久美ちゃん最終篇


*** 送別の宴 ***


      
送別の宴




引越しする日の前の晩です。
下宿屋の住民たちがささやかなお別れの宴をひらいてくれま
した。みんな久美ちゃんが好きでした。二階の一番ひろい6
帖に住んでいる山本さんの部屋が会場です。


山本さんのいうには、この手の宴はパーッと派手にやるのが、
この下宿屋の伝統なんだ。久美ちゃんみたいなチャーミング
なメーチェンとお別れなのだ。いつもよりパーッと華やかに
やろう。だからおぬしは久美ちゃんの友達の綺麗どこを2、
3人連れてこさせろ、ときた。


山本さんは何かと伝統にやかましい。久美ちゃんに連絡した
ら、綺麗な友達ね、いいわよ。OK,OK,の二つ返事です。

女子短大から久美ちゃんの友達がくると知った野郎たちは獣
のように吼えました。盛りがついている動物園の猛獣です。
山本先輩の指揮のもとで、それーっと大掃除がはじまったの
です。

便所掃除は新人のN君だ。
彼の誇りは、彼の故郷は日本十二大都市の第十二位であるこ
とでした。三大都市とか六大都市なんてのは聞いたことがあ
ったけど、十二とは初めてきいた。
ともあれ、彼は東北地方の或る県の日本12大都市中の12
番目大都市からきた大学一年生でした。

しかし、彼はいつまでたってもお国なまりが抜けないのです。
ひところは、首でもくくるんではないかと云うくらい落ち込
んで、学校にも町にもでなかったのです。夏休みが過ぎてす
こし落ち着いてきたが相変わらずお国訛りがぬけない。

でも、今日は・・・・もしかして・・・・もしかしたら・・・
女子大生とお友達に成れるかもと思うと、N君ついつい黄ば
んだ便器みがきにも力がはいる。こびリついた汚物を爪で剥
がせといわれりゃ、喜んでやりそうな勢いでした。


アルコール飲料をどうするか山本先輩は大いに悩んだみたい
だ。女子大生にトリスや焼酎はあかんやろなー、さてどない
しょう。
ここは値段が張るけれど豪勢にビールはどうですか?
あかん、あほやなおぬしら。ビールのんだら小便がちこうな
るやろ、え、考えてみい。久美ちゃんの友達いうたらN女子
短期大学のお嬢さんだぞ。「おしっこしたいのデス。」なん
ていうて気軽に便所にいけるか。あんたらの日頃付きおうて
る飲み屋の姉ちゃん達と、人種がちがうんや。

ポートワインはどうですか?赤玉ポートワインかなんか。
おう、ええのう。赤玉なら見栄えもええな。それにしょ。

食べもんは当日早めに久美ちゃんに来てもらってサンドイッ
チを作ってもらう事にした。品良く卵サンドと奮発してソー
セージサンドだ。駅前の田中屋のサンドイッチをよく見てお
けよ。あげんふうに綺麗に飾るんじゃ。

わたしは久美ちゃんがお握りが好きだったのを思い出して提
案してみました。おにぎりか、そりゃええ。さすが、色男は
発想がええ。手軽で誰でも好きな食い物じゃ、お嬢ちゃん達
は喜ぶぞー、ふるさとを遠く離れてお袋の味ちゅうやっちゃ。
きっと喜ぶ。山本さんは、感動して何回も、お握り、お握り
かとうなづいた。


これできまりだ。赤玉ポートワインとサンドイッチ、そして
お握りだ。あと、リプトン紅茶で食後の談笑だ。品よういか
んとあかん。


この下宿屋の伝統によれば、こと手の宴の買い物係は一年生
ときまっていました。店もバス道路に出る手前の小泊食料品
店と隣の安一酒店だ。山本宴席委員長は紙切れに買い物リス
トを作った。


 壱 -アカダマポートワイン2本。
  弐 -食パン3斤、薄目ニスライス。
  参 -ポーク角ソーセージ、400グラム、薄クスライス。
  四 -タマゴ10コ、middlesizeが the best。
  伍 -練リカラシ少々。

  六 -握飯ヨウ海苔、半帖。浦安産ガベスト。
  七 -岩海苔ノ佃煮。壱ビン。


そして、八番はーオマンコノ佃煮。200g。whole煮デアルコト。

  九 -リプトン紅茶、20袋入り一箱。


山本先輩は、対人神経症が癒えたばかりとはいえN君の発音に
少し不安をおぼえていました。N君はもっと不安でした。小泊
食料品店の娘さんの澄さんにひそやかに好意をもっていたので
す。彼女にお国訛りを軽蔑されたくなかったのです。

先輩の、マンツーマンの特訓一時間。このホール煮ってなんで
す?どれや、おお八番かい。聞いたこと無いか?貝の姿煮じゃ。
すりつぶしたり、こまぎれでのうて、その貝の形をくずさんと、
あんばいよう炊いたもんじゃ。
おぬし、まだくったことないか、北の方じゃ食わんか。ありゃ
うめえぞ。腰ぬかすほどの美味なんや。
一度くったら癖になる。又、食いたくなる。毎日でも食いたく
なるぞー。


S君はリストをなんとか標準語に近い発音で読めるようになっ
た。山本先輩の関西なまりとN君の東北訛りが上手い具合に混
ざった、標準語ではあったが。

N君意気揚揚と百円札を何枚かにぎりしめ、下駄をがらがら引
きずって小泊食料品店とと安一酒店に出撃したのです。

後輩を都会での買い物に慣れてもらうため、ここの下宿の毎年
繰り返される伝統中の伝統。いまではテレビの人気番組「初め
てのお使い」の起源はこの下宿屋、東中野のボロ下宿屋青雲荘
にあったのです。




   ***久美ちゃん最終篇***


     * * * 引越し* * *



いよいよ引っ越しです。久美ちゃんとさっちんが引越しをてつ
だって呉れる事になりました。
さっちんが手伝いに来るらしいと青雲荘の住人に噂が広まった
らいきなり引越し手伝い人が名乗り出て来ました。しかも三人
もです。


どうなってるんだろう。昨日まで、家庭教師のバイトがあった
り合唱部の練習日だったり、レポートの提出日が迫っていたり
して都合のいい人がいなかったはず。それがさっちんが来ると
なったらいきなり頼りがいのある男が三人も出てきたのです。

あの送別会の時さっちんが着てきたワンピースの襟ぐりのデザ
インが効いたみたいです。変てこな関西弁をしゃべる山本さん
と例の貝の佃煮を買いにいったN君、そしてダンス場のすけこ
ま師鬼瓦の本間さんが、名乗り出た伊達男三人衆です。


送別の宴でさっちんは座卓の真中のサラダを身を乗り出してめ
いめい皿に盛り分けたのです。胸元を大きく開けたデザインだ
ったから、さっちんの豊かな胸の谷間は勿論その奥の白いお腹
までみえそうです。佃煮男はお臍のあたりまで見えたなんて言
い出す始末。


アホか、そりゃ幻覚ちゅうもんや。あかんなぁ、おぬし、も一
度神経科でみてもろうたほうが、ええんとちゃうか。N君は山
本さんにきつくたしなめられました。

わたしの視線もついつい、さっちんの胸に行ってしまったんで
す。その度、となりの久美ちゃんがわたしの腿を思い切りつね
ったのです。

久美ちゃん、にこにこして甘ったるいアカ玉を一口飲んで、机
のしたでギュツ。やっぱり新米で作ったお握りがおいしいわね
なんて云いながら、ギュッ。
久美ちゃんはわたしの方を向いてにっこりしながら、同意をも
とめてくるのです、久美ちゃんの涼やかな黒目の奥に真っ赤な
炎がめらめら。



引越しはリヤカー一台で済みます。もともと私には荷物らしい
ものがなかったのです。荷台が三分の一も空いてしまいました。

久美ちゃんは、とても頭がいい。さっちんと自分がリヤカーに
乗りました。山本さんと佃煮男のN君を前で引っ張る係りに指
名。ダンスパーティの花形、足が短く頼もしい鬼瓦そっくりの
本間さんに後ろから押す係りに任命したのです。


秋も深まっていたから汗もかかないし、三人の男でリヤカーを
うごかすのは楽なもんでした。わたしは久美ちゃんのきめた役
割分担に従い、リヤカーの前方の道を良く見ていて舗装の陥没
個所をさけるように山本さんにもう一寸右だ、そこはゆっくり、
そうそうなんていっていればよかったのです。


出発して2キロくらいは快調でした。道も平坦だからです。伊
達男三人衆は、さっちんに認められたいからやたらに元気です。
なんたって、男の魅力は筋肉、スタミナ、力です。

2キロを過ぎると、緩い坂がはじまりました。そこは武蔵野を
切り開いて出来た町、武蔵野台地のまっただなかです。緩い坂
は多摩丘陵から遙か秩父や甲州の山岳地帯にまで続く大地のほ
んの一部分でした。


ペースが鈍ると総監督の久美ちゃんがさっちんになにやら耳う
ち。さっちんは胸のボタンをひとつはずしました。そして、こ
の坂は大変という時、もう一つのボタン。


なんとか、三つめのボタンででめでたくゴール。伊達男三人衆
はさっちんの真っ白い胸と白いレース飾りのついた女子大生ら
しい清楚なブラジャーとふくよかなふくらみの谷間をしばらく
拝められたのです。


三人衆はがんばりました。ほんとに死にそうでしたが、良くや
ったと思います。息をぜいぜい言わせ、ふらふらしながら前の
二人は引っ張りました。後ろから腰の据わった本間さんが、鬼
瓦というより怒髪天をつかんばかりの赤鬼でした。頭から湯気
を出し凄い形相で押してくれました。


勿論、義をみてせざるは勇なきなりで私も久美ちゃんのすぐ横
でリヤカーの荷台の鉄枠を掴んで押したのです。久美ちゃんは、
ピンクのハンカチを出して私の額の汗を拭いてくれたりして、
やけに甲斐甲斐しい。わたしは、改めて久美ちゃんの頭のよさ
と気立ての優しさに惚れ直しました。

みんなでわたしの家財道具を部屋に運び込むのには10分もか
かりません。道具なんて殆どないのですから。新しい畳みの部
屋はにおいも良いし、四畳半ってほんとうに広い。

ああ、さっちんや山本さん達さえ居なければ新しいアパートで
の、はじめてのキスがいますぐ出来るのに。
久美ちゃんの目もとろんとして、ねつっぽくなっている。


頼むよ山本さん、佃煮君、赤鬼さん、荷物の整理なんかどうで
もいいんだよ。後で久美ちゃんとやるからいいよ。引越しは済
んだんじゃないかい。だから、頼むよ、早く帰ってね。わたしは
こころからそう思いました。


さすが久美ちゃん、山本さんがお茶でも沸かそうかって云いだ
す前に、コップに水道水を汲んで皆に渡してあげました。
「ありがとう。あとはわたしたちだけで出来そう。本当にご苦
労さん、お礼は今度ね。バイバイ。」水道水のお代りもさせな
いで、みんなからコップをさっさと取り上げてしまったのです。



・・・あの日、39年前のあの日・・・久美ちゃん、あなたは
そうだったんだよ・・・・あの日、完璧にプライバシーが確保
されたんで私たちは安心してプレイに専念できたっけ。引越し
も済んだし・・・あなたは上手に邪魔者どもを追い返しちゃっ
た・・・


山本さん、佃煮君、鬼瓦さんの恨めしそうな顔。さっちんだけ
はハッピーそうな顔をしていたね。伊達男三人衆にリヤカーを
引かせて自分のアパートに送ってもらえるんで、ラッキー、ア
リガトネーなんて、ニコニコしちゃっていた。

さっちんのアパートは彼等の帰り道っていえば、云えなくもな
い。中央線の北、西部新宿線のS駅だから。正三角形の頂点あた
りだ。距離も伸びたし、坂がもっときつくなってる。でも久美
ちゃん、貴女はやんわりとしかし毅然と申し渡しましたね。
「ちょうど帰り道だわ送ってやってね。よかったわね-、さっ ちん!」


かよわい女性を、守るのが男の子。これ、常識、この世の基本。
日本国憲法第一条第一項の裏に書いてあるわよ。・・・あなた
の口癖でしたね。あの日三人衆、泣きそうになってましたよ。
わたし、三人衆にすこし同情してました。
でも・・・あなたは言っていました。・・・・雄鹿だったら恋
のためとあらば、死ぬまで争うのよ・・・・と、あなたは動物
生態学にまで精通してたんですね。


・・・・・・・鍵を閉めわたしたちはすぐ愛し合ったのです。
・・・・・・コタツが足にぶつかり邪魔なんで、
・・・・・久美ちゃん、あなたは私の下に横たわったまま、
・・・・炬燵を思い切り蹴っ飛ばしたね。
・・・コタツがドンと飛んでいって、
・・・・・其の向こうの電気スタンドにあたり、
・・・・・・電気スタンドが襖につっこみ新しい襖紙が破れたっけ。
・・・・・・・60ワットの球がパチンと割れました。

・・・・・・あなたは夢中になってドンドンずりあがるから
・・・・・本の山にぶつかっちゃったのです。
・・・・わたしたちは構わず本の山も崩れちゃったね。


・・・・・39年前のあの日・・・・

あなたは、もう忘れたかしら・・・・。
あなたはすっかり満足していましたネ。
赤い手ぬぐいをお腹の上にふわって乗せて、
仰向けになったまま目をつむってましたね。

トランジスターラジオのスイッチをいれたら、
・・・・・伊東ゆかりの曲をやってました。
あなたは、乳首をなめなめしていた私に、
この歌のように小指を噛んでみてっていったんです。

若かったあの頃云われるままに、
わたしは思い切りガブッとかんだのです。
ぱっと、起き上がった裸のあなた。

・・・・・・・・・・・・小指は血だらけでした。
・・・・・痛みで、おおつぶの涙がでていました。
・・・でも久美ちゃん、あなた泣き笑いしながら
抱きついてきて「好き」って云ったんです。


    ・・・あの貴女のやさしさがこわかった・・・

・・・・久美ちゃん今でも貴女が好きだよ。
39年前と同じくらい・・・・

    



 愛しの久美ちゃん、終わり。

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