マドンナの思い出 16

●雪の降るまちを●


マドンナは焼き芋屋のちんけな丸椅子に座り、毛糸の手袋をとった。両の手のひらをこすり合わせ、口元にもってゆき息を吹きかけた。俺たちは焼き芋屋のドラム缶の炭火に手をかざして暖をとった。「冷たいでしょ。」といって、あの野郎いきなり俺の頬に氷にたいに冷たい手のひらをあてた。畜生、つめてえじゃねえか。それに、焼芋やのオジサンが見ているだろう。いやらしい、野郎だ。

マドンナは、触るとやけどをしそうに熱い焼き芋ふうふう息を吹いてさましながら、器用に爪で皮をむいた。俺が上手く剥けないのを見て、俺の分も剥いてくれた。「本当はね、この皮が美味しいのよ。でも、西田君の前で、上品ぶってこうして皮をむいてたべているの。」
マドンナの野郎、いつも家じゃコタツにはいって、皮ごと喰ってやがるのか。マドンナのやつも、きっと姉ちゃんみたいにケツをぼりぼり掻きながら、鼻くそをほじっていやがるんだ。これだから女は油断できない。
俺はまじまじとマドンナの顔をみた。「なにか、ついている?おかしな顔でしょう。」マドンナは、にっこり笑った。それにしても、マドンナは綺麗だ。この野郎、まともに俺の目をみやがる。厭な野郎だ。俺が、照れているのが解からないのか。畜生、これだから俺は女が苦手なんだ。それにしても、この芋は美味い。やき芋は、まっ黄色のやつに限る、ポクポクと気持ちいい歯ざわりだ。俺達は、もくもくと焼き芋をくった。


大通りから一本裏の住宅街を、俺はマドンナと並んで歩いた。遠くで消防車のサイレンがなっていた。すると静かな住宅街のそこここで、犬どもがのどをしぼって遠吼えでいっせいに応えた。そして、静寂がまたもどった。寒い、というより手先やズックの足先がいたい。マドンナの革靴のコツコツいう音しか聞こえない。どこかの家からラジオの音がきこえてきていた。「トンチ教室」か、とうに「笛吹き童子」も終わってる時間だ。俺はあの音楽がすきだ。いまごろ家では婆ちゃんがラジオに耳をつけて、「トンチ教室」を聴いているだろうな。

街角ごとの街灯がぼんやり板塀や、生垣をてらしていた。ごみための箱に痩せた野良犬が顔を突っ込んで、餌を探していた餌を探していた。 俺たちに気が付いて、野良犬は尻尾を丸めて伏目がちになって逃げようとした。マドンナはしゃがみこんで野良犬を呼んだ。マドンナは皮カバンを地面におき、手袋をぬいで、痩せた野良犬の体を撫ぜてやり、人間に話し掛けるように、お腹がすいたの?かわいそうに、おうちはどこ?捨てられたのね?かわいそうにね。

犬はマドンナの手をペロペロ舌でなめ、クンクン鼻を鳴らして、マドンナの顔を見上げた。 「西田君、犬好きじゃないの?」やつは振り向いて尋ねた。「わたしは、動物大好き、犬も猫も大好き。」畜生、マドンナの野郎、俺を勝手に動物ぎらいと決め付けやがった。俺は、動物の世話がめんどうなだけだ。動物が嫌いという訳じゃない。カナリヤを飼っていて死なせてしまい、母ちゃんと姉ちゃんにさんざん厭味をいわれた。あれで生き物はかうのは、亀の平蔵だけにした。平蔵のやつなら、一週間餌をやらなくても平気だ。それに、可愛いわねなんて、お愛想をいう必要もない。

「寒いわ、もっと歩きましょう。」マドンナは俺の前を、野良犬と歩き始めた。いきなり小雪がちらつき始めた。ぽつんと暗闇の街角にたっている街灯の明かりの中で、こまかい雪が舞っていた。

「シロ君のお母さんは、36歳でしょ。」マドンナは自分の考えを、ゆっくり歩きながらぽつりと喋った。「人を好きになってしまう気持ちは、止められないじゃないかしら。」マドンナは大人っぽいことをいう。で、どうすりゃ良いのだ。シロ君がチンピラ仲間になってしまってるのに。マドンナのマフラーにも粉雪がふりかかっている。マドンナはちっとも、結論を言ってくれない。マドンナは小声で歌い始めた、


雪の降るまちを

雪の降るまちを

想い出だけが通り過ぎてゆく


いつもの溌剌としたマドンナらしくない悲しいような、さびしい歌声だった。俺も、マドンナに合わせて、小さい声で歌った。大人になるって哀しいことなのかな。

「わたし、三月に引越しをすることになったのよ。」マドンナが,歌を止め云った。マドンナのお父さんは役所勤めのひとで、札幌に転勤がきまったというのだ。札幌?えっつ、札幌って、北海道だぞ。マドンナが北海道にいってしまうだと。なんだよ、そりゃないだろう。そりゃないよ。畜生、マドンナもいいかげんな野郎だ。いきなり、札幌とはなんだ。俺は、無性に腹が立った。でも、誰に腹を立てたのかわからなかった。前を行くマドンナにじゃない。なんだか、マドンナも寂しそうにしている。俺はマドンナの事が好きだ。あいつも、俺のことを友達だと、思っていてくれる。マドンナが遠くにいってしまう。なんてこった。俺たちは何も云わないで、うっすらと白くなり始めた暗闇の町を歩きつづけた。

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