覚書 13

覚 書 13

(2008/1/5~2009/11/28)
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◆2008年
【1月5日(土)】
 謹賀新年。今年もヨロシク、ね。
 ほかには、特にありません。
 で、昨年の終わりごろからのを補っておきます。

 11月11日(日)。豊後高田という町に行った。街並みを昭和レトロと称して売り出しているというのをテレビで見て出かけた。
 11月18日(日)。英彦山で昼食。紅葉。
 11月23日(金)。下関の釜山フェスタというのに行きふぐ汁などを食った。
 11月25日(日)。秋月に行きソバを食った。

 12月2日(日)。山口市に行った。ここの雪舟庭とかザビエル教会には初めて訪れた。その前にラーメンを食った。帰り、ブックオフ。山口というのは古い町だから期待したが今ひとつ。ここでもやはりカードを作るのを勧められたが断る。山口はいい土地だと思う。
 12月9日(日)。佐賀市に行った。初めて、と言っていい。郊外の店でうまいソバを食った。街の中のお濠の周囲を歩いた。竜造寺隆信生誕の地という大きな石碑が住宅街の中の小さな古い公園に建っておった。ここもいい土地だと思う。評判の佐賀北高校というのもついでに見物。

 12月23日(日)。ある集まりに参加し餅をついた。
 12月24日(月)。クリスマスとかであったがわたくしのうちでは特になし。
 12月29日(土)。家を離れ一般道を走った。
 12月30日(日)。初雪。
 12月31日(月)。ビールを飲みながら紅白を観る。司会がへたくそだった。

 そして、新年を迎えたわけだが、年老いた身内の者とゴロゴロしていた。サンフレッチェが負けて面白くなかったが、その前に2部に落ちたショックに比べればなんでもなかった。昨年の夏からやり始めた、「数独」というのでひたすら時間をつぶした。
 1月3日(木)。一般道を走って家に戻ってきた。宮島で予定外の激しい渋滞に出くわす。バイパスの出口あたりからすでに込み始め、阿品というとこで完全に動かなくなったのだ。宮島に渡ろうとする者が、駐車場に入りきれなくて車線をふさいだのが原因なり。途中で暗くなった。岩国の例の古本屋に寄ったが何も買わず。今年も、金が無い。

【5月18日(日)】
 1月の終わりからピアノを習い始めた。バイエルを週1回30分なりだが、これをやり始めて、レッスンの日がいやに早くやってくるよーに感じられる日々をすごして、今日に至っている。お遊びみたいなもんだが、下手は下手なりにけっこうおもしろい。にわか練習で硬い指をなんとか動かしてるとストレス解消にもなる。
 何年かかるか分からぬが、モーツアルトとかベートーベンとかのソナタあたりまでは歯をくいしばって、と夢だけは大きいのです。(笑)

 本は、さいきん大澤真幸という人の『不可能性の時代』(岩波新書)というのを読んだが、後半がバタバタした印象だった。わたしがバタバタしてたからだろう。
 プルーストだけど「ゲルマントの方」から鈴木道彦訳に乗り換えた。井上訳が別に悪いというのではない。そういうことの判別の能力はないもんね。やっぱ、注が新しいみたいに感じたから。

 〈長編的〉のコーナーにフォークナーという人の長編小説3つの題だけ書いたが、読んだだけ。感想文はまだ。とりあえずは久しぶりに再読した『八月の光』くらいから始めようとは思ってるのだけど。『響きと怒り』は岩波文庫の新訳が出なかったら挫折したまんまだったろう。評判が高いのは『アブサロム、アブサロム!』みたいで、でも感想文でも書こうっていう気持ちにまだならないし、なつかしいのはやはり最初に読んだ「八月の光」だよな。

【6月3日(火)】
 古典の新訳ブームだそうである。新聞で見た。ということで、ちかごろ特に話題になって売れたのはたとえば『カラマーゾフの兄弟』(光文社古典新訳文庫)という本であるとのことだけれども、もちろんとても歓迎すべきことで、再読リストに入れさせてもらった。高校のとき、修学旅行に持っていった。ドストエフスキーという人の全長編を読み進んでいっての仕上げだったと思う。修学旅行に持っていくにふさわしい本だったとは思えないけどね。
 このシリーズでは、わたくし的には『赤と黒』という小説なども再読有力候補。冒頭からぱらぱらとめくっておったら、のめりこみそうな危険を感じたので閉じました。以前もやはりこれほどの面白さを感じて読んだのだろうか。
 別の文庫だけど、『戦争と平和』という小説の新訳などももちろん再読候補なり、です。

 新しい訳がいつもいいのだ、とは限らないということもあるようなのだ。それに、読みやすい、というのはどういう基準でなのか、という問題もあると思う。さらに、どういう種類の本の訳かでもはなしは違ってくるということもあろう。
 中央公論新社というとこからの「哲学の歴史」なるシリーズがさいきん完結したのだけれども、それぞれの巻末の参考文献というコーナーも充実しておる。本の羅列になっていないとこがいい。
 このシリーズのなかの「理性の劇場」という題のついてる第7巻にはカントとかヘーゲルという人が登場するのである。
 ヘーゲルという人の、例の『精神現象学』という本の翻訳に関して巻末の参考文献コーナーには次のような文章がある。
 「『金子武蔵訳と長谷川宏訳とどちらが優れていますか』という質問をしばしば受ける。何人かの人が詳細な比較研究をしたが、長谷川宏訳に対して否定的な回答を筆者は受け取っている」というのである。
 同じくヘーゲルという人の『美学』という本の翻訳に対しては、
 「近年の長谷川宏訳は、『わかりやすい日本語』と世評は高いが、概念が不正確にしか訳出されていない点で誤訳である。原文の思想をなぞっていない訳は、いくら日本語として読みやすかったとしても、翻訳ではない」とバッサリ斬り捨てられておる。ならば、はじめから黙殺すればよいではないかとも思うがそうもいかないようである。周知のとおり、岩波文庫には長谷川訳のヘーゲルがいくつか入っている。

 わたしは、ヘーゲルの『美学』という本を『精神現象学』と同じく、岩波の全集で持っているが(岩波の全集では『精神の現象学』全2巻、また全集版の『美学』全9巻の訳者は竹内敏雄という人)、ホコリをかぶったままである。(笑)
 しかし、にわかに読んでみたくなったものである。読書において何がきっかけになるのか分かったものではない。われわれ素人としてはこういう情報を(正しいかそうではないかは別にして)どんどん流してほしいとも思う。
 そもそもヘーゲルという人は「公刊を意図した著作では、故意に挑戦的であったり、独断的な格言を載せたり、難解さを売り物にしたりするという悪辣な筆者である」とも先の巻末には書かれている。こういうフンイキを翻訳でも出したいということなのであろうか。また、名指しされた長谷川宏という人はどっかで反論でもしているのだろうか。

【7月22日(火)】
 大分の教育委員会の汚職に思ふ、みたいなこと言いたい者が多いと思ふ。(笑)
 ガソリンや小麦やらの高騰、という先行したやりきれない日本社会の昨今の閉塞感演出にもう一枚役者が加わった、というおもむきなり、ですね。
 口利きなる行為とかコネなるものについて、小中学生ならいざしらず、一歩社会に出た人間なら、言葉くらいならだれでも聞いたことがあろうし、なかには現場を知ってる者も少なくないだろう。
 そんなことがあるとは知らなかった、ほんとに驚いている、とんでもないことだ、みたいな反応を示すことはもちろん自由だし、ウソつけなんて言うつもりもないけれど、こういう反応だけで終わってもまずいでしょう。
 仮にプロ野球の選手にカネでなることができたとしても(絶対になれないだろうが)すぐにバレルに決まっている。だから、カネで買ってもバレナイ社会でのお話なのだ。カネで買っても続かない社会の基準で、続く社会をみてもピントはずれになってしまう。
 なおかつ、エビで鯛を釣ることができる社会での話でもある。
 例の教員免許の更新制というものの導入でプロ野球の選手なみの待遇とまでは目が眩むほど程遠いのだけれども、いちおう、エビで鯛を釣るが鯛で鯛を釣る(エビでエビを釣る?)という空気にちょっとだけなったのである。
 自分自身の能力や試験の成績のようなものはリスクの最大要因ではないと思われてきた社会でのできごとなのである。
 先の教員免許の更新制なるものは、安倍内閣のときに決まったが、こういう教員免許なるものを更新するというのはまさにギャグ以外の何ものでもない。

 さいきん、『反貧困』(岩波新書)とか『現代の貧困』(ちくま新書)とか『「ニート」って言うな!』(光文社新書)みたいな本を続けて読んでおったら、その内容と大分県のできごとなどがなぜかくっついて、中国という国もかなりヒドイみたいだけど、日本もどうでもいいよーな社会になってきてるのかなあ、と滅入ってしまった。

【8月17日(日)】
 昨日帰宅。逆方向で盆を過ごした身内の連中は、豪雨のためJRが遅れて帰れなくなり、今朝帰宅。

 車止めにあてて車がへこんで気分もへこんでしまった。こんなことをしていては100円ショップなどにいくら行ってもダメなのだ、などとトラブルとは何の関係もないことを持ち出しては八つ当たりしている。

 盆や正月の帰宅ルートで一般道を選ぶのがここのところ普通になった。端的に高速代の節約からはじめたものだが、意外と退屈もしないし街道に味わいなど感じる余裕も出てきたように思う。
 途中に古本屋でもあれば一軒くらいは寄るのだけれども、今回は周南市というとこのブックオフにはじめて寄り道した。ここは二階がリサイクルショップになっており本のほうの店舗も大きかった。
 ここのブックオフではなかったが、盆帰省中に、はじめて入ったやはりブックオフで金石範というひとの『火山島』全7巻というのがバラで売られておった。たしか最初の2巻までは家にあるけれども、続きが買えなかったものであり、迷ったが結局買わなかったのである。原因がフトコロ具合であったことは言うまでもないが、いま、買うべきであったと強く後悔しているというわけでもない。

【10月26日(日)】
 10月に入り、二度、庭で焼肉を食った。建てかえる前は庭にテントを張るだけの広さがあったが、建ぺい率のせいで今は庭とよべるほどの土地はなくなった。それなりの和牛が、焼肉店などより格安で、しかもビールを飲みながら食えるのがいい。

 今年の1月の終わりからはじめたピアノだったが、現在はどうかというと、バイエル(音楽之友社『新訂 バイエルピアノ教則本』)の60番直前なり、である。週1度30分の自宅レッスン(仕事で一、二度休んだだけ)でどうにかここまでこぎつけた。
 これくらいのペースでは1年でバイエルをおえることはやはり無理だった。先生は、悪くないペースであると言ってくれている。合格がもらえないときは、毎日きちんと練習すればと平凡に反省するのが常なのだけれども、結局、前日になってあわてる。とにかく一週間の経つのが早い。
 70番ではじめてシャープ一個がついてト長調が出てくる。75番でニ長調とすすんでいくが、いろいろあって最後は106番となっている。めでたくこれでバイエルがすんだら、次にブルクミュラー、その次がチェルニー…などというのが控えていることは周知の通り。バイエルも終わっていないのに滑稽な話ではあるけれども、ともあれけっこう楽しんでやっております。

【11月9日(日)】
 夕方、曇天で肌寒いなか、庭で焼肉。外でメシを食うのもぼちぼち限界か。

 来年5月から例の裁判員制度というのが始まるそうだが(まず選挙人名簿選びから始めるわけだから、実際に公判に参加する人が出てくるのは数ヶ月後であろうが)、前に西野喜一という人の『裁判員制度の正体』(講談社現代新書)というのを面白く読んだことがあった。本の帯には「恐怖の悪法」とある。
 巻末には、どうやったら裁判員にならずにすむか、についてかなり具体的に書かれておる。これは、裁判員にどうしてもなりたくない人にとって利用価値あり、と思う。こんなことも含めて、どうにかして裁判員制度をつぶそうという西野という人の執念を感じさせる本ではある。
 前提はあくまでも、現在の司法制度というものがこれでいいのだ、と思ってる者は少ないということであるだろう。ここが出発点だ。
 裁判がとにかく長い、国民の日常感覚から遊離した裁判官の存在、みたいなことはよく耳にする。
 西野という人は、専門家だからもちろん、この程度の問題点には反論を加えているが、国民のためといいながら国民に不必要な負担をかけるのがこの裁判員制度だという主張である。もともと国民から新制度への強い要求などなかった、ということもある。

 も少し具体的なデータとか資料をふまえた制度の概要を知りたいという人には竹田昌弘という人の『知る、考える 裁判員制度』(岩波ブックレット・727)というのがいいと思う。賛成論反対論の両方が紹介されておる。
 いずれにしても、この司法への国民参加なる参審制度、民主主義とは、法の支配とは、といったことを考える機会にでもなればどちらの立場の者にとっても多少のとりえがあるのかもしれない、と思ったです。

◆2009年
【1月8日(木)】
 昨年の12月29日(月)に家を出て、1月4日(日)に戻ってきたのはほぼ例年通り。
 謹賀新年。ことしもどうぞヨロシク。

 大晦日から元日にかけては、紅白のあと朝なまを視る。この朝なまに、昨年『反貧困』(岩波新書)という本を書いた湯浅誠というひとなどが出ていた。出演中にも、東京のある公園では年越し派遣村というのがこの人たちNPOの手で開かれておりニュースでもさかんに報道されておりました。
 この湯浅というひとはホームレス支援活動などをしてきたひとであるそうだが、わたしの周囲にもこのような活動をやっているひとがおります。
 昨年の終わりごろから、企業による大量の派遣切りがおこなわれ始めた。
 その原因は何か。一昨年の夏から始まったアメリカ発のサブプライムローン問題である、と。じゃあ、そのサブプライムローン問題なるものは何故おこったか。というふうに、そのように原因を求めていき、それが仮にすべてきれいに分かるということと、派遣切りで仕事と住居を突然失うという事態に直面している人間の生存の問題というのはもちろん別問題だと思うよね。

 身内の者(ふつーの会社員、です)が帰りの新幹線で石川淳というひとの『文林通言』(中公文庫)という本を面白く読んだという話でちょっと盛り上がったりもしました。これって、昭和44年12月から昭和46年11月までの朝日に載った石川の文芸時評。わたしはこの文庫本とは別に岩波の新書版選集を持っているのだけれども、これにはたしか抄録されていてどこがカットされてんだろうと、ま、どーでもいーよーなことを比べてみようと思って帰宅後そのままになっております。

 アメリカといえば、最近読んだのに『ルポ 貧困大国アメリカ』というのと『好戦の共和国アメリカ』という本あり。どっちも岩波新書なり、です。
 で、どっちも面白かったですね。
 前者は、まだわが国ではサブプライムローン問題で大騒ぎになっていないときに出た。後者は、大統領選挙の勝敗の行方が不明のときに出た。であるのに、現在でも十分に読める本だと思いました。

 これからアメリカを知ろうというよーな人にとって、教科書的な役割を持たせてもいいとさえ思っちゃいましたね。
 アメリカ的な市場主義というものが人々に何をもたらしているか、アメリカ的な民主主義というものがどのように生まれあるいはどのように輸出されたか、というよーな問題の立て方は現代日本を考えるためにやはり有効だと思う。

 ケアとか介護とか共生とかいうことばをさかんに目にするよーになったのはいつのことからか、とちょっと立ち止まってしまいたくなるくらいに我々の周囲にこれらの言葉はあふれております。
 いいことなのか、そうでもないのか、ただ、あふれる言葉が何かを隠してしまうというようなことがまさかありはせんだろうね。まずそんなことを思ったのが、これも最近読んだ川本隆史というひとの書いた『共生から』(岩波書店)という本です。
 わたしだけかも知らんけれども、「共生」というよーな言葉を耳にすると、笑顔笑顔のチャリティーバザーみたいなのをついイメージしてしまう。
 ところが、のっけから「共生の両義性」というタイトルで第一章が始まり、先のよーなわたしの怠惰なみかたを叱りつけられたよーに感じたものでした。
 のみならず、たいして深く考えられていないで口にされるあふれかえる言葉が、川本さんのような、そばづたいの細い道を歩む探求を覆い隠してしまうなどとも感じました。
 また、遠くから学問的回路を経めぐり、わたしたちの身体すれすれの現実への道のりに、もしもどかしさを感じたのなら、それは〈遠さ〉と〈近さ〉を固定化することに口実を与えかねないなどと自省したりもしたものでした。
 わたしたちは、近くから遠くに行ったり、あるいは遠くから近くに戻ってくることをしなくてはいけない、と言ってもいいのかもしれません。
 とはいえ、ケアとサーヴィス(デイケアサーヴィスとか聞いたことがあるよーな)とはどういう関係なの、とか、ケアレス・ミスとか言うけれどもケアレスなミスならぬケア・ミスというのがあったとしてそれは〈おせっかい〉のことなんだろうか、まさかそうではないだろう、などと例によって低空蛇行飛行を続けるわたくしでありました。きちんとした感想を書こうとはしたんだけどね。今年も前途多難、ということで。

【1月11日(日)】
 前回の文章をアップしたあと、Kさん(川本さんのイニシアルであることが、偶然と思ってもらってもいいし、そうでないと思ってもらってもかまいません)からメールをいただき、その中に、たとえば和辻哲郎がその『倫理学』の序言の末尾で、『孟子』巻第七の「道は邇きに在り」を引用していることを想起した、という内容のことが書かれておりました。

 あわてて、その『孟子(下)』(岩波文庫)をひっぱり出したり、また、ぼちぼちまたもや読まれないままにホコリが積もりはじめておる、和辻という人の『倫理学(一)』(岩波文庫)を手元に置いたものでした。孟子の引用の直前に書かれている「倫理そのものは倫理学書の中にではなくして人間の存在自身の内にある」という文句ともども、面白いことをいうなあ、と感じ入ったんですね。

 ところで、この和辻という人の『倫理学』という大著の巻末の解説を担当しているのは熊野純彦というひとですが、このひとの書いた本で少し前に出た『西洋哲学史』(2冊、岩波新書)なる本があって、ときどき楽しく開かせてもらっております。
 本のタイトルは陳腐といえば陳腐ではあります。だから安心して手に取ることができるとも言え、しかし、予想に反していわゆる「思想」の列挙ではありませぬ。思想のチャート的整理というか、展示物というか、そういうホルマリン漬けのものではなくして、生きて動く、ややもすると発酵しているとも言っていい「思考」を提供してくれてると思われそこのとこが面白い、と感じました。
 だから、この本は「経験と思考」とでも言うべき題の本だと思いました。これでは売れないか。でも、固有の「経験」が「問い」を生み、問いが「思考」をうながす、ということであれば、そういうものが哲学の歴史なのではないでしょうか、などと生意気にも思った次第。

 「世界」(2009年2月号)という雑誌を読んでおったら、「沖縄戦「集団自決」訴訟という虚構」なる短い文章が目にとまった。目取真俊という人の書いたもの。
 米軍が沖縄本島に上陸を開始(1945年4月1日)するに先立ち、その数日前に、本島西方海上に浮かぶ慶良間諸島にまず上陸した、ということは周知のとおり。
 で、この戦闘の最中に起こった、慶良間の座間味島および渡嘉敷島の、いわゆる島民の「集団自決」が、それぞれの旧日本軍守備隊長の命令に基づいたものであったかどうか、という事実をめぐる訴訟、であることも報道されてきた。
 こういう訴訟が起こったということで、文科省は、高校の歴史教科書検定で集団自決が日本軍による強制、という記述をいったんは削除したりもした。
 その後の、大阪地裁および高裁控訴審判決の内容を含めての経過もよく知られているとおりであるけれども、裁判所は、直接命令はなかったという原告の主張を肯定しなかったが否定もしてはいない、という理解でいいだろう。

 この目取真俊という人は「水滴」(文藝春秋『水滴』所収)という沖縄戦の記憶をテーマにした小説を書いている。また、地裁係争中に出された謝花直美というひとの『証言 沖縄「集団自決」』(岩波新書)という本もある。
 後者の本のなかでは、1970年代から沖縄戦の実態が本格的にあきらかになっていったとし、とりわけ日本軍による住民虐殺と集団自決(この本では「強制集団死」という表現を採用する)が、ほかならぬ「軍官民共生共死」という方針がもたらしたものであることの重要性が強調されている。
 「共生」ということばもこういう使われ方をしたことがあった、ということでもある。

【1月21日(火)】
 この前の土日、センター試験。国語は、評論が栗原彬というひとの管理社会批判、小説が加賀乙彦というひとの住居移転もの、から。漢文は越王句践と呉王夫差の物語。古文の応答和歌の修辞はちと厄介なのではないか。などと、受験に関係ない者は好き勝手が言えるのだけれども、受験生の諸君、健康に気をつけてガンバッテ。臥薪嘗胆。

 この時期の健康といえば、やはりインフルエンザである。前に、山本太郎というひとの『新型インフルエンザ』(岩波新書)という本を読んで、副題の「世界がふるえる日」というのをそのとおりだと実感したものである。最大で1億5000万人の死者が出ることが推定されている現在、こういう科学啓蒙物はもっと読まれていいと思う。

 しかし、山本という人は、人類は「ウイルスとの闘いに最終的には勝利できない」と言い切っている。大事なことは「インフルエンザウイルスを根絶したり、あるいはインフルエンザウイルスと存亡をかけた闘いを行ったりする」ことではない。
 であれば、「同じ生物として、共存・共生する道を模索するという視点」からの考え直しが必要だと山本さんは言っている。さらに「ウイルスが複製していくためには、必ず宿主が必要だ。そこに、共生の鍵が隠されているはず」と。
 たしかに理屈で言えば、潜伏期間がかりに100年を超えればヒトとの完全な共存が可能である。感染するが、その生涯には発症することはない。「ただ感染しているだけという無症状の期間が続く」わけである。なるほど、ね。
 この本を読むと、新型インフルエンザが文明の所産であることがよくわかるが、それはさておいて、ということで。

 川本さんの『共生から』のあと、ついでに(失礼)、井上達夫という人の『自由論』とか中岡成文という人の『パラドックスの扉』という本(どちらも岩波書店)というのを読んでみました。

 おおざっぱな読後感で申し訳ないけれども、井上さんのは前半が面白く、後半は「普遍主義的正義理念」という伝家の宝刀(?)の切れ味に圧倒されっぱなし。
 中岡さんのは、前半はちょっと入りづらかったが、後半身近な例とかみ合ってきたような印象を受け、西洋哲学の巨匠の中岡さんのコメントを付けたうえでの紹介など面白く読みました。
 ただ、「快楽のパラドックス」の説明のとこで、天然ボケのほうが幸福を手に入れることができる云々というくだりだけれども、たしかに通俗処世訓すれすれにニアミスしてると感じました。幸福をゲットするために、あえて天然ボケを演じるということならば、それは人工ボケなんだろうけれども、不幸な総天然ボケという存在があるとすれば、やはりそういうものにいとおしさを感じるということもあると思いますね。

【2月11日(水)】
 サッカーW杯最終予選対豪州戦引分けという結果に、重苦しい気分のさなかでのメモということで。勝てた試合だった、とは思えなかったけどね。

 この時期、出版社の月刊PR誌「みすず」というのが読書アンケート特集というのを出す。2003年からなぜか1、2月合併号になった。
 このコーナーでも書いた川本隆史さんの『共生から』という本も挙がっておりました。薦めているのは鬼頭秀一というひとで、共生という「概念の本質的な意味について、分かりやすくしかも核心的な問題を押さえて説いた本」であって「絶品である」と紹介しておられます。
 で、その川本さん自身もいくつか本を紹介していて、その中の1冊が『HIROSHIMA 1958』(インスクリプト)という題の写真集。
 映画「二十四時間の情事」の主演女優エマニュエル・リヴァが広島ロケの合間に撮ったのが最近発見されたというので出た本である。
 川本さんは「当時、市内の小学校一年生だった私のまぶたにも懐かしい原風景が浮かび上がってくる」と紹介文のなかに書いている。

 ついでに言えば、アンケートの中にはこの写真集を薦めてるひとが他にもおられます。
 岡村民夫というひとは「写真集を手に広島を歩いてみた」そうで、続けて「被爆十三年目の方が川辺がいきいきしている」とも書いている。
 また大島洋というひとは「これまでに見た戦後の広島を撮ったさまざまの写真のなかで、最も強く心惹かれた写真集」といい、写っているのは「明るく活気ある日常生活」ではあるけれども「原爆の被災から離れて見ることができない」と書いている。

 実は、少し前、わたくしもこの写真集を買っておりました。例のKさんに薦められたからです。
 本には数十頁の資料や文章がついておって、わたしはそれにまだ目を通しておりません。そして、上記の3人のひとの感想には全面的に同感を覚えるものであります。
 その上でのわたしの感想ということで。

 繰り返せば、大島というひとが「これまでに見た戦後の広島を撮ったさまざまの写真のなかで、最も強く心惹かれた写真集」と書いてるわけですが、写真のシロウトが生意気な言い方になるけれども、これを信用したいと思います。
 というか、信用したいという気持ちにさせる力をこれらの写真は持っている、と感じました。
 ひとくちに「戦後の広島」というけれども、それは「原爆後の広島」です。そうすると、写真ということでいえば、原爆の写真後の広島、ということですね。
 で、「原爆の広島を撮ったさまざまの写真のなかで、最も強く心惹かれた写真集」とはならんわけですね。それは、まさしく無惨な死の記憶であるほかない。
 それで「戦後の広島」を撮ったこれらの写真に、わたしたちは無惨な死の記憶を重ねている。
 本の帯に「夏の笑顔によみがえる、未来」とあります。未来は、単に希望や復興ではありえない。
 いわばこちらを向いていると言っていい、あの同じく夏だった無惨な過去の死の重みに未来は耐えている。そう感じさせる写真だから心惹かれるのではないのか。
 そんなことを感じました。

 蛇足めくけれど。
 前に今福龍太というひとが、カメラは西欧帝国主義の自己防御のためのアイテム、という意味のことを言っていたのを読んだことがあるが、すくなくともこの女優リヴァというひとにはそういう姿勢は感じられなかった。陳腐な言い回しで申し訳ないけれども、上品で透明なナイーヴさのようなものが伝わってき、もしかしたらこれこそが希望なのかもしれない、などとも感じた次第なり、です。

 川本さんの『共生から』という本のあと、この哲学塾シリーズ(全15冊)というののほかの本も現在もたもたと読んでおります。できればこれらの感想文も書いてみたいとこだけど、ね。

【3月26日(木)】
 一昨日、WBC連覇。でも、侍ジャパンとかいう言い方の連呼がずっと不快で、百歩譲って、着物で剣道の国際大会じゃないんだよ、くらいは感じてもよかったんじゃないかなあ。決勝の相手の韓国は、武士道秘めた侍と戦ったわけだ。そして、よりによってイチローにやられた。
 週末は、サッカーでも観よう。

 今月はじめ、Kさんから、阿部昭という人の『言葉ありき』という本の中の、わたしが気にとめていなかったある箇所について興味ある貴重な情報をいただいた。本のなかに登場する、阿部昭の高校時代の友人Hさんは、わたしとKさんの共通の師である。
 高校同級生時代の阿部とHさんは、ある本に挿入された写真に写りこんでいるだけの異国の若い女性にともにいかれていた、というのである。
 Kさんはその本をさがし、さらにその写真を見た、というのでわたしはメールに添付されたその写真をみせてもらうことができたのである。
 しかし、わたしの好みは笑っている左側の女性の方だなあ、というよーなつまらぬ感想はどうでもいいのだけれど、まずはKさんのまっすぐな好奇心にちょっと驚いたわけである。
 わたしはKさんの好意に対してすぐにお礼の返信を出す義務があったが、年度末の生業がらみの雑務にかまけながらも、あまりにも浮世離れした、しかし信仰の道を歩み続けていられるH先生へのKさんの率直な敬愛の気持ちのさわやかさが感じ取れる行為を反芻することを楽しみ続けていたのである。

 そうこうするうちに、Kさんから別の情報がきた。「森崎和江コレクション」という本の最終配本の月報に一文を寄稿された、という。さらに、東京在住のKさんは、この際だからということで、まだ面識のない九州宗像在住の森崎和江氏を訪問する意向を持っているとのこと、これまたやはりちょっと驚いてしまった。
 わたしは一度だけ森崎氏の講演を聴いたことがある。やわらかくゆっくりとした口調で話されていたが、おそらく会場の落ち着かない雰囲気のせいだったと今でも確信しているが、途中で話を切り上げられた、という記憶がある。
 ともあれ、Kさんは、年来文章を通して出会ってきた森崎氏訪問を果たそうと企てているのである。

 まえにも紹介した、川本隆史という人の『共生から』(岩波書店)という本の中にも、森崎和江が引用されている。
 たとえばの話だけど、エコロジーなどという言葉にしても、CMなんかにもさかんに出てくるし、だから気軽にエコなんて使える雰囲気を作ってくれてもいるし、でも一方では厳密な学問的な蓄積というものも持っているよーなそういう言葉がある。
 で、ふつーの生活者の日常的直観と専門研究領域の理論とが、実際のエコとかいのちとかに関わっているんだけど、ひとりの人間のなかで、直観と理論を往還する過程を通して、ふたつを「うまく釣り合わせる」ことが大事で、現代においてはそれが求められてもいる、そういう意味のことが『共生から』に書かれていて、そういう文脈での森崎和江の引用だった。  直観ばかりだと、ヤキトリ屋でクダをまいているみたいになるだろうし、理論ばかりだと、せっかくの内容に血が通わない、という意味での「釣り合い」ということなんだろうと思う。

【4月29日(水)】
 この前の日曜日(26日)、海峡を渡って、下関のH先生を訪問した。H先生は、わたしの中学時代の恩師で、お会いするのは実に卒業以来のことである。
 K・T君が企画し、U君、K・Y君、そしてわたしもおじゃましたわけだ。彼らとも卒業以来の対面であったので、夢のような半日をすごした。すべてK・T君のおかげである。

 K・T君はご夫人同伴できままな旅を楽しんでいるナイス・カップルという雰囲気を漂わせてわれわれをうらやましがらせた。
 K・Y君は現在単身赴任中で博多に住んでいて、電子機械を売り込む営業の仕事で忙しい日々を送っている。辛口だけど、軽快でさわやかな語り口がわれわれを大いに笑わせた。
 U君からいただいた取れたてのタケノコを、うちに戻ってさっそく家族全員で食ったが、実にうまかった。U君どうもありがとう。このことをまず最初に言っておかなければならない。U君の正確な回想や同級生の消息に関する簡潔な報告がわたしたちの歓談の不可欠の支えとなった。
 しかし、主役はやはりH先生であった。お元気で七十の半ばをとうに越えていらっしゃるとはとても思えなかった。
 わたしは、授業中にお聞きしそのままになっていたお話についていくつか話題にすることができて非常に満足であった。阿部昭の『言葉ありき』のなかのH先生についてのエピソードなどはその中のひとつである。
 わたしの通った学校は、地方のカトリック系中高一貫男子校であったが、周囲は秀才ぞろいで、わたしなどがちょっとくらい勉強したところでどうなるものではなかった。それなりに学生時代を楽しんではいたが、出会いの意味を受け止める余裕などなかったのだろう。
 このたび、K・T君の企画のおかげで楽しい時間を過ごすことができて感謝したい。少年のころの出会いのかけがえのなさが本当に分かるためにはずいぶんの時が、少なくともわたしにとっては必要であったのである。
 帰りの電車の中でぐっすり眠り込んでしまったわたしは終着駅で車掌に起こされた。

【7月14日(火)】
 あの4月の終わりの日曜日の午後から、今日まで、わたしは無為に更新をサボり続けてきたわけではなかった。
 あの日以来、ずいぶん長い間、あのカーペンターズのイエスタディ・ワンス・モア的な感傷に浸っていたことはたしかであって、それは許されることだったと思うし密やかな楽しみでもあった。

 今日、K・T君から、さいきんH先生が書かれて雑誌に載った一文を添付紹介したお知らせのメールをわたしにもいただいた。あの4月の終わりの日にも、K・T君の手になる文章のコピーと中高時代の貴重な資料を知らせてもらったものだった。
 それで、このたびH先生の書かれた一文を読み、またK・T君の文章のコピーを読み返し(わたしによく理解できているかどうかとても心もとないが)、わたしの中に、この場に書きとめておこうという気持ちがごく自然におこった。

 それにしても、H先生といい、またK・T君といい、この人たちの文章から伝わってくるものは何なのか。
 読んでいて、なぜかついわたしは自分について振り返ってしまう。
 思考の堕落や緩みが生き方にあらわれるという、そういうありふれたといえばありふれた、情けない生き方をわたしはたびたびしてきたものだ。
 この人たちの文章を読んでいると、それこそ「まともな社会」への希求がまっすぐに伝わってくる。
 そして、人を励ますような余裕まで、それは確かな信念と無私の生き方からくるものだろうが、感じられてそれが心地いい。
 わたしは、年少のころ、ほんの短いあいだではあったけれども、こういう先生に教わりまたこういう同級生と同じ教室にいただけであったが、このことを心から誇りに思うものである。

【9月1日(火)】
 これだけ間が空くと、どこから何をしていいか分からなくなる、というものではある。
 まず、このHPが8周年を迎えた、ということを書きつけておこう。

 始めて数年たったころ、源氏とプルーストだけに絞り込もうねと思ったときもあった、と思う。そうなっていてもよかったのだけれども、そうならなかったしそうしなかった。
 最近、吉海直人という人が『源氏物語〈桐壺巻〉を読む』(翰林書房)という本を出して、その中に「桐壺巻は宝の山である」とあった。さらに「本書の中には論文やレポートのネタがぎっしり詰まっている」ともある。そういう本だが、うれしいこと言ってくれるじゃないの、と思いました。宝探しが嫌いな人間がいるだろうか。
 長編といえば、小林恭二という人が数年前から雑誌「世界」に「水彩紅楼夢」というのを連載している。完成はさらに数年以上さきだろうが、好きな『紅楼夢』についてこういうふうにみっちり書かれたものをほかにわたしは知らんので、完成を非常に楽しみにしておる。
 というわけでプルーストのお部屋を訪ねていくのがますます間遠くなってしまっているのである。下品な比喩で申し訳ないが、本妻宅は後回しになるのがやはり常なのだろうか。

 この夏久しぶりに訪ねてきた身内のものと、どういう流れだったか忘れたが、漱石の『道草』をめぐる話になって、それから近代って何、みたいな話になぜかだんだんなって、私自身の不勉強さをあらためて痛感させられたものである。不勉強なくせに嫌いじゃないんですね、こういう話。
 それで今村仁司という人の『近代の思想構造』(人文書院)という本を読み返したりして楽しい暇つぶしでした。
 加えて、やっぱ日本の近代を知ろうということになって、岩波新書の日本近代史シリーズというなかの『日清・日露戦争』『アジア・太平洋戦争』『占領と改革』みたいなのを読んでいいお勉強のひと時をすごしました。
 最近では、わたしはこれも歴史の読み物として読んだのだが、すが秀美という人の『吉本隆明の時代』(作品社)という本がとても面白かった。

 1ヶ月以上も前にK・T君から、こうの史代という人の『この世界の片隅に』(双葉社)という漫画を薦められた。ぜひ若い人にもすすめてほしい、ともあった。こうの史代という人をわたしは知らなかった。
 もちろんわたしはすぐに買ったが、そのままになっている。かならず読むし、かならず若い人にもすすめるだろう。
 買ってすぐ、まず身内の若い者にすすめようとしたが、見るとちょうど伊藤潤二とかを読んでおるところだったのでひとまずやめにしたのである。

 5月のおわりごろ、ピアノを聴きに行った。ロシアの若い女流ピアニストが弾いたのは、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、スカルラッティ、ブラームス。わたしはこういう場ではかならず寝るのだが、ピアノ練習中の身としてはもったいなくて寝るどころではなかった。
 盆は長崎におりました。

【10月14日(水)】
 今月、『岩波講座 哲学』全15巻が完結した。最終巻(第12巻)は「性/愛の哲学」だが、この巻の巻頭に、「展望」として「女性,家族,そして性愛の探求へ」という文章を川本隆史さんが書いている。文章の副題は「宮迫千鶴からの眺望」。
 この文章がこの本全体の展望、あるいは眺望になっているのかどうかは、後のほかの文章を読んでないので分からない。
 誤解を恐れずに言えば、実はわたしにとって、なっているかどうかはどうでもいいことだ。

 さらに、なぜ宮迫千鶴なのか、ということだってどうでもいい。
 わたしは名前だけ見知っている宮迫という人について、はじめて知ったのだからである。

 宮迫千鶴の「個人的な歩み」の「哲学的な深み」を伝えることが川本さんのもくろみだと思う。
 短文ながらも、昨年60歳で死去した宮迫の著作活動が丹念に紹介されているのであるが、おわりのほうで、川本さんは、「個人的な問いを手放すことなく」と書きつけて、宮迫の遺したものへの「個人的な問い」が、思考を見渡す拠点でなければならないことを宣言しているのである。

【11月16日(月)】
 K・T君から、森崎和江さんの講演会のお知らせのメールをいただいた。今週の金曜日(20日)に福岡の西南学院大学にて。せっかく知らせてもらったのに、ヤボ用のため行けないのが残念だが、関心のある方は足を運ぼう。K・T君は、東京での森崎さんの著作集の完結記念イベントに参加される予定とのこと。
(こちらのメールボックスが満タンとのことで受けつけないことが時折あって、でも原因不明なりで気分がよくない)

 K・T君からは、先月のなかば、宮迫千鶴さんが書いた新聞コラムや版画などについて教示してもらい、知らなかった宮迫さんについて心ひかれずにはいられなかった。
 宮迫さんのそのコラム「私の原風景」のなかに「複雑に傷ついたものへの哀惜」を育んでくれたのはたぶん旧軍港呉であったろうと述べている箇所がある。少女時代の宮迫さんを受けいれるやさしい街だったということだろう。

 今月はじめのある日の晴れた午後、わたしは*十年ぶりに、かつての若い人たちと会う集まりに行った。懐かしさが抑えがたく一挙に噴きだしそうになった。若いときに会うだけでは何も分からない。楽しい再会の場でふたつの時間が溶け合った。幹事の方々ご苦労様でした。

【11月28日(土)】
 今年の3月、「森崎和江コレクション」(藤原書店)の「月報・5」で、「だが残念ながら、その声と顔に接する機会にいまだ恵まれていない。…宗像詣での旅に出るとしよう」と書きながら、やはりその宿願を果たすことができなかったK・T君は、2週間ちかく前に東京で開かれた森崎和江さんを囲む会で無事対面されたとのこと、このことを知ってわたしは、熟成されるかのようにしっかり準備されての上でのそれだからこそ時間というものは当然のように充実するものなのだ、と思ったものだった。人に会うのにもやはり作法というものがあるということなのだろう。

 川本隆史さんの『共生から』(岩波書店)については以前このコーナーであげさせてもらったが、さいきん、若い人たちを前にしたある小さな集まりで短い話をしなければいけないことがあったとき、この本から引用させてもらった。
 それは、女性の道徳的弱点と言われているものが実は女性の道徳的強み(ケアの精神)と分かちがたく結びついている、というギリガンという人の考えを川本さんが引用している箇所(41頁)を含む部分だった。
 わたしは、新約聖書のなかのナルドの香油という著名なエピソードに対する荒井献という人の解釈(NHK出版『イエス・キリストを語る』下巻)をふと思い出し(あるいは逆かもしれない)、川本さんの先の箇所とつなげることを(無謀にも?)試みたわけである。
 荒井という人は、このベタニアの女の行為を、イエスへの「共苦」のしるしとする信仰告白であると言う。共感の究極とは共苦である、とも荒井は言っている。
 むろん、以上は、わたしのあさはかな思いつきによる結び付けにすぎないだろうが、辞書的にはなじみの薄いと荒井も言っている、苦難をともにすることという意味での「共苦」ということばにひかれた。

 今月の岩波ジュニア新書を買って支払いをしようとしたら、こういうのも出ていますと店員が言うので財布から顔をあげると、「創刊30年記念 待望のリクエスト改版」と帯に書いてあるジュニア新書をレジ台に数冊並べている。
 改版ってどういうことでしょうか、カバーが新しくなって字も大きくなってということじゃないんですか、それだけですか、……、いりません、……、やっぱり買います。
 やりとりしながら未練がましくパラパラめくってみると、資料のデータが新しくなってるのがある。写真を新しいのに差し替えました、という文句なども目に飛び込んでくる。これでも買わないの、ってね。
 それにしても「待望のリクエスト改版」という言い方は知らなかった。待望してる無数の人たちが亡霊のように本の背景に見えてくる。
 改版を待望ってなんだ。いっそ新版としてくれればいいいのだ。吹っ切れるのだ、と思う。がんらいわたしは新というのに体質的に非常に弱い。時代から取り残されているというヒガミがあるからだろう。
 いや根本は金がないことなのだ。金があれば、いつでも買える新はプレッシャーにはならない。

 文庫になる前のを持ってるから絶対買わんぞ、と決意する。中公文庫の「世界の歴史」 の前を、しかし、素通りできない。「文庫版あとがき」を読まないで店を出ることは自分にはできないことがよく分かっていて、数分後にはもろくも「文庫版あとがき」を読んでいる。決意などというものはガラス細工のようなものであることを実感する。第1巻の「人類の起源と古代オリエント」のあとがきには、9・11以後の対テロ戦争なるものがいかにメソポタミア考古学に深刻な影響を与えたか、について書かれている。
 まったく同じことが講談社版の「日本の歴史」でも起こってしまう。あとがきに「本書執筆後の大きな発見」について具体的に書かれてあったりする。体裁だけのあとがきではないのである。だが仮に体裁だけのあとがきであったとしてもわたしは買わないだろうか。そんな悠長な自問自答を一度でいいからしてみたい。

       

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