隙間人(すきまびと)のお話
1
ある日のことでした。
けんたくんは、一人でお留守番をしながら、絵本を読んでいました。
でも、あまりおもしろくなかったので、本を閉じてしまいました。
けんたくんは、寝っ転がって、畳の網目を眺めていました。
すると、ふと、誰かに見られているような気がしました。
(何だろう…?)
けんたくんは、びっくりして、飛び上がりそうになってしまいました。
畳と畳の隙間から、小人が顔を出して、こちらを見ていたのです。
「うわっ!」
けんたくんは、思わず声を上げていました。
小人は、言いました。
「……やっぱり、僕が見えるんだ!」
小人の頭は、おまんじゅうのようにまんまるでした。
タワシのような髪の毛が、頭のてっぺんにだけ、生えています。
クリクリとしたかわいらしい瞳で、けんたくんを見つめ、にっこりと微笑んでいました。
「こ、小人?」
けんたくんは、言いました。
「うーん、その呼び方は違うな。ぼくは隙間人!」
隙間人は、元気に答えました。
「すきまびと……?」
「そうさ、世界の隙間に住んでいるんだ。ヨッ、ヨイショ」
ぴょこん。
隙間人が、畳と畳の隙間から、出てきました。
けんたくんは、笑ってしまいそうになりました。
隙間人の体は、頭と同じくらいの大きさしかありません。
とてもかわいらしいのです。
「世界の隙間って、畳の隙間とか、そういう所のことなの?」
けんたくんは、聞いてみました。
「ははは、違うよ。君も今、世界の隙間にいるんだぜ」
「え?」
「ふふ、世界の隙間は、どこにでもあるのさ」
隙間人は、にっこりと微笑みました。
そして、少し寂しそうな顔をして、言いました。
「でも、心がにごってしまった人たちには、ぼくたちの姿が見えないんだ。……隙間は、どこにでもあるのにね」
2
「おーい、ピックル」
「あっ、ヤマサキさん」
隙間人は、答えました。
ピックルという、名前だったのですね。
けんたくんが、声のしたほうを見ると、畳の隙間から、もう一人、隙間人が顔を出していました。
あれれ。でも、今度の隙間人は、なんだか、ピックルとは違います。
おじさんの隙間人です。
「ういー」
隙間人のヤマサキさんが、よろよろと、畳の隙間から出てきました。
ステテコ姿で、手には、小さな、お酒の一升瓶を持っています。
ヤマサキさんは、
「よお!」
と、手を上げながら、クリクリとしたかわいらしい瞳で、けんたくんを見ています。
「こんにちは」
けんたくんも、あいさつをしました。
「そうかぁ。君も今、隙間にいるんだなぁ」
ヤマサキさんは、言いました。
「え、隙間って……?」
けんたくんには、何のことなのか、よくわかりません。
「おれも、世界の隙間にいる時に、隙間人たちが見えたんだ」
ヤマサキさんは、遠くのほうを見るような目をして、言いました。そして、
「そのうちに、隙間のほうが楽しくなってきて、とうとう自分も、隙間人になったのさ。ははは」
と言って笑いました。
「ヤマサキさんは、とても心がきれいな人なんだよ。大人になると、隙間人が見えなくなる人のほうが多いのに」
ピックルが、言いました。
「はは。気が小さいだけさ」
ヤマサキさんは、少しさびしそうな顔をして、言いました。
「ねえ。ぼくも、隙間人になれるかな?」
けんたくんは、聞いてみました。
ピックルとヤマサキさんは、顔を見あわせました。
「ははは。いつでもなれるさ。いつでもなれるから、今はならなくてもいいんだ」
ヤマサキさんが、言いました。
どういうことだろう、とけんたくんは、考えました。
けんたくんは、いつも幼稚園で、ガキ大将のかんちゃんたちにいじめられています。
隙間人になって、かんちゃんたちのいない、世界の隙間で暮らしたいのです。
そんなけんたくんの気持ちが、わかったのでしょうか。ピックルが、
「でも、ちょっとだけ、隙間人になってみるかい?」
と言いました。
「うん!」
やった! けんたくんは、大喜びです。
「よーし。じゃあ、目をつぶってごらん」
ピックルが、言いました。
けんたくんは、目を閉じました。
「そのままだよー。そのまま、そのまま」
ピックルの声が、聞こえます。
けんたくんは、だんだん眠たくなってきました……
3
「……ここは?」
けんたくんは、小川にかかる、橋の上にいました。
川のせせらぎ、小鳥たちのさえずりが聞こえてきます。
「ようこそ、隙間人の世界へ!」
「あっ、ピックル」
けんたくんの横には、ピックルがいました。
いつのまにか、けんたくんは、ピックルと同じ背丈になっていました。
「ほら、ぼくたちの村が見えるだろう?」
ピックルは、橋の向こうを指さしました。
青い空の下、なだらかな大地に、黄金色に輝く小麦畑が広がっています。
その向こうに、白い漆喰の壁の家々が、丘の斜面に沿って並んでいました。
あれ? 一緒にいたはずの、ヤマサキさんがいません。
「ヤマサキさんは?」
けんたくんは、聞いてみました。
「先に村に行っているよ。きっとみんなで、歓迎会の準備をしているはずさ」
ピックルは、笑いながら言いました。
「えっ、歓迎会って……」
「さあ、行こう!」
ピックルは、けんたくんの手を引いて、歩きだしました。
二人は、小麦畑の中の、村へと続く一本道をのぼっていきました。
村長さんの家で、けんたくんの歓迎会が開かれました。
隙間人たちは、みんな、おまんじゅうのようにまんまるな顔をしていて、ぷにぷにしています。
頬は、ほんのりピンク色に染まっていました。
やっぱり、頭と体は同じ大きさです。
「みんな、新しい友達を連れてきたよ」
ピックルが、けんたくんを紹介しました。
「はじめまして。けんたです。よろしくお願いします」
けんたくんは、少し緊張していましたが、しっかりとあいさつをしました。
「ようこそ!」
「よろしく!」
隙間人たちは、あたたかい拍手で、けんたくんを迎えてくれました。
村長さんが言いました。
「けんたくん、よく来たね。さあ、今日は楽しもう! みんなで、歓迎会のごちそうをいただこうじゃないか!」
いよいよパーティーの始まりです。
「うわあ……」
けんたくんは、テーブルに並んだごちそうを見て、思わず声を上げてしまいました。
ふっくらパンケーキ、捧チョコレート、けんたくんの大好きな、アイスクリームもあります。バナナにリンゴも!
村長さんが言いました。
ヴァイオリン弾きの演奏に合わせて、隙間人たちのダンスが始まりました。
トントン、タンタン、トントン、タンタン。
簡単なステップで、隙間人たちは、楽しそうに踊っています。
けんたくんも、なんだか楽しくなってきて、捧チョコレートをほおばりながら、曲に合わせて手をたたきました。
みんなは陽気に踊り続け、ごちそうを食べ、歌を歌い、それはそれはすてきな歓迎会になりました。
「よお! けんた」
ヤマサキさんです。
もうまっ赤な顔をして、干した木の皮のようなおつまみを片手に、葡萄酒を飲んでいました。
「みんな、聞いてくれ! けんたが歓迎会のお礼に、歌を歌いたいそうだ」
ヤマサキさんが、みんなに、大きな声で言いました。
「ヤマサキさん! ぼく、そんなこと言ってません!」
けんたくんは、驚きました。
でも、隙間人たちは、拍手をしながら、わくわくした顔でけんたくんを見つめています。
けんたくんは、少し恥ずかしかったのですが、勇気を出して、幼稚園で習ったばかりの『きらきら星の歌』を歌いました。
隙間人たちは、静かに、頭を揺らしながら聞いています。
けんたくんが、歌い終わりました。
「いいぞー!」
「ブラボー!」
隙間人たちは、拍手をして喜びました。
けんたくんは、ちょっぴり照れくさくなってしまいました。
歓迎会は、いつまでも、いつまでも続いていました。
4
あくる日、けんたくんは、ピックルの家のベッドの上で、目が覚めました。
「わっ、大変だ!」
歓迎会で、はしゃぎ過ぎてしまい、疲れていたのでしょう。どうやらいつのまにか、眠ってしまったようです。
家に帰ったら、きっとお母さんに叱られてしまいます。
「やあ、おはよう」
ピックルが、部屋に入ってきました。
「ピックル、大変だ。ぼく、家に帰らなきゃ。お母さんに怒られちゃう」
けんたくんは、心配でいてもたってもいられません。
でも、ピックルは、にこにこしながら、
「ははは、大丈夫さ。世界の隙間では、時間の流れが遅いんだ。こちらでは、一日が過ぎたけれども、けんたくんの世界では、たぶんまだ五分ぐらいしかたっていないよ」
と言いました。
「え、五分……」
けんたくんは、きょとん、としてしまいました。
「そうさ。おいしい朝ごはんを食べてから、ゆっくり帰ればいいよ」
ピックルが言いました。
窓からは、朝日が射し込んでいます。
緑の丘と、青い空が見えました。
けんたくんにとって、こんなにさわやかな朝は、久しぶりです。
「けんた、起きなさい!」と、お母さんに、叱られなかったし、幼稚園にも、行かなくていいし。
「ねえ、ピックル」
「ん、何だい?」
「ぼく、ずっとここに住みたいよ」
けんたくんは、ピックルを見つめました。
きっとピックルは、「いいよ」と、言ってくれると思っていました。
でも、ピックルは、静かに言いました。
「けんたくん、ここは世界の隙間なんだ。本当の世界とは違う」
「え?」
「君は、家に帰らなきゃ」
何で?ぼくは、ここが好きになったのに。けんたくんは、悲しくなってしまいました。
「本当の世界じゃなくてもいい! うるさいお母さんもいないし、いじめっ子のかんちゃん達もいない!」
けんたくんの目には、涙が浮かんできました。
ピックルは、優しく微笑みながら言いました。
「けんたくん、世界が嫌いなら、自分の力で変えればいいんだよ」
そして、励ますように、ぽん、と軽く、けんたくんの肩を叩きました。
「さあ、朝ごはんを食べよう。しぼりたてのミルクに、おいしいパンもあるよ」
ピックルは「行こう!」と、けんたくんの手を引きました。
お別れの時に、ピックルは言いました。
「世界は、変えることができるんだ。隙間があることに気がつけば、変えるのは簡単さ」
5
けんたくんは、公園の砂場で、なかよしのアイコちゃんと遊んでいました。
けんたくんは、アイコちゃんに、隙間のお話をしてみました。
「へー、私も隙間に行ってみたい」
アイコちゃんは、言いました。
「隙間は、どこにでもあるんだって。ただ、みんな、気がつかないだけらしいよ」
けんたくんは、ピックルに聞いたことを、そのまま言いました。
「え、それ、どういうことなの?」
アイコちゃんが、たずねました。
けんたくんは、しばらく考えてみましたが、やっぱりわかりません。
「ぼくにも、わかんない」
けんたくんは、正直に言いました。
「なーんだ」
アイコちゃんは、そう言うと、また砂のお山にトンネルをほりはじめました。
けんたくんも、山の反対がわから、トンネルをほっています。
「あ、動いた。アイコちゃんの手が近づいてきている」
「ほんとだ。もうすぐ開通ね」
いよいよ、トンネルが完成しそうです。
と、その時、
「よー、よー、お二人さん。仲がいいじゃないの」
かんちゃんが、手下たちをつれて、砂場に入ってきました。
「へへへ、けんたは、女の子とばっかり遊んでいやがる」
「弱虫なのさ」
「あははは」
いじめっ子たちは、みんなで、けんたくんを冷やかしました。
けんたくんは、何も言えずに、ただうつむいています。
「ちょっと、あんたたち。どうして、いつもけんちゃんをいじめるのよ!」
アイコちゃんが、いじめっ子たちをにらみつけながら、言いました。
「あはは。けんたのやつ、女の子にかばわれてやんの」
「やーい、やーい。弱虫けんたー」
「べー」
いじめっ子たちは、ますます調子にのって、けんたくんをからかいます。
「えーい!」
かんちゃんが、せっかくけんたくんとアイコちゃんが作った砂のお山を、ふみつけてしまいました。
「何すんのよ!」
アイコちゃんが、かんちゃんに飛びかかりました。
でも、すぐにかんちゃんにつき飛ばされて、砂場にしりもちをついてしまいました。
アイコちゃんは、まっ赤な顔をしています。
「あはは。そら、泣くぞー」
「泣くぞ、泣くぞー」
いじめっ子たちは、今度はアイコちゃんをからかいました。
その時です。
「やめろ!」
けんたくんが、大きな声で言いました。
みんなは、びっくりしてしまいました。
一番びっくりしていたのは、けんたくんのことをよく知っている、アイコちゃんかもしれません。
「おっ、何だ、こいつ。やるのか」
「やるのか、やるのか」
かんちゃんが、ボクシングのまねをしています。
「わー!」
けんたくんは、かんちゃんに飛びかかりました。
「うわっ」
かんちゃんは、けんたくんにのっかられてしまい、砂場にたおれてしまいました。
「わー!」
けんたくんは、かんちゃんの大きなおなかの上に馬のりになって、ぽかぽかと、かんちゃんの頭をたたきました。
「うわっ、やめろ。やめてくれー」
かんちゃんは、とうとう泣きだしてしまいました。
「けんちゃん!もうやめて!」
アイコちゃんに止められて、けんたくんは、ハッ、とおどろいてしまいました。
いつもかんちゃんにいじめられていたぼくが、反対にかんちゃんをやっつけているなんて。
ようやく落ちつきをとりもどしたたけんたくんは、
「もう、弱い者いじめはしないか?」
と、かんちゃんにのっかったまま、言いました。
「ひー、もうしません。しませんからゆるしてー」
かんちゃんが、泣きながら言いました。
けんたくんは、かんちゃんのおなかの上から、おりました。
「ひえー」
かんちゃんは、逃げだしてしまいました。
かんちゃんの手下たちも、
「うわー」
と言いながら、かんちゃんのあとを追いかけました。
けんたくんは、ポーッ、としています。
「けんちゃん!暴力はいけません!」
アイコちゃんが、少し怒ったように言いました。
「……ごめん」
けんたくんは、あやまりました。
けんたくんの顔を見て、アイコちゃんは、にっこりとしました。
「でも、ありがとう」
アイコちゃんは、けんたくんの服についた、砂をはらってあげました。
けんたくんは、気がつきませんでしたが、すべり台の上から、ヤマサキさんが、ずっとけんたくんたちを見ていました。
「ふっ、けんたのやつ……」
ヤマサキさんは、やさしい目をしていました。
そして、
「おれもそろそろ……」
とひとりごとを言いながら、立ちあがりました。
6
もう、けんたくんの前に、隙間人たちが姿を見せることはありませんでした。
ときどき、けんたくんは、畳の隙間をのぞいてみるのですが、まっ暗で何も見えません。
「もう隙間には行けないのかなあ」
けんたくんは、ちょっぴりさびしそうです。
そんなある日のこと。
「よお、けんた」
けんたくんは、幼稚園の帰り道で、声をかけられました。
ふり向くと、幼い女の子を抱っこした、おじさんがいました。
おじさんは、にこにこしながら、けんたくんを見ています。
「あっ!」
ヤマサキさんです!
「ははは」
ヤマサキさんは、照れくさそうに、頭をかきました。
ヤマサキさんは、隙間にいたときと違い、ちゃんとした洋服を着ていました。
抱っこされている女の子が、かわいらしい瞳で、けんたくんを見ています。
「紹介するよ。おれの娘だ」
ヤマサキさんが言いました。
女の子は、
「きゃ! きゃ!」
と笑いながら、楽しそうに手をふりました。
ヤマサキさんに、子供がいるのも驚きでしたが、
「ヤマサキさん、体が大きくなってる……」
けんたくんは、小人だったときのヤマサキさんしか知らないので、なんだか不思議な感じでした。
「ああ、おれも、もう一度がんばってみようかと思って」
ヤマサキさんが言いました。
「え?」
「じつは、隙間に行く前の話なんだけど、おれ、リストラにあっちゃってさ」
「……」
けんたくんには、難しそうな話でしたが、なんとなくはわかります。
「でも、なかなか家族に本当のことが言えなくて。会社に行くふりをして、一人で悩んでいたんだ。そんな時さ、公園のベンチで隙間人に出会ったのは」
ヤマサキさんは、フッ、と空を見上げました。
「楽しかったなあ……。おれは一年ぐらい隙間にいたような気がするよ。こちらの世界では、二日間しかたっていなかったけど」
ヤマサキさんは、またけんたくんのほうを見ました。
「けんたに会わなきゃ、まだ隙間にいたかもな。……ありがとよ、けんた」
「……?」
けんたくんは、ぽかん、としています。
「パパー」
長い髪を後ろで束ねた、とてもきれいな女の人がやってきました。
「おう」
ヤマサキさんが返事をしました。
女の人は、ヤマサキさんの横にならびました。
「ははは。おれの女房だ」
ヤマサキさんが、けんたくんに、自分の奥さんを紹介しました。
「あら、かわいらしいお友達ね。こんにちは」
ヤマサキさんの奥さんが、おじぎをしました。
「こ、こんにちは」
けんたくんは、ちょっぴり緊張してしまいました。
「おっと、そろそろ行かないと。……おれ、女房の実家の、牧場の仕事を手伝う事にしたんだ。じゃあな、けんた」
ヤマサキさんが手をふって、バイバイ、をしました。
「あ、ヤマサキさん」
立ち去ろうとするヤマサキさんを、けんたくんは呼びとめました。
「ん?」
けんたくんは、少しもじもじしながら、言いました。
「また世界の隙間に行けるかな……」
ヤマサキさんは、にこっ、と笑いました。
「ははは。けんた、隙間への行き方は、じつはおれにもよくわからないんだ。だけどな、……たぶん隙間は、どこにでもあるのさ」
と言うと、親指を立てながら、けんたくんにウインクをしました。
けんたくんは、楽しそうに歩いていくヤマサキさんファミリーを見送っていました。
「けんちゃーん!」
けんたくんの後ろから、アイコちゃんが走ってきました。
アイコちゃんは、けんたくんの横にならびました。
ヤマサキさんファミリーの後ろ姿を見ながら、
「だれ、今の人?」
とけんたくんに聞きました。
アイコちゃんは、不思議そうな顔をして、けんたくんを見つめています。
「ほら、この間話していた、ヤマサキさんだよ」
「あ、隙間のお話の人ね」
「うん」
けんたくんは答えました。そして、アイコちゃんの手をしっかりと握り、歩きだしました。