このページは姉妹ページ”狸の巣〜愛すべきダメ人間〜”と同内容です。
使いまわしですいませんm(_ _)m
  姉妹ページをご覧になっていない方、よろしかったら読んでってください♪




あの頃私はダメでした〜番外編・1〜

さて、今回は日記(姉妹ページ〜愛すべきダメ人間〜にあります)でも無敵の登場回数を誇る狸のマミーが行った信じられない出来事を紹介したいと思う。
狸があれは小学校4・5年生の頃だったと思われる。当たり前だが、マミーは大人としての社会的地位を充分に確立していた。そんなマミーがある不可解な事を言い出したのである。(往々にしていつもだが)その”不可解な事”が狸を襲ったのは、春の遠足の時であった。
狸は遠足当日に遠足の準備をしていた。すると遠足必須アイテム、ビニールシート(レジャーシートともいう)が無いではないか。私は母に「ビニールふろしき どこにあるん?」と聞いた。何故”ビニールふろしき”と聞いたのか?それは今でも解らないが、確かにしおりには”ビニールふろしき”と書いていたからである。母はおもむろにゴミの日に捨てるビニール袋(青)を持ってきて、私の前でハサミで一枚の巨大なビニールにして私に渡した。狸は理解できなかった。何故?何故、この物を渡されたのか?私はマミーに「ビニールふろしき…どこ?」と再度尋ねた。母は不思議そうに答えた。「それがビニールふろしきやん。何を包んで帰るんやろうな〜」

・・・・・・・・・・・・絶句・・・・・・・・・・・・

この瞬間の感情は今でも鮮明に覚えている。
「遠足で、一体何を包んで帰ってくると思っているのか?この人は…」理解できずに苦しむ狸をしりめにビニールをキレイにたたむ母。一応狸は誤解をとこうと口を開いた。しかし、その行為がいかほどにまで愚なるものか、発言後、狸はおもしらされたのである。

狸「お母さん…遠足で下にひくシートが欲しいんやけど…」

母「あんた〜何言ってるの?シートって書いてないじゃない!!ビニールのふろしきっていう意味でビニールふろしきやねんで?文字読めへんの?!」

狸はびっくりした。と同時に、唖然とした。この人は文字の裏を読まない人なのだ!!と痛感した。狸は猛然を反発した。何故理解できないのか?何故常識的解釈ができないのか?しかし、このうような言葉も母の理解を変えるにはいたらなかった。狸は激怒して、「友達に座らせてもらうからええわ!!」と怒りくるって家を出た。遠くから「行ってから泣くのはあんたやからね!!」という捨て台詞が飛んできた。
で、結局結論から、後悔したか?というと、全くしなかった。狸の勝利なわけである。

家に帰ってお母さんに勝利宣言をした後、母の怒りの矛先は学校の先生にむいた。「何で日本語ちゃんと使わへんのやろ?お母さん理解に苦しむわ!!」と…。もちろん理解に苦しむのは先生ではなく、間違いなく母の解釈なのだが…

こういう訳で、今日も母は相変わらず平和にそして、相変わらずピントのずれた解釈をして、多いに楽しませてくれる。今日も、明日も、何一つ変わらない不可思議なマミーを愛さずにはいられない狸でした。何であんなにおもろくなれるのかね〜?本当に…それも理解に苦しむ点であります。

この親にしてこの子有りって感じなんですかね〜?(汗

あの頃私はダメでした〜幼稚園編・2〜

前回で解っていただけたと思うが私は大変な暴れん坊将軍だった。そして私は間違いなく正真正銘の”ませガキ”と呼ばれるモノにも属していた。はっきり言って救いようのない愚かな幼稚園生だったのである。

その”ませガキ”狸には大変お気に入りの男と子がいた。その少年は色が白く、物静かで笑う顔がたいへん愛くるしかった。愚かしい幼稚園生狸は「彼こそ私の運命の人だ!」と目から怪奇光線を発射させ、それはもう金魚のう○ちもこんなにひっつきまわらんだろ?といわれんばかりに追い掛け回し、またひっついてまわっていた。他の少年ならば「うっといのぉ!どけやぁぁぁ!!」と怒声をあげ蹴りあげていたかもしれない。それぐらい私の行為は苛烈を極めていた。しかし、幸か不幸か少年は大変優しい子で困ったように笑うだけで私を攻撃することはなかった。その愛くるしい困った顔の笑みは私の行為を増長させるに十分な威力を持っていた。そして、そんな優しい子を困らせた私にやはり神は黙ってはいなかった…。狸は指の骨を折ってしまったのである。ここまでなら同情するに値するだけの物があろう。しかし、どうやって折ったかという事を説明するとその同情も霧散すること間違いなしである。折った理由とは?それは狸の幼稚園の前の下り坂を猛スピードでスキップをするなどど身体機能の限界を超えた行為におよんだからである。しかもそのスキップした理由は、下に愛しのプリティーボーイが居て、可愛らしく近付いてハートをゲットしようという至極馬鹿げた事を思いついたからであった。もちろん骨を折るぐらいのスピードのスキップである。可愛らしくないのは言うまでもない。顔は途中で恐怖に歪み、筋肉は悲鳴をあげ、足はそれを無視してマッハに軽快なリズムを刻む。脳の指令など完璧に無視したノンストップステップを刻む私のどこに救いがあるというのか?あるわけがない。これでまだ可愛らしい顔を彼に見せたというならナイス根性!と一つぐらい褒めてやってもいいがそれ程の根性も無いのが狸。可愛らしい顔を坂の上からしても見えるわけがない。見えたのは顔の筋肉フル活動の滑稽な顔のみ。そして狸は転んだ。鼻血を噴き、髪は乱れ、靴は宙に舞い、そして指は自然の摂理に逆らった方に向いていた。そして愛しのプリティーボーイは妖怪スキップ娘の顔が忘れられなかったのか私を避けるようになった。自業自得とはいえ、この出来事はナイーブな私の心を打ち砕いたのは言うまでもない。人間作らず自然が一番ということを厳しく文字通り体で覚えた狸であった。(でもダメだからすぐに忘れたりする)

笑顔の可愛い男の子が好きなのは今にもいえる事…。”うさぎくん”(彼氏)も愛くるしい顔を持ってるからね〜。顔の好みって変わらないものなんかね?

あの頃私はダメでした〜幼稚園編・1〜

人間してはいけない事をしたくなる場合がある。その欲求に打ち勝ってこそ人間なんぼのもんであろう。幼稚園の私はその「打ち勝ってなんぼのもん」的感覚が著しく欠如していた。いわゆる、"したいもんはしたいんじゃい”というあまりお世辞にも賢いとは言えない考えが根底にあったのである。(現在もこれは微妙に残っている)幼稚園生という幼さを本能的に武器として掲げ、私はまさに”権力我に有り”街道を突っ走っていた。幼稚園生の私に言葉のボキャブラリーがそこそこあればそれこそ「そこのけ!この凡人どもめ!!」と吐きかねなかったであろう。無邪気にそれを行っているから子供は恐ろしい…。しかし、いくら幼いといってもその様な愚かな行為を繰り返していると神も黙ってはいなかったらしく狸は天誅を受けた。飼育小屋で…。私の通園していた幼稚園は動物を飼っており、時折中に入ってウサギと遊んだりできるようになっていた。私はウサギが大好きで、あのモコモコに触ろうと周りを蹴散らし蹴散らしウサギを独占していた。そして、そこで私は罰を受けたのである。その日私は特にお気に入りだったウサギにパンをやろうとこっそり家から持ってきていた。そしていつものように周りを蹴散らしお目当てのウサギに突撃し、前にしゃがみ込んでパンを差し出した…その時だった、私の横から何かがくる!それは最早私の頭から存在を抹消されていた怒れるニワトリ君だった。ニワトリは日ごろあまり可愛がってもらえない怒りをトサカにのせそのまま私に突進してきたのである。ウサギとニワトリ、パンに対する執着は間違いなくニワトリの完全勝利であった。私はこの怒れるニワトリ相手に臨戦体制をとった。「これはウサギちゃんにあげるパンなんだよ!あんたなんぞお呼びじゃないよ!さぁ、すぐに退きな!けっ!お前なんぞにビタ一文もやるもんか!!」きっと今の言葉に置き換えるとこんな感じのことを思ったに違いない。闘う幼稚園生はパンを握り締め逃げた。逃げるが勝ちである。そして、結果は完敗であった。転んだ私に敵は容赦なく踊りかかり、そして「勝利は我に有り!!」い言わんばかりにパンを持っていた手を突いてパンを高らかにかかげた。たかがパン、しかも潰れたパンがあれほど立派に見える瞬間は後にも先にもこれが最初で最後だろうと思われる。私はニワトリに敗れたのである。闘う幼稚園生の私はそれ以降その小屋には入らなかった。大好きだったウサギを触ろうとも思わなかった。この無様な敗戦は後々までトラウマとして残ることになった。そして”鶏は恐ろしく凶暴な生き物”というトラウマが現在もなを私の中にあったりする。

幼少の恐怖体験は後々まで後引いてだめだね。いらん事はせんことです。


私のホームページへ | Bookend-Hemingwayのページへ | メイン | 今すぐ登録