あの青春の日々 4 

私たちのレッスンは、謝国権先生の「教則本」の三十手目位に進んだ。のっちんは、色の道修行のなんたるかも、だいぶ理解してきた。彼女はそれまでのセックスと、わたしの目指すものと少し違うらしいと気づいたようだ。
高校の同級生相手、街で声を懸けられて互いに名乗りもしないでするセックス、芸術短大のコンパでちょっと一緒に酔っ払って気軽に男のアパートでした性行為、ただがつがつ抱き合って忙しくしていれば一人前の女性に成ったような気がしただけの交合と、伝統的な本格的な色道修行を積んでの大人の性との違いがすこしわかってきたらしい。

ただ、修行者に色恋は禁物なのだ。色道修行の困難さは、実に一重にここにかかっているのだ。のっちんの変化は、例えば冬の夜仕事に疲れて長屋の部屋に帰ってくる。誰も居ないくて冷え切った部屋があたたかいのです。暗い部屋に、石油ストーブの炎が青白くついている。出てゆくとき,確かちゃんと消した筈。蛍光灯をつけてみると部屋が片ついている。のっちんの仕業です。机のうえにメモがき。ご飯を炊いて置きました、お味噌汁は温め直して食べてください。

畜生、俺は色の道の技が衰退するのを恐れてお前さんに手ほどきをしてるだけだ。勘違いは困る。非常に困るのだ。わたしは狼狽した。芸の道にかぎらず学問の道もひとたび「道」と言う名がつきゃ結構厳しい。すこしでもステップアップを願うものにとって一番の敵は自分自身。慢心、自己満足というやつ。初心忘るべからずの格言が生きてくる。

近頃ノーベル賞の栄誉に輝いた田中さん。あのお方の謙虚でナイーブさがよい例。初心が田中さんをしてノーベル賞受賞という高みに何時の間にか押し上げていたのです。松阪大輔のタコ、千代大海のアホ。洟垂れのくせに慢心した。彼等には当分期待できない。気持ちが一度緩んだら元の道に戻るのに三倍の努力と三倍の時間がかかるのだ。初心わするべからず。

色の道における初心に還るメソッドは簡単なのです。鏡を利用するがベストです。のっちんとわたしは千駄ヶ谷の「ホテル石庭」の超豪華、鏡の間で互いのフォームに狂いが生じてないかチェックしにいきました。滅多に出来ない散財です。

のっちんとわたしは府中の馬場にゆきました。かねて狙いをつけていた「タマアラシ」頭の二点買い。紐はヒダプレジデント、マツノテンラン。暮れの押し詰まっている季節でした。このタマアラシ、春の新馬戦でぶっちぎりの一着。その後脚部の故障で長期休養、満を持しての第2戦が暮れの4歳オープン馬特別戦。当時昭和元禄時代、時代がマンガチックならそれに輪をかけたようなマンガチックな業界紙。週間●●工業新聞の記者の俸給は、たしか四万円台だったか、五万円に届かなかった。

あの時代、東京郊外のキンコンカンクリート2DKの公団住宅が250万円くらいで売り出されていた。昨今の同じ地区あたりのシャッキンコンクリート2DKで3000万円くらいか。やく12倍、異様な地面の高騰ぶり。バッカーだな、あの世に地面は持ってけねーってってのに。人民諸君、騙されちょるんだどー。

わたしはここ一番の賭け事には異様に強かった。その日も、タマアラシの出るレースだけに狙いを定めた。のっちんとわたしはチンタラチンタラ歩いて競馬場に。この日の勝負はかなり真剣。ここで負ければ、正月中、長屋に篭ってのっちんを相手に敷きっぱなしの蒲団に寝転がって、色の道レッスンをしているしかない。そりゃ御免だ。

競馬場に出撃前にのっちんの薄い下の毛のなかでも綺麗にカールしたやつを選び抜き、財布の聖徳太子の間に挟んできた。勝負の前に穢れはきんもつ。のっちんとのセックスは前夜からなしです。狙った馬がいる時は、他のレースに手を出してはいけない。
タマアラシのでる「万両特別」の前のレースは全部見送り。あの広い東京競馬場のスタンドの端に座り込んで、無念無想。

前日の雨で馬場は泥んこ状態。薄曇の空の下、芝生の緑も冴えない。競馬場の外を首都高速の高架をボロトラックがまばらに走っていた。師匠がむっつりだまりこんでいるから、のっちんも黙っているしかない。のっちんの手編みのマフラーを首にぐるぐるまいて、おなじく手編みの指の別れないミット型の手袋をはめていた。のっちんも同じ毛糸で自分ようのマフラーと手袋をはめていた。わたし達はいき詰まっていた。というよりいき詰まっていたのは彼女でなくわたしの方だ。のっちんが、売店であつい甘酒をかってきた。やけどをしそうな位熱い。のっちんはふうふう息を吹きかけ、甘酒の熱をさましてわたしに紙コップを手渡した。バカヤロウー、悲しそうな面をするな。

レースはわたしの読み通りマツノテンランの逃げではじまった。行け!テンラン。そのまま行け!しかし森をすぎるところで、後続馬につかまる。第4コウナーでヒダプレシデントがトップに躍りだした。いいぞ、いいぞ。タマアラシがいない。どこだ、タマアラシの野郎。ヒダが先頭でそのあとが団子状態、どの馬も泥だらけで見分けがつかない。あと200メートル。真っ黒の馬体の泥んこの馬が馬群の後から割って出てきた。凄い勢いだでヒダプレジデントを抜き去りトップでゴールを駆け抜けた。よーし、ようーし。タマアラシだ。勝ったぞ、55倍だ。1,000円券5枚だ。27万5000円だ。ざまーみろ、俺の読んだとおりじゃねえか。

のっちんとわたしはあとのレースに目もくれず、競馬場の前でタクシーを拾った。運転手さん、わりーけど千駄ヶ谷までいってくれる。これ、チップ。清原選手のように、イチロー君のように、あるいは森下洋子、ジョルジュ・ドーンのように、のっちんとわたしは「ホテル石庭」の鏡の間で、手の位置足の位置、腰のスムーズナ動きをチェックしたのです。天井に鏡、壁という壁に鏡だはられていた。のっちんすっかり嬉しがって、ベットの上に乗ってトランポリン。それより何より祝杯だ。フロントにシャンペンはないのか電話で聞いた。チェ、シャンパンぐらい用意しとけって言うの。「石庭」もしけてやがる。

鏡の間でわたしたちは日活ポルノの主人公になったつもりで、謝先生の「教則本」の体位をいろいろ復習してみました。のっちんは自分たちの絡み合った姿の美しさに初めてきづいたのです。私たちの裸体はけっして卑猥ではない、絡み合って交合を行っている姿は自然のすがたであって、あっけないくらい当たり前のことなのです。のっちんはフォームのチェックをしているうちに、段々よくなって来たみたいで目を瞑ってしまいました。顔をしかめて身体の奥から突き上げてくる何かを堪えていました。冬だというのに汗をかき、わたしの下半身に座り込んで、リズミカルに上下に腰を動かしていた。そして波頭から空に躍りだし白い腹をみせる魚のように身体を反らしたのです。しばらくして、のっちんは又悲しそうな顔をするのです。てめー、そんな顔はやめろってんだ。俺たちは、どうにもならねえんだよう。

極めんと欲すれば、色恋はご法度。例え色の道修行といえどもだ。のっちんは免許皆伝にちかづいていた。「教則本」の最終段階、あと一息のところで崩れはじめた。私の子供をうんで育てたいなんて言い出しやがった。困るよ、のっちん。わたしたちはそういう約束ではなかったよ。のっちんは誤解している。わたしがどういう種類の『ろくでなし』なのかしらなすぎる。わたしは誰かをしあわせにしたり、世間並みの暮らしを立てることに関心のある男じゃないんだ。ずるずるだらだら生きてきたし、この先もそうい風にしか出来ない男なんだよ。

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