第一回
何事をするにも、組織というものが存在する世の中であります。組織が存在すればそれを指揮する存在の人も出て来ます。子供社会にはガキ大将、会社には社長、やくざには親分、日本には首相のように。もちろん、そのほかにも多くの 人々がいるのでありますが、このように指揮する人々というのは、ある種のカリスマ性というものが必要とされます。今回、お話するのは、サッカー日本代表監督ヒィリップ トルシエ氏であります。先日、かっぱの大学でこのカリスマをもった監督が 講演にきました。その内容というのは、「2002年ワールドカップに向けての我が抱負」と題されたもので聞くものとして大いに期待を抱くものでありました。会場は、最初にあの有名なトルシエ氏の通訳の方が出てきて大盛り上がり、 照れ笑いをしている温和な顔にフラッシュをあびてますます顔をあからめらせる姿を見て、ますますトルシエ氏の登場を今か今かとみんな待ち望んでいた、その時ビデオが始まったのです。5−0で負けたフランス戦からコンヒィデレーションカップの準優勝 を描いたありきたりのビデオの後、ひょこっと現れ、当り障りの無い事を一時間ほど語り、今度は、まるでトルシエ氏のプロモーションビデオのような練習風景のビデオがながれなんとなく期待はずれの講演の中、終了してしまいました。 しかし、トルシエ氏は、ワールドカップに絶対の自信を持っているようで次回のイタリアとの練習試合で証明してみせるというような発言もしていたので、イタリア戦は十分に見ごたえのあるものに違いは無いという期待は大いに広がりました。 追伸 この講演には元阪神監督のムッシュ吉田監督も元フランス監督として出席なさっていたのですが、かっぱはムッシュのジェントルさはトルシエ氏以上だ!と感じました。
第二回
塩の専売制度というのは97年春に原則廃止されたのですね!わたくしびつくりしました。中国の武帝が紀元前2世紀に行った塩・鉄・酒専売のイメージしかなかった私には衝撃でした。しかし、そういえば塩が最近おしゃれにもなった 気もします。パスタでは、アドリア海の塩を使ったり、美容と健康の為のアルプス岩塩層から精製したものがあり、海水を使う自然塩は、いまでは、兵庫の赤穂の他、全国各地で作られているようです。科学の時間に教わったnacl塩化ナトリウムは塩だ!と断定 できる時代ではないようです。塩は実はしょっぱいだけでは言い表せない奥行きに深い味がするそうです。あるおすし屋では、しょうゆを使わずに塩で食べる方法をとっていたそうですが、通常の塩ではフライパンで炒ってからすだちを一滴たらし食べるそうですが 、現在の豊富な塩の中ではフライパンでいるような事はしなくても、また、それ以上においしさをだす1キロ2000円以上もする能登半島の塩をつかうそうです。それで、おすしをいただくと舌が研ぎ澄まされネタの本来のおいしさが解るそうなのです。かっぱは かつて、このような話でしょうゆについても聞いたことがあります。何年もかけてできるしょうゆでさしみをいただくとこれまたネタの風味が断然よくなるそうです。このような話を聞くと、ではこの大量生産で作られた安い塩やしょうゆは何なんだ?といつもおもうのであります。
第三回
ちょうど1年ほど前でありましょうか?奇妙なものがコンビニに並び始めました。箱の中に、銀紙に包まれている卵形の物体があり、その中に、おもちゃが入っている商品。その名もチョコエッグというおかしでした。妙にリアルな動物たちが入っていて、かっぱは、その当時、こんなものだれがかうんや?子供が見たら泣くわい! とおもっていました。しかし、そののち、テレビなどで騒がれ、ブームとなり、収集かなるものがテレビに出て、これが珍しいなどといい、百貨店の前を4,50歳台の男達が並んで待っている姿をみて、かっぱには違う世界に感じておりました。そのあと、スヌーピーやミッキーなどの同乗商品が出てブームが終るだろうと感じられたとき、突然来たのです。かっぱの心をみごとに征服した商品が誕生しました。その名も、チョコベーダ−。おそらく、英語のinvade(侵略する)からきたネーミングからしてなかなかこった所もかっぱ好みでした。さっそく1個150円の商品を3個ばかし購入してみました。一体目は葉巻型UFOでした。1979年に イタリアのトスカーナ州にあらわれたそうです。2体目は1985年にオーストラリア・メルボルン郊外に現れたサンボ星から来た三本腕の異星人でした。そしてなんと彼は平和使節団であったそうで宇宙の平和について語ったそうです。そうして最後の一体がニュージーランド・オークランド市郊外にで目撃されたメロン頭の宇宙人でした。彼は、人間に光線をぶっ放し UFOにのってすぐにかえっていったそうです。まだまだ、かっぱは購入しますよ。そして、いち早く宇宙のなぜを解き明かす野望をふつふつと煮えきらしている今日この頃でした。
第四回
ホームページ上であれ、字を用いて人に意思を伝えるのは非常に難しいわけなのであります。なぜ難しくなるのかと申しますと、一文字又人単語から書く人と読む人が共通の理解をしなければなりません。もちろん、小説などでは著者の意見よりも自らが作った空想の理解をして楽しむというのもありますが、基本的には、共通の理解が不可欠であります。そのため、辞書というのが非常に大きな 役割をにないます。まあ、今のは、前文は前ふりでありまして、本日のつぶやきは辞書であります。共通の理解の見本として存在する辞書、どれも同じようでありますが、それぞれ、少し異なり微妙な表現の仕方も違うことがしばしばあります。余談ですが、辞書の編者によくでてくる金田一京助氏は確かではありませんが、東大の国語学者であり、辞書を作った人が金田一氏の国語学者としての 名が欲しく頼み込んだところ、金田一氏が人柄が非常によく断ることができず、次々と多くの辞書の編者として示されていったという噂を聞いた気もします。話をもどして、辞書の話です。例えば、有名な例えとして、恋愛を旺文社の国語辞典と三省堂の新明解国語辞典で比べてみましょう。旺文社では、”特定の男女間で互いに相手を慕う愛情”とあります。なかなか、辞書らしい、堅い表現です。 三省堂の新明解では、”特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒にいたい、出来るなら合体したいという気持ちを持ちながら、それが、常には、かなえられないで、ひどく心を苦しめる(まれにかなえられて歓喜する)状態”っととんでもなく具体的に書かれているのであります。また、このような、場合も微妙にちがいます。真っ黒。旺文社では、”まったく黒いさま”そのままやないかと突っ込みたくなる大胆さであります。 一方、新明解では、”黒以外の何者でもない様子”とあります。微妙ではありますが非常にうまい表現であると思います。では、最後に新明解の”馬鹿”を引いて今回は終わりにしたいと思います。”記憶力・理解力の鈍さが常識を超えている様子。また、そうとしか言いようのない人(人をののしる時に一番普通に使うが、公の席で使うと刺激が強すぎることがある。)”。辞書には、まだまだ、たくさんの 新鮮な言葉の表現が描いてあります。また、何かおもしろいのがありましたら掲示板にのせていただきたいです。
第五回
最近、やっとおとなしくなりましたプロバイダー競争。世界最大のAOLや日本最大の@NIFTY、プロバイダー料無料のLIVEDOORなどどこにしようかと考えた疲れた人も多いと思います。また、そのような多くのプロバイダーの自然淘汰の中グローバルメディアオンライン社のinterQというダイヤルQ2から代金を支払うというシステムをとった会社のように敗れ去った所も多く存在します。 そのような、プロバイダー選びでキーワードとして考えられるASDL、ISDN、の話を今回さしていただきく思います。ISDNとは、integrated services digital network のことであり、一般の電話回線をデジタルにしたもので、既存の一般電話回線を使うので、簡単にデジタル化が可能な代物であるのです。上の図でわかるように2B+Dの線があるのです。1Bが電話一本に該当し、64kbpsが2つで電話2本が使えるわけです。Dは制御信号とパッケト用のチャンネルでありこれにより常備接続が可能になったのです。これだけを見れば画期的な発明のようですが、ADSLの出現でINDNは厄介な存在になってしまったのです。 xDSL: x Digital Subscriber Line は、 既設の銅線による電話線を利用し、高速データ通信を可能にする手段の総称です。ADSL(Asymmetric Digital Subscriber Line)、SDSL(Symmetric DSL)、HDSL(High-bit-rate DSL)など、いろいろな方式があり、それらを総称して「xDSL」と呼んでいるものです。その一つの、ADSL: Asymmetric Digital Subscriber Lineは、 既存の銅線(メタリック)電話加入者線を使って高速データ伝送をする技術です。「非対称デジタル加入者線」とも訳されます。ビデオ・オン・デマンド・サービスやビデオ・データを含むインターネットのウェブ・ページのように、大量のデータを利用者端末に取り出すとき、ノードから端末にデータを送る下りチャネルの伝送速度は大きく、端末からノードにリクエスト・データを送る上りチャネルの伝送速度は小さくする。システムによって伝送速度が異なるが、おおむね下りチャネルの伝送速度は500kbpsから8Mbps、上りチャネルは64kbpsから1Mbpsなわけです。上の図のように周波数がそれぞれ違うため一回線で電話もインターネットも使えるわけです。しかし、その中で一つの問題がでます。ISDNは、デジタル回線なのです。ADSLは、アナログ回線なのであります。ようするに、あんなにNTTがISDNハジメチャンなどといったのにほんの半年で全くのじゃまものになってしまったわけであります。少し長くなりすぎましたので続きは次回にさせていただきます。つづく
第六回
さてなぜ、ISDN がじゃまものといえるのでしょう。それは、これからは、ブロードバンドになるからです。では、ブロードバンドとは何か?広帯域、高速な通信回線の普及によって実現される次世代のコンピュータ・ネットワーク。さらに、その上で伝送する大容量データを利用した新たなサービスも含むことであります。それは、光ファイバやADSL、CATV(ケーブル・テレビ)などを用いて実現し、一般に500kbps以上の通信回線で構成したネットワークをいいます。 だから、64kbpsのISDNはブロードバンドとは呼べないのです。ブロードバンドは、現在のインターネットにはない様々な可能性を秘めています。その実現により、現状では実用的でない動画などの大容量データを使った新しいサービスが登場することが予想でき、既存のサービスも動画や音声を活用したものになると考えられています。このため、通信事業者や各種のサービス事業者、ポータル・サイトなどのコンテンツ事業者が、今後の動向に注目して世界がもう目の前なのです。 今でさえ、かっぱはダイアルアップ方式ですが、WIN−MXで音楽をとると一曲だいたい、20分ほどかかります。ISDNでもそほどかわらないでしょう。これから、音楽ダウンロード事業が本格化しても、1曲20分では、長すぎます。 もう、いまでは、光ファイバー線もラスト1マイルというところまできています。実際、電話局と電話局を結ぶ基幹回線や交換機から家庭の途中までは光化が全国で30%以上、大都市では90%以上が出来ているといいます。 NTTでは家庭用に、10Mbps、100Mbps のサービスは今年には開始しています。このような、高速線があたり前田のクラッカーになりますと本当にみらいがたのしみになってきます。かっぱとしては、オンラインゲームでモノポリーでもやりたいななんて 小さな夢を抱いている今日この頃です。
第七回
人の気持ちというのは、さまざまなようでおなじであり、おなじのようでちがうきがします。それほど複雑であると思います。もともとは、単純なのでしょう。喜怒哀楽これだけなのだとおもいます。しかし、人生というのは、嫉妬やエゴ、疲れなどさまざまな内面的変化も存在します。また、人と人の間にできる摩擦、よかれとおもうこと、自分を抑えること、気をつかうなどの外的変化も存在します。このようなことで、人は異なりができます。 かっぱは、ひごろから心がけていることがありました。自分の気持ちをなくすことです。静になることです。いわゆる、無です。色でいう白です。しかし、白は他の色が一滴でも混じれば白ではなくなります。もう、かっぱは、白にはなれないのでしょうか?ガンジス川で沐浴すると罪が浄化されると聞きましたが、かっぱの煩悩が大きすぎてガンジスの力でも洗い落とせなかったのかもしれません。これからも、自分に厳しく生きるのみです。 そして、自己完成に精進するのみだと思います。ここに消えかしこに結ぶ水の泡の浮世にめぐる身にこそありけれ 藤原公任
第八回
前回も古典でしたが、今回も古典です。最近、過去の人がどうおもっているのかが非常に気になるのです。文明社会になりコンピューター世界がおおうなか人間の中身は変わったのかそれとも同じなのかが気になるのです。世間では、凶悪事件、奇怪事件が多発して政治の世界でも嘘をついたついてないなどの議論をしてる中、人は根本的には同じで、それを知ることにより人類は平和になるのではないかと思うのです。 かっぱも、完璧な人間ではないです。いつも、知識不足から多くの過ちをくりかえします。知識を増やし平安の心を得ることは非常に難しく1331年からまた、以前から追い求めているテーマなのかもしれません。1331年ごろに成立された 徒然草 168段に”あるべき歳のとり方”についてかかれています。年老いたる人の、一事すぐれたる才のありて、「この人の後には、誰か問はん」などいはるるは、 老の方々にて、生けるもいたづらならず。さはあれど、それもすたれたる所のなきは、一生この事にて暮れにけりと、つたなく見ゆ。「今はわすれにけり」といひてありなん。大方は知りたりとも、すずろに言ひちらすは、さばかりの才にはあらぬにやと聞え、おのづから誤りもありぬべし。「さだかにも弁へしらず」などいひたるは、なほまことに、道の主とも覚えぬべし。まして、知らぬ事、したり顔に、おとなしく、 もどきぬべくもあらぬ人の言ひ聞かするを、「さもあらず」と思ひながら聞きゐたる、いとわびし。この訳は、才能をもっているひとがむやみに放言するのは、それはどの才能ではないようにおもわれ、また、はっきりはわからないなどという人は、ほんとうに、その道の権威者と思われることなどもある。また、知らないことをべらべらとしゃべって、すごくもないとおもいながら、聞いているのは非常につらいことだ。 ってところです。いまでも、よくあるはなしですね!やっぱり、600年たっても人というのそうはちがわないものだとおもいました。
第九回
ひさびさです。今、私は戦場にいます。しかも、最前線であります。役職的には、2等兵ぐらいであります。第一試練、適正試験で高地から試験官にマシンガンをくらっているわけです。敵は強敵です。ぞくぞくと毎日やってきます。毎日、新たな敵なのです。よくみると本当の敵は隣の席にもいるのです。何か気配を感じるのです。ピンッと背筋を伸ばし、明らかに、そんなに背筋伸ばしたらつるよ、あんた、ってぐらいオーラをだしてます。 もちろん、私も伊達に社会人を目指しているわけでわございません。最初の2分ピンッと伸ばしております。2分後、背筋を戻し回復したのち、さてピンッと伸ばそうとしたら、もう伸ばせない雰囲気が漂うのです。いま、ここで伸ばしたら座高が急に高くなり面接官にだらけてたと思われるのでは?と察知するのです。こうなりゃ意地ですよ!逆にそこから終わりまで背中を丸めてやりました。これもこれで、かなりのしんどさです。 丸めつづけたらピンッとしたくなるのです。結局、隣りのライバルも我慢してたのと同時に私も私なりに我慢してしまいました。そして、今日の就職戦線も終りました。明日、明後日も戦場にいきますよ!ほしがりません、勝つまでは!!
第十回
内乱です。内乱です。最前線にいっていたら内輪もめがおこってしまいました。歯が痛いのです。非常に痛いのです。私、歯はしっかり磨いております。歯ブラシは”かたい”を使い、金さん銀さんがおこなっていたタオルで歯を磨くこともやっていました。おかげで虫歯はもう何年もなっていませんでした。しかし、痛いのです。奥歯が。しかたなく、歯医者に行ってまいりました。「かっぱさん、どうぞ」といわれイスに座り、コップに水が自動的に重さによって入る装置遊んでいたら、 「倒します」とたおされ、歯を先生に診てもらいました。「あー親知らずがはえて、周りが炎症をおこしてんるんだ。」といわれ、次に写真を撮りにいくことになりました。私、歯を写真を撮るというのが全く初めてなので興味津々でありました。「はい、ここに顎おいて」っといわれ、なすがまま顎おきましたら「はい、歯をうぃってやってください」っていわれたので普通に歯を合わせてイーとしたら「えーっとウイーっとやってください」っとだめだしをくらったわけです。ウイ−っとって なんだ?と自問自答し、思いついたのが猪木かな?っとおもったので「いきますか?」と心の中でやったら、「そうそう、そのまま」といわれぐりぐりと変なのが頭の周りを一周し、「はい、また、お坐りください」と支持されたわけです。どうやら、写真は撮り終わり、いきなり鼻から上に薄い布をかけられ「はい、ちょっと切りますからね、えーっとメスとって」と告げられました。いまさら、「痛くないようにしてくれませんか」とも言えず、口を開けてしまいました。 切られてるときは、本当に先生の頭をパンッと叩きそうになるぐらい痛かったです。無事、切れたそうですが写真は失敗に終ったそうでした。なぜだろうか?結局、歯は大分ましになりましたが、明日も写真を撮るはめになってしまいました。追伸 親知らずとは一番遅くはえる四本の奥歯だそうです。