あの時妙子先生は36歳だった。


妙子先生は私を可愛がってくれました。
わたしはいたずら好きでクラスで先生にいつもしかられていた。けれど勉強もまあ出来る方でしたし、なにより私が先生の事が大好きだったので放課後もなにかと用事を作って職員室に押しかけて、妙子先生にまとわりついていたのです。

先生の家にも遊びに行きました。中学生になってからも、高校生になってからも、時々遊びに行ってました。
妙子先生は、私達より20歳以上年上で、久美ちゃんというお嬢さんが一人の母子家庭でした。
先生の家は旧家の土地持ちでした。広い庭と後ろに屋敷林のある立派なお屋敷に住んでいました。

先生は料理が上手で、いくと必ず何か作ってくれるので、食べ盛りの子供には先生の家で出てくる砂糖や牛乳を使ったケーキやクッキーは大変なご馳走だったのです。昭和30年代のはじめ頃は、まだまだ食料不足でした。毎日ふかした薩摩芋しか、おやつで食べたことのない私たちはビスケットだけでもビックリしていた。世の中にこんな美味しいものだあるんだと、感動した事をよくおぼえています。

それと、お屋敷の書斎の蔵書の山も目的のひとつでした。
あの頃、物のない時代で学校の図書室は貧弱で蔵書もすくなかった。先生のお宅の広い洋間に、がっちりした書棚がありました。棚には数え切れないくらい本が並んでいて、好きなものを貸してもらえたのです。ほとんどが、皮の装丁の分厚い本でしたが、わたしたち向きの本も沢山ありました。

お嬢さんの久美ちゃんは私より三つ年下で、彼女が小学校低学年の時からの馴染みだから、妹のようにしたしみじゃれあっていました。わたしに女姉妹がいなかったので、本当の妹のように思ってしまった。
妙子先生に対しては半分母親に対する甘える気持ち、そして矢張り教師対して抱く敬意、それに加えて成熟した女性に惹かれる気持ちもありました。小学生の高学年ともなれば、先生に対して異性としての憧れの気持ちもあったのです。唯、当時自分ではあまり意識してはいませんでしたが、後年そうだったと思ったのです。


ある日、妙子先生の書棚の夏目漱石全集を引っ張りだしていたのです。たしか高校1年の夏休みだったかとおもいます。

妙子先生は、花壇で草むしりをしていました。漱石は先生の愛読書で、前から高校生になったら読みなさいと薦められていたのです。手にとってぱらぱらめくり元の位置に戻し、次の本をとったら薄い和とじの冊子が本と本の間から出てきたのです。
それを取って、表紙をめくってみてびっくり。
着物姿でちょん髷姿の男が島田に髪を結っている町娘にのしかかり、いきり立つものを町娘のあそこに今まさに突きたてようとしている極彩色の絵だったのです。

町娘は、着物の裾を開き両足を自分でかかえ込み、おもいきり男に対しひろげていました。そして、青筋を強調した男の怒れるものも、誇張されて描かれていました。極彩色で、女の隠しどころの襞も陰毛の一本一本が日本画の技法で細かく描かれ、すごい迫力があったのです。



私は窓ぎわにゆき窓ガラス越しに、20メートルくらい離れた花壇を見た。 先生は麦藁帽をかぶり、ムームーの裾を左手で摘みあげ中腰で草取りに余念がありませんでした。 小一時間もして、先生は汗だらけになって縁側から上がってきました。手に泥がつき額にも土がついていました。顔から首、胸元にあせが流れていました。 わたしは、漱石の本をもとに戻し全く別の棚にあった鳥類図鑑を開いていました。先生はそのまま、水浴びに浴室にいってしまいました。

私の横をとうり過ぎたとき、先生のうすい木綿の夏服が汗で下腹にぴたり張り付いてしまっているのをしっかりみました。そして汗の匂いに混じって甘い女の匂いが、せっかく静かになっていた私の下半身を刺激した。
浴室の水音に引き寄せられるように私は更衣室にそうっと、忍び足ではいった。くもりガラスに妙子先生の裸が透けていた。
立てひざをして、胸をあらっている。わたしは更衣室の入り口から更に少し進んだ。わたしの気配にきずいたのか、先生は立ち上がった。先生の全身が白くぼんやりガラスうつった。二本のあしの根元に黒々と翳っていました。

「誰、モトくん?」先生はきいた。
「なに黙っているの、モトくん。先生の背中を流してちょうだい。」

わたし以上に先生は緊張をしていた。声がふるえていたし、体も硬くしていた。わたしはズボンの裾をまくり上げて、先生の背中をながした。
先生の胸に私はおそるおそる手を伸ばすと、先生は振り向いて薄い夏ズボンの上からわたしのものを握った。先生の手が軽く上下すると、快感がたちまち腰から脳天に駆け抜けてしまった。

「ここでは駄目、上にいきましょう。」先生はそう言って、わたしをうながした。 私のものは、またすぐに納まりがつかないほど硬く勃起して薄い夏物のズボンを隆起させていました。先生とわたしは玄関のねじ込み錠をかけ、庭のガラス戸にも鍵をし、裏口にもかんぬきをかけた。私たちは二階の先生の寝室に入った。
戸締りをいそいだので、先生の額からまた汗が出てきていた。わたしは寝室に入るやいなや、先生の後ろから抱きついた。左手で先生の乳房にさわり、右で下腹部を探った。
「だめよ、モトくん。あわてないでいいのよ。」
先生は手早く自分の着ているものを脱ぎ捨て、わたしのズボンも下げた。 先生は私の足元にうずくまり、下腹をうちそうな位硬く立ちあがった男性器にキスをした。
「いけない子、いたずらばかりして。」先生は私の性器にキスをした。

わたしは先生の下腹あたりに手をやり、闇雲にしめったあたりをぐじゅぐじゅいじくるだけ。其の先どうせればよいのか解からなかった。先生の股の中心は柔らかくぬるぬるしていてどこがどうなっているかわからなかった。指が入っていったところで、指を動かすとピチャピチャ音が出ていた。
先生は真っ赤な顔をして、目をつむりウーンウーン唸り声も出した。
「モトくん、いれて、いれてちょうだい。」と妙子先生はいってるが、どこにどういう風に入れればいいのか、解からなかった。

先生の指導で、なんとか挿入し腰を動かすと先生の唸り声はいっそう高くなり、顔も更に紅潮して苦痛をこらえているようにゆがんだ。
わたしは先生の声のすさまじさに興奮して、すぐ果ててしまった。先生のお腹にのったまま全身の力を抜いた。先生も果ててぐったりしていた。先生の内股はご自分の愛液と汗と私の流れだした精液でべたべたしていた。

私たちは虚脱してゴロンと横たわり天井板を眺めていた。
窓にちかい柿の巨木の油蝉がいせいに鳴き始めた。
あの時、先生は36歳だったのか。

妙子先生は横になったまま、こんな事はよくないことだから、もう逢うのをやめましょうといった。この屋敷にも二度と来ちゃ駄目といった。
私もよくないことをしてしまったと、後悔し始めていた。
でもわたしの下半身のあの部分には、また血が集まり始めていた。

わたしはどういっていいか解からなかった。
「先生の事が好きなんです。」そういって妙子先生のからだに抱きついた。先生はいきり立つ私の物を握り、どうしょうもないイタズラ坊主ね、と先生口調で言った。そして、先生はわたしのものを、自分の中心に持っていき割れ目に沿って上下に2,3回こすりつけて愛液で湿らせ、ちょっと腰を浮かしてするりと私を滑り込ませた。

「モト君、これが最後よ。いけないことだわ。」
私は激しく腰を動かした。
「まって、一寸待って、もう少しゆっくり動かして、ゆっくり、ゆっくり、そう、そうよ。いいわ、そうゆーっくりね。」
先生は目を閉じて、私の動きにあわせて左右に腰をゆすった。
「モトくん、いいわ。いいわよ。」
先生は、おもいきり脚を開いてわたしの腰に足を巻きつけた。わたしは先生の腋毛をなめ、歯でかんだ。腋の汗のにおいと、あまいおんなのにおいでわたしは一層興奮した。先生がわたしの背中に回した手でいきなり力のこめた。そして、わたしの背中に思い切り爪をたてた。

妙子先生と私は同時に果てた。先生は下から、わたしの汗だらけの頬や額をいとおしげに何度も何度もなでた。わたしも、先生のお腹にのったまま、せんせいの桜色に染まった耳たぶをなぜたり、髪のはえぎわを愛撫した。
「もう、こんなことはやめましょ。これきりにしましょう。」先生は何度も何度も、わたしの髪をなでながら悲しそうに微笑んで、繰り返し言った。

私は先生に逢えないのは悲しかった。

夏も終わり、季節は秋から冬、そしてまた春が来た。先生は、わたしを避けて決してあおうとしなかった。私は二年になり高校生活にもすっかり馴染み、新しい友達もできた。高校で出来た親友といる楽しさが、妙子先生との事を忘れかけさせた。私の高校は、その地方では名の知れた進学高だった。二年生の秋ともなると、わたしのようなのんき者でも受験勉強が気になりはじめた。そして三年生になればせまり来る大学入試に関心が移り、自然と先生のことも思い出さなくなったのでした。
**おわり**


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