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□雪の華□

 

 冬休み前最後の授業が終わった。

 白い息を吐きながら校舎を出る。同室の手塚シノブは、今しがた通りがかった保険医から意味ありげなスマイル付きで渡された封筒の中身を、興味なさげに確認してからポケットに仕舞っていた。「またいつでも相談にのるよ」とかなんとか聞こえたけれど、いつの間に保険医と仲良くなったのだろう。

 早くコタツに入りてぇとボヤいてコートの襟を立てた後、念の為に確認する。

 「それラブレター?」

 「だったら凄いわね。付き合おうかしら」

 「あの人妻と?」

 「新境地だわ」

 「シノブ、保険医苦手そうにしてなかったっけ・・・」

 数ヶ月前にようやく下の名前で呼び合うようになったこのルームメイトははぐらかすような返事が多い。

 今年春、桜林寮に入ってからほぼ毎日、同室の彼女と歩いてきた通学路を、普段と同じ他愛無い話をしながら歩いている。今日は飲み会があるらしいよと言いながら最後の角を曲がろうとした一歩手前で、シノブが唐突にさっきの封筒を取り出してミチルに渡した。

 「映画のチケットみたいよ」

 「お!いつ行く?シノブ」

 顔を輝かせて封筒を開けつつシノブを見ると、不思議そうな表情をしている。ミチルの脳裏に「私は興味ないし、あなたが妹さんとでも行ってきたら?」と素っ気無く言うシノブの顔が浮かんだので、矢継ぎ早に続けて言った。

 「明日でいい?午前中で」





 いいけど、ミチルが起きれたらね、とシノブが嬉しそうに見えなくもない顔をしたから、今日の飲み会はほどほどに切り上げて明日はシノブより早く起きてやろうと思った。────まぁ、実際は、その。なんだ。

 (シノブより早く起きるのはムリだったけど、あたし頑張ったよね・・・)

 飲み会は消灯後も盛り上がったが、とりあえず8時に起きた。あまり寝ていない。けろりとした顔で朝ごはんを食べているシノブと向かい合わせに座って腹ごしらえをして、朝一番でホラー映画を見てすっかり目が覚めて、まっすぐ帰りたがるシノブの手を引っ張り、昼飯を食べて大きな本屋だのCDショップだのをうろついていたら、もう日が落ちかけていたので、さすがに帰路に着いている。

 人ごみの中を歩いている時はぐれないように手をつないで、それからなんとなく離せなくなった。

 「保険医もホラー映画ってなぁ。どうしてチケットくれたんだろ?」

 映画の感想を話したりしながら(予想外に怖かったのでミチルは思い切りシノブの腕に捕まって観ていた)そう尋ねたら、シノブは「さぁ」と首を傾けた。

 「懸賞にでも当たったんかね、あの暇人」

 「・・・・・・。」

 指と指を絡ませた感触が心地よくて本当に離せない。外は寒いし、少しだけ雪も降ってきたし。誰かに言い訳しながらぎゅっと手をつないだ。

 夕闇の中を歩いていくと、いつもの通学路に差し掛かって、名残惜しい気持ちになる。

 今日一日シノブを独占できたみたいだったのに、またいつもの毎日に戻るんだなぁと思って、いや、もうすぐシノブは実家に帰るからしばらくは会えないしと考えてもっと名残惜しくなる。

 「楽しかったなー」

 「ミチル、ああいう映画がすきなの?」

 「いや、あれはちょっと怖かった・・・」

 映画じゃなくて“シノブと二人でお出かけ”したのが楽しかった・・・。と思ったけれど、何故か言えない。

 「ふーん?」

 いつか見たような不思議そうな顔でシノブがミチルを見ている。何だか妙な感じに胸が痛くて、シノブの指をそっと撫でた。冷たかった指が今ではほんのり温かい。それにやわらかくて、すべすべしていて、シノブの顔もすぐ横にあって、整ったキレイな顔も見慣れてきた筈なのに、なんとなく直視できない。

 (いや、やましい訳じゃないですけど・・・)

 つないだ手を離すのがイヤでゆっくり歩いた帰り道。シノブは口数が少なくて、大人しくてまだ知り合ったばかりの頃みたいだとふと思った。違うのはこのつないだ手くらい。

 





 その翌年の始業日、廊下でばったり保険医にあった。

 「進展あった?」

 眉一つ動かさずに「何のことですか?」とすっとぼけるシノブの傍らで、あー、もしかして、とミチルは思う。

 (これは絶対面白がられている・・・。)

 ふぅん?と目を細めて、保険医がミチルに笑いかけた。

 「怖かったでしょー、あの映画。初デートはああいうのがいいのよ、密着できて」

 「いや、あんた密着って・・・。」

 「まぁ、がんばって」

 楽しそうな保険医の後ろ姿を見やってため息が漏れる。そりゃあ、恋してますよ。でもどう頑張れと?

 「前途多難」

 思わず声に出したミチルを、不思議そうな顔でシノブが見る。





 ────後から聞いたところでは、これも、それもどれも、シノブには見透かされていたらしいのだが、当時は全然気付かなかった。

 「私だって切羽詰ってたのよ」

 余裕たっぷりにワインに口につけた後、シノブが楽しそうに人の悪い笑みを浮かべる。

 「ミチルが鈍すぎて」

 「わ・・・悪かったわね」

 あれから1年がたって、ミチルはすっかり尻にひかれている気分だ。冬ごもり前の飲み会で、つぶれずに残った二人だけで飲みなおしながら、しみじみと昨年の初デートのことを思い出す。

 1日中手をつないであの頃はなんて初々しかったんだろう。あれから長い間、たまに手をつなぐくらいで我慢して、シノブへの気持ちを大切に育んできたつもりだったのに、ある日「ミチル“も”誰かと付き合ったら?」といわれて頭に血が上って抱きしめたら嫌がられて。嫌がったんだからシノブも自分のことが好きなのかと思っていたのは勘違いだったんだろうと思って謝ったけれどやっぱり好きで、シノブだって自分のことが好きなそぶりを見せるし、うっかりキスしたら泣かれたからもうわけがわからなくて手が出せなくなった。 

 あの頃あんなに自分に触られるのを嫌がったのに、今では待ちくたびれていたようなことを言う。

 「もうよくわからん・・・」

 アルコールの回った頭でとりあえず1ラウンド、と唇を重ねて覆い被さると、シノブが微妙な顔をした。イヤなのか嬉しいのかよくわからない微妙な顔。シノブ、キスするときいつもそういう顔するよなと思いながら唇を味わう。酔っているのかいつもより暖かくて、緩慢な動きのシノブの体を抱きしめて、首筋に顔を埋め唇を這わせると、シノブが嫌がって体をよじった。

 もうそれくらいじゃ止めませんけど、と呟いてやわらかい耳朶を噛んでやる。シノブが珍しく小さな声を漏らす。

 「あ、切羽詰ってきた?」

 さっきのお返しのつもりで言ってみたら即、頷かれたりして、うわー、どうしようかと頭に血を昇らせながら、しがみついてくるシノブを抱きしめた。





 保健室。今年最後の戸締りをしながら、弘美は昔よく、保健室に立ち寄る度にベッドの方を目視確認していた彼女のことを思い出す。

 片割れがサボり魔でよく保健室に転がり込んできたので、習慣的にベッドにいないか確認してしまうのだろう。

 いつものように入るなりベッドの方を一瞥するので、「ミチルならいないよ」と言ったら怪訝な顔をして弘美を見た。

 「何ですか、それ」

 何の感情も籠もらない声で呟き、書類を渡される。

 「・・・んー、今度いいものあげるよ。がんばれ」

 「いりません」

 押し問答をした後、保健室を出る前にやっぱりベッドを一瞥する。本当に気付いてないのか、と呆れながら、放っておけないような気持ちになり彼女の背中を見送ったものだ。

 ─────杞憂だったけど。

 カウンセリングの書類の束が入った引き出しにも鍵をかけ、懐かしそうに目を細めてベッドを見た。

 (サボリ常習犯はお迎えの来る足音を聞いては、「シノブが来た」って名前当ててるしねぇ。)

 経過良好でよろしいことで。







 粉雪が舞う通学路。外は寒いのにミチルの指が熱い。子供体温、と思って笑って、指と指を絡ませる。

 ミチルといると自分まで体温が上がる気がする。

 嬉しそうに体を摺り寄せてきて隣を歩く彼女の横顔を見ると、少し恥ずかしい。

 最初はこんなに好きになって、どうしようかと思った。

 でも、まぁ、良い。

 笑って来年の話や、そのまた先の話をしているミチルの声に相槌を打って、舗道を歩いてゆく。

 来年も、こんな風に過ごせたらいい。

 それだけでいいから────

 祈るように、つないだ手のひらに力を込めた。

 


 このまま一緒にいたい。

 ずっと・・・・・・


 


 □fin□

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