NO.024 Key Word: 『憂鬱の理由』



子供の頃のあの厭な感じを、この歳になって私を取り囲む。

そう、それは何でもないこと。良くある親が子供を叱る風景。それは、決して悪いことをして叱られている訳ではない。


「どうしてこんなことも出来ないんだ!」
「はい。」
「私ならこんなことはしない」
「はい。」
「こんなこともわからないなんて情けない」
「はい。ごめんなさい。」
「怒っている訳ではないんだ。こんな事ができないことが情けなくて言っているんだ」
「はい。」

相手の声は大きくなる一方。私には、怒られているとしかとれない。

「「はい」じゃないだろう?なんとか、言ってみろ」
「あの.......だから、私はこうした方が良いと思って」
「言い訳を聞きたいんじゃない。言い訳なんてするな」

では、あの時、なんと答えれば良かったのだろう?そして、私は相手の大きな声でただでさえ「はい」と答えるのが精一杯なのに、ますます何も言えなくなる。

「だから、そうじゃないだろ?言われてすることは誰だってできる。もっと、自分で考えろ」
「.......」
「え?聞いているのか?まったく、進歩がない。本当にわかっているのか?」
「はい、わかりました」
「だから、決して自分は怒っているわけじゃないんだ。」

もう、どうして良いのかわからない。言われたとおりにすれば怒られる。自分の思い通りにしても、結果、怒られる。
そして、相手が私のその姿に一段と声を大きくする。私はただ、相手に言われている事を真剣に考え、時には泣きたいのを必死にこらえているだけなのに。相手にはそれが一切伝わらない。きっとそんな時の私の顔は無表情に映っているのだろう。何も感じていない、何も聞いていない風に映っていることだろう。
だけど、どんな顔をしてそれを聞いていれば良いのかわからないんだ。
そして、相手のそれらの言葉と表情が私を打ちのめす。まるで、「お前がこんなに莫迦で、人間以下の生きる価値もないヤツだとは思わなかった」「こんなヤツに何を言っても無駄だ。」「まったく幻滅したよ」...と言われた様なものだ。

そして、私は果てしなく自己嫌悪の底深くに沈む。「何故、他の人と同じ事が、同じように出来ないんだ」「やはり、私は何もできない無能な生き物なんだ。相手が見放すような、駄目な人間なんだ。」と。




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