夢の中へ
-1-
ある夜、まもなくススム君は、夢の国へたどり着こうとしていました。
夢の国へ向かう途中のススム君は、まだまっ暗なところにいます。
自分が起きているのか、それとも眠っているのか、よくわからない、――そんな時でした。
「誰か、誰かいませんか?」
夢の国とは違う、どこか遠くのほうから、女の子の声が聞こえてきました。
(あれ? 何だかいつも様子が違うぞ)
ススム君は、声のするほうへ耳をすましてみました。
ススム君が眠っている時に、夢の国の住人とは違う人の声が聞こえてくる事なんて、今までにはありませんでした。
朝、お母さんに起こされる時は別ですが……。
「誰かいませんか?」
その女の子は、助けを求めているようでした。
ススム君が、女の子の声へ気持ちを向けていると、フッ、と体が軽くなりました。
上も下もわからない暗闇の中を、ススム君は声のするほうへと流れていきました。
「……ぅぅ……」
いつしか女の子の声は、泣き声にかわっていました。
迷子の子供が泣いているような……。
「……どうしたの? ……君は誰?」
ススム君は、心の中で呼びかけてみました。
でも、まだ女の子まで、ススム君の声はとどかないようです。
ススム君は、グングンと女の子のいるところへ近づいていきます。
やがて、流れていたススム君の体が止まりました。
ススム君が目を開けると、暗闇の中に、泣きながらうずくまっている女の子がいました。
「……どうしたの?」
ススム君がもう一度声をかけると、女の子がゆっくりと顔を上げました。
暗くて、よく顔は見えませんでした。
「……あなたは?」
首を傾けながら、女の子が言いました。
「僕はススム。君は?」
「……」
女の子は黙っていました。
やがて、
「……ここはどこ?」
とススム君に聞きました。
「さあ、僕にもわからない。夢の国へ行く途中で君の声が聞こえてきて、僕は飛んできたんだ」
ススム君は言いました。
「……夢の国?」
女の子は、不思議そうにススム君を見ていました。
「そうさ。毎晩、僕は夢の国で遊んでいるんだ」
女の子が、ススム君のほうへ身を乗り出してきました。
「そこってもしかして“魔法の国”じゃないの?」
女の子は言いました。
「え、魔法の国?」
ススム君には、夢の国も魔法の国も同じように思えました。
「よくわからないけど、夢の国では何でも願いがかなうんだ。……そうだね、魔法の国なのかもしれない」
暗くてよくわかりませんでしたが、女の子の表情が、パッと明るくなったようでした。
「やっぱり! 魔法の国は本当にあったんだ!」
女の子は喜んでいます。そして話しはじめました。
「私、ずっと魔法の国へ行きたかったの。いつも眠る前に『魔法の国へ行けますように』ってお願いするんだけど、どうしても行けなくて。今日もこんな暗いところに落っこちてしまって。……あなた、魔法の国への行きかたを知っているの?」
ススム君は嬉しくなりました。
「うん、簡単さ。眠ってしまう時に、夢の国、魔法の国の事を考えるんだ。そうすると、体がスーッと飛んで行くんだ」
ススム君は、夢の国へ行く時の事を思い出しながら言いました。
女の子は言いました。
「……ねえ、私も魔法の国へ連れていってくれない?」
ススム君は大喜びです。
夢の国で遊ぶのは、一人よりも、二人でのほうが楽しいに違いありません。
「よし、じゃあ、一緒に行こう。さあ、僕の手をつかんで」
ススム君が手を差しのべると、女の子はギュッとその手をつかまえました。
「行くよー」
ススム君は目を閉じて、夢の国へと気持ちを向けました。
体がスーッと流れはじめました。
「あ、本当だ、飛んでいる!」
女の子が言いました。
と、その時です。
「ああっ!」
突然、女の子が悲鳴を上げました。
「ど、どうしたの?」
ススム君が女の子のほうを見ると、女の子はゆらゆらと消えていこうとしていました。
ススム君は女の子の手を握りしめようとしましたが、まるで霧をつかむように、手ごたえがありません。
霧が消えていくように、とうとう、女の子はいなくなってしまいました。
布団の中で、ススム君は目を覚ましてしまいました。
-2-
カオリちゃんは小学五年生です。
中学受験をするために、週に三日は塾に通っています。
カオリちゃんはピンクの縁の眼鏡をかけていました。
その眼鏡はレンズが厚いので、あまり好きではありませんでした。
お友達は少ないほうでした。
本を読んだり、空想をしたりするのが好きなのです。
最近、魔法使いのお話を読みました。
もう何回も読み返していて、夜、家でのお勉強の時間にも、問題集の下にこっそり隠しながら読んでいました。
困っている人たちを助ける、素敵な魔法使いになるのが、カオリちゃんの夢でした。
夢の中で、魔法の修行をするために、魔法の国を探している時でした。
ススム君に出会ったのです。
でも、あれから一週間、夜、眠る前にいつも祈るのですが、なかなかもう一度ススム君に会うことができません。
ススム君も、小学五年生でした。
カオリちゃんと同じように、空想が大好きです。
夢の中には、ススム君が想像していた夢の国が本当にありました。
夢の国には、大きなお城がありました。
世界一周ができるメリーゴーランドや、星の世界まで行ける観覧車もありました。
最近、ススム君は思います。
あの女の子と一緒に遊べたらもっと楽しいだろうなぁ、と。
星がとてもきれいな夜でした。
カオリちゃんは、二階の勉強部屋の窓から、お月さまを見上げていました。
なんとなく、今日はススム君に会えるような、そんな気がしていました。
ちょうど同じころ、じつはススム君も、自分の部屋の窓からお月さまを見上げていました。
ススム君も、なんとなく、今日は楽しいことがありそうな予感がしていました。
二人は夢の世界で出会いました。
ススム君にも、今度ははっきりと、カオリちゃんの姿がわかりました。
「まだ名前を聞いてなかったね」
ススム君が言いました。
「え、私、カオリ……」
カオリちゃんは、少し照れながら言いました。
「よし、行こう、カオリちゃん。今度は離さないよ」
ススム君は、カオリちゃんの手を握りました。
カオリちゃんが、はにかみながらうなずきました。
ススム君は願いました。
夢の国へ、夢の国へ……
二人は、暗闇の中を流れるように飛んでいきます。
やがてはるかかなたに、小さな光が見えてきました。
光のトンネルが近づいてきます。
二人は顔を見あわせました。
温かい光が二人を包みこみました。
-3-
「うわあ……」
カオリちゃんは、思わず声を上げていました。
二人は、夢の国の空を飛んでいたのです。
空には、プクプクと、水面に泡が浮かび上ってくるような音が聞こえていました。
水中を泳ぐように、二人はスイスイと飛んでいくことができました。
風が、とても心地よい感じでした。
地上にはどこまでも森が広がっています。
森の裂け目のように、一本の川が流れていました。
小鳥たちが、チュン、チュン、と鳴きながら飛び交っていました。
川から顔を出しているカバさんや、木の枝にぶら下がっているおサルさんたちの姿も見えました。
ススム君は不思議でした。
いつも遊びにきていた夢の国と、何かが違うようです。
……空や森、世界の色が、とてもきれいなのです。
「あ!」
ススム君たちの行く手に、夢のお城が見えてきました。
夢のお城から、白いハトの群れが飛びたちました。
ドーン、ドドーン、と花火が上がりました。
鼓笛隊の演奏も聞こえてきました。
「わあ……」
二人はお城のそばまで飛んでいきました。
お城のまわりには城下町がありました。
通りには色とりどりの露店がならび、あらゆる国々のたくさんの人たちが行き交っていました。
大通りに面した広場には、両手に持ったビンをお手玉のように回している大道芸人もいました。
大勢の観客たちが拍手喝采を送っていました。
やっぱり……、ススム君が知っている、いつもの夢の国とはだいぶん違います。
夢のお城の造りは似ていましたが、こんなに大きな、にぎやかな城下町はなかったのです。
ススム君は、いつもと違う夢の国の様子にわくわくしてしまいました。
カオリちゃんも、
「とうとう、魔法の国に着いたのね!」
と、瞳を輝かせながら大喜びです。
そこは、ススム君が夢見ていた夢の国と、カオリちゃんが夢見ていた魔法の国が一つになった、まったく新しい夢の世界だったのです。
-4-
魔法の国でのススム君は、伝説の剣を受けつぐ勇者でした。
カオリちゃんは魔法使いです。
二人は、魔法の国の王様に頼まれて、ゆかいな仲間たちとモンスター退治の旅にでました。
優しくて、でも力持ちのおじさん、戦士ドワーフ。おっちょこちょいの少年、ホビット。そして神に仕える金髪の美青年、ビショップ。みんなで助け合いながら、沈黙の森を抜け、炎の谷を越え、ハラハラ、ドキドキ、でも、とても楽しい冒険旅行でした。
モンスターたちは、それほど怖くありませんでした。
ススム君やカオリちゃんたちにやっつけられると、みんなお友達になってくれるのです。
二人は、虹の山脈でお友達になった、ピンクドラゴンの背中にのって旅を続けました。
旅の途中で、妖精エルフの国に招待されました。
パーティーのごちそうは、水晶の器に盛られていました。
ドワーフはワインが気に入ったようです。もうまっ赤な顔をして酔っ払っています。
ホビットは口のまわりをクリームだらけにしながら、パクパクとケーキを食べています。
ビショップはお行儀よく、フォークとナイフを使いサラダをとっていました。
エルフたちはハープの演奏にあわせて、心がとろけるような踊りを披露してくれました。
ススムくんとカオリちゃんは、うっとりとしてしまいました。
クリスタルの神殿で、二人はすてきな時を過ごしました。
その夜、お城のバルコニーから、二人はキラキラと輝く水面のような空を見上げていました。
ススム君は、このまま、カオリちゃんと一緒にいつまでも夢の世界にいることができたらなぁ、と思いました。
ススム君は聞いてみました。
「ねえ、カオリちゃん。このままずっと、夢の国にいない?」
カオリちゃんは、ちらっとススム君のほうを見ましたが、すぐにまた空を見上げてしまい、黙っています。
「……カオリちゃん?」
ススム君は、心配そうにカオリちゃんを見つめています。
ようやく、カオリちゃんが口を開きました。
「でも、目が覚めた世界にも、お父さんやお母さん、それにお友だち、大切な人たちがたくさんいるわ」
ススム君は、ハッ、としてしまいました。
「……そうだね。いつまでも僕が目覚めずにグーグー寝ていたら、きっとみんな心配するや。いや、お母さんにたたき起こされてしまうかもしれない」
カオリちゃんは、ククク、と笑いました。
ススムくんも笑いました。
やがて、カオリちゃんは言いました。
「……ススム君。私ね、中学受験をするの」
「へー、すごい!」
ススム君は驚きました。
「すごくないわ。毎日、お勉強ばかりで、なかなかお友だちと遊べないの。本当は私も、このままずっと魔法の国にいたいんだけど。でも、……がんばらなきゃ」
「カオリちゃんは頭がいいから、きっと合格するよ。だってあんなに難しい魔法の呪文を唱えられるのだもの」
ススム君は、カオリちゃんをはげますように言いました。
「あはは。魔法のように上手くはいかないわ」
カオリちゃんは笑いながら言いました。
そして、ススム君の前にきちんと立ちました。
「ススム君、楽しかったわ。ありがとう」
カオリちゃんは、ぺこり、とおじぎをしました。
「え、いや、ぼ、僕のほうこそ、あ、ありがとう」
とつぜん礼儀正しくなったカオリちゃんに、ススム君はドキドキしてしまいました。
「カ、カオリちゃん。またときどき、夢の国で遊ぼうよ!まだ冒険は終わっていないよ」
ススム君は言いました。
カオリちゃんは、こくり、とうなずきました。
空でゆらゆらと揺れるお月さまが、優しく二人を見守っていました。
-5-
でも、それから、もう夢の中で、ススム君とカオリちゃんが出会うことはありませんでした。
やがてススム君は、町内のサッカークラブに入りました。
ススム君はサッカーが大好きになり、日が暮れて家に帰ってきてからも、ベランダの明かりを頼りにリフティングの練習をしていました。
布団に入ると、疲れているススム君は、すぐにぐっすりと眠ってしまいました。
いつしか、夢の国で遊ぶこともなくなってしまいました。
ススム君は、サッカーの上手さが認められ、有名なサッカー部のある私立中学校に推薦で入学できました。
カオリちゃんと出会ってから、二年の月日が流れていました。
ある日の、私立緑ケ丘中学校の休み時間。
「へへーい! どいたどいたー」
ススムはスケボーにのって中学校の廊下を疾走しています。
「いいぞー、ススムー」
男子生徒たちはススムのやんちゃぶりに大喜びです。
でも、悲鳴をあげて逃げていく女子生徒たちもいます。
ススムは、キュッ、とスケボーの向きを変え、自分のクラスの教室へ飛び込みました。
そして机の上へジャンプしました。
足の裏に貼りついているように、スケボーも浮かび上がり、机の上に着地しました。
ススムは、クルクルッ、と机の上で回転すると、ポンッ、とスケボーを蹴り上げました。
スケボーはススムの腕の中へ収まりました。
「えっへん。どうだ、俺さまのテクニックを見たか!」
ススムは胸をはって大いばりです。
教室のみんなは、シーン、としています。
「……あれ?」
よく見ると、ススムの知らない生徒たちがたくさんいます。
「あちゃ〜」
ススムは教室を間違えていたのです。
「ちょっとアナタ、隣のクラスの青柳くんね!」
眼鏡をかけた、気の強そうな女の子がススムをにらんでいます。
ススムもよく見かける子でした。たしか、学級委員の橘カオリです。
「いいかげんにしてよね。少しは人の迷惑を考えたらどうなの!」
「おっ、なんだ眼鏡虫。俺さまとやろうってのか?」
ススムはカオリを馬鹿にするように、目をまんまるにして言いました。
「なっ、眼鏡虫ですって!」
カオリの顔はみるみるまっ赤になりました。
とうとう、ススムにつかみかかってきました。
「おっと」
ススムは机から机へピョンピョンと逃げ回りました。
「そらよ!」
そして、ヒョイ、と追いかけてくるカオリの眼鏡を取り上げました。
(あれ? こいつ、けっこうかわいいじゃないか)
ススムは、ドキリ、としてしまいました。
カオリは、静かに言いました。
「……私を怒らすと、怖いわよ」
……その時、ススムは、夢の国を思い出しました。
悪の魔法使い、ワードナーと戦っている時でした。
いじわるなワードナーは、ススムたちの仲間、お人好しのホビットを人質にとりました。
ワードナーは、ススムの剣と交換にホビットを返してやる、と言いました。
ススムは剣を渡しました。
でも、ワードナーはホビットを返してくれなかったのです。
カオリちゃんは静かに言いました。
「……私を怒らすと、怖いわよ」
そして、怒りで魔力の増したカオリちゃんは、ホビットを瞬間移動させ、氷の呪文でワードナーに風邪をひかせてしまったのです。
「あ……」
ススムはカオリを見つめています。
カオリはススムの手から眼鏡を取り返しました。
「……カオリちゃん?」
「……?」
「あっ、いや。ごめん」
ススムはあやまりました。
「あやまるぐらいなら、はじめからやらなきゃいいのに」
カオリは、プイッ、と横を向いて、自分の席へ戻ろうとしました。
「いや、魔法を使われると怖いから……」
ススムは、ぼそっ、と言いました。
「……?」
カオリには何のことだかわかりませんでした。
自分の席についたカオリは、やがて、ハッ、として、教室を出ていこうとするススムの後ろ姿を見ました。
夢の中へ to be continue...