• 2001年09月21日 07時52分58秒
    CODE-NAME:SAHARA 7

    <なんでお前がそんなこと知っているんだ?>
    <やだなぁ、ゲノさん。蛇の道はヘビ、っていうでしょう?>
     画面の中での会話はゆったりと進んでいく。ゲノは50歳代半ばで目の鋭い中年男だ。漢方薬を売る店を構えてはいるものの、実際に売っているものは情報だった。情報屋と消費者をつなぐ仲買人みたいなものだ。売人も依頼者もお互い顔を合わせるのはまずい人間ばかりだからこんな商売が成り立つ。
    <そうだったな。人間がコンピュータに頼って生きている限りお前が探りたいことはそこからなんでもわかるんだろう。それにしてもあの若僧、お前さんに目をつけられるなんて、何かやったのか?>
     ティムは苦笑を浮かべたがゲノにはそれをみることはできない。
    <ちょっとね。でさ、もしよかったらボクもそのSAHARAに渡した地図と同じものを欲しいからメールで送ってくれないかな>
    <かまわんが、奴に渡したのは3年も前のTING HANGカンパニーのものだぞ。なんなら一番新しいのを送るが・・・?>
    <ううん。3年前のでいいの。じゃぁ、お願いします>
     回線はそこで切れる。
     SAHARAの逃走経路を知るためには彼が使ったものと同じ地図が必要だった。彼がTING HANGカンパニーに忍び込んだことは知っている。何故なら本社ビルの周りをうろついているSAHARAをコンビニエンスストアやガソリンスタンド、ATMの防犯カメラが彼の姿を捉えているからだ。彼ら、SAHARAとDKがTING HANGカンパニーをターゲットにしていることを知っていたティムはだから天井を仰ぐ。
    「まぁったく、まだまだ甘いんだよね、お二人さんは。ま、若いうちはそれでいいけどさ」
     ティムの知り合いが聞いたらみんな思うだろう。「お前にその台詞は似合わない」、と。

  • 2001年09月16日 11時42分08秒
    CODE-NAME:SAHARA 6

    「おい、サハラ」
     DKが堅い口調で傍らのサハラを呼んだ。なんの気なしにぼんやりしていたサハラは、その緊迫した雰囲気にDKの横顔をのぞいた。DKはコンピュータでTING HANGカンパニーから持ち出したチップの情報を映し出していたはずだが、
    「どうしたんだ? ウィルスでも仕込まれてたとか?」
    「そんなことよりさらに面倒だ。・・・お前、間違ったマイクロチップを持って来たな」
    「ハッ!? そんな! マジで!?」
    「マジだ」
    「だって確認したぜ?」
    「・・・一部の情報は本物だろう。確かに新素材開発のメニューや研究過程が入ってるが、ここにあるのは全て大した情報じゃない。いいか、ようするに大学院程度の研究者なら知っているような一般的なものしか保存されていないんだ」
     二人の表情は硬い。一度忍び込んだ企業に2度入る事はかなり難しい。何故なら警備の強化はもちろんのこと、相手に自分達が何を探りたいのかバレてしまっている。次に入り込むときは余程の準備と時間を掛けなければ目的を達成できないだろう。特にTING HANGカンパニーは世界一流の企業だ。対応は早いに違いない。
    「しまったな。昨日のうちに中身を確認しておけば・・・」
    「ムリだっちゅーの! 昨日も今日もおんなじ。オレ、死ぬ思いでソレ取って来たんだ! 警備員はわんさか出てきて遠慮なくレーザーガンぶっ放すし、警報機はビーカービーカーなるし、地図が古かったもんだから迷子になっちゃうし・・・!」
    「だからってこのままでどうする?」
    「どうするったって・・・」
    「依頼料を受け取った以上、無理でした、ハイ、そうですか・・・、すむわけがない。名前に傷がついて今後の仕事に影響が出るだろうが」
    「・・・」
     重たい空気が流れる。今まで小さなミスはありはしたものの結局は全て成功してきた。初めての完敗。どちらに責任があるわけではない。誤った誘導をしたDK、騒ぎを起こしてしまったサハラ、ダミーを掴ませ見事に逃げたターゲット。TING HANGカンパニー本社に何者かが侵入したことは今朝のトップニュースで明らかになっている。警備は万全、穴などない。正面から乗り込むなど馬鹿のすることだ、が、
    「・・・もう一度行く」
     サハラは覚悟を決めてそう言った。正直、悔しかった。プライドを傷つけられたようなものだ。TING HANGの社長はあの無表情の仮面の下でダミーを掴んで逃げたコソ泥を笑っていたに違いない。負けず嫌いのサハラの闘志に火が付いた。
    「も一回行って、今度こそホンモノ手に入れてやる! んで、自分達の警備がどれだけ生ちょろいかを思い知りやがれっ!」
    「俺も行こう」
    「へっ?」
     サハラのアホづらはDKのやる気を三分の二ほど削った。
    「・・・やっぱ、お前だけで行け」
    「やだやだやだぁ〜っ! DKと一緒がいい!」
    「今回は一人で動くのは危険だ。見張りが必要だろ?」
    「ああ」
    「一度中に入っているから逃走経路の確保も前回よりスムーズに立て直せる。目標は、」
    「建物の中で一番警備が厳重な部屋」
    「そゆこと。実行は今晩。綿密な実行計画は立てない行き当たりばったり・・・俺の嫌いな言葉だな」
    「あ、オレ、その言葉大好きv」
     サハラは目頭を抑えるDKの頬に軽くキスをして強烈なでこピンをちょうだいした。
     

  • 2001年09月15日 15時47分47秒
    CODE-NAME:SAHARA 5

    明るい髪の青年が広いリビングにポツリと置かれた深緑色のソファに埋もれている。手にはコードレスフォンの受話器。彼は実年齢よりもはるかに若く見られる。アルコールを出す店ではIDを見せても疑われることだってよくある。また、久し振りに会う友人には化け物扱いだ。「ジュニア・ハイの頃から全然変わってない」と、まるでティーンズ扱いの彼は、実際、三十路のバースディを2年前に終えていた。
    「・・・さて、と」
     彼は立ち上がるとコキッコキッ、と首を鳴らして寝室に向かう。7メートル平方ほどの部屋にはやはりベッドがただぽつんと一つ置いてあるだけだ。白い壁が寒々しい印象を見るものに与える。そのベッドの下から小型のノートパソコンを取り出して電源を入れると、それを膝に乗せ自分はベッドに寄りかかる姿勢をとった。小さな起動音とともにスクリーン上では様々な機械言語が飛び交い、だがすぐにふっと消えてメニュー画面が表示される。彼は膝の上に置いているとは思えないほどの速さでキーボードのキーを押してはパソコンに指示を出す。しばらくの間、寝室の中はカタカタと規則正しいキーが打たれる音が響いていたが、
    「あ〜あ、やっぱりなぁ」
     スクリーンに映し出された映像を見て彼はため息をついた。どこから撮られたものなのか、画像の悪さもあって映っている人物の表情までは確かめることが出来ないが、彼はその人物を知っていた。一度だけ会ったことがある。相手は忘れているだろうがほんの少しだけ会話らしきものをした。好印象を抱いたのを覚えている。
     少しして彼はまたキーを叩き始めた。アクセスした先の相手がすぐに返事をよこすのを確認して画面上で会話を始める。
    <こんばんは、ゲノさん。ティムです。儲かりまっか?>
    <こりゃまた珍しい奴がきたもんだ。こっちはぼちぼちでんな>
    <ちょっと聞きたいことがあるんだけど>
    <おう。お前の頼みなら断れねぇ〜なぁ>
    <SAHARAって子が最近そっちに行かなかった? TING HANGカンパニー本社の見取り図が欲しいとかなんとか、さ。>

  • 2001年09月14日 09時43分27秒
    CODE-NAME:SAHARA 4

    「ワン社長! 研究中のデータが盗まれたというのは本当ですか!?」
    「開発にかなりの金額が費やされていたそうですが、一体負債はどれくらいになるのでしょう?」
    「何の研究をしていたんですかぁ? コメントくださいよぉ、社長ぉ〜」
     TING HANGカンパニー本社ビルから出てきたワン・リーリンの周りを彼を待ち受けていた報道陣達が取り囲んだ。シャッターが次から次へと切られ、フラッシュがワンの顔を照らす。ガードマンに促されつつ歩くものの、取材人は容赦なく押し寄せて来る。
    「警察へは連絡されたんですか!」
    「・・・申し訳ないが急いでいるので。データが盗まれたなどという事実はないし、負債をしてまでの大きな商品の開発などしていません」
     髪の毛に少し白いものが混じり始めた壮年の男は無表情に答えた。いや、彼をよく知っているものであればかなり苛立った刺々しい雰囲気を感じるであろう。彼の後ろを歩く秘書ウー・ライレンがそうだった。これから主人のスケージュールが大幅に変更されることが予想されるためウーの頭の中はフル回転で動いている。いかに無駄なく、機嫌の悪い主人に仕事をさせるかが秘書の腕の見せ所だ。二人は用意されていた車に乗り込んだ。扉が閉められ、つめかける報道陣を跳ね除けるかのように乱暴に車が動き出した時点でワンは大きく息を吐いた。
    「・・・どこからリークしたんだか」
    「開発部の部長と情報部の人間がコンタクトを取っていたみたいですね。罪悪感にかられたのか、データを横流しするつもりだったのか・・・」
    「ふん、後者だろう。あの狸どもが開発中の素材が軍事利用されると知ったところで教会の懺悔室で手を合わせて許しを請うと思うか?」
    「データを持って逃げた男は社とは無関係でした。始末はしましたが・・・」
    「チップは見つけられなかった、か・・・」
    「頼んだ相手が悪かったんです。私の責任です」
    「あいつの殺し屋としての腕は私も知っている。あの変体趣味がなければな」
    「有能な男だったんでしょう。マジェンダがあれだけバラバラに身体を切り刻んだっていう事は男の方もよほど抵抗して逃げ延びようとしたに違いない」
    「獲物が逃げれば逃げるほど興奮して殺し方が残忍になる、依頼したチップを何処に隠したのかも分からなくなるくらいの肉片とは・・・。まったく、厄介な奴だ」
     車は大通りの交差点を曲がり、ハイウェイにのり加速する。ゴミ溜めの犯罪都市Los Angelsも夜のネオンは美しい。あの明かりの下に一人一人が生きていて、その明かりの影で毎日何人もの人間が殺されているのだ。その事実にもワンは少しも動じることはない。需要があるなら葬式会社の一つでも新しく建ててみようかなどと考えている。彼の興味は事業の拡大と裏社会の掌握にのみあった。あと、もう一つ、
    「・・・ああ、私だ」
     ワンは受話器を持つとタバコを片手に話し始めた。相手はコール13回目で出る。
    「また居留守を決め込むつもりだったのか、ティム?」
    『社長さん、テレビ見たよ。まぁったく! せっかくボクが時間割いて作ってあげたチップ盗まれるなんてサイテ〜! もう頼まれても作ってやんないんだからっ』
    「そう言うな。金はきちんと口座にはいっていただろうが」
    『あら、ヤダ。社長さんはボクとの関係をお金で片付けるつもり?』
    「・・・」
     色々な人間を見てきたワンだが、彼にこんな口をきく人間は電話越しの男だけだ。ティムという男に肩書きは通用しない。気に入るか眼中にないか、おもしろいのか退屈なのか、判断基準はそれだけだ。ワンは幸いにも(?)彼に気に入られ、何かあると仕事を依頼することができた。ティムは一流のハッカーで、盗まれたチップはティムがプログラミングしたものだった。
    「至急の依頼をしたいんだが、空いてるか?」
    「空けたげる」
    「チップの行方を追ってくれ」
    「・・・それってボクの分野じゃないじゃん。探偵さん、雇ったらぁ? いいとこ紹介してあげるよ。薔薇十字たん・・・」
    「お前が出来ないわけないだろう? 社長さんは今、とても困っているんだ」
    「・・・む〜、しょうがないなぁ。今度ウチに遊びに来る時マルセイ・バターサンド、絶対に買ってきてね!」
    「ああ、わかった、約束する。じゃぁ、よろしく頼む」
    「OK。・・・でも今回はあんまり気が進まないんだよね」
    「どうしてだ?」
    「ふふふ。ヒミツv」
     カシャン、ツーツーと受話器の向こうで機械音が残る。ワンも受話器を置いた。
     不思議な男だ、と思う。あまり人に興味を示さないワンがティムのことを知りたがっている。何度かこうやって電話でやりとりをし、時には会って仕事の話をしたが、それだけではティムという人間を掴む事ができなかった。最初は生意気な態度に怒りを感じ、次に見た目と同じ通りまだ子供なのだろうと思ったが、年齢を聞いて少し驚いた。人並み外れた頭脳と分析意能力の高さに感心し、少しくらい失礼な態度も時間とともに慣れてしまっていた。常に人の上に立ってきた自分だから、同じ位置にいる相手に興味を持っているのだろう、とワンは自己分析している。
     短くなったタバコを灰皿に押し付けて、ワンは車内から遠ざかるネオンを眺めていた。

  • 2001年09月07日 08時16分23秒
    CODE-NAME:SAHARA 3

    受け取ったマイクロチップを面倒くさそうに眺めてから、DKはそれをパソコンで読み取り始めた。
    「ン〜、配属役員名、会社経営方針並びに清掃第2課の活動方針・・・、領収書がなければ経費として認められません・・・、ボールペンが出なくなったらお湯で温めた後、ペン先を吸って見ましょう・・・、お茶は最低5回までは味が出ます・・・? 何のことだ?」
    「もっとないのか? こう、オレ好みのワクワク、ドキドキ、ムズムズ、ムラムラvvv」
    「・・・ないな」
    「そんなぁ! 絶対普通のチップじゃねーと思ってたのによぉ」
    「少し黙ってろよ。・・・お前の勘は当たりなはずだ。・・・いいか、誰がありふれた内容のチップを奥歯に隠すような真似をする? 大体、こんな程度の内容ならフロッピーで十分だ。なのに何故、大容量のマイクロチップに収めたんだ?」
    「まだ何かあるってことか?」
    「そゆこと。・・・ああ・・・、これ、か・・・ふん、なるほど」
     サハラはコンピュータのスクリーンを覗き込んだ。大して(サハラにとって)意味のないコンテンツがずらりと並んでいるが、
    「極秘事項。課長以下の従業員の方はこの先、開くことが出来ません? ・・・怪し過ぎてあんまり怪しくないなぁ」
    「普通の奴なら見落としそうなところにあった。隠し方が巧妙だ。前書きは・・・お前の感じてる通りかもしれない」
    「???」
    「怪し過ぎて怪しくないって事さ。誰かがこのチップを拾ったとしても、こんな内容じゃ開いた瞬間にごみ箱行きだな。たとえ偶然にもすぐにこの極秘事項の項目が見つかったとして、パスワードが必要ならそれをこじ開けてまで見るほどの内容じゃないとあきらめるに違いない」
    「パスワード・・・」
    「こじ開けるか? やってもいいが中身が消えてしまう確率の方が高い」
     少し考えてサハラは答えた。
    「いんや、止めとくわ。これ、DKが保管しといて」
    「・・・いいけど、どうするんだ?」
    「別にどうもしない。ただ捨てるのがもったいない気がすんだよ」
    「・・・わかった。それにしてもこのチップの内容を編集したのはどこのどいつだ? 本当にただのクズチップじゃなけりゃ、作者はよほど頭がいいか、ふざけてるのか、真面目にやるつもりがなかったのか」
     DKはマイクロチップを電子キーの掛かった棚に入れてロックした。サハラもこの話題は終わりとばかりに次に話を進める。
    「ジャン! こっちのチップはさっきオレがTING HANGカンパニーから持ち出したやつ」
    「これであの会社の内部コンピュータにアクセスできるな。グラスファイバーに代わる新素材の開発か・・・。おもしろいんだがこっちも仕事でね、泣く泣く破壊しなきゃいけないのよ」
    「充分に情報を頂いてから、だろ?」
     サハラとDKは数年前からクラッシャーをやっている。金を受け取り、依頼を受け、ターゲットに進入、必要な情報を盗み出し、その場で、又は必要なものだけを持ち帰り、その個人・企業の極秘事項を破壊する。ハッカーとは少し違う。依頼されれば彼らは建物の破壊までやってのける。今まで壊せるものなら何でも壊してきた。時には人間でさえも。
     要するに二人は捕まれば前科ん十犯の犯罪者であった。だがこの街に住んでいれば、すれ違った相手が第一級犯罪者なんて事もザラだ。そして、彼らも最近名前が知れ始めていた。本人達は今の仕事が天職だと思ってる。特にサハラはDKと離れて暮らす自分というものを想像できないでいた。そして自分以外の何者もDKの相棒であることはないと信じている。
     
     

  • 2001年09月05日 09時14分20秒
    CODE-NAME:SAHARA 2

     サハラは自分の過去を知らない。
     彼は5年前スクラップ置き場にごみと一緒に捨てられていた。拾ったのはDKだ。誕生日はDKがサハラを拾った日、年齢は見た目から17歳とした。現在は22歳ということになっている。サハラという名前は、彼の背中、左肩よりに彫ってあるタトゥー<SAHARA>からとった。DKは捨て犬を拾う感覚でサハラを拾ったので彼に記憶がなくてもたいしたことではなかったらしい。人間の言葉が喋れるだけ世話に困らない、といつだったかサハラに語った。それから彼らは二人で暮らしている。
    「たっだいまぁ〜」
     薄汚れたブーツを面倒くさそうに脱ぎ捨てリビングを通り、DKの部屋へ直行した。パソコンに向かっているDKの横に置いてあるチョコレートクッキーと紅茶の匂いが部屋中に満ちている。
    「DKぇ。このチップの中身、見といてくんない? きっと面白いもんが入ってる・・・」
     サハラは不意にDKの強烈なアッパーをくらった。
    「ぐふっ・・・」
     肉体労働はサハラ、頭脳労働はDKと仕事の分担が決められてはいるものの、それはサハラに頭を使う作業を期待できないのであって、DKの運動・戦闘能力が劣るからというものではない。サハラの人並み外れた運動神経はDKの一撃をかわそうとしたが・・・、
    「くわーっ! 効いた! いってぇ〜っ!!」
    「馬鹿が」
     一瞥した後、DKはパソコンに向き直る。サハラの方は見ずに冷たく言い放つ。
    「帰ってきたらまず手を洗え。仕事から帰ってきたならシャワーを浴びろ。それまでオレの部屋に立ち入るな、とな・ん・ど言ったらそのスポンジ頭は理解するんだ? あぁ? 今日は死体、触ってきたんだろうが。頼み事があるなら消毒くらいしてくるのが礼儀ってもんだ、違うか? こンのトリ頭」
    「・・・はい」
     DKは声を荒立てない。いつでも冷静だ。だから余計にサハラは反論できない。DK相手だと普段上がりやすい彼の怒りボルテージが上がりにくくなるのだ。スポンジ頭はスポンジ頭なりに反省して意気消沈する。
     が、このスポンジ頭はトリ頭でもあった。
    「その前にこのクッキー食いたい。いつの間にまた新しいの買ってきたんだよ・・・ぐはぁっ!」
     DKの拳は綺麗にサハラのみぞおちに入っていた。

     乾くとさらさらのストレートヘアになる少し短めの茶色い髪をバスタオルでガシガジ拭いて、サハラはバスルームを出た。
    身長は179センチ、180にもう少しというところで成長が止まってしまった。DK曰く、「若いうちからタバコなんざ吸ってるからそうなるんだ」そうだ。たった4センチの違いでも痛いところを突いている。体重は68キロ。以前はマッチョな身体に憧れたが、どんなに食べて運動してもそうはならなかった。今では自分が女の子にモテる体型だということがわかったので満足している。ついでに相棒は76キロ。理想体型だ。無駄なく引き締まった筋肉が体を包んでいるが意外と着やせする「私、脱いだらスゴイんです」タイプだ。夏、DKと海水浴へ行っても絶対隣は歩かない、とサハラは心に決めている。どうやったって自分の身体が見劣りするからだ。とは言っても、DKが海水浴場を歩く姿を想像するのは難しいので一応は安心している(?)。
     言われた通り、マイクロチップを中のデータが壊れないように消毒し、Tシャツとジーンズに着替えて再びDKの部屋に入った。何のために起動しているのかわからないパソコンが所狭しと並んでいて、四方の壁には某有名メーカーのスピーカが掛けられている。DKの趣味はクラシック音楽を聞くことで、ヒマさえあれば中央に置いてあるマスターチェアに身体を横たえてクラシックを楽しんでいる。サハラにはただ眠たいだけの曲ばかりなのだが、DKはこれでサハラから受ける精神的苦痛を和らげているらしい。
     今も扉を開けた瞬間、大音量で流れるクラシックが襲ってきた。扉を開ける音は音楽によって消されているはずなのにDKはサハラの気配に振り向いた。

  • 2001年09月03日 16時39分18秒
    CODE−NAME:SAHARA・1

     2×××年、U・STATES、Los Angels。かつて豊かに栄えたこの大都市は増え過ぎた犯罪者たちが独自にコミュニティーを作り、連邦政府でさえも迂闊に手を出せない一つの独立都市になっている。武器、麻薬、偽造IDなど、今では全世界で取締りが厳しくなった物がここでは簡単に手に入れることが出来る。また、Los Angelsは欲望の街としても栄え、ここで開かれる非合法なエンターテイメント、カジノ、オークションに参加することが一種のステータスになっており、毎夜数千万ドルという大金が動くと言われている。
     <第12画7PXエリア>
     人気のないビルの合間を小走りに走る青年の姿がある。片眼暗視レンズをかけ、イヤホンと超小型マイクでどこかと苛立たしげに連絡を取り合っている。一目ではわからないが防弾スーツも着込んでおり、その全てが最新鋭のもので揃えられていた。
    「冗談じゃねーぞ! こっちは死ぬ思いだったんだ! ったく、ゲノの親父め。古い地図渡しやがって! 3年も前だぜ!?」
    『お前がペイをケチるからだろ。充分な金を払ってやればあの親父は信用できるってわかってるだろ』
     耳に直接響く声は低い物腰の落ち着いたテノールだ。一度聞いたら忘れられないその特徴的な声はいつも冷静で荒立ったのを聞いたことがない。
    『仕事は問題なく完了したんだ。グチってないで早く帰ってこいよ、サハラ』
    「ああ、わかってん・・・よ・・・?」
    『・・・どうした?』
     サハラは何か柔らかいものを踏んだ感触に途惑って足を止めた。ごみか何かだと思ったがそれにしては視界に入ってきた物体はでかかった。
    「死体だ」
     顔の識別も出来ないような男の死体。まるでブルドーザーで潰されてしまったかのようにバラバラの血まみれだ。かろうじて形として残っていた指先をサハラが踏んでしまったようだ。
    「おい、ハンバーグが落ちてる」
    『・・・死体が落ちてるのか? ハンバーグが落ちてるのか? どっちにしても拾い食いは関心しないな』
    「DK」
    『なんだ?』
    「拾ってもいいか?」
    『・・・食べるのか?』
    「いんや、こいつ、マイクロチップ口に咥えてやがった」
     歯と見られる部分に鈍く光る金属片が接着されている。その歯ごとマイクロチップを手のひらに収めた。何かおもしろいことが起こる、そんな彼の直感は得てして外れたことがない。それはむろん彼にとっての'面白い事'であって、周囲の者のそれではないのだが。
     いわくありげなチップの中身に胸をときめかせて、サハラは相棒の待つ古巣に向かって再び走り始めた。

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