NO.008 Key Word: 『帰る場所』



 気がつけば、いつの間にか「帰りたい」と願うようになった―。

 彼女はあまり賢い方ではない。寧ろ不器用な人生を送っている。それは、骨格や肉付きの良い体格、顔の面積より造りの小さなパーツなどのスタイルもそうなのだが、その外見とは裏腹に不器用さが滲み出ている所などから伺え知る事が出来るだろう。
 そんな彼女には物心付いた頃からひたすら「帰りたい」という願望があった。だが、どこに「帰りたい」のかどうして「帰りたい」のかは解らないままだった。
 幼少期にありがちな、「私の本当の両親は何処かにいるの」というような考えなのか、それとも「青い鳥」なのかは解らないのだが、そのどちらとも何となく違うという思いの方が強かった。それは、どちらかというと「逃げたい」という意味合いの方が正しいのかもしれない。そんな風に意味を考えてみたものの、その漠然とした「帰りたい」という思いは消えることはなかった。

 「何故?」「何時?」「何処に?」―。だけど、帰りたくて仕方がない。この胸を締め付ける程に物悲しい思いは何?「帰りたい」―何かに包まれる様に優しく、この上ない安心感に抱かれたい.....「安定」....?
 この不安定な世の中から消え去りたいということなのだろうか?それは.....永久の眠りに付くことの様な気がする。そうだ、この世は私の居るべき所はないのだ。最初から。
 私の帰るべき場所。そこには私の望む全てのモノがある。「帰りたい」早くあそこへ「帰りたい」―。しかし、そこに行くには自らの意志であったとしてもそれを強行することはー漠然といけない気がする。そこに行く為には、ある一定の時期が必要なのだろう。きっと今は「修行」であり、「得」を積めばそこに「帰る」事が出来る。もしかしたら、私はそこで何かの「罪」を犯してここで「罰」を受けているのかもしれない。しかし、この「罪」の「刑期」は何時までなのかは、解らない...。
 昔からその場所を描いたような映画を何作か見たことがあるが、その設定を羨ましいとか、そこに帰りたいとも思わなかった。具体的な「何か」を見いだすことはできないが、心地よい眠りが...水の上で浮いているような優しい揺れが、永遠に続く感じではないだろうか?それはまるで、母の子宮に抱かれている感じに近いのだろうか?

 「莫迦らしい...」彼女は、その言葉を吐き捨てる変わりにタバコの煙を吐き出した。
 そもそもそんな非科学的な、或いは宗教的な考えはどうかしている。きっと、ただ単に現状に飽き飽きしているだけに過ぎない。小説の読み過ぎだ。こんなストーリーB級以下だ。
 それに、それが万が一存在していたとしても、何時行けるかどうか解らない夢物語を信じられるほどの年齢でもないぐらいの「いい歳をした大人」なのだ。何時までもそういうのに捕らわれると道を間違ってしまうに決まっている。ただでさえ、今の世の中、夢を見ようモノなら足下を掬われ兼ねない。夢を持った人間なんてこの世に居るはずもない。そういう世の中になってしまったのだから仕方がない。皆、今日、明日の事で精一杯なのだから...。

 タバコのフィルター手前にある文字付近に火種が近づくのに気付き、最後の一吸いをした。ぼうっと薄暗い中に赤が一段と強くなり、彼女はそのまま手探りで灰皿を探すと火を消した。そして、長く少しずつ吐き出した煙は、何処かしらへ帰って行く。
 それらを一通り見終えると立ち上がると彼女は今、帰れる場所へと去って行った。




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