愛しの久美ちゃん 3 


秋が来て、久美ちゃんが真っ黒に日焼けして田舎からもどってきた。
彼女は寮から、大家さんの家に電話してきて明日会えるかと、いきなり言ってきた。

まったく、あいつは子供の時から全然進歩と言うものがない、自分勝手な女だ。電話口のわたしの口調で、私がむっとしているのを感じたみたいだ。すると、だってだってと急に子供時代のお得意の台詞がでてきた。畜生、あいつのだってだってに、どれだけ今まで誤魔化されたか。

中央線M駅の駅前広場の純喫茶で四箇月ぶりに久美ちゃんにあった。久美ちゃんは、寮で私の電話に居留守を使った事も、黙って帰省してしまった事にも全然ふれない。真っ黒に日焼けして、元気溌剌だ。夏休み中に、田舎でなに君に会った、だれそれさんが結婚しただの、妙子先生のクラスのわたしの友人たちの消息を、しゃべりまくる。

久美ちゃんの顔をみていると、ついつい自分が何を怒っていたのか忘れてしまう。 久美ちゃんのもたらした、情報の一番の驚きは妙子先生が再婚するという話だった。 久美ちゃんのまったく知らない処で、話が進んでいて秋には入籍するらしい。 わたしも、ただただアッソウ、アッソウと昭和の大君状態の相槌をうっていると、 テーブルの向こうで、氷しか残っていないアイスコーヒーをストローでズルズル吸いながら、 わたしの表情を上目使いで伺っている。

久美ちゃん頼むよ、妙子先生と私はあの夏の一度だけの偶発的な事件、先生の最後の特別授業だったんだよ。でも、それは云えない。
「良かったじゃない。先生はまだ若いんだもの、これから先がながいもんな。」
42歳か、41歳かな。相手はわたしの知らない人だ。まあ、これで久美ちゃんとの間の微妙な雰囲気も気にしないで済む。あれは、まったくの偶発的な事件だ。

久美ちゃん、またいきなり腕を組んできて弾力のあるマシュマロみたいな胸を押し付けてくる。いくら人通りのまばらな玉川上水沿いでも、わたしは困る。それを言うと、いやらしい、胸がさわったくらいで、劣情を感じてしまうなんて、最低な男だそうだ。久美ちゃん、無邪気もときには罪なんだよ。下半身のものが、最低な男状態になってしまってる。


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    この頃の久美ちゃんはすこし変だ。急に目覚めちゃった。
新宿の「ルノアール」という名曲喫茶で待ち合わせをしていたのです。久美ちゃんは、ちょっと遅れてきた。ご免も、なんにも無しなのです。
いきなり女子短大の校章を印刷してある紙袋から、今朝の朝刊をだして、テーブルに広げた。まるで、わたしの事を怒っているみたいだ。

なんだか、ぼやけた電送写真だ。高高度からうつした地上の写真だ。もう一枚は海上の船の映像だ、やっぱりぼやけてやがる。
なになにと、見出しを見る。「ソ連キューバにミサイル基地を建設中」。ふーん、ソ連がミサイル基地をねえー、わたしは間延びした感想をいった。彼女は、それが気にいらないみたいだった。ふんっと鼻でせせらわらって、馬鹿にしたように、「どうするの、どうなると思ってるのよ。」

ちょっと、ちょっと待ってよ、久美ちゃん。わたしは同志フルシチョフじゃないよ。わたしは、新聞を購読していないから初めて読むんだ。ちょっと黙っていて、すぐ読んでみるから。

ありゃりゃ、ケネディが怒っているらしい。ケネディは本気なのかな、海上でソ連の輸送船団を阻止すると言ったって、公海上のことだ。問題あるな。フルシチョフが、おとなしく引き下がるだろうか。

なるほど、久美ちゃんが騒ぐわけだ。戦争の危機が迫っているみたいだ。ケネディが鼻の穴をひろげていきまいている。うーん、うーんとわたしはただただうなった。

清々しい秋らしい日だ。わたしたちは午後から彼女の大学の学園祭に一緒に行く予定になっていた。学園祭を見て周り、夜は学園祭実行委員主催のダンスパーティーに行くことになっていた。久美ちゃんは、渋る私を伊勢丹のネクタイ売り場に連れて行った。久美ちゃんは、店員にいって何本か選び出して私の胸元に当てて見ている。柄がどうの、色がどうのと言う前にわたしは、値段を見た。こりゃ駄目だ。

「久美ちゃん、今月は、まだあと一週間以上も残ってるんだぞ。水飲んで過ごせっていうのかよ。」デパートの店員さんに聞かれないように、彼女の横腹をつついていった。
久美ちゃんは全然聞く耳を持たない。結局派手なオレンジ色と濃い茶色の格子柄にきめた。
ワイシャツも買わされて、今日は散々だ。

冗談でなく、来月はじめの母からの書留が届くまでは、一日一食を覚悟せにゃ。 スーツは、下宿の住人から借りて着てきた。伊勢丹の売り場の試着室で、シャツを替え久美ちゃんにネクタイを締めてもらった。
久美ちゃんは、狭い試着室の壁に私を押し付けて置いて、自分は反対側の壁に張り付いて、厳しくチェック。素的、凄く似合ってる。、彼女は、私の後ろに立ってわたしに鏡を見るようにいった。
鏡を見るのはどうも苦手だ。
悪くないな、久美ちゃんの見立てた派手なオレンジとスーツの地味な色が良くあっている。
新品の艶のある白ワイシャツも洒落ている。
久美ちゃんは後ろから、ぴったり寄り添って腕を私の体に回して、一緒に鏡を覗いていた。 私は、くるりと向きをかえ、久美ちゃんを抱き寄せキスをした。久美ちゃんは、目を閉じて舌をいれて来た。そして、舌でわたしの歯の間をチロチロ出し入れしたのです。

何時の間にか、キスの高等技術を身に付けている。何ヶ月か前は抱き合ってあってただ口を吸いあって満足していた少女に、一体全体、何がおきたのだろう。

それはそれとして、今現在もミサイルを積んだソヴィエトの輸送船団が刻々と大西洋で波をけたて、カリブ海のキューバをめざしている。アメリカ大西洋艦隊の精鋭が一斉にカリブ海に集結しつつある。アメリカ本土の全ての長距離ミサイル基地、そして全てのシベリアの森林置く深くの秘密のミサイル基地、米ソ双方の発射台のミサイルに核弾頭が装着され、液体燃料がパイプで注入されているこの時に、久美ちゃんとわたしは、伊勢丹の狭いシャツ売り場の試着室で互いの体を、さぐりあっていた。

「どうですか、首まわりが緩すぎません。」デパートの店員さんが、カーテンをすこし開けた。わたしたちの姿に、びっくりして真っ赤になって急いでしめた。


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