・後悔しないのだろうか・・・彼女にも全く先の見えない恋のはじまりらしい。 |
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2003年08月25日 04時03分25秒
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| 合宿から帰ってきた娘は、その日からメンバーの一人とメールばかりしている。行くまでは「うざい」とか言っていたのに、帰ってきてからは一転して褒めるや褒める。20褒めればやっとけなすかなってくらい。ま、確かに同じ釜の飯を食べ、寝起きを共にすれば親しくなって相手の良さも見えてくるとは思うが、なんか違う。時折ポワーンとしていることもある。幸せそうにも見える。一昨日なんか流星群を見に行くとか言って、結局朝まで語り明かしたようだ。ただ、娘には難しいかなってかんじもあるし・・・昨日の寝る前のメールで複雑な顔をしていたのが気がかり。乞うご期待ってとこかな? |
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2003年08月13日 19時58分14秒
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下の娘が2泊3日の合宿から帰ってきました。なんかほっとしました。自分の事だけ考えて生きていこうとか言っていながら、やっぱ娘がいないとぽっかり穴が開いたような感じと心配で落ち着かなかった。無事なのかとか、楽しんでいれるかとか・・・
でも、元気な顔を見て一安心しました。充分に青春してきたようです。同じ部員とも超親しい友達になれたようです。と、言ってもまたもや男友達でしたが・・・しょうがないのかなあ。 なぜか昔からうちの娘達は男友達には恵まれるようですが、女友達には縁が薄いようです。でも、まあ楽しかったんだから良しとするか・・・ 誰ただ心配なのは、またその中の誰かに告られてその気になっちゃうのかなあー。どうでも良かった子と・・・後悔しなければいいけど。 また余計なことを考えてしまったアホな母でした。 |
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2003年08月07日 02時42分39秒
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上の娘が生まれた時から全てが娘中心になっていた。身体も弱く疳の虫も強く、とにかく毎日が大騒ぎで、とても手がかかった。それでも可愛くて仕方なくて、全てを犠牲にしても彼女中心に回っていた。未来あるこの子のために全てを投げうっても惜しむ気持ちが無かったから・・・でもそれなりに期待も大きかったのだと思う。それゆえに手をあげることもあった。しかし、今でいう虐待などという粋ではないと自覚している。自分が子供の頃親に叱られた時に受けたせっかん程度で、子供の頃から当たり前と受け取っていたから、別に傷つくなんてこともなかったし、悪いことをしたら叱る事は必要だと考えていた。 ところが娘が思春期になってパンクしてしまった。直接の原因は学校でのいじめだったのだが、かかった思春期専門の有名な医者は、「幼い頃親に暴力をふるわれたことあるでしょう」と娘聞いた。結局私が原因だと結論付けられた。憎くて叩いた訳じゃない。愛しているからこそ悪いことは悪いのだと教えたかっただけだった。その度に何度涙を流したか知れない。本当ならこんな憎まれ役は父親がやってほしかった。当時何度も主人とそのことで喧嘩をした。適当にご機嫌だけ取って知らん顔をしている主人がずるいと言って・・・ 結局医者にああ言われ、私が悪者ということで危機を脱した。家族から(主人も含め)悪者扱いされても、私は娘を愛していたので娘の為ならと思い堪えてきた。そしてあれから5年目の今、「私=悪者」が定着してしまった感じがする。恨まれているのを実感する。 どれほど愛情を注いで必死になって育て上げたかなんて事は、とうに溝に捨てられてしまている。 |
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2003年07月31日 02時29分58秒
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| 携帯依存なのかも知れない。最近そう思えるようになった。何かと心配性の私は娘2人共携帯を持たせて、連絡を取り合えるようにと思っていた。しかし、大学生と高校生の娘達にすれば親からのメールや電話はうざいらしい。彼女達の決して少なくはない使用料を払ってやっているのにもかかわらす、返事が来ない。たまに来たところでそっけなく冷たい。電話をかけても留守電か、上の娘は話中とか充電切れ。その都度計り知れない孤独の淵に突き落とされる。ここ何年も可能性を信じて辛抱を重ねてきた。娘達はそんな心の傷を知るすべもないし知ろうともしない。そして勝手な時だけ連絡してくる。もう無理だ。このまま無視されつ続けて行くと心がズタズタになってしまう。8年も携帯生活を送ってきた私には考えられない粋に達していると思う。それでも捨てるしか道は無い。携帯にも娘にも依存しないために・・・ |
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2003年07月30日 01時45分51秒
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下の娘がパソのお気に入りから自分のHPを消去した。プライベートだと判っていても消されるとかえって心配になった。何か親にもいえない大変なことになっているのでわないかと・・・いけないと思いながらも見てしまった。(反省 でも、違っていた。私に見られたくなかっただけだった。ほっとした。きっとばれて、また嫌われてしまうだろう。そんな不安は残っているが、もう何も心配しないぞーって気分になれた。そうだよね。やっぱもう自立しなきゃいけないんだよね。それには母が足引っ張ってちゃいけないんだよね。私は娘の事ばかり考えて生きてきたけど、これからは自分の事だけ考えて生きていくように努力しようと思えるようになった。 |
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2003年07月27日 15時00分26秒
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| あれから床についたものの、娘の寝息を聞きながらまんじりとも出来ずに朝を迎えてしまった。一日中仕事で身体は疲れきっているはずなのに・・・身体中が痒い。頭の先から足の先まで。まるで蕁麻疹のようだ。蝕まれていくのがわかる。苦しいよ!誰か助けて!生きている事がこんなに苦しいものかとつくづく実感させられた。今更睡眠薬を飲んだら、目覚めた娘にぐうたらな母だと呆れられますます嫌われるだろう。其れでなくとも心を開いてくれないのだから。そうして口もきいて貰えないだろう。出来ることならこんな情けない母親なんてこの世から消してしまいたい。存在していた記録さえも。すべて・・・ |
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2003年07月26日 07時32分26秒
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| 下の娘がとにかく機嫌が悪い。私には何も話してくれない。地獄に突き落とされた気分だ。年頃ということもあるが、先週あたりから特にひどい。丁度1年のメンバーでボーリングをしたあたりからかも知れない。あの頃はもしかして元彼と復縁するのではと懸念していたがそうではなかったようだ。それどころか辛い思いをして苦しんでいるのでは・・・と思えて心が痛む。何を言ってもつっけんとんで、どう接してやればいいのやら。かと言ってあの子が暗いと周りまでどんよりしで気が滅入ってしまう。自分の無力さがもどかしい。辛い。憎い。大嫌いだ。 |
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2003年07月26日 03時40分17秒
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| 「時代が違う」ってよく娘達に言われます。しかし、母親としては娘達の結婚とかで恥ずかしい思いをさせたくない願いから、給料が安くても固い職種の事務を選び、こつこつと働く毎日を送っている。そしてそのモラルはわが子が生まれた時から教え込んできたつもりだった。でも今の世代の子の常識の枠はまったく違うところに位置しているようだ。下の娘の話では、高校生で付き合っていたらsexしていても当り前らしいし、上の娘の話では、一流大学の学生だってキャバクラ(ニュークラブ)でアルバイトしている子はいくらでもいるらしい。そんなことを聞くと、我々世代は「信じられない」「異常だ」という言葉がかえってくるだろうし、「その子がいかれてるんだ」「その親がしっかりとした育て方をしてないからだ」と思い軽蔑するのだろう。でも、もし、我が子がそうだったら軽蔑なんてできないだろう。ショックは大きいし、情けないとは思うだろう。でも考え方ややり方に文句をつけても、やっぱり我が子は可愛い訳で、我が子を否定することは絶対に出来ないと思う。結局このくらいの年になると母親の言うことなんて聞かなくなる訳で、母親は何でも許してしまうことになるのではないだろうか。 |
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2003年07月22日 21時30分31秒
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| カキコしてくれてありがとう!今日まで気付かずごめんなさい。辛いこと山ほどありすぎて、いままでHP更新するどころか、開くことさえ怖かった。でも、satomiさんのお陰で書く勇気が出ました。少しずつですが、書いていきます。本当にありがとうございます。 |
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2003年07月22日 19時52分35秒
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| 上の娘が家を出て1ヶ月になる。友達の家に居候しているらしい。よっぽど居心地が悪かったのだろう。今は下の娘とふたり。でも、私が口を開けば娘の癇に障る。娘達を癒してあげる事のできない最低の母親。私なりに言葉を選んで話しているつもりなのに・・・何を話しても、くだらない、あほらしい、しつこい、言ったでしょ、見てなかったの、うるさく聞かないで、そういうこと言われたくない等と、腹をたて機嫌を悪くさせててしまう。きっと上の娘もそうだったのだろう。口を開けば娘を傷つけてしまう、そんな私の存在が耐えられなかったのだろう。こんな私なんかいない方が良かったんだと思う。そしたら娘達は嫌な思いもせず、もっと幸せなんじゃないか・・・・・こんな私なんか・・・・・こんな私なんか大嫌い!! |
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2003年03月13日 00時38分44秒
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二人は去年のクリスマス前に付き合いだした。クラスメートだったが、ときどきメールのやり取りをする程度の付き合いだった。 『君を支えてあげる』彼にそう告られ、淋しがり屋の彼女は心動かされた。そしてクリスマスプレゼントのテディベアの手に持たせた手紙には『全部受け止める』と書かれてあった。彼女はこれほどの幸せはないと実感、彼に夢中になっていった。しかし年若い彼氏は毎日が多忙で、なかなか会う事もできない。メールのやり取りもあっさりし過ぎて、彼女は物足りなく淋しさが募るばかり・・・ 年が明け授業も始まり、やっと会う事が出来たときは、溜まった寂しさを全部ぶちまけたいくらいだった。でも教室内ではなかなか話すチャンスがない。ダメもとで部活の帰りを待って、やっと会う事ができた。公園のベンチで片寄せあって星空を眺めているだけで幸せだった。彼女はもう彼氏に夢中になっていた。 彼氏の家にも招かれ、彼女として紹介してもらえた。彼氏の家族からも気に入られた。暮れから編み始めたマフラーも完成させプレゼントした。彼氏はそのマフラーを毎日学校に着けて来た。彼氏の存在は大きく、彼氏無しでは生きられない程になっていた。しかし日々の寂しさが募り、ときどき揉める事があった。彼氏は『俺を信じろ』と言うが、彼女の不安はなかなか解消されない。 1月の終わりに二人は初めてデートを楽しんだ。場所はTDL。彼女は最高の幸せな時間を満喫した。しかしその幸せは長くは続かなかった。彼氏が風邪を引き長く学校を休んだからだ。途中無理をして出てきたりしたが、彼女に近づこうともしない。メールも途絶えた。 長い二週間が過ぎ、やっと彼氏が復帰した。ところが会話どころか挨拶すら交わせない。メールも来ない。彼女からメールしても返事はなんとなく冷たい。彼女は心が張り裂けそうになり、授業をリタイア、保健室で大泣きした。彼氏はそんな彼女を見捨てて帰ってしまった。悲しさで混乱した彼女は『別れる』とメールした。その夜、彼女は彼氏に電話して謝ったが、彼氏の機嫌は直らず『話の出来ないときくらいあるんだから、それが我慢できないなら別れるしかない』と言った。 このままだと二人の関係は自然消滅しかない。彼女はどうしても彼氏に会ってじかに話さなくては心が通じないと思い、日曜日に会えないかと聞いた。彼氏はまだ風邪が治っていないので月か火曜日にしてくれと言った。彼女は彼氏からの連絡を待った。しかし火曜の夜まで連絡はこなかった。勇気を振り絞り、学校でもプッシュしてみた。でもダメだった。 このままではあまりに惨めだと思い、13日の夜彼女は彼氏に電話をした。彼女は一生懸命誠意を込めて話した。が、彼氏は何も言ってくれない。彼女は彼氏の本音を聞きたかった。自分を好きかきらいになったか・・・『判らない』と答える彼氏に、振られる覚悟は出来ていたが、はっきりしたかった。粘りに粘った結果、やっと彼氏は口を開いた。『君が好いているほど俺は君を好いていないから・・・』彼女は振られた・・・。覚悟はしていたが、苦しくて言葉を失った。やっと言えたのが『ありがとう』だった。彼氏は『いい思い出になったよ』とさらっと言って電話を切った。手作りのチョコを準備した13日夜11時15分だった。 彼女は泣き崩れた。この世でたった一人の愛してもらいたい人に愛してもらえなかったから・・・。泣いても泣いても、幾ら泣いても彼氏を諦められない苦しみ、痛み、悲しみを抱えて今年のバレンタインディの幕をを閉じた。 |
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2003年02月15日 04時04分09秒
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数年前、大学時代の友人Kさんが亡くなった事がずっと気がかりだったので、詳しい友人に尋ねてみた。 彼女は上品でおとなしくやさしい、まるで天使のような人だった。見合い結婚をしたが、子供はできなかった。愚痴一つ言わない人だったので、幸せに過ごしているものと思っていた。 亡くなる何年か前にご両親を相次いで亡くされ、寂しさと遺産相続の事とかでずいぶん悩んでいたらしい。結局、年の離れた義兄と土地を二分して相続し家を建てたが、まもなくうつ病になり、入院させられた。本人は退院をしたがっていたが、夫とその親が許してくれなかった。そして抗うつ剤と電気ショックに身体が耐えきれずはてた。其の家は夫とその親が住んでいるらしい。 |
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2003年02月09日 00時57分41秒
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バレンタインを目前にして全然チョコ作りが進まない。下の娘が毎日辛い顔をして帰ってくるから・・・ 娘は淋しがり屋でやきもち焼き、一人ではいられないタイプ。なのにクールでマイペースな人に惹かれる。 そして今の彼氏・・。耐えるしかないと娘は言うが、そんなに強くいられるのだろうか。 彼氏と付き合いだしてから、哀しそうな顔をしている時の方が多い。いつか娘が壊れてしまいそうで不安。 高校生の恋ってハッピーなのが当たり前と思っていたのに・・・ |
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2003年02月08日 00時47分31秒
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とうとうバレンタインの季節がやってきました。この時期はお金も無くてかなりピンチ!でもやっぱ人気には敵いません。恒例のチョコ作り始めました。今年のメインはトリュフでーす!巷でも人気で作る女の子が多いので、我が家では 新・作・発・表!! どんなのかって?それは ヒ・ミ・ツ! だって手作りお菓子コンテストに出すのも惜しいと言って 『 レ ア 』 を守り続けてきてるんですもの・・・ でもこんな時が一番楽しいvv 下の娘とアイディアを出し合って、協力し合って・・・会話も弾みます。 みなさーん!! お楽しみに!!! |
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2003年02月05日 16時40分34秒
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今日、5階の○田家が引っ越して行った。親同士はそれほど付き合いは無かったけど、下の娘は同級生という事もあって、いろいろと世話になった。特に精神面において・・うちには無い理想的な家庭だと憧れていたから。私としても心の支えになっていた気がする。何もお手伝いできないで、挨拶くらいで行ってしまった。 泣けた・・・・・ |
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2003年02月01日 12時44分17秒
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新しい職場3日目。やっぱ焦りが出てきた。気持ちはあるのに、身体が思うように動かない。悔いを残したまま家に着いた。 そして唖然。雌ネコは暴れてとうとう上の娘の部屋のドアを完全に壊してしまったようだ。そして、台所のゴミを散らかしていた。 台所から居間にかけては、いたる所に付け爪の破片が転がっている。そして、脱ぎ捨てられた服と使ったままの布団。 ああ、昨日の夜きれいに掃除したのに・・・ 下の娘に、バイトの帰りが遅い事に文句をつけた。娘は『家が嫌いだから帰りたくない』と言う。 思い直して、ドアの修理を始めた。しまっておいたドライバーが何処にも無い。なんで?・・ 哀しすぎる・・・ |
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2003年02月01日 00時48分46秒
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| この年にして、とらばーゆ。今日はその初日。これから頑張って、後8年は働かなくてはいけない。そんな自分にささやかなお祝いと励ましの気持ちで、おいしいケーキ風のパンを買って帰宅した。上の娘はバイト前で機嫌が悪く、下の娘とそのパンの事でもめた。くずのようにまずく思えた。 |
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2003年01月28日 21時27分59秒
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| 初めて日記に挑戦します。こんなタイトルにしてみましたが、初っ端から暗いのはやめておきます。という訳で2日前にある決意をし、HPを作りました。その出発点と思ってください。 |
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2003年01月25日 13時59分58秒
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