あー、しまった。

勢いというのは恐ろしい。腕(自分の!) の健やら筋肉やら血管やら骨やらを盛大にぶち切りながら、俺は後悔した。いやほんと。

 

 

先にたたないものといえば   (2003・6・8)

 

 

後悔は,慣れている。

いや慣れるべきじゃないんだが、いかんせん、頭が良くない。

考える前に,身体が動く。

渡り鳥なんて家無しの生活をしてると,下手に頭なんぞ使ってると,命取りでもあるから、これは習い性というやつかもしれない。

たとえば,敵に会ったとき。ろくなこと考えてるひまに,ぶすり!終わり。

な?

モンスターだ,危険性と弱点は,よし!あとは、身体が勝手にやってくれる。だてに十何年も荒野をさまよってる訳じゃないんだ。

 

でも、まあ、おかげでまいることもある。

ガキの頃、自分の背丈ほどもある中味の詰った大樽を、つい得々として持ち上げたりとか。

装甲の厚いモンスターに苛立って、つい人前でアームをぶっぱなしちまったりとか。

さすがに手加減はしたが(しなかったら死んでるよ・・・)、ちいさな女の子をいじめてたガキを、ついぶっ飛ばしたりとか。

 

腕に食い込んだえらい頑丈な鎖に血が昇って,つい腕のほうをぶった切っちまったり,とか。

ああもう、阿呆か俺は!

 

剣のない剣士、魔法が使えない魔術師、パン釜のないパン屋。

化け物扱いだろうが村総出のリンチだろうが保安官に引っ張られようが、ココロとかカラダがしばらくじくじく痛むくらいで何ともなかった。けど、今度は洒落にならん。腕のない渡り鳥なんざ、何者でもありえない。

野垂れ死ぬのがオチだ。

 

 

斯様にして、陰鬱な生活展望に思いをめぐらせながら,俺はあの奇妙奇天烈な空間を滑り落ちていった。

空間の捩れ,とか何とか。あとで剣士のちっこい相棒が云々解説してくれたけど,全然分からなかった。とりあえず、普通じゃないって事だけはわかった。

ひかりと、何か他にもいろんなものを容赦なく吸い込む,貪欲で不安定な通路。有難迷惑にもじわじわ戻ってくる痛覚にうんざりしつつも、そう感じる余裕はまだあった。

半身に,濡れた感触がある。衣服の下を流れつづける粘性の高い液体の感触に対する嫌悪のほうが、いっそ痛みよりも大きかった。

 

恐いもの見たさなのか,喪失を確認したかったのか。

意識することなく実に無造作に,失われた腕を、残った切り口を俺は探った。

栓のいかれた蛇口みたいに惜しげもなく血液を吐き出しつづける、ぐしゃぐしゃと柔らかいものが手のひらに触れる。妙に尖ったり、滑らかだったりする感触は、骨やら血管やらだろうか。精神衛生上よろしくないので,考えないようにする。

と。

 

にゅるり。

何か,予想外の,感触が手のひらを舐めた。

冷たくて硬くて生々しい。

いやな,予感がした。

ふたたび,それがのたうった。

滑らかな,いっそ艶かしいほどのしなやかさで中指に絡みついてきたそれを、みじかく悲鳴をあげて振り払う。

と、執根深くそれは指に巻きついて離れず,ずるりと腕のきりくちから鋼色の身体を引きずり出した。

そう,鋼色。銀とも白とも思わなかった。目になじんだ,無機質のいろ。

敵の色。

(考えるな)

間接を持たない生き物の、予測不能の滑らかさで再び蠢いた鋼線が、切断面をこちらに向ける。

笑えるくらい人工的ないろの、赤と青のコードがぞろりと舌を出し、妙に白っぽい粘液を不定期に吐き出している。

見たことある。確かに、何度も。でも。

「精神衛生上、悪い・・・」

(考えるな。見るな)

考えたくない。気持ち悪い。目の前が赤い。

 

指に絡みついたそれらを引き剥がし、握りこみ、腕の切り口に押し込んだ。

水を含んだスポンジのように、液体が迸る。その色を、見たくなかった。

手のひらで何かが暴れた。何であるか、考えたくなかった。

身体を丸めた。逃げたかった、どこでもいいから。

 

 

 

「おいっ!大丈夫かよロディ!」

来るな。頼むから。