マドンナの思い出 7
■姉ちゃんのおっぱいより、
マドンナのおっぱいの方がかっこいい■
祭りの夜、S中の奴がどこかの中学生に殴られたらしいと、噂はすぐ広まった。話はすこし尾鰭がついて、事実よりはなばなしい喧嘩話になっていた。四人組の中学生とS中の六人組が殴りあいの喧嘩になって、四人組が神社の参道の横の崖からS中の六人を突き落とした事になっていた。六人が藪で擦り傷だらけになって、崖から這い上がってくるのを見たというのである。しかし、どこの中学の誰がやったかは、誰もみたものがいなかった。M中の制帽だったとか、K中のトレーニングパンツだったとか、めちゃくちゃ言っている。とにかく俺たちの顔は奴らにしか見られていない。
S中の不良どもが、M中の学区を流して、探しににくるに違いない。やつらに逢ったらどうしよう、俺達は藤田の家に集まり相談した。シロ君は、体は細いし普段も無口で大人しかったが思いのほか度胸がすわっていた。来たらやるというのだ。俺はあんな薄暗がりだし,俺たちの顔なんか判るわけないとおもった。それに、あの祭りには遠くの中学生も沢山来るんだし、M中生だなんて決められない。俺たちは白いランニングシャツと白いトレパンだった。何処にでもいる中学生の格好だったし、知らん顔してりゃ済んでしまうだろうといった。藤田もギリスも同意見だ。S中の番長は、博徒の息子だという噂だし、喧嘩となると色々めんどうな事になるぞ、とシロ君を宥めた。
お前らがやらなくても、俺一人でやるさとせせら笑った。シロ君は、ポケットから、ナイフをだした。
あいつらに、こっちの祭りまでのさばらせる訳にはいかねえだろう。シロ君がナイフの柄のボタンを押すとパチっと刃がとびだした。
とにかく、あの夜の事は絶対に秘密だ。あれを知っている、藤田の兄さん達にも女の子達にももう一度よく言っておかなけりゃ。それが、結論だった。それでも、緊張して何日か外をうろつくのは辞めた。奴らの姿は俺たちの町では見かけなかった。結局その後も何も起きなかったし、どうやら何事もなくすんだようだ。
シロ君はお母さんと暮らしていた。しろくんのお母さんは隣まちの競輪場のもぎりをやったり、場内の掃除をしていた。親ひとり子ひとりの家庭だった。本が好きでいつも難しい小説を読んでいる。いつか、あいつの家に行ったら、本棚に大人の読む小説が揃っていた。鴎外だとか、二葉亭四迷、夏目漱石、芥川竜之介の本もあった。俺は芥川の本しか読んだ事がなかった。教科書に「蜘蛛の糸」がのっていた。そして、宿題で、「トロッコ」というのを家でよんだだけだ。シロ君は外国の小説も持っていた。親父さんの本だとか云っていた。漱石の「三四郎」とか、「坊ちゃん」も面白いから読めと云われて、貸してもらって読んだけど、結構面白かった。マドンナという俺だけのあいつの綽名も、「坊ちゃん」からいただいたものなのだ。親父の本だったと言っていたが、それ以外シロ君は親父の話をしない。俺からも聞けない。なんとなく、親父のことを聞いてはいけないような気がした。
シロくんは詩もつくっていた。誰にも言わない約束で作った詩のノートをみせてもらった。俺はシロ君の大人っぽい表現にびっくりした。普段一緒に遊んでいて、シロくんが詩を作ったり、分厚い小説を読んでいるなんて全然しらなかった。白茶けた孤独な魂、なんて言葉を書いているとは全然気が付かなかった。この事は,藤田にもギリスにも秘密だ。あいつらは、こういう事に関しては全く子供だ。
相変わらず熱い夏がつづいた。雨が全然ふらない。俺達野球部だけはあいかわらず早朝練習だ。陸上部も、バレー部もバスケの奴らは、夏休みの練習を中断して学校にこない。マドンナの顔をみないのも、物足りない。畜生、10日も逢っていない。あいつの俺だけの早朝練習が懐かしい。俺たちだけの練習は一週間続いた。ランニングの途中ちょっと立ち話をしただけだったが、二人だけの秘密を持ったんだ。
ある朝気が付いたんだが、マドンナの白い練習着の胸のふくらみが格好いいんだ。俺としたことが、なんかあいつと話すとき、上がっちゃって良くみてなかった。マドンナの胸は姉ちゃんよりも膨らんでいた。それに、足の形がいい。無駄肉が無くて、まっすぐ伸びている。
姉ちゃんなんか膝関節が変にでっかくて、関節から内側に曲がってやがる。風呂あがりにタオルで頭を拭きながら、俺の部屋を通る。姉ちゃんは、露出狂だ。俺に見てもらいたいんだ。バスタオルとパンツいっちょで、ほとんど素っ裸と同じだ。おれは知らん顔して、姉ちゃんのヌードを観察してるんだ。
だいたい、姉ちゃんは勉強ばかりしてるから、からだに締まりと言う物が無い。なんだか、ぐにゃぐにゃした搗きたて白い餅だ。ケツも太もも、おっぱいも。まあ、俺のマドンナのももから足首にのびる筋肉の筋をみせてやりたい。胸だって、ピット盛り上がって立っている。それに、畜生マドンナのケツのカッコよさ。プリプリっだ。
俺の背が急に伸び始めた。春の身体検査の時より4cmのびている。腕の筋肉もだいぶついて来ている。監督さんも打球がするどくなったと驚いている。この勢いでいけば、秋には五番か。五番で走者一掃の二塁打もいいな。かっこいい、市営球場の市立中学対抗戦だと、全校生の応援だ。そして、俺は五番バッターか、そこで、うまくいくば二塁打だ。俺は、やるぞ。
炎天下で日をさえぎるものが無いから、噴出した汗も乾いて白く塩をふいてくる。今日も恨めしいくらいの快晴だ。欅の並木のあいだに町の瓦屋根が見え、その向こうに海だ。入道雲が海の上にいくつも湧きあがっている、あの雲のてっぺんが地上八千メートルか。成層圏だ。ジェット機の編隊が雲の谷間を抜けてこっちに飛んでくる。進駐軍の戦闘機らしい、米軍の極東艦隊がまた近海で演習をしてやがる。空母がY市の海軍基地にちかずくといつも、俺たちの町の上空が賑やかになる。内陸のA市にアメ公用のでっかい航空基地があるらしい。高度をさげて、俺たちの真上を過ぎていった。その後に凄い金属性の轟音だ。うるせえ野郎だ。ヤンキー、ゴーホーム。
このごろ、ようやく新チームが纏まりだしてきたと、監督がいっていた。去年よりも期待ができるそうだ。ピッチャーの牧野のコントロールがよくなってきたのは、確かだ。もともと、直球は威力があった。去年のチームでも、時々試合にでていたけど、ノーコンだったが中学生であんな凄い玉を投げるやつを見たことが無い。バッターボックスに立っていると、球がうなってくる。あれでストライクがどんどんきまれば、大会で相当にいいところまでいける。それと、鈴木君のバッティングもますます好調だ。
やつは、一年の時からレギュラーで五番をうっていた。あいつのバッティングセンスは俺たちと格段の差がある。小学校のときから、結構有名だった。この頃体が急に大きくなって、練習でもでかいのを良く打つ。あの二人は野球の強い高校から引っ張られるだろう。
新チームでは、あの二人が抜けている。あとは、どんぐりの背比べだ。俺の成長と言いたいが、客観的にみるとたいした事はない。悔しいが仕方ない。武さんのコーチのおかげで、相当に良くなっているのは自分でもわかる。でも、まだまだだ、結局監督さんの云うように地道に練習を積み重ねてゆくしかない。
今日は、夕方に街の図書館でシロ君とギリスと会うことになっている。そろそろ、宿題のことが心配に成ってきていた。三人で宿題をやる事になっている。
自転車を、裏の倉庫から引っ張りだしにいったら、誰かの声がした。あれ、倉庫に誰かいるのかなと思って酒の木箱の間を覗いても誰も居ない。なんだ気のせいか,と思った。そしたら、又ヒソヒソ声がした。どうやら、倉庫の裏からだ。そうっと、近寄ってトタンの破れめから、外を覗いた。大変、姉ちゃんと近所の大学生が抱き合ってキスをしていた。いけねえ、姉ちゃんにみつかったら大変。そろり、そろり倉庫をぬけだした。胸がどきどきした。そして、俺のちんぼこが硬くなっていやがる。まいった。姉ちゃんのキスで、こうなるってのは近親相姦じゃないか。
それより、図書館に早く行かないと、あの二人に悪い。弱ったぞ、これは。
丁度武さんが、配達からもどってきた。ここは武さんにお願いするしかない。俺は、武さんに頼んだ。「武さあん、僕の自転車を直してくれない。なんだか調子が悪いんだ。」武さんが、「おー、どこにある。裏か。」武さんは首に巻いたタオルで汗をふきふき、厭な顔もしないで、裏の倉庫にいって扉を勢い良くあけた。自転車を引き出し、スタンドを掛けておいてクランクをぐるぐるまわした。うなずいて、油さしで、チェーンに油をつけた。
「よーし、これで軽くなった。」
ギリスとシロ君は俺の分の席を確保して、待っていた。夏休みも終わりに近いから高校生や、中学生、小学生もきている。浪人まできている。皆んな、真剣な顔で本を広げてよんだり、ノートをとっている。何冊も、本を積み重ねて置いて寝ている高校生もいた。俺たちは、書架から地図の本を引っ張り出し、世界の小麦の産地や石炭の産地なんかをしらべた。
でも、俺は図書館はどうも苦手だ。音が立てられないし、話をするのもヒソヒソ声でないと、まわりの奴らがじろっと睨む。陰険な目つきの奴らばかりだ。これじゃ、調べものも捗らない。俺たちには向いてない。三人で手分けして、必要な数字だけ書き写して、ささと出ることにした。図書館ってのは、まったく息のつまるところだ。
俺たちは、図書館を出て海岸にむかった。
太陽がだいぶ傾きかけてきて水平線の入道雲の隙間から、うみを複雑な色に染めていた。海水浴のシーズンもとうに終わって、砂浜に大きな波が押し寄せていた。砂防林の松林に自転車を置いて俺たちは砂丘をかけおりた。波打ち際の海水で砂のしまったで、相撲をとったり、押し寄せる波に流木を投げてあそんだ。ギリスがでかい魚の腐乱死体をみつけてきた。でかい魚だ。一メートル以上もあった。目玉が飛び出て、口をあけていた。腹がさけて、内臓も飛び出ていた。鼻がひん曲がりそうな匂いだ。イルカの仲間か、まぐろの仲間かもしれない。シロ君は、いきなり魚のしっぼを掴んで波打ち際に引きずっていき、海に戻した。大波がきた。波が引くと、魚の死骸は泡だらけの海水に乗ってザーっと深みまでいった。
「死んだ奴らは海の底にかえっていくんだ。海の底に、でかい墓場があるのさ。」シロ君は真剣な顔でいった。奴は詩人だから、難しい詩みたいなことをいう。でも、今日のシロ君はやけに暗い。「死ぬなら海がいいな。」どうしちゃったんだろう。シロ君が変だ。
俺が言い出したわけでもない。シロ君が言ったわけでもない。海岸からの帰り道、マドンナの家の方にむかった。俺たちは無言で、ぎーこぎーこ自転車をこいだ。赤く染まった夕暮れの町を、俺たちの自転車は相沢の家の前を通った。生垣に囲まれた小さな平屋だ。相沢、という苗字だけの陶製の表札が門柱に掛かっていた。
やつの親父は勤め人らしい、お袋さんは昔学校の先生をやっていたとだれかが言っていた。弟が一人いるようだ。マドンナが家族と一緒にいるのを見かけたやつがそう云っていた。でも、真偽のほどは解からない。やつに関して知る事が少ないのは、やつがいきなり四月に転校して来たせいだった。
それにしても、やっかいな女が現れたもんだ、おれたちの心を乱しやがって。
俺は13年間、女になんかに心をかき乱されず、野球と勉強と仲間との遊びに純粋に打ち込めていたのに。今じゃ、一人でいたいような気分、例えば夕暮れどきなんか、なんだか空なんか見てるとセンチな気分になったりしやがる。そして、こんな風に自転車に乗ってあいつの家の前なんかを、ゆっくり走っている。俺だけじゃない、シロ君までもそうなっちまった。−七話おわりー
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