マドンナの思い出10


■冬のはじまり■

秋のシーズンは惨めなものだった。市立中学の大会で緒戦逆転負け。その一ヶ月後に、公立私立合同の県南部中学野球大会で、第一戦で優勝候補の強豪D中学とあたってしまった。もちろん、完敗だった。

相手が悪すぎる。選りにもよって、D中学だ。あそこのバッテリーは、県下でも1.2の評判が高い。バッティングも伝統的に強力だ。そして、ことしの新チームは例年よりいいらしい。監督が抽選会から帰ってきて、一応は勝つチャンスがあるなんていっていたが、そういってる監督の声がいつもより寂しくなっていた。

マドンナの野郎が、応援にくるなんていったが、俺は絶対に来るなって断った。D中の山田投手にきりきりまいさせられ、ボロ負けするとこなんか見られたくない。マドンナの野郎は、頭がいい割に男のプライドだとか、見栄ってのがわかってない。その点、姉ちゃんと同じく馬鹿だ。こういうことになると、女はてんで馬鹿だ。

俺たち男には、プライドしかないんだ。シロ君の詩で一番好きな言葉、「俺たちの高くおったったものが、俺達の背筋をぴんとさせているんだ。」
マドンナにはカッコいい胸や丸く膨らんだ腰がある。だが、おったつものはない。だから、理解出来ないんだ。

おれたちの惨めな試合は、D中のグラウンドでやった。土曜日の午後だった。俺は、マドンナがきていないのを、M中の応援席を振り返って何度も確かめた。M中のやつらは七、八十人くらいがサード側の校舎にそってならんでいた。相手がD中では、応援も少ない。藤田と、藤田の妹グループがきていた。小柄で色白な照子もいた。やつらが揃っているのをみるのも、祭りの時以来のことだった。照子は恥ずかしそうに、俺に小さく手をふってきた。武さんも今日は店の配達の途中さぼって、自転者に酒瓶の箱をつんだまま来ていた。

俺の成績、三振、三振、ライトオーバーの三塁打。ライトオーバーの弾丸ライナーだ。川上哲治みたいだった。相手は山田投手からかわった青木というピチャーだった。青木の外えの小便カーブを軽くたたいたら、球がどんどんのびてライトを超えていった。バッターボックスにたった時、武さんの、軽く上からたたけっていう声がきこえたから、上からたたいた。どうせなら、山田から打ちたかったけど、まあいいか。マドンナが見てりゃ、コーチの制止をふりきって、ホームまで突っ込んでいったろう。そうすりゃ、ランニングホームランだった。

応援席にもしかしてあいつが来てないか、改めて確かめた。いないや、やはり。タイムを取り三塁ベース上で、息を弾ませながら靴紐をかっこよくしめなおした。その日は照子に特別サービスだ。あの子の、おっぱいも祭りの時より可愛らしくふくらんできていたし、応援席で顔を真っ赤にして応援してくれていた。あいつは、よろこんでくれた。
来年の春こそ、マドンナの目の前でびっくりするようなやつをかっ飛ばしてやるんだ。


季節はすぐ冬になった。
俺は本気で練習に打ち込んだ。この季節は基礎体力つくりということで、放課後から日が沈むまでの短い時間校庭でランニングと柔軟体操、そして重い自動車の古タイヤをロープで引いた。運動場には、俺たち野球部以外はだれもいない。試験の時以外土日を除いて、小雪、小雨なら練習だ。冬の季節風は耳が千切れそうにつめたかった。しかし、練習着の下では汗が噴き出していて、シャツの裾をまくり上げ新鮮な空気を呼び込むと、熱気が一瞬白い蒸気になって肌からとびだし、すぐ消えた。

「手ぬぐいで汗をよくふきとっとけよ。風邪ひくからな。」監督が部員を集めて、大声でさけんだ。練習のおわりだ。俺たちは用具を担いで、暗くなった運動場を無言で部室に引き上げた。 教室の窓は真っ暗で、廊下と階段だけがぽつんぽつんと丸いガラスの笠つきの常夜灯がともっていた。職員室の半分と用務員室だけ明るかった。校庭の隅の欅の大木が暗い空に裸の枝を寒そうにひろげていた。汗が引き始めて体が冷えてきていた。畜生、早く春が来ないかな、誰かがぼそりと言った。

俺たちは、冷たくなった練習着をぬぎすて、裸になった。パンツまで脱いで着替えた。ちんぼこが縮こまって、寒いよなんていってる。情けないやつだ、こんなちんぼこ姿を女子生徒に見せられない。最近、俺も毛が形良く生え揃ったから、裸電球の真下でも威張って着替えができる。まったく、ちんぼこに毛が生えていないっていうだけで、随分ながいこと肩身がせまかった。
これで、俺も一人前の中学生だ。俺は鈴木君にも牧野君にも引け目がない。デカチンボの山下なんか目じゃない、誰にも負けない。それに、俺にはマドンナという彼女がいるんだ。俺のマドンナはクラスで一番のいい女だ。綺麗で、勉強もできる。スポーツも頑張っている。胸だって、一番形がいい。M中で一番だ。女教師を含めてもいい。それが俺の彼女なんだ。ああ、でかい声で叫んじゃいたい。


あいつは、俺たちだけにしかわからない方法で手紙をよこす。俺もあいつに手紙を書く。俺たちの文通は秘密だ。

俺とマドンナは、夜道を歩いたことがある。海岸の防砂林の林を散歩した。暗いし誰もいなかった、砂浜によせる波音を聞きながらあかりのない砂丘に座った、そして歩いた。

高校入試のことや、マドンナの前いた学校のことや、前の学校の友達の話なんかをした。映画の恋人たちはキスをしたり、手をつなぐ。姉ちゃんだって、大学生とキスをしていた。でも、中学生の俺がキスしたいなんていったら、きっとマドンナに軽蔑されちゃう。別れ際に、握手するのが精一杯だった。

さようなら、ってマドンナの方から手をだしてきた。びっくりさせやがる。畜生、あいつの手のひらは小さくて、俺の手のひらにすっぽり入ってしまった。やわらかい手だった。重大な秘密だ。恋の秘密を喋らないでいるってのは、けっこう辛い。

だから武さんにだけ、こっそり打ち明けた。武さんは、だまってきてくれていた。精神異常だって皆がいってるが、そんなことはない。海みたいな人なんだ。深くて広くて、静かで優しい。皆に解からないだけだ。


学校の教室では、俺の席とマドンナの席とは離れていた。だから、学習班も違う。マドンナたちは窓側の後ろで、俺は廊下側の後ろだった。教室では、しゃべったことがあんまりない。用事があるときは、あいつは普通に口を利く。俺も、ぶっきらぼうに喋るようにしている。男たちは、マドンナに気があるやつが多いから、おれは用心深く振舞う。

特に、シロ君には気を使う。シロ君はあいつの事が相当好きなんだ。小学校の時から年中一緒にいたから、すぐわかる。シロ君は唯一人の親友といってもいい。シロ君が俺たちの事をなんとなく気がついているんじゃないかって、思うときがある。

俺はシロ君を裏切っているんだろうか。時々考えてみる。しかし、解からない。マドンナとは悩みなんかを相談しあう約束になっているが、シロ君の件はまずい。姉ちゃんも駄目だ。姉ちゃんに男心なんかむつかしすぎる。せいぜいキスするタイミングを教えてもらうぐらいしか、相談できない。

結局武さんってことになる。武さんに裏の倉庫の中で相談してみた。深い海のひとだ、黙って聞いてくれたけど、答えが返ってこない。困ったなあ。−十話おわりー

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