マドンナの思い出 18
別れの時
卒業式の前日、級長のガリ野と副級長のマドンナがシャープに呼ばれた、シロ君のことでだ。シャープの野郎、手前はクラス担任のくせに結局なにもしない。生徒におまかせ。シャープみたいな野郎ばかりだから、戦争でアメ公にコテンパンに負けちまったんだ。大人は駄目だ。ガリ野の野郎、どうしても俺に一緒に来てくれという。ガリ野の後ろで、マドンナも俺に一緒に来いというような顔をしている。俺は、正直シロ君の事にもう関わりたくなかった。大事な親友だったし、シロ君の気持ちもなんとなくわかる。
結局、奴の気持ちなんかずっこけた俺みたいな男にしかわからない、悲しい気持ち。いい子いい子で来てしまったガリ野みたいな優等生にはきっと解からないだろう。それに、マドンナは女だ。チンボコの無い女なんかに、絶対に解からない。チンボコを持った男の悲しみだ。俺たちのような体だけが、でかくなってしまったガキ、チンボコだけは一丁前におったつ。堂々たるチンボコが俺たちを苦しめている。俺たちは、手や足がいきなりひょろ長くなって、チンボコだけが大人づらをして勃起しやがる。俺たちは実は困惑している。ひたすら困惑している。そう、俺たちはまだ子供なんだ。俺は時々ひとりで勝手におったってしまう自分のチンボを眺め、この野郎さえなけりゃ,俺ももっと単純になれるのにと思ったりする。
卒業式の早朝、ガリ野とマドンナと一緒にシロ君の家にいった。日中は暖かい日もあったが、さすがに早朝空気は冷たい。俺たちは、霜柱をばりばりいわせながら郊外の田舎道を奴の家に向かった。俺たちは無言で歩いた。マドンナは、いつもの赤いマフラーを首に巻き、鼻も口もマフラーにもぐりこませていた。卒業式が終わればマドンナは北海道にたってしまう。多分二度と逢うことも無くなるのだ。ガリ野の眼鏡が息ですぐ曇るので、ときどき立ち止まってレンズの曇りをふいた。それにしても、朝は寒い。
シロ君の家の玄関のガラスの引き戸をガリ野が叩いた。中のカーテンが揺れシロ君の顔があらわれ、外の俺たちを見た。建て付けの悪い引き戸をがたがたいわせてシロ君が外に出てきた。やつは一言も喋らない。シロ君のお母さんが、心配そうに内側のカーテンの間から俺たちを見ていた。一言も口開かないで黙ってたっていたが、やつは今日が卒業の日なのはわかっている。久しぶりにみるシロ君は、前より痩せていた。相変わらず顔色が悪い。
シロ君はすこし前の狂犬とような目つきは消えていた。
マドンナが寒いから歩きながら話しましょうというと、やつは大人しく頷いた。ガリ野が、シャープ兄の伝言を伝える前に、マドンナは自分が札幌の私立札幌S女学院に進学する話しをした。英語を一生懸命勉教して,中学の英語の先生になりたいと言った。そして、他のクラスメートたちの進学先、就職先をゆっくりシロ君の目を見ながら話した。ひとりひとりの進路を正確に、間違いなく話した。進学するやつ、就職するやつ、親の商売を手伝うやつらの消息をやつに伝えた。学校をさぼっていたシロ君に、まるで病気で長期欠席していた友達に教えてやるようには、いきいきと語った。シロ君はすこし恥ずかしそうに、大人しくマドンナの話しをきいていた。
俺も、ガリ野も出る幕はない。俺たちは町外れの川の土手に登った。目の前に広い畑がひろがり遠くの雑木林の上に登った朝日が、丁度俺たちの正面に見えた。マドンナがすこし先に出て、はめていた毛糸の手袋を脱いだ。そして、両の手のひらを朝日に向けた。「こうするのよ、暖かいでしょ。太陽があたっているほうが暖かくなるでしょう?」俺もポケットにつっこんだ手をだして太陽に向けてみた。確かに、冷え切った手に太陽のぬくもりが感じられる。ガリ野もシロ君も手のひらを朝日に向けた。土手のあちこちに蕗のとうが霜柱を押しのけて芽を出してきていた。もう、春がすぐそこに来ている。
朝日を眺めながら、マドンナがいった。「お手紙ちょうだいね、狩野君も西田君もシロ君も、書いてね。わたしもお返事書くから。」俺も、ガリ野も札幌の相沢ゆう子に手紙を書く約束をした。シロ君も、「書くよ。」と言った。
おわり
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