夢の中へ

 


プロローグ

 

-1-

 

 ある夜、まもなくススム君は、夢の国へたどり着こうとしていました。
 夢の国へ向かう途中のススム君は、まだまっ暗なところにいます。
 自分が起きているのか、それとも眠っているのか、よくわからない、――そんな時でした。
「誰か、誰かいませんか?」
 夢の国とは違う、どこか遠くのほうから、女の子の声が聞こえてきました。
(あれ? 何だかいつも様子が違うぞ)
 ススム君は、声のするほうへ耳をすましてみました。
 ススム君が眠っている時に、夢の国の住人とは違う人の声が聞こえてくる事なんて、今までにはありませんでした。
 朝、お母さんに起こされる時は別ですが……。
「誰かいませんか?」
 その女の子は、助けを求めているようでした。
 ススム君が、女の子の声へ気持ちを向けていると、フッ、と体が軽くなりました。
 上も下もわからない暗闇の中を、ススム君は声のするほうへと流れていきました。
「……ぅぅ……」
 いつしか女の子の声は、泣き声にかわっていました。
 迷子の子供が泣いているような……。
「……どうしたの? ……君は誰?」
 ススム君は、心の中で呼びかけてみました。
 でも、まだ女の子まで、ススム君の声はとどかないようです。
 ススム君は、グングンと女の子のいるところへ近づいていきます。
 やがて、流れていたススム君の体が止まりました。
 ススム君が目を開けると、暗闇の中に、泣きながらうずくまっている女の子がいました。
「……どうしたの?」
 ススム君がもう一度声をかけると、女の子がゆっくりと顔を上げました。
 暗くて、よく顔は見えませんでした。
「……あなたは?」
 首を傾けながら、女の子が言いました。
「僕はススム。君は?」
「……」
 女の子は黙っていました。
 やがて、
「……ここはどこ?」
 とススム君に聞きました。
「さあ、僕にもわからない。夢の国へ行く途中で君の声が聞こえてきて、僕は飛んできたんだ」
 ススム君は言いました。
「……夢の国?」
 女の子は、不思議そうにススム君を見ていました。
「そうさ。毎晩、僕は夢の国で遊んでいるんだ」
 女の子が、ススム君のほうへ身を乗り出してきました。
「そこってもしかして“魔法の国”じゃないの?」
 女の子は言いました。
「え、魔法の国?」
 ススム君には、夢の国も魔法の国も同じように思えました。
「よくわからないけど、夢の国では何でも願いがかなうんだ。……そうだね、魔法の国なのかもしれない」
 暗くてよくわかりませんでしたが、女の子の表情が、パッと明るくなったようでした。
「やっぱり! 魔法の国は本当にあったんだ!」
 女の子は喜んでいます。そして話しはじめました。
「私、ずっと魔法の国へ行きたかったの。いつも眠る前に『魔法の国へ行けますように』ってお願いするんだけど、どうしても行けなくて。今日もこんな暗いところに落っこちてしまって。……あなた、魔法の国への行きかたを知っているの?」
 ススム君は嬉しくなりました。
「うん、簡単さ。眠ってしまう時に、夢の国、魔法の国の事を考えるんだ。そうすると、体がスーッと飛んで行くんだ」
 ススム君は、夢の国へ行く時の事を思い出しながら言いました。
 女の子は言いました。
「……ねえ、私も魔法の国へ連れていってくれない?」
 ススム君は大喜びです。
 夢の国で遊ぶのは、一人よりも、二人でのほうが楽しいに違いありません。
「よし、じゃあ、一緒に行こう。さあ、僕の手をつかんで」
 ススム君が手を差しのべると、女の子はギュッとその手をつかまえました。
「行くよー」
 ススム君は目を閉じて、夢の国へと気持ちを向けました。
 体がスーッと流れはじめました。
「あ、本当だ、飛んでいる!」
 女の子が言いました。
 と、その時です。
「ああっ!」
 突然、女の子が悲鳴を上げました。
「ど、どうしたの?」
 ススム君が女の子のほうを見ると、女の子はゆらゆらと消えていこうとしていました。
 ススム君は女の子の手を握りしめようとしましたが、まるで霧をつかむように、手ごたえがありません。
 霧が消えていくように、とうとう、女の子はいなくなってしまいました。
 布団の中で、ススム君は目を覚ましてしまいました。

 

 

 

-2-

 

 カオリちゃんは小学五年生です。
 中学受験をするために、週に三日は塾に通っています。
 カオリちゃんはピンクの縁の眼鏡をかけていました。
 その眼鏡はレンズが厚いので、あまり好きではありませんでした。
 お友達は少ないほうでした。
 本を読んだり、空想をしたりするのが好きなのです。
 最近、魔法使いのお話を読みました。
 もう何回も読み返していて、夜、家でのお勉強の時間にも、問題集の下にこっそり隠しながら読んでいました。
 困っている人たちを助ける、素敵な魔法使いになるのが、カオリちゃんの夢でした。
 夢の中で、魔法の修行をするために、魔法の国を探している時でした。
 ススム君に出会ったのです。
 でも、あれから一週間、夜、眠る前にいつも祈るのですが、なかなかもう一度ススム君に会うことができません。

 ススム君も、小学五年生でした。
 カオリちゃんと同じように、空想が大好きです。
 夢の中には、ススム君が想像していた夢の国が本当にありました。
 夢の国には、大きなお城がありました。
 世界一周ができるメリーゴーランドや、星の世界まで行ける観覧車もありました。
 最近、ススム君は思います。
 あの女の子と一緒に遊べたらもっと楽しいだろうなぁ、と。

 星がとてもきれいな夜でした。
 カオリちゃんは、二階の勉強部屋の窓から、お月さまを見上げていました。
 なんとなく、今日はススム君に会えるような、そんな気がしていました。
 ちょうど同じころ、じつはススム君も、自分の部屋の窓からお月さまを見上げていました。
 ススム君も、なんとなく、今日は楽しいことがありそうな予感がしていました。

 二人は夢の世界で出会いました。
 ススム君にも、今度ははっきりと、カオリちゃんの姿がわかりました。
「まだ名前を聞いてなかったね」
 ススム君が言いました。
「え、私、カオリ……」
 カオリちゃんは、少し照れながら言いました。
「よし、行こう、カオリちゃん。今度は離さないよ」
 ススム君は、カオリちゃんの手を握りました。
 カオリちゃんが、はにかみながらうなずきました。
 ススム君は願いました。
 夢の国へ、夢の国へ……
 二人は、暗闇の中を流れるように飛んでいきます。
 やがてはるかかなたに、小さな光が見えてきました。
 光のトンネルが近づいてきます。
 二人は顔を見あわせました。
 温かい光が二人を包みこみました。

 

 

 

-3-

 

「うわあ……」
 カオリちゃんは、思わず声を上げていました。
 二人は、夢の国の空を飛んでいたのです。
 空には、プクプクと、水面に泡が浮かび上ってくるような音が聞こえていました。
 水中を泳ぐように、二人はスイスイと飛んでいくことができました。
 風が、とても心地よい感じでした。
 地上にはどこまでも森が広がっています。
 森の裂け目のように、一本の川が流れていました。
 小鳥たちが、チュン、チュン、と鳴きながら飛び交っていました。
 川から顔を出しているカバさんや、木の枝にぶら下がっているおサルさんたちの姿も見えました。
 ススム君は不思議でした。
 いつも遊びにきていた夢の国と、何かが違うようです。
 ……空や森、世界の色が、とてもきれいなのです。
「あ!」
 ススム君たちの行く手に、夢のお城が見えてきました。
 夢のお城から、白いハトの群れが飛びたちました。
 ドーン、ドドーン、と花火が上がりました。
 鼓笛隊の演奏も聞こえてきました。
「わあ……」
 二人はお城のそばまで飛んでいきました。
 お城のまわりには城下町がありました。
 通りには色とりどりの露店がならび、あらゆる国々のたくさんの人たちが行き交っていました。
 大通りに面した広場には、両手に持ったビンをお手玉のように回している大道芸人もいました。
 大勢の観客たちが拍手喝采を送っていました。
 やっぱり……、ススム君が知っている、いつもの夢の国とはだいぶん違います。
 夢のお城の造りは似ていましたが、こんなに大きな、にぎやかな城下町はなかったのです。
 ススム君は、いつもと違う夢の国の様子にわくわくしてしまいました。
 カオリちゃんも、
「とうとう、魔法の国に着いたのね!」
 と、瞳を輝かせながら大喜びです。


 そこは、ススム君が夢見ていた夢の国と、カオリちゃんが夢見ていた魔法の国が一つになった、まったく新しい夢の世界だったのです。

 

 

 

 

仲間たち

 

-1-



 二人は目立たないように、城下町の裏通りへ、そっと着陸しました。
 でも、どうやら空を飛んできたところを、見られてしまったようです。
「おおっ!」
 と悲鳴に似た声がしました。
 ふり返ると、インド人のような帽子をかぶり、チョッキを着たおじいさんが、腰を抜かして地面に座りこんでいました。
「お、おぬしたち、今、空を飛んできたじゃろ!」
 おじいさんは、ワナワナと震えながら言いました。
「あ、いや、ぼくたちは……」
 ススムくんとカオリちゃんは、何と答えたらよいのかわからず、困ってしまいました。
「誰かー! 誰かきてくれー!」
 おじいさんが、慌てふためきながら大声を上げはじめました。
「何だ、どうしたんだ?」
 と、あちらこちらから人々が集まってきます。
 ススムくんたちは、城下町の人々にとり囲まれてしまいました。
「こ、この子たち、空を飛んできたんじゃ!」
 おじいさんは、二人を指さしながらいいました。
 町の人たちは、不思議そうに、ススムくんとカオリちゃんを見ています。
「ああ、どうしよう……」
「いったい何ごとだ!」
 鎧を着た、とても怖そうな兵隊たちが、集まっている人々をかきわけて二人の前に現れました。
「逃げよう!」
 ススムくんは、カオルちゃんの手を引いて走り出しました。
「あ、こら、待てー!」
「わっ」
 町の人たちにぶつかってしまいましたが、ススムくんたちは、あやまりながら走り抜けました。
 露店やたくさんの人たちをよけながら、二人は走りました。通りを歩いていた人々は、何があったんだ、と少し驚いた様子で二人のほうをふり向いていました。
「いたぞー!」
 突然、次の曲がり角から兵隊たちが現れました。
「あ、いけない。こっちだ!」
 二人は、細い路地に入り込みました。でも、路地の先にも、兵隊たちが現れました。
「ススムくん……」
 カオリちゃんが、心配そうにススムくんを見ました。
「よし、カオリちゃん、飛ぼう。イチ、二のサン、でジャンプするよ」
 ススムくんがそう言うと、カオリちゃんは、うん、とうなずきました。
 二人は行く手に立ちふさがる兵隊たちのほうへ走っていきます。
「気をつけろ。むかってくるぞ」
 兵隊たちの声が聞こえました。
「イチ」
「二の」
「サーン!」
 ススムくんはジャンプしました。
「おおっ!」
 兵隊たちが、ススムくんを見上げています。
 ススムくんは二階と同じぐらいの高さまで飛びあがっていました。
「あっ!」
 カオリちゃんがいません。カオリちゃんは、飛べなかったのです。兵隊たちににらまれて、震えています。
「カオリちゃん!」
 ススムくんは空中からカオリちゃんを引き上げようと思いました。
 でも、
「あれ?」
 体がストンと集まっている兵隊たちのまん中に落ちてしまいました。夢の国へ飛んできた時のように、自由に空を飛ぶことができなくなっていたのです。
「よし、捕まえろ!」
 兵隊たちが、ススムくんとカオリちゃんに飛びかかりました。
「やめろー! カオリちゃん!」
「ススムくん!」
 ススムくんは抵抗しました。何名かの兵隊たちがススムくんに突きとばされてしまいました。
「こ、こいつ、子供のくせに強いぞ。みんなでいっせいにかかれー!」
 最初のうちは、ヒョイ、ヒョイと兵隊たちをよけていたススムくんも、とうとう捕まってしまい、地面に押さえつけられてしまいました。
「はなせ!」
「今だ! 早く縛りあげろ!」
「やめてー! 私たちは何もしていないわ!」
 カオリちゃんが叫んでいます。
「ああっ!」
 ススムくんとカオリちゃんは、動けないように、固いロープで縛られてしまいました。
「やめろー、はなせー!」
「子供だからといって油断するな!とくにその男の子には気をつけろ」
 二人は別々に、小麦袋のような大きな袋に入れられました。
「おい、出せー!」
 ススムくんは、エビのようにバタバタしてみましたが、もうどうしようもありません。
 二人は、兵隊の肩に担ぎ上げられてしまいました。
「ふうー。よし、城へ連れていこう」
 兵隊たちが歩きはじめました。
 しばらくはもがいていたススムくんも、ユッサ、ユッサと揺れる袋の中で、いつしかグッタリとしてしまいました。

 

 

 

-2-



 ススム君……、ススム君……
「う、うーん」
 カオリちゃんの呼ぶ声が聞こえてきて、ススム君は目を覚ましました。
「よかったぁ!大丈夫?痛くない?」
 カオリちゃんはススム君の顔をのぞき込んでいました。
「あ、カオリちゃん。ここは……?」
 暗い、湿った煉瓦に囲まれた部屋の中でした。窓はありません。もしかしたら、地下牢の中なのかもしれません。
「わからない……、ずっと袋の中に入れられていたから」
 カオリちゃんは不安そうに言いました。
 と、その時でした。ガコン、と鍵の回る大きな音がして、ギギギィ、と重たい鉄の扉が開きました。
 カオリちゃんはススム君に、そっとしがみつきました。
 松明(たいまつ)をかかげた二人の大男が入ってきました。二人とも毛むくじゃらで、皮のよろいを着ています。腰には剣をさしていました。ギラギラした怖い目で、ジロジロとススム君たちを見ています。
 ススム君とカオリちゃんは、少しずつ、部屋の隅のほうへと下がっていきました。
 二人の大男たちの後ろから、背の高い、きれいな金髪の青年が入ってきました。青年は白いローブを着ています。
「なんだ、まだ子供じゃないか」
 青年は、大男たちを叱りつけるように言いました。そして、ススム君たちに笑いかけました。
「すまなかったね。怖かっただろう?」
 ススム君とカオリちゃんは、黙っていました。でもこの金髪の青年は、どうやらススム君たちの味方になってくれそうな……。
「君たちは、東洋の国の人かな?」
 青年は、優しく話しかけてきました。
「ぼ、ぼくたちは日本人です」
 ススム君は答えました。
「おおっ、そうか。ぼくはね、日本のテレビゲームが大好きなんだ」
 青年はニコニコしています。
 ススム君たちは、少しホッとしました。青年はとても優しそうな笑顔をしていました。
「ぼくはアイルランドの出身なんだよ。アイルランドって知っているかい?」
「知っています。イギリスの隣にある国ですね」
 カオリちゃんが答えました。さすがカオリちゃん、ススム君はカオリちゃんを見ました。
「そうそう! よく知っているね」
 青年は喜びました。
「ぼくも、君たちと同じで、空の上からこの国に飛んできたんだ」
「え……?」
 ススム君たちは、不思議そうに青年を見ました。
「フフフ、ぼくは、この国のみんなからは“ビショップ”と呼ばれている。魔法や、神さまの呪文を唱えられる人、って意味さ」
 青年は、ニコリ、としました。
 ススム君たちには、何のことなのか、まだよくわかりません。
「地上からこの国に来た人たちは、みんな不思議な力を使えるんだ。君たちもうまくやれば、きっとこの国で楽しく過ごすことができるよ」
 ビショップは二人にウインクをしました。
 ススム君とカオリちゃんは、ポカン、としています。
「アハハハ、くわしい話はぼくの部屋で食事をしながらにしようよ。この国の食べ物はとてもおいしいんだよ」
 そして、そばにいた二人の牢屋番に言いました。
「この子たちは、ぼくがあずかるよ。いいかい?」
「はっ、ビショップさまの命令とあらば」
 牢屋番たちは、きをつけ、をして立ち去りました。
 ビショップは二人のほうを見て言いました。
「さあ、行こう。大変だったね。でも、ぼくと一緒にいればもう大丈夫さ」
 そして、二人に手を差しのべました。
「……ようこそ、夢の国へ」

 

 

 

-3-



「うわぁ……」
 ビショップの部屋は、お城の塔の上のほうの、とても見晴らしのよい所にありました。ススム君とカオリちゃんは、窓から、夢の国のにぎやかな城下町を眺めていました。
「フフ、どうだい、すてきなところだろう?」
 二人の後ろには、ビショップが立っていました。
「さあ、こっちにおいで。食事の用意ができているよ」
 ビショップは、二人をテーブルのある部屋へ案内しました。
 テーブルの上には、きれいな花の生けてある花瓶とともに、できたてのアップルパイ、フルーツヨーグルト、それにミルクティーのポットが並んでいました。
「さあ、座って座って」
 そう言うとビショップは、アップルパイをナイフで切りはじめました。
「夢の国のアップルパイは最高なんだよ。こんなにおいしいアップルパイには、ぼくたちの世界ではちょっとお目にかかれないね」
 ビショップは、ススム君とカオリちゃんのお皿にアップルパイを分けました。
「はい、どうぞ、食べてごらん」
 ビショップはニコニコしています。
 ススム君は、一口、アップルパイをかじってみました。パリッとしたパイ生地の中から、トロリとしたリンゴジャムがあふれ出てきました。
「うわぁ、おいしい!おいしいよ、かおりちゃん!」
 ススム君は、続けて二口、三口とアップルパイをほおばりました。
 カオリちゃんも、アップルパイを一口、かじってみました。
「……ほんとだ。おいしい!」
「でしょう?」
 ビショップは喜んでいます。自分もアップルパイをほおばりながら、うんうん、とうなずいています。
 一皿目のアップルパイを食べ終わったころ、ビショップは言いました。
「さて、この国のことを、少し君たちに話しておかないといけないね」
 ススム君とカオリちゃんは、ミルクティーのカップを置いてビショップを見ました。
 ビショップが話しはじめました。
「どうやらぼくたちは、みんなで同じ夢を見ているらしいんだ」
 二人にも、なんとなくそれはわかっていました。
「……みんなって、世界中の人たちが?」
 ススム君は聞いてみました。
「この夢の国の夢を見ているのは、ぼくが知っているかぎりでは、おそらくぼくと君たちの三人だけだ。いや、まだ他にも探せばいるのかもしれないけれど……。そう、以前には、もう一人いたんだ」
 そう言うと、いったいどうしたのでしょう、ビショップの表情が急に曇りました。
「以前に、って?」
 ビショップは黙ったまま、テーブルを見つめています。
「……ビショップ?」
 カオリちゃんが、心配そうに声をかけました。ビショップは、ハッ、として顔を上げました。
「アハハ、ごめんごめん。うん、なんでもない。……そうそう、大切なことがあるんだ」
 ビショップは二人を見ました。
「いいかい、夢の世界は、眠っているときに、ぼくたちの空想が作りだす世界なんだ。ということは、ぼくたちが気をつけなければならないことがある。……何が言いたいのかわかるかい?」
 ススム君とカオリちゃんは、顔を見あわせました。
 やがてビショップは言いました。
「ぼくたちは、この世界を変えてしまうぐらいの、不思議な力を持っているんだよ。その力は善にもなるし、使い方を間違えれば、悪にもなる……」
 と、その時です。

 ドドーン!

「うわっ!」
 突然、大きな地響きがして、グラグラとお城が揺れました。

 

 

 

-4-



「ま、まさか」
 ビショップの顔が青ざめています。ビショップは慌てて窓辺へと走っていきました。ススム君たちも後に続きます。
「ああっ」
 窓の外を見たススム君とカオリちゃんは、思わず声をあげてしまいました。
 空飛ぶ竜です! トカゲに、コウモリの翼が生えたような竜が、何匹もお城の上空を飛び回っています。
「ワイバーンだ!」
 ビショップが言いました。
 一匹のワイバーンが、ギロリ、とススム君たちをにらみました。
「あぶない!」
「きゃっ」
 ビショップが二人を抱きかかえて床にふせました。ワイバーンが口から炎を吐いたのです。

 ドーン!

 炎がお城の壁に当たり、たくさんのレンガが吹き飛びました。ビショップの部屋も激しく揺れ、パラパラと天井から石の粉が降ってきました。
「ビショップさま!」
 ドアが開き、兵隊が入ってきました。
「北の塔へお越しください!第一部隊が援護をします!」
 兵隊は慌ています。
「よし、すぐに行く」
 ビショップは答えると、ススム君たちに言いました。
「君たちもおいで。ぼくと一緒にいたほうが安全だ」
 そして、壁に立てかけてあった、木製の、不思議な形をした杖を取りました。


 北の塔では、何十人もの兵隊たちが、バルコニーのかげに隠れてワイバーンの様子をうかがっていました。ススム君たちも、柱のかげにしゃがみ込みました。ワイバーンは全部で五匹いました。どのワイバーンも西の塔の上空を飛び回りながら、炎を吐いています。
 西の塔のバルコニーや窓辺には、ワイバーンに向かって矢を放っている大勢の兵隊たちがいました。どうやらワイバーンは彼らを狙っているようです。
「あっ」
 カオリちゃんが叫びました。
 ワイバーンの炎が、西の塔の、ずんぐりむっくりとした兵隊に当たってしまったのです。兵隊は盾で防ぎましたが、炎の勢いでコロコロと転がってしまいました。
「あちちあちち!」とその兵隊は転がりながら、チリチリと火種のついてしまったふさふさのヒゲをたたいています。
「大丈夫、彼らは“ドワーフ”と呼ばれる種族の人たちで、とても強い戦士なんだ」
 カオリちゃんの横にいたビショップが言いました。でも、ビショップも、とても心配そうな顔をしています。
「よし」
 ビショップが立ち上がりました。
「きみたちはここにいてね。出てきちゃだめだよ」
 ビショップが二人に言いました。ススム君とカオリちゃんはうなずきました。
「みんな、そろそろいくよ!」
 ビショップは北の塔の兵隊たちに大きな声で言い、バルコニーのまん中へとむかいました。
 静かに、兵隊たちがビショップの前に並びました。どの兵隊たちも落ちついています。西の塔の兵隊たちの皮鎧と違い、北の塔の兵隊たちは銀の鎧を着ています。どうやらお城の精鋭部隊、選ばれた戦士たちのようでした。
 ビショップはゆっくりと目を閉じました。
「βδζθκμξπσυχαγεηι……」
 不思議な言葉を唱えています。
「……魔法の呪文だわ」
 ススム君の横で、カオリちゃんが言いました。
「え?」
 いったいこれから何がおこるのだろう、ススム君は、ビショップと兵隊たちを見つめていました。
 風もないのに、ビショップのローブと、長い髪がファサファサとたなびき始めました。
 全身が、ほんのりとした光に包まれているような。
 ワイバーンは何かを感じたのでしょうか。いっせいに北の塔をふり向きました。こちらを見つめながら、グルルルル……、と喉を鳴らしています。
「来るぞ!」
 突然、ワイバーンが翼をひるがえし、北の塔にむかってきました。ものすごい勢いです。
「放てー!」
 隊長の号令とともに、いっせいに弓矢が放たれました。ヒュンヒュンヒュン、と斜線のように矢が飛んでいきます。
 ワイバーンの群れは、サッ、と散りながら矢をよけました。
 兵隊たちが二の矢を放つ前に、一匹のワイバーンが炎を吐きました。
「あっ!」
 離れたところにいたススムくんたちも、思わず縮こまりました。
 ボーン! と銀の盾の壁に当たって炎がはじけました。
「くうっ……」
 兵隊たちは、みんなで盾を合わせて炎からビショップを守っていました。
「もう少しだ、こらえろ〜!」
 隊長が叫んでいます。
 ビショップの声が響きわたりました。
「……λνορτφψ、聖守護の風を起さん!精霊の御名においてっ!」
 ビショップが、バッ、と両手を広げ、杖をかざしました。
 突然、雲を突き破って竜巻が、ゴゴゴーンッ、と落ちてきました。
「キキィーッ!」
 ワイバーンの群れはあっという間に竜巻に巻き込まれてしまい、はるかかなたの、空のむこうまで吹き飛ばされてしまいました。


「あ……」
 ススム君とカオリちゃんは驚きました。ほんの一瞬で、あの恐ろしいワイバーンの群れがいなくなってしまったのです。
「やったぞー!」
 兵隊たちは歓声をあげ、お互いの鎧をぶつけあいながら喜んでいます。
「ふぅ……」
 ビショップは、大きく息をつきました。きれいな顔には、疲れの色がにじんでいました。
 でも、
「さあ、勝利のお祝いをしなくちゃね!」
 と、ニコッ、と微笑みました。
「うおー!」
 と兵隊たちは大喜びです。
「やあ。大丈夫だったかい?」
 ビショップがススム君たちのほうへ戻ってきました。
「す、すごいです!ビショップさん!」
 ススム君は興奮しています。
「アハハ。いやびっくりしたよ。まさかお城までワイバーンが飛んでくるなんて」
「さっき言っていた、不思議な力ってこのことだったんですね!」
 ビショップはちょっとうつむきました。
「……うん。でもぼくは、今日みたいにモンスターをやっつける魔法は嫌いだな。いくらお城を守るためでも」
 そしてふと遠くの空を見上げました。
「これから、大変なことにならなければいいんだけれど……」
「大変なことって……?」
 ススム君とカオリちゃんは、不安そうにビショップを見ました。
「……ぼくは、この世界を守るために、ある人物と戦うことになるかもしれない」
 ビショップは、じっと空を見つめていました。

 

 

 

-5-



 ここは王さまのいる大広間。王さまとお妃さまの椅子のまわりには大臣たちがいます。壁ぎわにはズラリと兵隊たちが並んでいました。
 王さまは冠をかぶり、きれいなおヒゲを生やしていました。ちょっぴり怖そうです。お妃さまはとても優しそうな、ふっくらとした婦人でした。
 ススムくんとカオリちゃんは緊張していました。これから王さまにあいさつをしなければならないのです。
 二人の横にはビショップがいました。ビショップはススムくんとカオリちゃんに「大丈夫さ」と言うようにほほ笑みました。
「ビショップよ、前へ」
 大臣が言いました。ビショップは二人に「ついておいで」と合図をしました。
「ビショップ。よくぞワイバーンを倒してくれた。礼を言うぞ」
 王さまは温かくて、とても力強い声をしていました。
「はっ、ありがとうございます」
 ビショップは腕を胸の前にかざし、礼をしました。
「うむ。ワイバーンが城を襲ってくるとは……。やはり彼の仕業だろうか」
「……ええ、おそらく」
 王さまとビショップはうなずきあいました。
 王さまはススムくんたちのほうを見ました。ススムくんはドキリとしてしまいました。
「そうか、この子たちがまた空の上から来た者たちだな」
 王さまはビショップに言いました。
「はい。ススムとカオリです」
 ビショップが二人を見ながら言いました。
「はじめまして、王さま。ススムです」
「はじめまして、王さま。カオリです」
 二人はビショップに教わった礼をしました。
「うむ。部下が手荒な真似をしてすまなかった」
 王さまは優しく言いました。
「まあ、二人とも感心なこと。まだ小さいのに、しっかりしているわ。ハルクのよいお友達になってもらえるかも」
 お妃さまが微笑みながら言いました。
 王さまもお妃さまもとても優しそうなので、ススムくんたちはホッとしました。
「ビショップ。やはりこの二人にもお前や彼のように、不思議な力があるのだろうか」
 王さまは少し不安そうに聞きました。
「はい、明日にでも占いオババに見てもらおうかと思っています」
 占いオババ……? ススムくんたちはまだビショップからその話を聞いていませんでした。
 ビショップはジッと王さまと見つめあっていました。
「うむ、やはりこの二人が例の……」
 王さまは二人を見つめました。お妃さまも、心配そうに二人を見ています。

 

 

 

-6-



 占いオババは、お城の西の、魔女の谷に住んでいます。
 ビショップ、ススムくんとカオリちゃん、そして何名かの護衛の兵隊たちは、魔女の谷へ向かいました。
 みんなを乗せた馬は、パカパカとゆっくり歩いています。ビショップが乗っている白い馬の後ろに、ススムくんとカオリちゃんも、ちょこんと腰を下ろしていました。
 西の森を抜けると、目の前を壁のような、高い崖が立ちふさいでいます。崖に沿って、南に向かっていくと、魔女の谷の村に着きました。
 村の入口には、牧場のように柵が巡らされています。畑のある家、鶏小屋のある家、煙突から煙の出ている家が、ぽつん、ぽつん、と建っていました。
 魔女の谷の村は、静かな村でした。
「ここだよ」
 ごく普通の、一軒の家の前で、ビショップは馬から下りました。広いテラスがあり、窓辺には鉢植えがあります。屋根の上の、風見鶏のプロペラがくるくると回っていました。
「ネイティルおばさーん!」
 ビショップが、親しみをこめて呼びかけました。
 しばらくすると、ドアが開きました。フリルのついたエプロン姿の、優しそうなおばあさんが現れました。
「ビショップー!」
 おばあさんは玄関の階段を下りてきて、ビショップを抱きしめました。ビショップは照れくさそうに微笑んでいました。


 飾り棚には、きれいな絵が描いてあるお皿や、不思議な木彫りの置き物が並んでいました。
 ビショップ、ススムくんとカオリちゃんは、ダイニングルームのお客様席に座っていました。目の前には落ちついた柄のナプキンがひかれています。テーブルの真ん中には紅茶セットが置いてありました。
 護衛の兵隊たちは、テラスのベンチに座ってくつろいでいます。
「はい、お待たせー」
 ネイティルおばさんが、ふっくらと焼きあがった大きなパンケーキを持ってきました。
「やったー! おばさん、あとは僕にまかせて!」
 ビショップは、テーブルに置かれたパンケーキに、ぺたぺたと生クリームを塗りはじめました。
「僕は、甘いものが大好きなんだ」
 ビショップは子供のようにはしゃぎながら、とうとう生クリームの山を作ってしまいました。ススムくんとカオリちゃんは、ぽかん、としています。ちょっと塗りすぎではないでしょうか。
「おほほ、ビショップ、もうそのくらいでいいわよ」
 ネイティルおばさんが、ナイフできれいに、ケーキを分けてくれました。
 紅茶の準備もできました。護衛の兵隊たちのいるテラスにも、ケーキと紅茶が運ばれました。
 みんなでお茶とケーキを楽しみながら、ビショップが昔のことを話してくれました。ビショップはネイティルおばさんのもとで、魔法の修行をしていたのです。もう一人の友人とともに……。
「ねえ、おかわりはいかが」
 ネイティルおばさんが、もう一杯、ススムくんたちにアップルティーを注いでくれました。
「おばさん、僕はケーキをもう一つ!」
 ビショップが言いました。
「あらまあ、ビショップ、いい男が台無しよ」
 おばさんは、自分の頬っぺたを、つんつん、と指で突つきました。ビショップの頬っぺたには、生クリームがついていたのです。
「あははは」
 ススムくんたちは、大笑いしてしまいました。
 魔女の谷の占いオババは、きっと、怖いおばあさんだろうな、とススムくんとカオリちゃんは思っていました。でも、ネイティルおばさんは、気さくでとても優しい人でした。


 ビショップとネイティルおばさんのお話が一段落して、ダイニングルームは静かになりました。外からは、護衛の兵隊たちの陽気な笑い声が聞こえてきます。
「おばさん、僕たちが今日ここに来たのは……」
 ビショップが、真面目な顔をして言いました。
「ええ、わかっていますよ」
 ネイティルおばさんが、ススムくんたちの方を見ました。ススムくんとカオリちゃんは、ドキリとしました。おばさんは鼻眼鏡の上から、とても真剣な目で二人を見たのです。
 でもすぐにおばさんは、にっこり、と微笑みました。
「ふふふ。どれ、これから二人にテストを受けてもらいましょうか」
 ネイティルおばさんは、鼻眼鏡を押し上げながら、ゆっくりと立ち上がりました。

 

 

 

 

 

 

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